到着
折りたたみリヤカーは生活道具諸共、巨大な革袋に突っ込む。そしてその上から迷彩処理したシートを被せて隠しておく。取られたところでどうということもないが、再度買い直すのもまた面倒。かといって“中”に持ち込む場合は各種検査で更に面倒であった。そのためこのような扱いになる。
最悪の場合は、そこら中にある廃墟から似たような物は集められるのだ。
「おい、カイ。来たぞ、お前たちの“移動する街”だ」
ケレの言葉に目を細めれば、確かに遠くにもうもうと立ち込める土煙を放ちながら進んでくる代物が見える。巨大ゆえに見えたわけではなく、二人の視力が良すぎるのだ。
カイは〈英雄〉であるがゆえに、ケレはエルフであるために、鷹の目を保有していた。
「エルフの目は優れているってのは本当だな」
「全て私より優れてそうなお前が言うか。ところで防塵シートを持ってくるのを忘れた。あるか?」
「一人用だから狭いぞ?」
遮蔽物に隠れながらシートを広げて毛布のように二人で包まった。
カイの鼻孔を花のような香りが満たす。同じようにほこりに塗れた旅を続けているというのに、種族による差か、これは。そう思考を逸しながらカイは顔が赤くなるのを堪えた。ふと目をやると暗闇の中、ケレの長い耳が赤くなっていることに気付いて、カイはとうとう顔を赤くした。
こんな気分はいつ以来か……カイは感慨にふけりそうになるが、それもここまでだった。
震動、轟音、シートにぶつかる圧力。いつもながら近くで受けるものではないな、これは。遮蔽物越しでもこれなのだから、移動シェルターが通るところは獣道よろしく、草も生えない。一方で乗り降りする者を狙う亜人やアウトサイダーは増える。それらが駆除されれば、今度は死体あさりが増える。
移動シェルターはあくまで人類と友好種のための砦だ。他の環境へは全くよろしくなかった。
「止まったようだが……しばらくはこのままか?」
「だな。砂塵まみれになりたくなければ……だが。俺とこうしてくっついているのと、ホコリが舞う中に出るのはどっちが良い?」
「……うるさい。震動はもう無いのだ。ちょっと広げろ」
移動シェルターが噴霧してくれれば良いが、そうでなければ1時間はこのままだ。降りる者が少なければ、そんな機能はわざわざ使ってはくれないものだ。
こうして何度も乗り降りしているが、慣れることは無いらしい。五感が優れているカイにとっては、停車中でも結構な騒音である。用意していた減聴耳栓で蓋をする。
次いでにデバイスモニターを照明機能で出現させると、ケレは怪訝な顔でカイの耳栓を見やった。
「おい、なんだそれは」
「騒音対策。言語と特定の音以外をシャットアウトしてくれる優れもの。“中央”にて5プラチナムチケットで販売中。お越しの際にはどうぞお買い上げください」
「値段設定がふざけているぞ。買えるわけ無かろう……予備とかは無いのか?」
「エルフは耳もよろしいんだな。ホイッと。後で感想聴かせてくれ。製作者に送りつけるから」
ポケットから更に2つ取り出して、手渡す。エルフの長い耳に、黒い小さな角が生えたようになる。デザインは度外視して作られた代物なので微妙に似合っていない。きっと自分も似合っていないだろう。
「知覚域を調整するから、丁度いいところになったら言え。お前の種族……森林系のエルフが使うのは初めてだ。良いデータ取り兼暇つぶしになる……シティエルフのプリセットならあるんだがな。アイツ、喜ぶだろうなぁ」
「製作者とは親しいのか?」
「ああ、旧時代末期からの腐れ縁。変な奴で研究に疲れると、気分転換でこういうアイテム作るんだ。俺なんかからすれば、どっちも頭が茹で上がりそうな気がするんだがな」
「……良いぞ。多分、これぐらいが丁度いい。変な人間には変な友人ができるんだろうさ」
「その理屈で行くと、お前も変なやつになる。調整終了。データ送信開始。ついでに手紙も書いておくか」
変な奴と言われたケレは微妙な顔になる。うすうすは自覚があったと見える。旅に出た経緯を考えるに、あまり突き回すわけにも行かないのが残念だ。カイとケレは少しだけ離れて、角突き合わせるような姿勢で時間を待った。
/
防塵シートを跳ね上げる。完全に散ったわけではないが、砂塵は大分収まっていた。停車時に鳴り響く音は心臓の鼓動のようだ。ケレとカイがやや気まずげに並んで歩き、上を見上げる。
そこにある威容……ケレが“動く街”と評した移動シェルターはまさにその通りの代物だ。丸形のドームを幾多の無限軌道で支え、魔導と融合した科学によって動き続ける要塞。人間の叡智と臆病の結晶。その姿は乗り慣れた者でも、近くでは一度見上げてしまう迫力がある。
続いて下開きの扉が動き出す。資材や人々の搬入口でもある扉が降りて来る。コレ自体も相当な大きさなのだが、シェルター全体の大きさに比べれば豆粒のようだ。このような扉は幾つもあり、噂ではシェルターの外壁は全て開くことが可能だとかという話さえあった。
「最初に見た時はどこから入るのか迷ったものだ。その後の手続きだの登録だのも気が滅入る作業だったがな」
「慣れないと見つからないからな。停泊中ぐるりと回って探すのも馬鹿らしいし」
“外”へと頻繁に出る者としては常識だが、進行方向側の扉が開くのだ。もっとも慣例による物なので、確実にそうと信じ込むというのも、それはそれで危険だ。しかし、突然運搬口を変える場合でも外へのアナウンスは轟音でほとんど聞こえない。シェルターに住む者にとって、“外”で活動する者達は畏怖の対象であると同時に不審でもある。
貴重な収穫物をもたらし、品物を購入していってくれる。その反面、未知の病気を持ち込むかもしれないし、外敵の手引をしているかもしれない。検査は当然行われるのだが、それでも疑うのが人のさが。
その猜疑で長居したくない者もいる一方で、カイのように徹底した流れ者からすれば、それぐらい備えて然るべきと納得している者もある。どっちもどっちであろう。
「他の街で買った銃なのだが、整備や補給はしてもらえるものなのか? 自分でやると、オーバーホールまではできない」
「エルフって手先が器用なんじゃないのか? 俺は銃使わないから知らんが、金を払えばしてくれるだろうよ」
ケレは歩きながら、腰のポーチを外して中身を確かめる。微妙に歪んだ顔をしている。
「お前は金持ちか? ……もしかすると金を借りるかも知れん」
「構わん。どうせろくに使わないからな。ただし、ちゃんと返せよ……使わない物でも返さないのは無性に腹が立つからな」
カイは気前の良さと奇妙な吝嗇さを併せ持っている。
友人と見込んだ相手には幾らでも用立てる。返さなければ腹が立つと言うが、返さなくても本当に腹を立てるだけだ。一方でそこらにある物は一つも無駄にしない。
そんな性根はケレにはまだ分からない。少し安堵して移動シェルターに乗り込んでいき、カイも続く。用が無ければ行くことの無いカイとて、街中で色々な物を見て回るのは嫌いではなかった。
/
シェルター内部は巨大だ。中に入ったとて、いきなり街に出るとはいかない。そもそも搬出入口自体は街から見れば地下だ。そのため斜め上へとエスカレーターで運ばれていくことになる。
流石に人が乗るためのものと、貨物を運搬する用にエスカレーターは分けられていた。具体的に言えば手すりの有無であり、壁にあるモニターの有無だ。そう考えると貨物用は単なるベルトコンベアと呼べる。
特に案内人がいるわけでもないため、屈んでいれば荷物側に人が乗っていても大丈夫ではあるが、到着した先の場所上、荷物用に乗るとひと手間多くかかってしまう。
そんなどうでもいい構造を思い出しながら、カイは運ばれていく。
横のモニターには各言語で「ようこそ!」の文字が表示され続けて、緑の光を放っている。手すりは青い蛍光塗料が塗られており発光していた。
通路は仄暗い。映画館を思わせて眠くなるとカイはいつも思っていたが、ケレはどうであろうか?
映画産業は随分と廃れてしまった。カイがもう少し若い頃を考えると、驚くほど急速に停滞した。現実の方が余程奇怪になり、また同時に物騒な世と化した。楽しむ余裕が無い時期が続き、気付けば製作する環境が無くなっていた。
それでもかつての名作はデータベースに残ったアーカイブで閲覧することも可能だ。また、各都市でかつての学生映画のような物が作られて復興の兆しが見られる。軌道に乗ればシェルターにも映画館が現れるだろう。
その日が来れば、ケレのような異種族と行ってみるのも良いかも知れない。そのような考えを持て余しながら、呆けていたおかげでカイは異常に気づいた。先入観無く虚ろに周囲を見ていたのが幸を奏したと言える。
「ケレ、銃をいつでも撃てるように準備をしておいてくれ。俺も荷物はすぐ下ろせるようにする」
「……何かあるのか? 今のところ、何も感じないが……」
そう。カイもなにかを感じ取っている訳ではない。だから警戒する気になったのだ。
ここは搬出入の移動通路。つまり普通ならば、入る者と同時に出る者もいるはずなのだ。
それがいない。横にある反対側へと流れていくベルトの上には誰もいない。
「確かに“外”で活動するものは少ない。しかし、絶無ということは決して無い。外の物資の収穫者だけでなく、重大な驚異が停泊中に襲ってこないか調べるための部隊も出すのがセオリーだ。だから……」
「中で何か起こっているか。人間というのはよく分からんな。しかし、分かった。一見して分からぬように、外套に隠して銃を構えておこう。お前は瓦礫打ちを出さなくて良いのか?」
「素手の方が得意だからな。それに、無手であれば敵がいたとしても勝手に油断してくれる」
仄暗さが徐々に光を強くしていく。地上……街が近い。
途切れたエスカレーターから降りて、玄関口に立つ。露骨に警戒しているとは思われないように、なるべくゆったりと待つ。
自動ドアが開くと同時、明かりが目を刺す。
カイとケレが街へ入ったと同時に、黒い甲冑達に長銃を突きつけられていた。




