1.誘拐されました
よろしくお願いします。
まずは簡単に自己紹介を。
わたくしはデュラン伯爵家の末っ子マルティナ。そしてわたくしの婚約者はルグラン子爵家嫡男トリスタン。わたくしたちは仲睦まじい(マルティナのみの見解)けれど、もっと仲良くなるべきだと思う!
そのために目標を立てたわ。
一つ目はトリスだけが呼ぶわたくしの愛称を、トリスが考えてその名で呼んでもらう。
二つ目は彼から「愛してる」を言って欲しい。(今現在、言われたことがない)
順不同で構わないけど必ず実現させて見せる。期限はあったほうが達成し易いわね。
じゃあ、一年後の結婚式までにしましょう。
わたくしの決意は固いのよ。
だから今、そのために頑張って誘拐されているの。え、意味が分からない? 大丈夫。そのうち分かるから。わたくし、細かいことは気にしない性分なの。でもこのことはもちろんトリスには内緒よ。絶対に怒られちゃうからね!
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大きめの馬車の中は座席を取っ払い、ふかふかの絨毯が敷いてある。揺れも少なく乗り心地がいい。情報によると今回の誘拐に使用するためにわざわざ誂えたようだ。気合の入りようが窺える。
でも「これいいかも!」我が家でも同じような馬車を作ってもらえないか、今度お母様に聞いてみよう。これならダラダラと楽な姿勢で移動ができる。貴族令嬢だからといって誰も見ていない馬車の中までしゃんとしなくてもいいと思う。カーテンを引いちゃえば外から見えないでしょう? 靴脱いで足伸ばせるの、サイコー!
そんなことを考えながらわたくしはその作られた広いスペースに目を閉じ力なく横たわっている。同乗する男はわたくしが意識を失っていると思っているが、それは油断させるためのふりよ。まあ、もっとも意識があっても、わたくしをか弱い女性だと舐めてかかるだろうけど。
「美しいマルティナ。これからは私があなたを幸せにしよう。目を覚ました時のあなたの喜ぶ顔が今から目に浮かぶようだ。何一つ秀でたところのない、冴えない婚約者から解放されたと知れば、あなたは私に愛を捧げるはずだ。あなたに釣り合うのはこの世界で私だけ。あなたの憂いを消し去るためにあの男はこの世から抹消してしまえばいい」
男はうっとりと謳うように独り言ちる。
(あ゛?! 何ですって! わたくしの大切な愛しい婚約者を冴えないですって? その上抹消する? 彼はとても強いのよ。抹消されるのはどちらかしらね?)
この男を殴りたい。でも、まだ駄目なのだ。わたくしにはこの男の屋敷に潜入し成すべきことがある。わたくしは顔を伏せたまま奥歯をギリギリと噛んで怒りを抑えた。
わたくしの側で自分の言葉に酔いしれているのはボワイエ公爵家当主ロベール。ロベールはご自慢の長い金髪をご満悦顔で指で弄んでいる。
ボワイエ公爵家といえば王女が降嫁するほどの由緒正しい名門だ。実はロベ―ルの母親が現国王の妹だった。先代公爵夫妻は不幸な事故で亡くなったと聞くが、今代当主はあまりにも残念過ぎる。ご先祖様はあの世から号泣しているかもしれない。
現在ロベールは二十六歳で妻帯しておらず婚約者もいない。見かけは金髪碧眼で社交界では仕事のできる有能な美丈夫と評価されていて、独身令嬢の憧れの的だとか。悲しいかな、世間は見る目がない。わたくしに言わせればロベールはいかにも貴族の優男姿で軟弱にしか見えない。しかも自尊心丸出しの偉そうな態度は好意どころか嫌悪感しかない。
馬車がボワイエ公爵邸に到着するとロベールはわたくしを抱き上げ屋敷へと入っていく。この男に抱き上げられるのは鳥肌が立つほど嫌だけどぐっと我慢した。薄目でどこをどう移動するのか確認する。ロベールは屋敷の奥へと足を進めるとすたすたと地下を下りていく。執事が先導し現れる扉を一つずつ開錠して、中に入ると施錠する。それを三回繰り返したところで目的の部屋に入ったようだ。随分と厳重で怪しさ満載。それだけ疚しい証拠だ。ふわりと柔らかな場所に下される。執事が部屋を出て行くと扉が閉まる音がした。
そっと薄目で確認すると大きな天蓋付きのベッドの中央に寝かされている。出入り口となる扉は一か所で、もちろん地下室なので窓はない。
(ここ、どう考えても監禁部屋じゃないの?)
するとロベールがベッドに乗り上げた。マットレスがギシリと軋む。
「ああ、私のマルティナ。あなたはまさに月の妖精……白い肌、美しい顔、華奢な身体。すべてが完璧で、まさに芸術品だ。そして一番素晴らしいのは艶やかな銀色の髪。この髪の色を私は初めて見た。奇跡の色……。私と並ぶとまるで太陽と月、まさにお似合いじゃないか!」
(あんたなんかと似合ってたまるか。それに勝手に「私のマルティナ」とか不愉快ですけど!)
ロベールはわたくしの髪を一束掬い上げると碧眼を細めながら鼻に近づける。そのまま匂いを嗅ぎスーハーした。
(うえ~~。気持ち悪い……髪を消毒したい。洗いたい!)
「許してほしい、マルティナ。あなたを見つけるのが遅くなったばかりに、不幸な婚約を結ばせてしまった。身分も低く才能もなく顔も劣るような何の取柄もない男はあなたには相応しくない。子爵家なんて平民と大差ない。それにもしも噂通りに王太子があなたを欲していたとしても阻止してみせる。王家だって黙らせよう。私にはそれだけの力がある。これからはここが二人の愛の巣だ。不自由させないと約束する。あなたは私とここで幸せになるのだ!」
ロベールは馬鹿みたいに意識のないはずのわたくしに朗々と告げる、自分の頬にわたくしの髪をスリスリした。
(おえぇ! やーめーてー!! ムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリ!!)
もうわたくし、我慢しなくてもいいわよね! だっていっぱい我慢したもの! トリスのことまで馬鹿にされてこれ以上黙っていられないわ。それに潜入した後の行動はわたくしに任せるとアレクセイに言われている。あとはモットーに基づいて行動するのみ。
そう、わたくしにはモットーがある。それは『わたくしの婚約者を侮辱した者には祝福を与える!』というものだ。実はわたくしには神様から授けられた祝福という力があるよ。ふふ、その祝福をもらえるのだからありがたく思いなさい。
わたくしは目をぱちりと開いた。するとロベールは驚いたように目を丸くした。でもすぐに気を取り直し胡散臭い笑みを浮かべるとわたくしに甘く告げる。
「(目を覚ますのが早いな……薬が少なかったのか? まあ、いい)マルティナ。目が覚めたのかい。驚かせてしまってすまない。私はボワイエ公爵ロベールだ。あなたを王都のパティスリーで見た瞬間、あなたの愛の僕となった。私はあなたを救うべくこうして行動した。ああ、愛しい人。気分はどうかな?」
感謝しろとばかりに胸を張る姿に腹が立つ。
「気分は最悪よ!」
「えっ?」
わたくしが低い声で吐き捨てるとロベールは瞳を瞬いた。思いがけない反応だったのだろう。ポカーンとしている。だけどわたくしの意思を無視して薬を嗅がせてから(効かないけど)誘拐しておいて、気分はどうかなんて図々しい。本気でわたくしが喜ぶと思っているのね。傲慢でうぬぼれ屋のお馬鹿さん!
「わたくしの婚約者を侮辱した者には祝福を!」
わたくしはそう告げてニコリと微笑むと、ロベールに向けて右腕を大きく振り上げた。ぐっと拳に力を入れそのまま振り下ろす。拳は華麗にロベールの顔の真ん中にめり込んだ。その一瞬、眩い光が拳から放たれる。
ゴキッ!!
「ぶへっ!」
ロベールは意味不明な呻き声を上げるとそのまま鼻血を出して倒れ込んだ。
「ふん!」
わたくしは音を立てることなくしなやかな動きでベッドを下りた。そして床に大の字で無様に転がるロベールに侮蔑の眼差しを向けた。




