備えて
カイ達のようにある程度、拝領の儀を行える者達にとって一つの課題がある。
取り込んだ力をどう扱うか、という難題である。
能力的に儀式と相性のいいカイを除いても、〈英雄〉のトップテンはある程度の差はあれど神火を拝領していた。
結晶化して埋め込まれる神火は溶けるように、体内でエネルギーとなる。炎や赤といった要素で使うことも可能だが、元々が火炎系の〈英雄特性〉でも無い限りは融通がきかない。
テレビゲームなどで見られたステータスポイントの振り分けや、スキルポイントの割り振りに似ているだろう。
最も実際はそう簡単ではない。例えば〈英雄特性〉の出力上昇に使おうとすれば、体内を見もせずに手術するようなものだ。
エネルギーを保持し、流れるための回路を作り、自身の〈英雄特性〉に適した形への変換器を作成して接続、などというややこしいことをする必要があった。
そこで最も単純な使い方は肉体面での強化。結晶が体内で溶けて馴染むに任せ、自身でイメージするのは体内に貯蔵庫をこしらえる程度で済む。これはロスも多く、非効率的ではあったが不可能ごとではないのだ。
カイも一回目はこのような使い方をしている。しかし、二回目以降は何もしていない。これについて、仲間達も特に問いただしもしなかった。アレには考えがあるのだと、同じ戦場を駆け抜けてきた仲間たちは信じている。
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カイが目覚めた時、会議はあらかた終了していた。マッドの期待には沿えなかったが、二人ともに苦手とする序列2位がカイを見て『間に合ったな。実に喜ばしい』と発言したことで、最悪の事態が起きたと理解できた。
能力上体調に問題は無かったが、火の反動か浴びるほど水を飲んだカイはようやく落ち着くことができた。
現在は何もない私室にプロジェクターを持ち込んで、ケレ、アニカ、ブレフトと共にライザの説明を聞いている。
「現在、このシェルターは中央としての機能を予備に移管して北上しています。原因は北方、旧ノルウェー付近にて大規模なハーピーの群れが観測されたことにあります」
「ハーピー? 数が多い種類の方か?」
ハーピーは人間の胴体と顔に、鳥の翼と下半身が合わさった存在だ。多くの詩に小説、あるいはゲームなどにも登場するため、知名度は比較的高いほうだろう。
“神話の奔流”第一段階で既に出現しており、単体ではさほどの戦闘能力を持たない。あくまで怪物としては、であるが。
一方、神話に出てくる名高い個体の存在もギリシア神話に登場する。元は空中現象を神格化したものであり、人や物を天高く舞い上げるとされている。どちらかで大きく話に違いが出るだろう。
それに対して、ライザは渋面を作ろうとしているようだった。元が美形なので、子供がむくれているような風にしか見えない。
「いえ、両方の可能性が示唆されています。オールポート氏の発明品をどこまで信じて良いのか分かりませんが……中型の反応が3つ。大型の反応が1つ」
「強いのか? 弱いのか?」
「あくまで存在の指標の一つですよ、ケレ様。わたくし達〈英雄〉でも、このレーダー上は小型扱いですから……ただ、この大型は〈ファーヴニル〉に匹敵する存在では無いかとの推測もなされています」
アニカとブレフトは妙にげっそりとしていたが、その言葉で顔色まで変わった。
配下の多さもあれど〈ファーヴニル〉を倒した際には、カイ達のような優れた〈英雄〉10人がかりだったのだ。技術の向上など加えても、その暴威は計り知れない。
「皆の気持ちは分かるが、討伐は早い方が良い。子でも産まれれば最悪極まるからな。手持ちの札で勝負する他はない」
今のところは指揮官級の個体が子を産んだという記録は無い。推論だが、怪物達は怪物達で“神話の奔流”に混乱しているか、つがいを見つけられずにいるかとされている。
もはや小型が生態系に食い込んで来るのは避けようも無いが、ドラゴンやらが増えていくのが当たり前になるのは阻止したい。
種族的な身勝手ではあるが、そうなれば人間の地位は大きく落ち込んでしまう。話が通じる可能性より、敵対する可能性を信じて殺すという方針にはそうした生存競争の側面もあった。
「ハーピーの群れは兵とわたくしがあたりますが、中型と大型への攻撃はかなり困難となるでしょう」
「なんでだよ。こっちには無敵の〈英雄〉様がたくさんいるだろ?」
「はぁ……これだからバッタは困ります。進行速度からすると、相手は飛んでいるのですよ。中型は波形からしてハーピーはハーピーでもハルピュイア三姉妹の可能性有り。これで大型まで飛んでいたら、対峙するのさえ覚束ない」
姉妹の数合わせには諸説あるが、ハルピュイアという有翼の怪物は神々の血を引いている。古代の英雄達に敗北したが、虹の女神のとりなしによって助命された。それが伝わっている伝説だが、そうなればその後ろにいる大型はまさに神という可能性がある。
なめてかかれる相手ではないどころか、最初からこちらより格上と想定するしかない。
「となると、アニカとブレフトの存在は結構重要だな。アニカの影絵芝居で短時間でも地面に落とす。その後、ブレフトの毒を流し込めば結構な弱体化も見込める」
もとより同じシェルターに配備されていたのだ。二人が連携の鍛錬をしていないはずもない。実際、ナミュールでカイが二人を同時に相手にしていならば、負けはしなくとも苦戦はしただろう。
二人とも自覚があるらしく神妙に頷いた。反乱分子という汚点を拭うには、危険度が高い任で前線に赴くのが手っ取り早い。そうした打算も当然に考慮した上で、覚悟して参加するからには裏切られる心配が無い。
それまで黙っていたケレは何か思うところでもあるのか、居心地悪そうな姿勢で手を挙げて発言した。
「……私も参加する。銃の腕には自信がある」
「どうしても参加されるなら、証文でも出して貰いますよ。勘当されたとは言え、アナタは真のエルフ。それが死んで、妖精種族の悪意を買うのは我々なのですから。参加する場合でも最後衛で適当に狙撃でもしていてください」
「むぅ……立場を失っても、枷だけ残るとは世の中は不条理だ……カイはどうするのだ?」
そこでカイはようやくケレの申し出の理由が分かった。居所を安定させたいという意味では、〈英雄〉では無いケレの方がより深刻だ。フォレストエルフとしては自分の木を安心して植えられる場所も必要なのだ。
「俺はその大型か中型の厄介そうな方を殺す。出番は一拍遅れるな」
「はい。シェルター内部に侵入したハーピーに対しても〈英雄〉が迅速に処理する必要もあるので、〈英雄〉全員が前線に出るわけにもいきません。シェルターは射撃の射程限界から引き撃ちのような形で移動。他のシェルターへ向かうことだけは最悪でも避けます」
正直なところ、他のシェルターは大型の存在が無くともこの侵攻らしき行動を止める戦力を持っていない。秘密裏に何かを持っている可能性もあるだろうが、それをこそ中央としては避けたい。
怪物の大軍を根こそぎにする武器や存在など、それこそありきたりだった。
「一番面倒な戦い方だ。しかも、ここに来て他のシェルターを守るための自殺行為かよ」
「そうするために作られたのが中央だ。ここだけは攻めのための砦になっている」
カイが立ち上がったことで、ライザの説明も終わる。全員が仕方ないという風に、事態の対処に備えるだろう。
勿論、カイもそうする。このような時のために、自分は生きてきたと思うために。
「そうだ……今度こそ守られない……!」
一人残ってからカイは拳同士を打ち合わせる。
守るためでなく、守られないためという中央の役割からズレた決意を抱えて、開戦を待ち受ける。
第4の奔流が始まる。




