提案
低空でワルキューレを掴みながら、カイは飛行を続ける。雷は既に落ちてこないが、万が一に備えて木などの方に向かうという自然法則に望みをかけた結果だった。
中央に向かいたいところだが、端末のナビゲーターは先の雷によって再起動まで時間がかかる。そもそも戦乙女を連れて帰って良いものだろうかという疑惑がある。
中央は人類に残された最後の矛先。それは綺麗事ばかりではない。エルフなどの人間に近い体型をした種族には、偏見も少ないが……勝つためには何でもやる。
そもそも配下や上司がいないケレは幸運だった。しかし、戦乙女は違う。明らかに北欧系の勢力下にある上に、カイに対する行動も悪印象。加えて複数の英雄が目撃している。
少なくとも監禁、あるいは人体実験送りだ。
“彼女”の炎を鑑みれば、神威の補給源としても魅力的に過ぎる。
しかし、カイは未だに引っかかりを覚える。確かに無理やり地下に落とされたことは、感情面では許しがたい。だが、結果を見れば全てがカイのためになっている。黄泉神鳥としての力を全霊でないにしろ、発揮できるようになった。
何より、異なる神話同士が争い合っているという情報が大きい。人間の勢力は脆弱でも、知恵と工夫に策謀などで対抗が容易になっていく。
「くそっ。他のシェルターの場所も分からんし……どうすれば良いのか」
雷霆を受けた戦乙女の容態が気にかかる。単純な雷としても強力であっただろうが、放った相手が相手だ。ギリシア神話の主神が放つ雷は宇宙を溶かし尽くすほどの熱量が神話に謳われている。特殊な効果があっても不思議ではない。
カイは不承不承、戦乙女を死なせたく無いことを認めた。どんな心算があっての行動か知らないが、彼女は確かにカイをかばったことで行動不能に陥っているのだ。事情を聞かずに捨てていくほど、カイは強くあれなかった。
「いや、交渉相手として扱えば中央も……」
そもそもカイは神々や巨人と接触するために動いていた。場合によってはオーディンの娘として描かれる彼女は交渉相手として、この上ない存在ではないだろうか? 情報源としては有用であろうと理屈を付け、中央へ向かうことを決断する。もし戦乙女が実験などに使われるようなら……
「ケレは一緒に駄々をこねてくれるかね?」
「他の女性の名を出すのはいかがなものかと」
「起きたか。雷は落ちてこなくなったが……一応安全のため低空飛行中だ。アンタをどうするかは検討中」
「もう大丈夫。一人で飛べます」
このままの姿勢でも良かったが、カイは戦乙女を岩盤に降ろし、自分は軽く浮遊している状態で留まった。疑いの目で見てしまうのは仕方がなかったが、敵意はない。
「私はラーズグリーズ。貴方を見守り続けてきたものです」
「……聞き覚えがあるな。確か“計画を壊すもの”だったか」
「その通りです。今こうして貴方と話していることも含めて、かつての役割を壊すもの……ましてや戦死者を導く我らですから。それはそうとカイチ、地下で神話と神話がぶつかり合う様を見ましたね?」
「ああ。どっちもどっちだったし、一般的な地獄のイメージではなかったがな」
「今や、世界中があの有様。まずはそれを知って貰おうかと。世界では人間の及びもつかぬ次元で神話同士が争っているのです」
カイは手を握りしめた。神話奔流第4段階、神々の出現。神火の出現から開始は近いと予想していたが、もうとっくに始まっていたことは知っている。だが、巨大な存在が出現するにはまだ時間がかかるとも希望を持っていた。またも後手かと悔恨が止まらない。
一方で、次元の違う存在は別次元で争っているというのは朗報だ。先程の雷霆よろしく地上で暴れられては、人間など象の足元の蟻だ。
「そこで提案です。我らがアースガルズと手を結びませんか?」
「何?」
だからこそ、投げかけられた言葉は謎めいていた。確かに神話では英雄達にも活躍の機会があったが、現状ではこの有様だ。神域にようやく指をかけた者が10人。カイと燃える“彼女”でも正真正銘の神には届かないはずだ。
「少なくともあなた達は役に立ちます。英雄と呼ばれる存在とそれを束ねる10人は今でも魅力的なのです」
「何もかもお見通しか」
「姉妹達もそれぞれ見守っていますからね。あなた方は自分で思っているほど弱くはない。それに……」
初めてラーズグリーズが言葉を濁した。その目は遠い日々をみているようだった。
「我々はラグナロクを。ギリシアの存在達はティタノマキアとギガントマキアを経て、再び地上に現れるようになった。私達は傷つき、病んでいるのですよ。実際、貴方は巨人を一人取り込んでいる。絶望的な差ではありません」
「さしずめ歩兵扱いか。だが、お前たちの提案を素直に飲んでは、ギリシアを始めとした他の神々との軋轢は決定的になるんじゃないか?」
「そうかもしれませんし、そうでないかも知れない。わたしにもそこは分かりませんよ」
「……いずれにせよ、俺には決定権が無い。一度持ち帰って検討しなければならないが、それで良いかね」
「構いませんよ。我々にも恩恵を与える準備があります。連絡は……そうですね」
ラーズグリーズは快活そうな表情から一変して、艶を感じさせる顔になり飛び立つ直前に言いおいて行った。
「月が見える晩にまた会いましょう」
言葉とともにその姿は消え去った。それと同時に通信が回復した。
「本部、こちら黄泉神鳥。応答してくれ」
『こちら、ライザ! カイチ様、ご無事ですか!? いきなり反応が消失して、今座標が……』
「色々あってな。これから帰還する。中央までの道のりに問題は無いな」
『はい。いつも以上に静かです』
「では自力で帰還する。オーバー」
これから始まる会議に気が重い。反面、軽やかに炎の翼を展開してゆったりと飛び立つ。それにしても戦乙女が電子戦を仕掛けてくる世の中か、そう感慨にふけりながら……




