第20話 天井スピーカーの叔父貴
スピーカーがプツと鳴り、天井の蛍光灯が一拍だけちらついた。古い守衛室特有の乾いたホコリとストーブの灯油臭が、声に揺れる。
『なんだよ……せっかくのとっておきのネタだって言うのに随分と反応薄いじゃないか……実はうすうす察してた?』
突然スピーカーから声が聞こえてきた。しかしその声に驚く人物は部隊にはいなかった。
「叔父貴。盗聴とは趣味が悪いぞ……まあ、叔父貴の事だからいつものことか?それよりチャリンコに乗りながらイヤホンしてここの部屋の会話を聞くなんて事故っても知らねえからな」
呆れたようにかなめは戸棚の隣のスピーカーを見上げた。コーナーの火災報知器に偽装した黒いレンズが、こちらを見ている気がした。
嵯峨が部隊のあちこちに隠しカメラや盗聴器を仕掛けていることは公然の秘密だった。
『ああ、さっきの件だけど、ようやく満足が出来る設定になったって開発チームから連絡があってさ。とりあえずそれなら俺が見てやるから持って来いって言う話になったんだよ。それで明日、新港に到着するように甲武の泉州コロニーからの直行便を縦須賀には手配してある』
恐らく自転車をこいでいるあろう嵯峨を想像しながら誠は背後の石油ストーブの音に神経が行っていた。
『まあ、その手続きの面倒なことときたら……全く嫌になるよ……未だに東和は甲武を敵国呼ばわりしてるんだ。東和は前の戦争では中立だったじゃないの。なんでいつの間にか敗戦国である甲武の敵国になってるの?本当に政治屋のやることは理解できないね。その為に俺は義兄貴に土下座してなんとか東和の大統領と首相に秘密電話をかけさせて了承を得て、さらに醍醐の父つぁんに陸軍大臣として東和の軍と警察に一々協力要請の書簡を送ったんだ。また二人に借りを作っちまった。あの二人は口うるさいから俺は苦手なんだよ。そんな事ならやることは俺よりはるかにあくどいのに黙っていても裏で手を回してすべてのおぜん立てをしてくれる義姉さんにお願いした方がよっぽど楽だったよ……まあ、今度会うときひどい目に遭わされるのが確定するからそれはそれで嫌なんだけどね』
ぼんやりとした嵯峨の顔が想像できて誠はついニヤつく。だが、隠しカメラの存在を思い出してすぐにそれを修正した。
「だったらランの姐御の機体を用意した理由はなんなんだ?あんな化け物みたいな機体を直して何がしてえんだ?ありゃあ、本当にランの姐御しか乗れねえ機体だぞ。そもそもコックピットが小さすぎて姐御じゃねえと乗れねえし……そもそも必要とされる法術キャパシティーが大きすぎてかえでですら動かせねえような代物だ。あんなもんがうちに来たら下手に地球圏の連中を刺激するだけだろうが」
いつも叔父に対して挑発的な口調になるかなめは言葉を発した後、誠は思わずかなめを見た。誠の視線に気づいたかなめは気まずそうに剥いたみかんを口に放り込んだ。
『ああ、『方天画戟』はうちに配備する予定は今のところは無いよ。まあ……ランの05式先行試作に付けた法術触媒機能がいま一つ相性が悪くてね。ひよこの奴がどうしても『方天画戟』のその触媒システムの稼動データが取りたいって言うんだ。今の神前やランの機体の『法術増幅触媒』装備の機体は十分な実験データが取れていない状態で実働部隊に使用されていること自体が異常なんだよ。その点『方天画戟』には遼南内戦での多くの戦闘データや運用方法のノウハウが詰まってる。そのデータを抜き取るために運んで来たってこと。まあこれからも運用は05式で行くつもりだよ。『方天画戟』なんて物騒なモノおいそれと持ち出す訳にもいかないし、ランの奴もあれには乗りたくないって言うしね……あれは血塗られた機体だ。40万人の死者の呪いの詰まった機体だ……俺だってランだってあんな恐ろしいものを戦場には持って行きたくないよ』
嵯峨は明らかにやる気の無さそうにそう言うと通信機の向こうでタバコを吸っているようだった。その言葉に、コタツの上の湯呑がかすかに触れ合う音だけが残った。アメリアでさえ、みかんに伸ばした手を途中で止める。
「異常?確かにアタシがネットで調べた菱川の裏情報でのカタログスペックでも『方天画戟』の性能とその戦果は異常としか言えねえのは分かるが、それ以前にこの部隊自体が異常なくせに……だから『特殊な部隊』って言われるんだよ」
叔父である嵯峨の言葉にかなめは切り返す。誠はただうなずきながら彼を見つめているカウラの視線を感じて目を伏せた。
『そんな事言うなよ。一応俺も苦労しているんだぜ。第一これまでお前さん達隊員にこれだけ困難な任務を与えておきながら一人の死者も出ていない。そう言う部下が死ぬかもしれない作戦は俺はあえて避けている……これからはどうなるかは保証は出来ないがね』
嵯峨の言葉が珍しく苦渋に満ちた響きに変わるのを誠は聞き逃さなかった。
「苦労ねえ……でも死人が出てもおかしくない戦いばかりだったのは事実だろうが。死人が出なかったことを自分の手柄のように言うんじゃねえよ!ただの偶然だろ?それをまるで自分の手柄みたいに言いやがって!いい加減にしろ!」
かなめは意味ありげに笑う。誠も乾いた笑みを浮かべるしかなかった。かなめの目が嗅ぎ回る猟犬みたいに細く光る。標的を探す習い性が、表情に出た。
「今回は物騒なものを持ち込むんだ。それなりの近隣諸国への言い訳や仮想敵あるんだろうな。アメちゃんか?ロシアか?それともゲルパルトのネオナチ残党や甲武の貴族主義過激派か?理由は威嚇か?最終調整の為の試験起動か?それとも……」
そう言うかなめの目は敵を漁る猟犬のように鋭い光を放っているように誠には見えた。
『焦りなさるなって。それにそんなことを俺みたいな性格の悪い人間が簡単に言うと思ってたの?かなめ坊よ。相手を見て話をしなさいよ。そうしないと自分の思ったような回答は返ってこないもんだよ。それくらい社会の常識。もっと勉強しなさいってことだね。そんな事は現場の人間で知っている必要があるのは、俺とランだけでいいんだ。お前さん達はその言うことには間違いないって信じてついて来ればいいだけ』
かなめの矢継ぎ早の質問に嵯峨はいつもののらりくらりとした対応で返す。誠はかなめに目をやったが明らかに苛立っていた。
「先日の遼帝国宰相の東和訪問の際にタイミングを見計らって新港に荷揚げしてそのまま隣の工場まで運んだんですか?マスコミの目から『方天画戟』の存在を隠す為に」
アメリアの言葉に驚いたようにかなめの視線が走る。
「なによ!そんなに責めるような目で見ないでよ。一応これでもあなた達より上官の佐官で運用艦『ふさ』運航部の部長なのよ。話はいろいろ知ってても当然でしょ?」
慌ててそう言ったアメリアの言葉にカウラは頷くがかなめは納得できないというように手にしていたみかんをコタツにおいてアメリアをにらみつけていた。
『喧嘩は感心しないねえ。まあ、お前さん達の物分かりが悪い事は良く分かったからぶっちゃけとくわ。仮想敵から話をするとねえ、遼帝国の南都軍閥に動きがある……民主選挙を受け入れることで自分が絶対勝てる選挙を名目に解体された南都軍閥だが、連中は元地球人。遼帝国では圧倒的な少数派でその多くが遼州人達よりはるかに豊かで周りの遼州人を見下しているんだから問題は今は起きてないがそのうち起きるかもしれないよね。連中も武器は捨てたとか言っても結局は遼帝国の米軍基地に持ってた武器を預けただけだもん。そんなもんアメリカとべったりの南都軍閥が軍閥から『遼州進歩党』という名目の政治組織に衣替えしただけなんだから再武装するなんてことはアメリカが良しと言えば簡単なことだ』
そんな嵯峨の一言で空気が変わった。
「……要するに『米帝の犬が、遼帝国の中で牙を研いでる』って話か……アンリ・ブルゴーニュ……叔父貴の権限で宰相の位をはく奪してやってくれよ。あの米帝の番犬が遼州圏内にウロチョロしてるってだけでアタシは嫌な気分になるんだ」
かなめは呆れたようにそう言うがアメリカと遼帝国宰相アンリ・ブルゴーニュの関係については誠は知ることができないでいた。
『南都軍閥出身の遼帝国宰相、『遼州進歩党党首』であるアンリ・ブルゴーニュは米軍にとってはちょうどいい飼い犬だからな。奴の地元の米軍基地の有る南都軍港で何度か法術師専用のシュツルム・パンツァーの起動実験が行われていたと言う情報が俺の耳に入ってね。俺もねえ……あれだけあからさまにやられると裏を取る必要が無いくらいだよ。遼州圏は地球圏とは距離を取る。その同盟設立の原則を有力加盟国の宰相が反故にしてみせる。そんなこと許しておくわけにはいかないじゃないの』
守衛室の窓ガラスがわずかに鳴った。外をトレーラーが通ったのか、床が低く震える。誰も笑わなくなった。遼帝国とアメリカが関係改善に向けて動き出していることは誠も知っていた。それがシュツルム・パンツァーの起動実験を行うまでの関係とはさすがに知らなかった。
「実働部隊は蚊帳の外……いや、アメリアが知ってるってことは、ランの姐御も知ってただろ!あのチビ!アタシ等に隠してやがったな!それに新型のシュツルム・パンツァーの起動実験をアメリカが遼帝国でやろうって言うんだ。当然法術師対応型でそれ向けの法術師のパイロットは確保してあるはずだ。米帝め、また要らんことを遼州圏でやろうって腹か?」
そう言うとかなめは半分のみかんを口に放り込んで噛み始めた。明らかにポーカーフェイスで報告書を受け取るランの顔を想像して怒りをこらえていた。そんなかなめの口の端からみかんの果汁が飛び散り、それの直撃を受けたカウラがかなめをにらみつけるがかなめはまるで気にしないというようにみかんを噛み締めた。かなめはみかんの皮を力任せにちぎって、白い筋を乱暴に払った。果汁が飛んで、カウラの頬に一滴……にらみ、それでも何も言わない。
『ああ、お前等には教えるなって俺が釘刺しておいたからな。なあ、クラウゼ』
目の前のアメリアが愛想笑いを浮かべている。カウラもかなめも恨みがましい視線を彼女に向けた。
「しょうがないじゃないの!隊長命令よ!それに貴方達は他にすることはいくらでもあるんだから」
アメリアは細い目をさらに細めて必死に言い訳をした。
「駐車禁止の取り締まり、速度超過のネズミ捕り……ああ、先月は国道の土砂崩れの時の復旧作業の仕事もあったなあ。確かに仕事はいっぱいある……どれも武装警察であるうちがやる必要のない仕事ばかりだがな」
嫌味を言っているのだが、誠から見るとタレ目の印象のおかげでかなめの言葉にはトゲが無いように見えた。
『喧嘩は止めろよ。それにだ……後ろ見てみ。たぶんこんなことを言ってられない状況が展開されているから』
「?」
突然言葉を飲み込んだ嵯峨にかなめは首をかしげた。
スピーカーの向こうで、嵯峨が灰を落とす微かな音がした。
『だから……後ろ……現状をちゃんと見なよ。目で見たモノだけがリアルだよ』
カウラがアメリアの背中を指差す。誠とかなめは同時に振り向いた。




