第18話 排骨麺待ちの機密
「それにしてもいつ見てもぽわぽわだな、ひよこは。法術に絡むと人が変わったように真面目になるのにそれ以外はポエムの事しか考えてねえんじゃねえのか?緊張感が無くて見てるこっちが拍子抜けするわ」
かなめはいつもの平和なひよこに正反対の自分を重ねるようにそう言った。
「そうよね。でもまあ出動時には一番の頼みの綱だもの。ひよこちゃんの『ヒーリング能力』があるからみんな無茶が出来るんだから。普段は英気を養っていてもらわないと……ひよこちゃんの力はいつだって必要だから。それに法術特捜の助っ人任務にはどうしても法術の専門家であるひよこちゃんの意見が欠かせないし、誠ちゃんの05式だって最近は西君が法術関連の兵装の勉強をしてくれているから何とかなってるけど、いざという時はやっぱりひよこちゃんの意見が必要になるわ。そのためにも普段はポエムでも書いてのんびりと日々を暮らしていてもらわなきゃ困るのよ」
珍しくかなめとアメリアが意見が合ったというようにうなずきあった。それを見ていた誠が立ちひざのままコタツに戻ろうとした。
しゅう、とやかんが鳴き、灯油のにおいがこたつ布団にしみる。
その静けさを割るように、誠の腹がぐうと鳴った。それを聞くとアメリアの表情が変わった。アメリアの糸目がさらに細くなり、唇の端がいたずらっぽく湿る。
「あら?誠ちゃんのおなかが……誠ちゃんは食べるものね……私と身長は似たようなものだけど元々粗食に耐えるように出来ている私達『ラスト・バタリオン』とは身体の作りが違うものね」
アメリアはそう言うと舌なめずりをした。当然かなめのタレ目も細くなって誠を捉えていた。
「仕方ないだろ。時間が時間だ。それに『ラスト・バタリオン』の代謝能力が低いとか言う問題以前に貴様等が神前を外に出しておくからエネルギーの燃焼が早まったんだ。これは神前が悪いんじゃない。勝手気ままで神前をつまはじきにしている貴様たちの責任だ。貴様たちの手で何とかしろ」
二人の暴走が始まる前にとカウラの言葉が水を差した。
「そうなの?誠ちゃん?」
アメリアは今度は悲しそうな表情を演技で作って見つめてくる。誠はただ頭を掻くしかなかった。
「でもそうすると買い出しか出前か……カウラの言うことはもっともだから。ここはいつものように神前を外まで買い出しに出すというわけにはいかないな……」
そう言いながらもかなめの手には近所の中華料理屋のメニューが握られていた。
「そうなると当然、出前だろ?持ち場は離れないのが守衛の鉄則だ。買い出しではどうしても持ち場を離れることになる。そんなものは無しだ、出前一択に決まっている。それとアメリア、神前はこき使うな。貴様が年中こき使っているパーラを見てみろ。アイツは年中転職情報誌とのにらめっこの毎日だ。そんな毎日を神前にも送って欲しいのか?貴様の辞書には今すぐ反省と言う文字を書き足す必要がある」
カウラの一言と暮れてきた夕日と自動で点いた外灯の明かりの中でかなめは麺類のメニューを見た。メニューの隅は中華油でべたつき、出前カードの角は何度も折り返されて白く毛羽立っていた。
「カウラちゃんはすっかり小姑気取りね……反省してまーす。これからは誠ちゃんをこき使いませーん。うちの子達にも誠ちゃんをおもちゃにして遊ぶのをやめさせまーすって……このメニュー表も汚くなってきてるわね。……あそこもうちがお得意さんだってわかってるなら新しいのと取り換えるとかもっと商売っ気出しなさいよ……遼州人の『足ることを知る』精神にも困ったものだわ。『読めればメニュー表の役割は果たすからそれで良い』ってだから東和は何時まで経っても20世紀末日本の光景が広がってるのよ」
アメリアの言葉に反省の色は無かった。しっかりと話題を御用達の中華屋のメニューの汚さに責任を押し付けてこの場を逃れようとしているその魂胆が丸見えで誠は苦笑いを浮かべた。アメリアを無視して真剣な表情でメニューを見つめていたかなめを見ながら誠は苦笑いを浮かべる。
そんな誠とかなめの手にしたメニュー表の表紙を見たアメリアが人差し指を立てた。
「ああ、北京亭ね。私そこなら海老チャーハン……あそこはご飯ものの方がおいしいのよね」
メニューの背表紙で店を判断したアメリアはそう言い切った。かなめはしばらく眉をひそめてアメリアを見つめた後、再びメニューに目をやった。
「アタシは麺類がいいんだよな……ちょっと考えるから、カウラ。オメエはどうするよ」
判断に困ったかなめはメニューをカウラに押し付けた。困ったような表情で誠を見た後、カウラは差し出してくるかなめの手の中のメニューを凝視した。
「あっさり味が特徴だからな……あそこの店は……中華料理とはふつうこってりしたものが多いがあの店はあっさり系が人気のようだからな……少し迷うな」
そう言いながらすでにカウラは食欲モードに入っていた。意外なことだがこの三人ではカウラが一番の大食だった。
基本的にカウラ達、人造人間『ラスト・バタリオン』シリーズの人々は小食で効率の良い代謝機能を保持している。運航部の面々などもかなりの小食で、アメリアもその体格に似合わず普通に一人前の食事で済むほどだった。
その中で代謝機能の効率化や食欲の制御、栄養摂取能力の向上研究の成果はカウラには見られなかった。178cmの身長の彼女だが、時としては187cmの誠よりも食べることがある。
「私もご飯物がいいな。出来れば定食で……回鍋肉定食か……それでいいか。ご飯は大盛で頼む」
そう言うとカウラはメニューをかなめに返した。そしてかなめはそのメニューを誠からも見える位置に置いた。
「おい、神前はどうするよ」
かなめのタレ目が誠を貫いた。こう言う時はかなめは誠と同じものを頼む傾向があった。そしてまずかったときのぼろくそな意見に耐えるのは気の弱い誠には堪える出来事だった。
「そうですね……」
先ほどかなめは麺類を食べたいと言った。ご飯ものを頼めば彼女が不機嫌になるのは目に見えている。ただ、麺類は正直あの嫌われ者の菰田の顔を思い出すので誠はあまり食べたくなかった。ケチで知られる菰田は年中食事と言えばカップ麺、しかも激安スーパーでまとめ買いしたものと決まっていた。そのメタボ体形の原因がその食生活に有る事は彼女の部下であるパートのおばちゃん達が何度も指摘しているのだが、そう言う時は経済観念に関してだけは弁の立つ菰田の説教が始まるのでそのおばちゃん達も菰田の説得を諦めていた。
「五目……いや、やめます」
そこまで言ってかなめの頬が引きつった。誠はそれを見て五目そばは避けなければならないととっさに判断した。彼女は野菜は苦手なものが多い。中には見るのも嫌いな野菜も存在する。そこで誠は視点を変えた。
「じゃあ排骨麺で」
誠はかなめのメニューを眺める視線の中央にある排骨麺を注文することにした。こたつの中だけが、やけにぬるく感じた。
「じゃあ、アタシも同じで」
かなめは即答し、メニューをぽいと誠へ放った。受け取った誠はすぐに端末を開いた。
「守衛室、排骨麺二、回鍋肉定食大盛り一、海老チャーハン一。はい、伝票は部隊名で」
誠は通信を送り注文を済ませるとポケットに通信端末を仕舞った。
「じゃあご飯も用意できたことで……ちょっと面倒な話をしようかな……一応、『中佐殿』なんでかなめちゃんみたいに遊んでばかりはいられないのよ」
アメリアはそう言って後ろの棚に四つんばいで這って行った。誠が振り向くと誠に手を振りながら帰って行く運航部の女性士官が目に入った。
「誰が遊んでばかりだ!遊んでばかりいるのはテメエじゃねえか!」
戸棚を漁るアメリアの背中を見ながらかなめが怒りに任せてそう叫んだ。
かなめの声が収まるとアメリアが戸棚の書類を片付ける音がするばかりでしばしの沈黙が警備室に訪れた。誠達はまったりしながら着替えと雑談を終えてゲートから出ていく運航部の女子隊員達を見守っていた。
「おい、神前。そんなに女に色目を使って楽しいか?どうせ連中はいつもオメエの事を笑いものにしてるんだぜ……後ろから蹴ってやれ」
背中から投げかけられたかなめの声に誠は我に返って正座していた。空腹のかなめの神経を逆なでして得になることは一つもない。
「ちょっと!」
戸棚に頭を突っ込んでいたアメリアが叫んだ。彼女の奇行に慣れている誠達はそれを無視した。
「ちょっ、取って!」
戸棚から書類の入ったファイルを手にしてアメリアが顔を出した。その手に握られたファイルを見てようやく誠達はアメリアが何かを見つけたことに気づいて耳を貸す心の余裕を持つことにした。
「なんだよ……つまらねえことなら張り倒すからな」
そう言いかけるかなめだが、アメリアの手にあるファイルが輸送予定表であることに気づいて怪訝な顔でそれに目をやった。厚いファイルの背は軍用緑。表紙には『搬入計画/極秘』の朱印が目立つ。
「なんだ?そんなファイル。何か大物でも搬入する予定があるのかね」
そう言ってかなめが明らかに不自然な厚さのファイルを手に取るが、かなめが一枚めくる。紙の擦れ音がやけに大きく響いた。彼女がその表紙をめくったとたん、表情が瞬時に緊張したものへと変わった。
「神前。そこの窓閉めろ。機密事項だ……こんなものが来るとはな……ランの姐御も言ってなかったぞ」
真剣な表情でそう言うかなめから、そのファイルの重要性を察した誠はそのファイルの重要性を理解した。ゲートが見える窓に這って行き窓を閉めた。
かたん、と鍵が閉まる音が室内に響いた。外ではアメリアの今日一日の無茶に付き合わされて疲れ果てた帰り支度の運航部員がきょとんとこちらを振り返る。
「何かある……とは思っていたけどねえ……やっぱりか……このタイミング……叔父貴……狙ってやがったな……」
かなめは悪意のこもった笑みを浮かべてうなずきつつそうつぶやいた。カウラはかなめの手のファイルを伸びをして覗き込んだが、すぐに黙り込んだ。
「まあランちゃんがわざわざ暇な私達をここに呼んだってことで何か搬入があるんじゃないかとは予想は出来ていたけどね……ランちゃんは私達に誕生日パーティーの企画をさせるためにここに呼んだわけじゃないってことよね……どこまでも仕事熱心なこと。ちっちゃいけど」
アメリアはまるで二人の発言を予想していたようにそう言うと出がらしの入った急須にポットのお湯を注いだ。
アメリアは、わざと軽い音を立てて湯を注いだのが誠にはいかにも気になる態度だった。




