第17話 開けっぱゲートと閉まらない話題
終業のベルが鳴った。
「時間だな……これからは定時で帰る隊員が増えて来るぞ……忙しくなるな。これからは帰る奴が増えてきそうだ……面倒だな……」
すっかりゲート係が板について来たかなめがそう言って伸びをしながら誠に目をやった。その意味するところは自分の代わりに誠がゲートを操作しろと言う意味だと誠は理解した。
「お疲れ様です」
窓の外から甲高い声変わり前のの少年の声がした。しかし、だが、そこにいたのは肩まで髪を伸ばし、短いスカートが似合う少女だった。肩までの髪をきゅっとサイドで留めて、ピンクのダッフルに黒タイツとローファー。背には黒いランドセル、手には『友だち』の長物ガンケース。見た目は女子高校生、口調は淡々、眼だけは仕事人。いつものことながら、真っ先に目を向けられた誠は苦笑いを浮かべてアンの鋭い視線に応えた。
「アン君、報告書終わったんだ」
アメリアはすっかり女装が板について来た『男の娘』である第二小隊のアン・ナン・パク軍曹に声をかけた。今日もすっかり女子高校生を思わせるピンクのコートにいつものアンの友達『カラシニコフライフル』の入ったカバンに女子高校生が良く背負っているランドセル姿のアンが立っていた。
「いいえ、クバルカ中佐から学業が一番大事だと言われてるのでまだ報告書は仕上がっていませんが帰ることにしました」
アンは明るくアメリアにそう返した。
「そうよね、まず字が読めない状態だったら報告書を作るのも一苦労だもの。頑張るのよ。18歳になって漢字が読めないなんてこの国ではちょっと恥ずかしいかもしれないからね」
珍しく常識的な反応をしているアメリアにアンは大きくうなずいて答えた。
「それと実はご相談があるんですが……」
アンは突然真剣な表情をアメリアに向けてきた。元々口数の少ないアンの相談という言葉とそもそも相手がアメリアと言う時点でそもそも相談相手がアメリアって時点で人選ミスだろ、と思いつつ興味に引かれながら誠はアンに目をやった。
「いいわよ、お姉さんがなんでも相談に乗ってあげる」
いつもの事ながら無責任にアメリアはそう言ってアンに笑いかけた。
「僕……彼氏ができたんです。神前先輩すいません……僕は神前先輩にすべてをささげるつもりだったんですが……僕は僕を受け入れてくれる男の人がいると……身体が言うことを……」
石油ストーブがぼっと火を吐き、やかんの蓋がからんと小さく鳴った。そして誠はなんで自分に向ってアンが謝るのかを理解するのに必死になって脳をフル回転させたがろくな回答が出てこないのでそのようなことは無駄なのだと悟った。
「彼氏?相手の年齢はいくつだ?オメエは女子高校生に見えるからって相手も17歳だったりしたら淫行だぞ。その辺大丈夫なんだろうな!それと……って彼氏ってことは男か?やっぱ戦場で上官に掘られまくっててそっちに目覚めたんだな……少年兵にはありがちなことだ……といってもどこまで進んでるんだ?いや、聞くまでもねえな。少年兵が彼氏が出来たということは行くところまで行ったということか……神前、残念だったな」
かなめは脳内がかえでによって穢されているのですっかり彼氏とアンが肉体関係にあることを前提にアンにそう迫った。
「近くの自動車工場で働いているんです。その人は中学に入ってすぐにいじめに遭って不登校で学校に行かなかったから、僕のクラスで勉強してるんですよ。それに彼ももう二十歳の人ですよ。ホテルにだって二人で入っても問題ないんですから。ああ、僕はいつも身分証の提示を求められます。どうしても十八歳には見えないみたいなんで」
アンは元気よくそう答えた。かなめとアメリアは勝手に想像してげんなりし、カウラは何も分からない顔でみかんを剥いていた。
「そうか……それは大変だな……男の格好をして女をホテルに連れ込むかえでだけでも問題なのにこれ以上頭の痛い人間は増やしたくねえかんな。それとここは東和だ。クンサの戦場じゃねえんだからちゃんとホテルを使ってくれ。野外はやめてくれよ。うちにはオメエの隊の隊長である露出狂のかえでがいるんだ。うちは県警には貸しはあるが借りは作りたくねえ。それにそのことが県警経由で司法局の連中にバレてこれ以上うちの評判を落としたくねえんだ」
そう言うとかなめはゲートの操作のスイッチを開けた。
「じゃあ、行ってきますね!そして学校が終わったらまたホテルで彼と……学校って本当に楽しいんですね」
元気よくそう言うとアンは駆け足でゲートを超えて部隊の外に出て行った。
「それで、かなめちゃん。アン君は学校に通ってるのかしら、それとも彼氏とホテルに通ってるのかしら……どっちがアン君の中では比重が重いと思う?」
BL本でそう言う関係について造詣が深いアメリアは消えていくアンの後姿を見ながらそう言った。
「そりゃあ元少年兵としてはホテルの方が重いんじゃねえの?まったく18だって言うのに色気づきやがって。学校ってものを完全に勘違いしてるぞ。それに24で童貞の神前の前であんなに堂々とホテルに通ってるなんて言うなんてやっぱ第二小隊は18禁だな」
かなめの言葉に誠は言葉を失った。そしてアメリアとかなめの会話の意味をまるで理解していないカウラは一人静かにみかんを食べていた。
終業のベルを聞いてもゲートには人影が無かった。定時帰りの多い運航部の女子隊員今日はアメリアの無茶に付き合わされて不在、年末で管理部は火のついたような忙しさ。当然定時にゲートを通ろうとする人影は無かった。
出動の無いときの運行部は比較的暇なのはゆっくりみかんを食べているアメリアを見れば誠にもわかった。それでもいつも更衣室でおしゃべりに夢中になっていることが多いらしく、報告書の作成のために残業した誠よりも帰りが遅いようなときもあるくらいだった。
「みかんウマー!」
全く動く気配が無いアメリアがみかんを食べていた。隣のカウラも同じようにみかんを食べていた。みかんの白い筋が指先にまとわりつき、静電気がぱちり。カウラは筋だけを丹念にほどき、山を作っていく。誠は金に関してはパチンコにいくらでもつぎ込むカウラのそれ以外の時に見せる几帳面さに感心していた。
「しかし……退屈だな。整備班の連中、輪番とは言えよくこんなことできるもんだな。退屈もここまで来ると拷問だぞ。アイツ等には手当の一つも出してやれば良いのに……ってそんな予算がうちにある訳がねえな。なんと言ってもこんだけ現場で必要だと言ってる第二小隊の機体が来年度まで待てと言うくらいなんだから」
元々退屈に弱いかなめは湯飲みを転がすのに飽きて夕暮れの空が見える窓を眺めていた。
「話題を戻すが誕生日ねえ……アタシの家は個人主義だからそれぞれ勝手にやってたからな。アタシの場合は親にそんなもん祝ってもらった覚えはねえな……ああ、かえでのはちゃんと祝ってやった。大根を突っ込むとか、人通りの多い場所に全裸で放置するとか、肥溜めで肩まで浸かって朝まで過ごさせるとか。どれも全部最高のプレゼントだと大喜びだったぞ。やっぱアイツ本当に変態だな。神前、オメエの『許婚』は果てしの無い変態なんだ。オメエがそんな変態を妻として迎えたいなら別だが普通の女を選びたいならこの三人の中から選べ。特にアタシはお勧めだぞ……なんと言っても生活費の苦労をする必要がねえ。それにテクニックも娼婦時代に仕込まれたから最高だ。アメリアみたいな無理やり肉便器されてた奴やカウラみたいにオメエの給料にしか興味がねえパチンコ依存症の金欠女とは違うんだ」
かなめはあっさりとライバルであるアメリアとカウラの印象を悪くするようにそうつぶやいた。その中に誠に時々自分を救うようなことを言ってくるパーラが含まれていないのはアメリアが意地でも誠との接触を禁じているから打倒。誠はそんなことを実の妹に『プレゼント』と称して嬉しそうに行うかなめのドSっぷりとそれを嬉々として受け入れるかえでの変態性に呆れるを通り越して恐怖を覚えていた。
「ああ、今のかえでちゃんの一連の変態行為は聞かないで置いてあげるわ。そんな人と同僚だなんて考えたくもないから。それより、かなめちゃんって誕生日はいつ?ってさっき言ってたわよね?で、かえでちゃんのは?」
突然アメリアが気がついたように発した言葉にかなめの動きが止まった。しばらく難しい表情をしてコタツの上のみかんにかなめは目をやった。そして何回か首をひねった後でようやくアメリアの目を見た。
「誕生日?さっき教えただろ?祝ってくれるのか?じゃあ、来年はきっちり祝えよ。それとアタシの前でアタシが自分でする以外の形でかえでの話はするな。アタシもアレはやりすぎだとSMクラブでかえでにやるようなプレイを客の雄豚に施してやったら逃げやがった。かえでは究極のドMでアタシが望むどんなプレイでも受け入れるがアイツはそこまでの究極の変態なんだ。通常のM男ではアイツレベルの被虐プレイは犯罪だとか言いやがるんだ。ひたすらマゾのかえでを避けて通ってる神前も『許婚』が望むのがそんな被虐プレイだったら嫌だろ?そんなのが目の前をウロチョロしている現実を受け入れるの。そんなに聞きたければ本人に聞け。アイツは喜んで教えてくれて望みのプレイをオメエの要求して来るぞ……ああ、神前にはたぶんアイツから自分で言ってきてとんでもないプレイを要求して来るから覚悟はしておけ。まあ、すでにかなりリンを使って変態行為に浸ってるらしいから……まあ、その辺はアタシの管轄外だ」
かなめは誠の想像を絶するという被虐プレイを要求して来るかえでを想像して不機嫌そうにそう言った。
「かえでちゃんの要求に応じるの?あの人とは色々と男女の関係で臨む展開について話し合ったけど私もかえでちゃんの望むの要求はちょっと……まあ、あの変態のことは忘れましょう。ああ、かなめちゃんの誕生日はしばらく先で誠ちゃんと近いんだったわよね。来年の8月でしょ?お祝いは期待しないでね。私達は誠ちゃんを奪い合うライバルだから。まあ、誠ちゃんのはお祝いしてあげる。だからかなめちゃんへのお祝いで無駄な労力やお金を使いたくないの。かえでちゃんを虐め尽くしてその『女王様』としての欲求を満たせばいいんじゃないの?」
アメリアとかなめが見詰め合った。カウラは関わるまいと丁寧にみかんの筋を抜く作業に取り掛かり始めた。誠は相変わらずコタツに入れずに二人の間にある微妙な空気の変動に神経を尖らせていた。
「別にオメエのプレゼントなんて期待してねえよ。あっても邪魔になるだけだし、それにそんなもんを祝う習慣はアタシにはねえっていったじゃねえか。それにかえでの変態の誕生日が知りたければ隊の名簿に載ってるんじゃねえのか?そんなもん。それとさっきからアイツの話はするなと言ってただろ?アイツは真正のドMなんだ。アイツの要求について行ったらアタシも身が持たねえ」
投げやりにそう言うとかなめはみかんに手を伸ばした。
「そうね。聞くだけ無駄だったみたいね。かなめちゃんにはそう言う特別な日とか言う感覚無さそうだもの。それに貴族のお祝いとなったら私の給料じゃ無理。かえでちゃんに身体を売らないとそんなお金手に入らないわ……ああ、かえでちゃんは誕生日プレゼントとしてそっちを要求して来るかも……でもかえでちゃんは女性の嫌がることはしないからそれはそれで楽しいカモね」
そう言うとアメリアは端末に目をやった。かなめが貧乏ゆすりをやめたのは恐らく電脳で外部記憶と接続して誠の誕生日を調べているんだろう。そう思うと少し誠は恐怖を感じた。
「かえでちゃんは6月なんだ?ふーん……誠ちゃん、ちゃんと護衛してあげるから何とかかえでちゃんから童貞を守り抜いてね」
「そうだな、神前。命令だ。あの色魔のかえでが『許婚』であるということを理由にどんな罠を仕掛けてきてもそれだけは死守しろ!上官命令だ!アイツは色事には特に頭が回りやがる。女を落とすにはそれこそ最高レベルの知能を発揮する。男は勝手に寄って来るから何も考えていない……というか自分が認めた唯一の男である神前を落とすために知略の限りを尽くして来る。気を付けろよ」
かなめはそう言って話題を誠に振った。アメリア、カウラの視線も自然と誠へと向かった。
「なんか二人とも僕が日野少佐から襲われること前提で話をしていますね。確かにその可能性は高いですけど……」
誠は突然話を振られて頭を掻いた。ただ、かえでに襲われると言うことは誠の念願である『モテる』という人生の目的が達成されることになるとは思っては見たが、相手がかなめの話しとこれまでのかえでの言動から誠の望んでいないほどの真正の変態であるので冷や汗をかいていた。
その時背中で金属の板を叩くような音が聞こえて振り返った。
「皆さんお揃いで……」
そこにいたのは医療担当の神前ひよこ軍曹だった。看護師である彼女は正直健康優良児ぞろいの司法局実働部隊では暇人にカテゴライズされる存在である。
「ああ、ひよこちゃん。今日も定時で帰れるのね」
アメリアの言葉にひよこはつぶらな瞳を光らせた。
「暇そうですね、皆さん。全部誠さんに任せて手を抜いているんでしょ?そんなことしてたらクバルカ中佐に告げ口しますよ」
比較的手の空いていることの多い医務室の住人、ひよこから見てもこの警備室の中の四人の状況は暇そのものだった。
「ああ、ランちゃんに告げ口するのはやめて。あの人の説教は何時間かかるか分からないから。まあ、誠ちゃんに全部任せてるのは事実だけど暇と言うより今は色々考えてるの!色々年末だから予定とかあるでしょ!それをみんなで考えてるのよ」
アメリアは半分やけになってそう答えた。
「そうなんですか……それよりあれ、ゲートなんですけど……」
ひよこはそう言うとゲートを指差した。ゲートは閉じていた。その前にはポップな軽自動車がその前に止まっていた。
「ゲート開けといてもいいんですよ。今の時間帯はいつも開いてますよ?知らなかったんですか?」
「へ?」
誠はひよこの一言に驚いた。一応は司法特別部隊という名目だが、その装備は軍の特殊部隊に比類するような強力な兵器を保有する司法局実働部隊である。誠の常識からすればそんな部隊の警備体制が先ほどまでも誠達の状況ですらなり緊張感に欠けると叱責されても仕方の無いことと思っていた。
だが目の前のひよこは常にこのゲートがこの時間は開いていたと言うような顔をしている。
「あのー、開けといたらゲートの意味が無いような……」
ひざ立ちでずるずるひよこのところに向かう誠をひよこは冷めた目で見つめてきた。
「まあ、そうなんですけど。どうせうちに用のある人なんて居ないんですから、それに『盗まれたら盗み返せばいいから開けておけ』、って島田班長が言うんですよ。あの人はなんでも盗めるから安心ですね!」
ひよこはそう言って満面の笑みを浮かべるが、誠はひよこも島田もどこかで根本的に間違っているような気がしてきていた。そして久しぶりに位の当たりに納得できない現象に出会った時特有の違和感を感じていた。
「うちは司法執行機関なんですよね?それが『盗んだら盗み返す』……って……そんな論理ってアリなんですか?」
常識人である誠は思わずその島田の論理に何の疑問も持っていないらしいひよこにそう尋ねてみた。
「そう言う司法執行官や警察官の論理は勤務時間内でしか通用しないというのが整備班の方針みたいですよ。隊長もそれでいいんじゃないかとか言ってますし……今まで問題になっていなかったから別にそれで良いんじゃないんですか?」
顔面一杯に疑問符を並べて飛び出してきた誠を見てひよこが肩をすくめた。彼女もまた東和共和国陸軍からの出向である。この異常にルーズな体制には彼女もはじめは戸惑ったに違いないことは誠にも分かった。それでも天然で純粋な社会に出たばかりの彼女が誰から見ても異常としか思えない『特殊な部隊』のルールにすでに染まり切っていることに誠は絶望しつつ部屋の奥へと戻っていった。
「ああ、アタシ等はいつも残業があるからねえ。あのちっちゃい姐御の報告書の添削はなんとかならねえのか?やれ、この文章はおかしいだの誤字があるだの言って何度出しても突っ返して来るからその度に残業だ。それに今はシーズンオフだがリーグが始まれば野球部の練習もある。まったく定時に帰れる人はうらやましいや!」
みかんを手にしながらのかなめの一言にひよこの顔が曇った。とりあえず話題が変わってほっとするが間に立つ誠は二人の間でおろおろするしかなかった。
「でもそれでいいならそうすれば。誠ちゃん」
アメリアのその一言で誠はゲートを上げた状態で止まるように操作した。
「じゃあ失礼しまーす」
そう言うとひよこは足早に車に乗り込み消えていった。
「それにしても……たるんでやしないか?最近。肝心な時に頼りにしているひよこまであんな調子だといざと言う時にうちは役に立たねえぞ」
かなめのつぶやきにアメリアは笑みを浮かべる。
「いいんじゃないの?『ヒーリング能力』を持つひよこちゃんが暇なのは何よりも平和な証拠よ」
そう言いながら6個目のミカンに手を伸ばすアメリアだった。
ゲートは開いたまま、話題は閉じない。定時の街灯が、構内に長い影を落とした。




