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無口な婚約者に「愛してる」を言わせたい!  作者: 四折 柊


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24/25

24.婚約(トリスタン)

 私は夕食後、マルティナにロベール捕縛についての経緯を簡単に説明した。マルティナは神妙な顔で聞きながら時々相槌を打つ。ちなみにロベールの頭を坊主にしたのは私だ。マルティナを攫ったのだから当然の罰だ。


「領地で蟄居しているはずのロベールが逃げ出したと報告が来て、それなら再びわたくしを狙うと思い様子を見ていたということね」


 実はわざと王宮に侵入させてマルティナを攫うのを待っていた。とまでは言いにくい。ただ捕まえても再び領地に送り返すだけになってしまう。今度こそボワイエ公爵家を確実に潰したかった。ロベールがアレクセイを狙ってくれればやりやすいのだが、ああいう男は自分より弱いと思う相手を狙う。また眠り薬でも嗅がせるだけだと思い様子を見ていたのは失敗だった。マルティナに痛い思いをさせたのは完全に私の落ち度だ。


「ああ」

「それならわたくし大活躍ね!」

「ああ」


(すごく助かった。感謝している。だけど痛い思いをさせて悪かった。せめて埋め合わせに何か……用意しよう)


 心の中で反省しながら返事をする。


『トリス! 誉めて、誉めて』


 マルティナが瞳に期待を滲ませている。私はそれに応えるようにマルティナの頭をわしゃわしゃとかき混ぜる。すると満足そうに満面の笑みを浮かべた。


『やったー。誉めてくれたわ!』


 マルティナの声は大きい。正確に言うとマルティナの心の声がものすごく大きい。


 トリスタンにはいくつかの異能がある。この国の王家の直系には異能持ちが多い。異能を持つかどうかは一目でわかる。紫の瞳を持つ者がそうだ。ルグラン子爵家は実は王家の直系で、アレクセイは王家の傍系に当たる。それもほとんど血が入っているかどうかというくらい直系から遠い。


 二百年前までは直系が国を治めていた。ある愚王が異能を使って国を崩壊寸前にした。愚王の弟が王を倒したが、このまま異能を持つ者が国を治めれば再び悲劇が起こると考えた。それを防ぐため王家の血が薄く力を持たない者を王に据え、自らは辺境に下り子爵家を名乗り密かに国を見守ることを選んだ。ただ自分の子孫が道を踏み外すこともあると監視役としてデュラン伯爵を側に置いた。幸い今のところ道を誤った者は出ていない。


 トリスタンの異能は三つある。一つ目は人の心の声が聞こえる。だからマルティナの考えていることは筒抜けなのだ。

 二つ目は空間異動ができる。移動場所は目印になる人がいないとできないという万能ではないものだがなかなか重宝する。マルティナが私を呼べばその瞬間マルティナめがけて移動できる。

 三つ目は人を洗脳する力。記憶を変えることも、本人の意思を無視した体の行動を指示することができる。精神干渉の能力はよほどのことがなければ基本的に使わない。せいぜい眠らせるために「眠りなさい」というくらいか。むやみに使えば力を使うことの恐れを忘れ暴走する。子供の頃はこんな力はいらないとご先祖を呪ったが今は諦めている。


 姉のシャノンも人の心が読める上に「魅了」と「畏怖」を持つ。基本は魅了が勝手に発動されて誰構わず好かれてしまう。シャノンが意識して負の感情を発すると、シャノンに嫌われたり否定されることを恐れ人は近づけなくなる。マルティナを護衛していた時は「畏怖」を全開で発動していたので、人どころか動物も虫も寄ってこなかったらしい。


 実は私もシャノンも普通に目を開ける。二重の紫の瞳だ。瞳を開くと力が強くなってしまうので細めて生活するのが日常になった。だから糸目になっている。


 マルティナの祝福の力は命を削って発現されるが、私たちの力は体に負担なく無制限で使える。こんな危うい力を授けた神様の神経を疑いたくなる。国を亡ぼすのはさぞ簡単だろう。


 マルティナの力は恵の力。誰もが欲する。強固な守りが必要だ。危険だからと一生屋敷に軟禁するわけにはいかない。



 数年前――。

 シャノンはマルティナに同情的で侍女として生涯側で護衛をすると名乗り出た。


「トリスタン。家のことは任せるわ。私は一生結婚しないでマルティナ様の侍女をするから」

「分かった」


 ところがレオン様に見染められデュラン伯爵家に嫁ぐことに決まった。まあ、シャノンが幸せならそれでいいと思う。


「それでね。トリスタンにマルティナ様の護衛を頼みたいの!」


 部屋には私の両親、シャノンそしてマルティナ様以外のデュラン伯爵家の人が集まっていた。護衛を決めるだけにしては物々しい雰囲気に私は警戒した。嫌な予感がする。


「護衛は引き受ける。……他にも何かあるのか?」


 カシアス様が私にがばっと頭を下げた。爵位はカシアス様だから頭得を下げずに命令すればいいのだが、二百年前の身分の名残なのかカシアス様は我が家に対して腰が低い。普段仕事を依頼されるときもこの調子でやりにくかった。


「マルティナと婚約して欲しい。結婚すれば一生護衛してもらえるだろう?」


 婚約!! 


「……」

「どうだい?」


 いくらなんでも安直じゃないか? もっといい結婚相手がいるだろうに。それにしても全員の圧が凄い。私に拒否権はなさそうだ。まあ、貴族の婚姻とはそんなものだろう。でも王家の異能を持つ私と祝福の力を持つマルティナが一緒になったら、両方の力を継いだ子供が生まれる可能性がある。危険が倍増しないか?


「その時はその時よね」


 シャノンが私の心を読んで能天気なことを笑顔で言う。


(勝手なことを。それにマルティナ様にも選ぶ権利がある。シャノンはもう少し冷静に考える癖を付けたらどうだ? いつも行き当たりばったりで……)


 シャノンは良くも悪くも行動派だ。ただ自分の異能に対しては慎重に受け止めている。制御できるまではお互いに嫌な思いも苦労もした。


「心配しても何とかなるときは何とかなるし、用心してもダメな時は駄目でしょう? それなら突き進むだけよ」


 私たちの力を知らない者が見たらシャノンが一人でしゃべっているように見えるだろう。シャノンは人の考えを呼んでも、ちゃんと言葉で返事をする。私は呼んでも頭の中で返事をしてしまい、言った気になって無言になる癖がついてしまった。そのせいで無口だと思われているが頭の中では色々しゃべっている。

 ルグラン子爵家は父以外が人の心を読める。父は婿養子だ。ちなみに父は正真正銘の無口なので母が勝手に心を読んでいる。そのおかげですれ違うことなく夫婦円満だ。それでいいのか? まあ、いいのだろう。


「カシアス様。まだマルティナ様は十二歳です。とりあえず護衛は引き受けるので婚約者候補にしておきませんか?」

「嫌だ。婚約してくれ。マルティナを絶対に守れる力を持つ男に託したい。トリスタン以上の力を持つ者はいないだろう?」


 全員が大きく頷く。逃げ道なし……。


「分かりました。婚約しますし結婚もします。でもマルティナ様に婚約したことを伝えるのは数年待ってもらえますか?」

「なぜだ? マルティナのどこが不満だ?」


 カシアス様レオン様アシル様が目を吊り上げて私を睨む。ご家族はマルティナを溺愛しているから……。


「不満はありません。ただ私がマルティナ様に慣れる時間が欲しいのです」


 母やシャノンは人の心を読もうとして読む。読もうとしなければ読めない。だが私は人の心の声が勝手に頭の中に入ってきてしまう。頭に流れ込まないようにするには相手の波長を掴んで私が拒絶できるようになるしかない。マルティナも勝手に考えていることを知られていたら気持ち悪いはずだ。私と結婚するのも嫌になって当然だと思う。だからせめてマルティナの思考を完全にシャットアウトできるようになるまで待って欲しいと頼んだ。


「そういうことなら仕方がない。トリスタンの力も難儀だな。私としては婚約してもらえるならそれでいい。結婚式の日取りを決める頃になったら婚約していたことをマルティナに教えることにしよう」


 話はまとまり私はマルティナの護衛になった。正確には護衛兼婚約者。ちなみに六年経った今でもマルティナの心の声を遮断できない。それほどマルティナの心の声は大きい。どうしたものか……。


 私は正直なところ、人の心を読めることを恐れ拒絶されることが怖かった。過去にこの力を知られ化け物を見るような目で見られたことがトラウマになっている。その人の記憶は洗脳の力で忘却させてしまったので秘密はもれず問題はないが、それを将来の結婚相手に向けられるのは厳しいものがある。一生隠し通すか打ち明けるかも決めかねている。そのために時間が必要だった。


 マルティナは「いい子」だった。自由のない生活で多少の不満は口にしても我儘は言わない。家族を困らせることはない。可哀想だと思った。シャノンが肩入れしたのも頷ける。


 私はカシアス様を説得しマルティナにあらゆる経験をさせることにした。祝福の力を教えることは反対されたが、もしも攫われた時にその理由が分からない方がきっと不安が増す。隠すのではなく習得させて活用する方法を考える方が建設的だ。


「トリスタンの方が私より前向きだったわね。私はそこまでマルティナ様に自由をあげられなかったわ」


(シャノンはシャノン流の守り方だけだった。私は私のやり方なだけ。お互い持っている力が違うのだからやり方が違うのは当然だ)


 シャノンが自嘲するように言うので、一応フォローのつもりで心の中で言った。


「慰めるなら頭で考えないで言葉にしてちょうだい」

「……悪い。でもシャノンは間違っていない」

「ありがとう」


 ついくせでしゃべるのを忘れた。

 マルティナは何事にも一生懸命で好感が持てた。マルティナが私の力を忌避しなければうまくやっていけそうな気がした。護衛になって最初に私がしたのはマルティナの周辺の人間の心を読むことだった。


 付いていた護衛は疚しいことを考えているので外した。乳母のセシルは一見マルティナを可愛がっているが、それは祝福の力を期待してのことだった。力を発現したら祖国に連れ戻そうと考えている。そのことはデュラン伯爵家全員に伝えマルティナから遠ざけることにした。マルティナの母君のアドリーヌ様はセシルを心から信頼していたから相当ショックだったようだ。


 それが分かっていて警戒していたのに、マルティナを攫われてしまった。運悪くサラもジョルジュも側にいなかった。だがマルティナが言いつけを守り私を呼んでくれたので無事に救助できた。小さな体を縦抱っこしてようやく私も安堵した。信頼していた乳母に裏切られ傷ついている。まだ子供なのに声を殺してなく姿に胸が締めつけられた。


(これからは絶対に守る!)


 恋とか愛とかはさっぱり分からないが、そう決意した。


 出来る限りマルティナの思考を聞かないようにしようとしたが、マルティナの心の声が大きすぎて無理だった。諦めて慣れることにしたが、いつかこのことをマルティナが知ったら嫌悪感を抱くだろうか? 私は自分の力をいつ伝えればいいのか分からず先延ばしにした。


 悩んでいるうちに毒に侵されたアレクセイがデュラン伯爵領に来た。私はいったんマルティナの護衛を外れアレクセイの側にいた。するとマルティナがイライラするようになった。思春期だからだろうかとシャノンに聞いたら呆れられた。

 アレクセイが王都に戻るとマルティナにデュラン伯爵家ご家族全員の前でプロポーズをされた。その思考は読めていなかった。一体いつから考えていたのか……。

 それよりも私もデュラン伯爵家の人も、私とマルティナがすでに婚約していることを伝えていなかった事実を失念していた。「すでに婚約はしている。いまさら何を言っているのだ?」と反応が遅れてしまい、マルティナは隠して持っていた鋏で髪をバッサリと切り再びプロポーズをしてきた。その目は挑むように真っすぐに私に向けられていた。でも鋏を持つ手は震えている。


(トリスタンは髪を切ったらわたくしを嫌いになる?)


 ああ、これは私を試したのかもしれない。もしくは自分の価値を確かめたかったのか。マルティナは自分の容姿にコンプレックスを抱いている。マルティナは誰もが羨むほど美しい。特に珍しい銀髪は常に誉められている。でもそれはそれ以外の価値はないと言われているように感じている。


「婚約しよう」

「本当? 嬉しい!」


 飛び跳ねて抱きついて来たマルティナを優しく抱きしめる。すでに婚約していたことは短くなった髪を前に誰も言えなかった……。ご家族は残念がったが本人は短い髪を気に入っている。私もよく似合っていると感じた。

 その日からマルティナは髪を伸ばすのを止めた。貴族令嬢として人前では付け毛を付けるが、領地の屋敷内では外している。その姿は活き活きとしていた。


 婚約してから何度かマルティナに「わたくしを愛している?」と聞かれる。

 だが本当に分からないのだ。愛とは? たとえばマルティナが嬉しそうに笑っているのを見てよかったと思うのは愛なのか? それとも家族的な気持ちなのか? ずっと守りたいと思うのは愛なのか? それとも護衛としての義務感なのか?


 いい加減な返事はしたくないと、毎回考えるが答えは出ていない。私が考え込むとマルティナは少しだけガッカリした顔をするが、肩を竦めて私に笑いかける。


『楽しみはとっておくわ。絶対に愛してるを言わせて見せるから!』


 頭の中に流れてきたマルティナの心の声にどこか胸が温かくなる。

 これはたぶん…………。

 でもまだ私の異能を伝えていない。心の準備ができるまでもう少し待っていてくれ。





 ある日、シャノンが呆れ顔で行った。


「トリスタンって意気地なしだったのね」

「シャノン、うるさい」

「せいぜい頑張って。あまりマルティナ様を待たせないでね。でもマルティナ様はトリスタンの力を知っても、変わらないと思うわよ?」

「分かっている……」


 結婚式まであと一年。そろそろ腹をくくるか。



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