婿殿は憂いながら無自覚に攻撃をかます。①
執務室を出ると、ダニエル付きになる従者が待っていた。
小柄な優男風だが、スラリとした肉体は所謂細マッチョ。温厚そうな顔立ちで、細いキツネ目の中に油断ならないものがある。
なにしろ辺境。従者ではあるが護衛も兼ねているのだろう。
彼の名はネイサン。
フェリスの夫であり、辺境伯家傍系の青年である。
尚、相談の末フェリスは一旦下がらせた模様。
「なんでもお言い付けくださいませ」
彼はそう恭しく頭を下げると、キースを一瞥して部屋へと案内する。
通された部屋は、辺境伯邸の規模や設えと同様になかなかのモノ。雰囲気こそ違えど王宮に引けを取らず、与えられた自室のみを言うならこちらが圧倒的に上。
応接間と大きな執務机のある部屋の先には、プライベートスペース。こじんまりと纏められた室内は華やかではないが品があり、家具の質が良くとても落ち着けそうだ。
ベッドも窓際に置いてはあるが、続き間の扉があるのでメインの寝室はそちらになるのだろう。
扉の向こうはおそらく、夫婦の寝室。
客間ではなく『婿』としての部屋に通されたことが、ダニエルを複雑な気持ちにさせた。
(使うことなど、あるんだろうか)
続き間の扉の向こうを確認する気にはなれず、応接間に戻る。
既にキースが座っているソファの向かいに腰を下ろした。
キースがネイサンに茶を頼んだらしく、彼は既にいない。
長椅子に腰を掛け長い脚を組むキース。
向かいのダニエルと目が合うと、柔らかく微笑む。
(綺麗だな)
それは、美醜には然程こだわりのないダニエルでも見惚れる程の美貌。
暫しそれを見詰め、ダニエルは肩を落とした。
(……そもそも何故キース君がアデレード様のご予定を把握しているのだろう。 彼はアデレード様の騎士なのかな?)
なんせ彼は美貌の竜騎士である。
そしてアデレードはここの姫君……そう考えるのが妥当だろう。
歓迎してくれているキースと婚約者との関係を疑ってはいないが、頼りになる美少年が傍にいること自体、不安だ。
少なくとも、彼女の理想が高い可能性は大いに考えられる。
小さな溜息に続けて息を吸い、ダニエルは思い切って尋ねる。
「キース君……アデレード様はこの婚姻が不本意なのでは?」
「えっ?!」
それはキースにとって、思いもよらぬ質問だった。
(言われてみれば、そう取られても全然おかしくない!)
なんだかんだ『キース』として動くと決めたが、衝動的行動につき、そのへんのダニエルの心情には無配慮。
別人とした割に、アデレードである自分が抜けていなかったキースは焦った。
「いやそんなことは……!」
「いえ、いいんだ。 答えにくいことを聞いてしまってごめん」
そうへにょりと力なく笑うダニエルに罪悪感を感じつつも、今『はーい! 実は私がアデレードで~す♪』と言い出すことにも躊躇いがある。
そこに明確な理由など、存在しない。
強いて言うなら『ドッキリで想定外の反応を取られてしまい、ネタバラシできなくなった感じ』だろうか。(わかりづらい)
(違うんだー!! ああっ! でも言えないッ)
困った末、キースは絞り出すように言う。
どうにか伝わって欲しい。
「ダニー……本当に違うよ?」
だがダニエルはまた情けない笑顔を向けるだけで、それには返さない。
代わりに本来聞くはずだったアデレードの予定のことを切り出すと、それにキースが返答する前に更に続けた。
「なるべく彼女の希望に添いたいし、ご負担をお掛けしたくはない。 折角だけどアデレード様のご予定は今はいいよ」
「ダニー……」
「ただ……どうしたら彼女が無理なく交流できるかを君に相談したくて」
なにぶん婚姻式まで日がない。
先程のユーストの説明によると、とりあえずは婚約者としての招聘であるそう。
女性とは違い、妊娠の心配がない男性。婿入りに長い婚約期間は必要がないが、1ヶ月から3ヶ月の婚約期間を取るのがこの国の慣習。
そんなわけで1ヶ月後、婚姻式が行われる。
結婚式はその後、春になってからだ。
てっきりそんなのは関係なく、すぐ婿入りだと思っていたダニエルは少し安堵していた。
これはチャンスだ。できれば婚約者であるこの期間に、なるべくアデレードと交流を持ち、信頼を勝ち取りたい。
「婚姻は決定事項なだけに、少しでも心の内を聞かせて頂ければ、と……なによりアデレード様にご負担を強いることも避けられるのではないかなって」
「──」
──トゥンク
(……えっ?)
今まで聴いたことのない妙な音を胸から感じ、キースは動揺した。




