17.糸目の護衛(回想2)
「マルティナ。お願いだ。シャノンを私の嫁にしたい!」
「嫌よ。わたくしからシャノンを取らないで!!」
目の前にいる簒奪者はデュラン伯爵家長男であるレオンお兄様だった。レオンお兄様はわたくしより十歳年上。歳が離れている分、いつだってわたくしに甘かった。ただしこの件に関して以外は。
「マルティナの侍女を辞めても、私と結婚すればマルティナの義姉になる。それじゃダメか?」
長兄レオンお兄様と次兄アシルお兄様の外見は二人ともお父様によく似ていて、体が大きく厳つい顔をしている。顔は整っているけど迫力がありすぎて怖く見える。そのレオンお兄様がわたくしに頭を下げてお願いしますと言うのは、第三者からは滑稽に映るだろう。
「シャノンは何て言っているの?」
「絶対に断ると……」
「それ、わたくしのせい?」
「………」
レオンお兄様はわたくしの面倒を見るシャノンを見ているうちに恋に落ちたそうだ。
「恋ってどうなるの?」
「ん? 胸がきゅんとなって、ずっと側にいたくなる」
厳つい顔できゅんてちょっと困惑する。でも照れ臭そうに頭を掻きながら微笑む表情から、レオンお兄様が本当にシャノンを想っているのが分かる。だけど簡単には譲れない。そもそもシャノンは嫌がっているのではないのかしら。
「レオンお兄様。無理強いは駄目です」
「いや、シャノンは私を好いてくれている! マルティナに遠慮して断っただけだ」
「どこからその自信が……」
わたくしはシャノンが幸せになるならシャノンの結婚を応援するべきだ。でもレオンお兄様の話だけだと、一方的な片思いもしくは壮大な勘違いに思える。だから確かめるために、週に二回、三人でお茶会を開くことにした。レオンお兄様は忙しいがわたくしの許可が欲しいので必死に仕事の調整をしてお茶会に顔を出した。その結果、わたくしは確信した。
「シャノンはレオンお兄様が好きでしょう?」
「いいえ。マルティナ様が大切です」
シャノンの言葉に迷いはない。綺麗な姿勢で静かな微笑を浮かべる。でもレオンお兄様に向ける眼差しは……。わたくしはそれに気付いていたが、ずるをしてシャノンの優しさに甘えてしまった。でもレオンお兄様は諦めない。不屈の精神を持った男だった。
「レオンお兄様。シャンオンはわたくしの側にいてくれるって」
「いや、だから義姉としてでもいいだろう?」
この攻防は半年に渡って繰り広げられたのだが、レオンお兄様に根負けしてとうとう白旗を上げた。レオンお兄様とシャノンと三人で過ごす時間は楽しかった。もう、それで十分。二人を祝福しなくちゃ。
「レオンお兄様。シャノンを必ず幸せにしてね」
「ああ、任せろ。約束する」
「マルティナ様。約束を守れず申し訳ございません」
眉を下げ心底申し訳なさそうなシャノンにわたくしは首を横に振った。
「いいのよ。これからはお義姉様ね。嬉しいわ」
「はい。私も嬉しいです」
シャノンが幸せそうにはにかんだ。これでよかった。シャノンとは形を変えて家族になる。わたくしにとって信頼できる人が義姉になる。素敵なことだ。
だが別の問題があった。わたくしは再び庭に出ることを禁じられた。
「もう、危険はなくなったのではないの?」
「マルティナ様の安全のためです。どうか分かって下さい。なるべく時間を作るのでその時は庭で散歩をしましょう」
「……」
不満が顔に出て口がへの字になる。シャノンの不思議な力はわたくしの側にいないと効果がないらしい。不思議な力については教えてもらえないまま、再び窮屈な生活に逆戻り。デュラン伯爵家を継ぐレオンお兄様の伴侶となれば学ぶことも多く忙しい。侍女でいるときはずっと一緒にいたのに、今は家族で食事を摂るときくらいしかシャノンと顔を合わせなくなった。
「今、弟を説得しています。弟がマルティナ様の護衛に付けばもっと自由に過ごせるようになると思いますから、もう少し待っていてください」
「説得って? その人はわたくしの護衛が嫌なの?」
シャノンは申し訳なさそうな顔をした。わたくしの護衛に志願する騎士は多い。まさか断られるなんて……ショックを受けたが、それ以上にショックを受けたことにショックを受けた。
(誰もがわたくしの護衛になりたがっていると考えたことが恥ずかしいわ)
シャノンとレオンお兄様の婚約が正式に結ばれた翌日、わたくしは初めてトリスタンと対面した。
「今日からマルティナ様の護衛をするトリスタンと申します。よろしくお願いします」
「同じ糸目………。こちらこそよろしくね」
トリスタンは十七歳。男性としては細く見えるしシャノンと同じ糸目で特に強そうには見えない。それならシャノンのように特別な力があるのかしら? 顔には感情がなく不愛想というか無表情。挨拶は棒読みでいかにも仕方なく護衛を引き受けました感があって、正直むっとした。迷惑をかける立場だけどもう少し気を遣ってくれてもいいと思う。わたくしまだ十二歳ですからね!
この時のわたくしのトリスの評価は「感じ悪るっ!」だった。
その日からわたくしの身の回りの世話をしてくれていた乳母セシルが姿を見せなくなった。代わり初めて見る女性がお仕着せを着てわたくしの部屋に来た。新しい侍女のようだ。
「ねえ。トリスタン。セシルを見なかった。お遣いにでも行っているのかしら?」
「ああ、彼女はマルティナ様付きから外しました。代わりにルグラン家から侍女を用意しています。サラ、ご挨拶を」
サラと呼ばれた女性がわたくしの前に来て頭を下げる。
「初めまして、マルティナ様。今日からマルティナ様専属侍女になりましたサラと申します。よろしくお願いします」
新しい侍女が付くのはいい。でもセシルを外す必要はないはずだ。
「酷いわ! セシルはずっとわたくしの世話をしてくれていたのよ。断りもなく勝手なことしないで」
わたくしはトリスタンに苛立ちのまま抗議をした。
セシルはお祖母様がお祖父様に嫁いできた時に祖国から一緒に来た侍女の娘だった。セシルはお祖母様を敬愛していて、わたくしのことも宝物のように大切に育ててくれた。両親やお兄様たちは優しくてわたくしを愛してくれているが、みんな忙しくて一緒に過ごせる時間は少なかった。でもセシルだけはずっと一緒にいてくれた。彼女がいない生活なんて想像できない。だからセシルを元に戻してほしいと頼んだ。
「すぐに慣れます」
「理由は?」
「カシアス様の許可は頂いています」
「そんな……」
納得できる説明もなくお父様まで味方に付けて横暴だ。わたくしは心の中で叫んだ。
(トリスタンなんか大嫌い!!)
トリスタンが眉をぴくりと上げたが、すぐに平静に戻る。
「もう一人紹介します。私が仕事でマルティナ様の側を離れる時はこの男が警護をします」
「初めましてマルティナ様。ジョルジュと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「ひっ!」
いつから部屋にいたの? 突然前触れもなく目の前に背の高い男性が姿を現した。すました顔で恭しく腰を折る。さっきまではいなかったはずなのに。ルグラン子爵家に連なる人たちはみんな気配がなさすぎる。心臓に悪い。それでもサラやジョルジュはトリスタンよりも愛想がいいのでホッとした。ちなみに二人とも糸目ではない。
わたくしは糸目の護衛をじっと見つめた。これから上手くやっていけるのかしら? 不安しかない……。




