辺境伯閣下・ユーストとの対面。(尚、3メートルはない)
執務室の大きな扉が開き、ブロスが退出がてらドアマンのようにふたりを招き入れる。
勿論先に入るのはキースこと、アデレード。
「失礼致します! キース、婿殿であらせられるダニエル・ブラック卿をお連れし帰還致しました!」
「う、うむ……」
苦虫を噛み潰したような表情にならざるを得ない、アデレードの父である辺境伯閣下・ユーストは、咳払いで取り繕ってからダニエルに声を掛ける。
「北の辺境という遠くの地まで、ようこそ婿殿。 カルヴァート辺境伯ユーストだ」
「お初にお目にかかります。 ブラック伯爵家が子息、ダニエルでございます。 辺境伯閣下へのお目通りと此度の招聘、光栄の極み。 微力ではございますがこちらの一員になる以上『北の森の守護者』と名高いカルヴァート辺境伯家の名に恥じぬ様、尽力致します」
「はは、そう固くなるでない」
苦虫を噛み潰したような表情に一瞬不安が過ぎったものの、実際の辺境伯閣下の態度は柔らかなもの。そして、
(辺境伯閣下……! ガチマッチョ筋肉超人親父風というより凛々しく体躯のいい怜悧なイケオジ!!)
見るからに威厳も筋肉もあれど、対応も見た目も全然優しい辺境伯閣下。
ダニエルはロマンス小説に毒された思考で安堵しながら、促された通りに応接用のソファへと座る。
何故かキースも隣に座ったが、閣下からなにも言われないので問題はないようだ。
「突然のことで困惑もあると思うが、ここは北の辺境。 長く厳しい冬が控え、王都とは遠く離れた地。 婚約期間を設けても交流は難しかろうと」
「お気遣い感謝致します」
ユーストはそう説明し長旅を労うと、軽くこのあとの予定を聞かせるのみで早々に話を切り上げ、従者に部屋に案内させようとした。
細かな今後の予定などは、そちらで把握した方が気楽であろう、と。
そこには『先ずは身体を休めよ』という気遣いが感じられ、温かい気持ちになる。
──だが、気になることが一点。
どうしてもそれは聞かねばならない。
「恐れながら、少しお尋ねしても?」
「勿論。 なんでも聞きたまえ」
「アデレード様へのご挨拶に参りたいのですが、ご都合の程は如何でしょう。 本日の晩餐にいらっしゃるのでしたら、その時の方が宜しいでしょうか?」
聞かされた予定に、アデレードとの対面が組み込まれていないのである。
今日は難しいということかもしれないが、昨日の時点で連絡もしている。自分がこちらに着くのはわかっていた筈だ。
不本意であるのか、或いは具合でも悪いのか……いずれにせよ、望ましい対応を取らねばならない。
ダニエルがそう考えるのは当然。
「う……うむ……そうだな」
だが、ユーストは僅かに口許を歪めて言葉を濁すのみ。
そりゃあそうだろう……既にいるのだ、ダニエルの隣に。
しかし『彼』は今、『キース』。
娘であって、娘でなし。
父である辺境伯閣下が娘を溺愛している──というダニエルの想像はあながち間違ってもいない。
ちょっとばかり想定するアデレード像と、父娘の関係性が違うだけで。
妻が亡くなる前から狩りや剣技に興味深々のアデレードを、親バカの父はねだられるがままに狩りに連れて行き、剣技を教えた。
そしてアデレードには才能があった。仕込むのが楽しくなった父と、熱意もある娘は鍛錬と実戦の日々を謳歌することとなる。
淑女としてちゃんと育てていたら、相手も辺境伯軍の中から強くて頼もしい相手を見繕えば済んだというのに……
結果、コレ。
すっかり逞しく我儘に育ったアデレード。
なんとか合いそうで誠実な男を王都から引っ張ってきたというのに、何故かその隣で男と偽っている始末。
流石に『育て方を間違えた』と痛感せざるを得ない。
「婿殿。 アデレードは……今日という日を非常に楽しみにしておったのだが……」
とりあえずユーストはダニエルを慮りつつ、娘のフォローとなる言葉を紡ぐ。しかし、娘のヴィジョンが見えないので迂闊に先を続けられない。
(アデレード、どうするつもりだ!?)
(後でなんとかします! とりあえず話を切り上げて!)
アイコンタクトで会話するふたり。
日々の実戦で培った連携はバッチリだ!
「──父親というのはなにかと難しくてな」
ユーストは寂しげにそう言って、視線を落とす。
変な間が空いちゃったことを誤魔化し、有耶無耶にする作戦である。
「大変失礼致しました。 お時間賜りましてありがとうございます」
幸いダニエルは空気の読める男。
丁寧に紳士の礼を取り、その場を辞すことを選択した。
なんか誤魔化された感はあれど、これ以上尋ねても無駄なのは確か。
そしていくら『3メートルあるガチマッチョ筋肉超人親父風』ではなく『凛々しく体躯のいい怜悧なイケオジ』だったにせよ、相手は辺境伯閣下で、190はありそうな筋骨隆々の逞しい大男であり、近い未来の義父なのは変わらないのだ。
心象は悪くしたくない。
「キース、」
「はっ」
「従者と共に部屋までお送りし、アデレードの予定を説明して差し上げよ」
「畏まりました!」
「では婿殿。 また晩餐でな」
「……はい!」
(閣下も歓迎してくださっているようだ……)
アデレードのことは気になるが、一先ずダニエルは『ワンパン即死』を免れたことに安堵していた。
【どうでもいい補足】
閣下が3メートルなかったので『デコピン脳みそバーン!』の可能性は消えたが、『ワンパン即死』はまだ想定の範囲内な模様。
あくまでも免れたのは一旦。ダニエルの中で。




