15.「きゅん」?
「うふふふふふふふふ」
わたくしはにんまりと笑いながらティーカップを手に取り口を付ける。
「一仕事したあとのお茶は格別! ねえ、サラ」
「さようでございますね」
サラが淹れてくれた程よく冷めたミルクティーをゴクゴクと飲み干す。わたくしは猫舌なの。
午前中はロレーヌ様と過ごし昼前に帰宅する。そしてお昼を食べて一休みしてからお茶を飲むのが日課となった。この優雅な時間は本当に至福ね。一見怠けているように見えるかもしれないけれど、わたくしの朝は早い。まだ薄暗いうちに起き、トリスと一緒に柔軟と走り込みをしてから一人厨房に入って特性クッキーを作る。だから午後はゆっくりしていいと自分を甘やかしている。もちろん合間にアシルお兄様のお仕事の手伝いもしている。遊んでばかりじゃありません。
わたくしが王都に来て二か月が経った。ロレーヌ様に毒を盛った犯人はまだ特定されていないようでトリスからは何も言われていない。だから常に気を引き締めてリンゴジュースを作り続けている。二か月かかったけど、ようやくロレーヌ様の誤解を解くことができ、アレクセイとロレーヌ様はすれ違っていた時間を取り戻すように仲睦まじく過ごしている。
これもすべてわたくしのおかげね!!
トリスは最近忙しくて帰りは深夜になる。わたくしはすでに夢の中なので「おかえり」も「おやすみなさい」も言えないが「おはよう」は欠かしていないのでよしとしよう。
でも今日は早く帰ってくると言っていたので夕飯を一緒に摂れる。ロレーヌ様の誤解を解きお友達になったことを報告するのだ。たぶんアレクセイから聞いていると思うけど改めて話したい。時計と窓の外を交互に見ながらトリスの帰宅を待つ。
窓の外が真っ黒に染まった頃、お腹がくう~と鳴る。手でお腹をさすりソファーへごろんと寝そべった。すると突然頭上から声がした。
「ただいま」
「! トリス。おかえりなさい」
びっくりした。いつものことだけど気配がない。慣れたつもりだけど心臓に悪いわ。反射的にガバリと起き上がるとトリスが可愛らしく包装された箱を差し出した。
「えっ、わたくしにプレゼント?」
「いや? アレクセイからだ。礼だと言っていた」
「アレクセイ? ああ、そう……」
「がっかり」は口に出さずに呑み込んだ。アレクセイからかあ。トリスからではないのは残念。この包装紙は王都で有名な高級チョコレート店のものだ。きっと美味しいわね。食後にトリスと頂こう。
トリスと一緒に食堂へ向かい夕食を摂る。わたくしは上機嫌で料理長が腕を奮ってくれた夕食に舌鼓を打った。食後はゆっくりとお茶の時間。さっそくアレクセイからもらったチョコレートを食べることにした。
「マルティナはロレーヌ様と仲良くなったのか?」
わたくしはもぐもぐしていたチョコレートを飲み込むと、満面の笑みを浮かべ意気揚々と話し出した。
「そうなの。ロレーヌ様はわたくしとアレクセイのことを疑っていたけど、やっと誤解だと分かってくれたわ! わたくし、アレクセイが領地に療養に来た時にどれだけロレーヌ様の存在に救われていたかということをしっかりと伝えたの! ロレーヌ様は頬を染め嬉しそうにして……可愛い方よね」
「そうか、よかったな」
「うん!」
「ふっ、さすがマルティナだ」
「へへへ」
トリスが糸目のまま柔らかい表情になった。その表情はもしかして愛? それなら……。
「ねえ、トリス」
「うん?」
「わたくしのこと愛してる?」
「…………………………」
やっぱり黙考するのね。それなら質問を変えてみよう。
「わたくしのこと好き?」
「たぶん?」
たぶん? いや、もう好きでいいと思う。トリスが眉を寄せ考え込んでいる。悩まれると傷つくのだけど?
「もう! そこは好きって言ってよ」
「……好きがよく分からないのだが……」
「えっ? トリスにも分からないことがあるのね」
わたくしから見たトリスは何でも知っているし、何でもできる。だから分からないことがあるなんて信じられなかった。
「じゃあ、マルティナ。好きってどういう気持ちだ?」
「好きは好きよ。頭で考えないで心で感じて」
「心で……」
「難しいかしら? それなら、そうね。例えば一緒にいて楽しいとか」
「マルティナといるのはおもし……楽しいな」
おもしろいって言おうとした? おもしろいと楽しいは同じようで微妙に違うと思うのだけどまあいいわ。
「これからもずっと、一生、一緒にいたいと思う?」
「うん? う~ん」
「……思わないの?」
「思うも何もずっと一緒にいるだろう?」
否定されたら泣くところだったけど、どうやらトリスの中でわたくしと生涯を共にするのは確定事項で考えるまでもないということね。
「うん、いる!」
わたくしは機嫌を直したのだがトリスはまだ考え込んでいる。
「そもそもマルティナはなぜ私を愛していると思ったんだ?」
「それはね。トリスはずっとわたくしを守ってくれたでしょう? それが嬉しくて気付いたら胸がきゅんとしたの」
「きゅん?」
「そう。トリスはわたくしにきゅんとしたことない?」
トリスの眉間の皺がすごいことになっている。
カチコチカチコチカチコチカチコチ――――――。部屋に時計の音が響く。
わたくしは心の中で溜息を吐いた。トリスにはまだ「きゅん」は難しかったようだ。
「トリス。もう考えなくていいわ。それより結婚後のわたくしの愛称は決めてくれた?」
わたくしの二つ目の目標。結婚後はトリス専用の愛称で呼ばれたい。現在家族だけが呼ぶ愛称は「ティナ」。それでもいいけど、どうせなら特別感が欲しい。だからトリスには結婚式までに愛称を考えてと頼んである。でも頼んだのは三年前だから、そろそろ決まってもいいと思う。まだなのかしら?
「……一応」
「それなら教えてくれる? というか呼んでくれる?」
「まだ駄目だ」
トリスの顔を覗きこめばスッと目を逸らす。そのまま口を引き結んだ。照れているわけではなさそうなのでたぶんまだ決まっていないのだ。そんなに難しく考えなくてもいいのにトリスったら真面目ねと前向きに解釈した。楽しみは取っておこう。でも念のため駄目押ししておく。
「結婚式の時には教えてね」
「分かった」
「マルティナ、そろそろ寝たほうがいい。明日も早く起きるのだろう?」
「そうね。そうするわ」
トリスはわたくしに朝の鍛錬はしないでゆっくり寝ていろと言うけど、わたくしは体を鍛えたいし何よりもトリスと一緒に過ごす時間を大切にしたい。寝坊はできないので早々にねることにした。トリスと寝室の前で別れ部屋に入るなりわたくしはベッドにダイブした。
「好き」に悩んでいるなら「愛」までの道のりは遠そうね……。本当はわたくしも愛というものをはっきりと説明できるわけではない。心で感じているだけだから言葉にするのは難しい。側にいたい、離れたくない。彼の笑った顔が見たい。困っていたり寂しそうだったりしたら寄り添いたい。そういう気持ちの集合体だと思っている。トリスにもわたくしに対してその集合体ができるといいな。
実はわたくしは初めからトリスのことを好きだったわけではない。むしろ初めて会った時は無表情すぎて悪い印象を抱いていた。色々あって今はもうトリスがわたくしの側にいない人生なんて考えられない。だから脅迫までして婚約した。
わたくしはそのことを後悔していないし、トリスにも後悔させないよう頑張るわ!




