25.「ん」
ロベールは城に侵入しアレクセイを弑しようとした罪で断罪されることになった。本当はわたくしが襲われたのだけど、それだと醜聞になってしまうとの配慮らしい。そしてボワイエ公爵家は正式に取り潰しになった。なるべくしてなったということだ。
しばらくしてロレーヌ様が懐妊した。アレクセイは大喜びでだらしない顔をしている。ロレーヌ様も幸せそうだ。 わたくしもとても嬉しい。安定期に入るまで公にできないが、大きな声で「おめでとう――」と叫びたい気分だ。ロレーヌ様は悪阻で休んでいる。わたくしはリンゴジュースを作り侍女に渡した。
部屋にはアレクセイとトリスタンとわたくしの三人だ。大切なことを聞かなくてはならない。わたくしは緊張しながら問いかけた。
「ねえ。トリス。ロレーヌ様に毒を盛った犯人は分かったの?」
「そうだ。トリスタン。警備は厳重にしたが、犯人を捕まえないと安心できない」
「……毒は盛られてないが?」
「えっ? だって」
「違うと言ったはずだが?」
思い返してみると確かにトリスは否定していた。
「じゃあ、どうしてロレーヌ様はあんなに具合が悪かったの?」
「疲労だ」
「疲労?」
「そうだ。公務が忙しすぎて疲労が溜まっていた。だから休息が必要だと判断した。それだけでは体調が戻らなさそうだから、マルティナ……ルウにリンゴジュースを作るように頼んだのだが」
「え……勘違い」
わたくしはアレクセイと目を合わせ、そっと逸らした。ロレーヌ様はアレクセイと結婚してからずっと激務で満足な休暇が取れていなかったそうだ。体調が戻ったことで懐妊されたのだろう。
「とにかくよかったわ。アレクセイ。おめでとう」
「ああ、ありがとう」
「トリス。それならわたくしたち、領地に戻れる?」
「ああ、そろそろ戻るか」
「やったー! 結婚式の準備が再開できるわね」
わたくしは城から屋敷に戻るとサラや執事に領地に戻る準備を頼んだ。わたくしはいつでも帰れるように王都での用事を済ませてあったので準備は万端だ。実はロレーヌ様との面会の帰りに、王都のお店で紫色の小物などを物色し購入した。家族へのお土産も用意してあるしいつでも出発できる。
あとは……。
「ねえ。トリス。わたくしのこと愛してる?」
「………………ん」
「ん」って何? 今のは愛してるってこと?
「トリス。わたくしのこと愛してる?」
「………………ん」
トリスが顔を赤くし口を引き結んでいる。いつもの無表情じゃない。こ・れ・は、照れているに違いない! 本当は曖昧な返事ではなく言葉にして欲しい。でもまだ結婚式には時間がある。今はこれで充分よ。だけど諦めていないわ。絶対に結婚式までに「愛してる」を言わせるから覚悟してね。
その思いを伝える意味でトリスにそっと抱き着いた。そのまま彼の胸に耳を当てると心臓が早鐘を打っているのが聞こえる。トリスの両腕がわたくしの体を守るように包み込んだ。
その温もりにわたくしはとても幸せな気持ちなった――。
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