22.実は
「シルヴィ。妃殿下とマルティナ様がお見舞いに来てくださいましたよ」
伯爵夫人が扉を開けるとそこにはドレスを着て化粧を施し背筋を伸ばして立っているシルヴィ様がいた。面やつれしているが姿勢は美しく堂々としていた。
「妃殿下。マルティナ様。わざわざ私のためにお越しくださりありがとうございます」
シルヴィ様はわたくしたちに向かって優雅なカーテシーをする。その姿は淑女としてのプライドが見える。部屋はさほど大きくないが高価な調度品で整っている。
棚の上に牛の木彫りが置いてある。室内の雰囲気と似合わないその存在に心の中で笑ってしまった。ヴァンサン伯爵領は畜産業を営んでいた。とくに牛肉は一級品で美味しいと有名だ。牛の木彫りを見たらお肉が食べたくなってきちゃったわ。今度お取り寄せしてもらおうっと。
ソファー促されわたくしとロレーヌ様は並んで座った。侍女がテーブルにお茶を置いて部屋の隅に控える。
「シルヴィ様。お食事は摂れているのですか? 随分と痩せてしまったように感じますわ」
「大丈夫です。両親が心配するので食事は摂るようにしています。ただ以前のようには食べられなくて」
「少しでも食べられているのならよかったわ。焦らずゆっくり回復を目指しましょう」
ロレーヌ様の言葉にシルヴィ様は頬を染めはにかみながら頷いた。彼女がロレーヌ様を好きなのは本当のようだ。王都にもロレーヌ様を慕ってくれる女性がいてよかったと思う。シルヴィ様はわたくしを見ると真剣な面持ちで深く頭を下げた。
「マルティナ様に改めてお礼を。助けてくださり本当にありがとうございました。もう、一生、あの屋敷から出られないのかと絶望していました」
「いえ。わたくしはちょっと忍び込んだだけで、あとは騎士団の方たちのお力ですから」
わたくしの手柄が大きいのは事実だがここは謙遜しておこう。わたくしが攫われなければボワイエ公爵邸を騎士団が調査する大義名分がなかったのだから。もし女性たちを見つけられなくても、わたくしという被害者がいるのだからそのまま屋敷をくまなく調べられる。わたくしの存在こそが、事件を解決に導いたと言っても過言ではないのだが辛い思いをしたご令嬢に告げることではない。
「でもマルティナ様は恩人です」
わたくしは「いいのよ~」の意を込めて微笑んだ。ロレーヌ様は聖母のような優しい微笑みを向けシルヴィ様を労わる。
「まだ公爵邸での恐怖心が残っているのですね? シルヴィ様はご自分の部屋から出られないと聞きました」
三人が攫われて閉じ込められていた期間はだいたい一か月ほど。でも救助がいつ来るか分からない状態での一日はきっとものすごく長く感じたはずだ。トラウマになるのも当然だ。
「それは……恐怖心からではないのです。幸いというか囚われていたのは自分一人ではなかったですし、酷いこともされませんでした。食事などもきちんとしたものを与えられて生活に困ることはありませんでした。でも、でも! 髪を……私の唯一の自慢の髪を切られてしまったことが悔しくて、辛くて、悲しくて……。髪の短い私にはもう貴族令嬢としての価値がないのです!」
シルヴィ様は堪えきれないと表情を歪ませ、わあっと両手で顔を覆い泣きじゃくる。唯一の自慢? シルヴィ様は素敵な淑女で髪以外にも魅力的なところはたくさんあるだろう。知らないけど。たぶん。
「でもシルヴィ様は短い髪もお似合いですよ? しばらくは鬘を付けて誤魔化せば大丈夫です。それに髪ならすぐに伸びてきま――」
「酷い! マルティナ様に何が分かるの!」
わたくしは目を丸くした。励ますつもりだったのだが怒らせてしまった。ロレーヌ様を見ると眉を下げて首を小さく振っている。どうやら失言だったらしい。わたくしは人の気持ちを推し量るのが下手だ。失敗するたびに反省しているがこればかりは簡単に治らない。配慮のある言葉で伝えるのは難しい。
今のシルヴィ様はミディアムの長さでとても可愛らしい。よく似合っているのになあ。とはいえ自慢の髪が短くなればそれだけショックも大きいのは当然で、わたくしの言葉に思いやりが足りなかった。申し訳ない。
「シルヴィ様。マルティナ様はあなたを傷つけるつもりはないのです」
ロレーヌ様がフォローしてくださるがシルヴィ様はわたくしを親の仇を見るような目で睨む。さっきまでは恩人って言ってくれたのに悲しい。貴族の女性は髪の長さを競っているから仕方がないかな。ちなみに未婚女性は自分の魅力をアピールするために髪を下ろしている人が多く、既婚女性は身持ちが固いですよとの意思表示で髪を結わくらしい。みんな好きな髪形をすればいいのに、よくわからないルールだなあと思う。
「マルティナ様はいいですよね。奇跡のような銀髪、それも腰まである長く美しい髪を持っている。顔も可愛らしくて……私は髪だけが唯一の取柄だったのに。こんな短い髪ではみっともなくて、もう外に出られない。婚約だって解消しなければならないわ!」
「えっ? 婚約者が解消したいと言っているのですか?」
騎士団にシルヴィ様を迎えに来た婚約者の男性、確か……エリック・オダン伯爵子息。見た感じ柔和で穏やかそうな人に見えたけど、髪が短いだけで婚約者を捨てるような男だったのね。シルヴィ様を抱きしめる姿は、無事を心から喜んでいるように見えたのに! そんな男、わたくしがお仕置きをして差し上げるわ! 坊主にしてこんぺいとう君三号を食べさせてやる!
「いいえ! エリック様はそんなことおっしゃらないわ。だから私から身を引いて差し上げなければ……」
「どうして髪が短いだけで身を引くのですか? 長さが気になるなら伸びるまで鬘なり付け毛なりで対処すればいいだけでは? 変態……ボワイエ公爵は奪った髪を大切に保管していたと聞きました。その髪で作れますよ。我が領地に腕のいい職人がいるので紹介しましょう」
「そんな簡単なことではないのです!」
素晴らしい提案ができたと浮かれたのだが……難しい。シルヴィ様が段々ヒステリックになっていく。わたくしの説明が下手なせいね。改めて鬘や付け毛の良さを理解してもらおうと再び説明を続けた。
「最近の鬘や付け毛は外れにくく作られています。激しいダンスをしても大丈夫ですよ。手入れが少し面倒ですがそこは侍女に覚えてもらえれば、今までと変わらない生活ができます。ご自分の髪で作るのですから違和感ないものになるはずです。アフターケアーも万全ですからご安心を!」
我が領地自慢の産業です!
シルヴィ様は言葉を詰まらせ唇を震わせている。益々怒らせた感じ? 困ったわ。言葉でダメならば実際に見せたほうがいいわね! わたくしは頭に手を伸ばす。両手で頭の留め具をパチンと外し、そのまま付け毛を引き抜いた。
「ほら、取り外しも簡単でしょう?」
わたくしは外した付け毛を持ち上げシルヴィ様とロレーヌ様に自慢気に見せる。
この付け毛は我が領地の素晴らしい職人が作ってくれたの! 腕は確かよ。維持するための髪を痛めないためのグッズも髪質に合わせて研究しているので任せてちょうだい。
目の前の二人は信じられないものを見たかのように目を剥いて固まった。




