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雪火野  作者: 俊衛門
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四十七

”オストリッチ”が森を抜ける。雪火野の市街を目の当たりにした。

 戦闘は、いよいよ激しさを増していた。簡易モニターを通しても、市街の至る所で戦い、機甲兵と州軍、白兵が銃火を交えていた。進む道は、すでに瓦礫と、それに押しつぶされるようにして機甲兵の残骸、足のない羊鹿がのたうち、遠目には炎上する鰐甲亀の巨体――州軍兵士の躯に混じって、白兵のそれを確認することも出来るが、絶対数は少ない。

 ふと、”オストリッチ”を追いかけて二機の羊鹿が追いかけてくる。後方六時と七時、背の低い建物の上を飛び越え、飛び跳ね、間近に迫る。

「応戦しろ、ヨファ」

 有線越しに怒鳴る、その声を受けるよりも先に、ヨファは狙いを定めていた。建物から建物へ渡る羊鹿が機銃を向ける、その瞬間を見定める。

 発砲する。複管機銃が火を噴く。羊鹿の関節部分に着弾。一機がバランスを崩したところ、機銃の連射をたたき込む。果たしてマグネシウム炎が機体を打ち砕き、そのまま羊鹿は倒れ落ちた。

 もう一機が放つ。黒い刃のついたディスクを三枚擲つ。慌てて頭を引っ込める――回転する円盤が頭上を掠め、”オストリッチ”の車体にめり込み、砲身を切り落とす。もう一度放つ、黒い円盤。複管機銃を切り崩し、刻みつけた。

 誘導弾放つ。”オストリッチ”の側面からオレンジの炎が昇る。火球が二つ、羊鹿に着弾。あっと言う間に燃え上がり、鉄屑となって落ちた。

 突然目の前に別な羊鹿が飛び込んできた。ランチャーを背負った重装型。榴弾を放つのに、調は咄嗟に”オストリッチ”を右に走らせる。車体の足元で榴弾が爆ぜ、車体が大きく跳ね上がった。

 羊鹿が撃つ、二十ミリ機銃。”オストリッチ”の装甲に突き立った。羊鹿は向きを変え、ディスクを四枚立て続けに擲つ。装甲に刃が食い込む。

 いきなり羊鹿の頭が爆ぜた。

赤い炎が、衝突し、瞬間に燃え広がる。”オストリッチ”からは九時の方向から飛来した。火炎に包まれた機体が雪の野に落ちる。

調は誘導弾が飛んできた方向にカメラを向ける。白兵の一個小隊が銃を向けている、先頭の兵。映像の解像度を上げて見た。フルフェイスヘルメットで覆われたせいで顔は分からないが、立ち姿には見覚えがあった。リーダーを表す特徴的なヘルメット――その白兵が調の方を見、そのまま走り去った。

「あの野郎」

それ以上、男を見ることはなかった。

 上空の”ハミングバード”が戦端を開いた。誘導弾を四対の翼が抱えるドラムランチャーから放つ。雪の野にストロンチウム炎が上書きされた。舞い上がる雪塵がすべて、熱量を抱えた赤い球体に呑み込まれ、乳白の絨毯をひっぺがえす。酸素を求めた伸ばした炎の手が貪欲に食らいつき、鉄の影をさらった。

その炎の中に突っ込むように、調は鈍重な駝鳥を走らせた。羊鹿が打ち込むディスクが装甲を叩き、金属音が耳に障るがそれも気になることはなくなっていた。

「着いたらどうするのさ調?」

 ヨファの右手はすでにショットガンに伸びている。距離を測る、までもなく、目の前に迫る城が圧倒的な存在を放つ――入り組んだパイプと鉄骨の組み上がった尖塔。

「このまま突っ込む」

 ”オストリッチ”を自動運転モードに切り替えると連管銃を手にする。端末を取り外す――液晶に、もう一つの端末までの距離が示されている。城の中央、地下の位置を示していた。

身を屈める。衝撃に備える。

 羊鹿を二、三体跳ね飛ばした気がしたが、もはや確認など出来ない。今はどう走っているのか、距離はどうなのか。すべて未知数、ただ確実に来るそのときを待つ。徐々に大きくなる、”オストリッチ”の回路が奏でる警告音。あと何メートルでぶつかるか――。

衝撃。

車体を大きく揺さぶり、跳ね上がり、”オストリッチ”が停止した。

 調はヘルメットを被り、ハッチを開ける。開けた途端、頭上を電磁誘導の短針が過ぎ去る。車体を機甲兵達が取り囲んでいた。

 調は一旦引っ込み、手榴弾のピンを抜き、車外に放り出す。三秒遅れて爆音がした。外の様子を伺うに、機甲兵達はすべて炎に包まれ、倒れ伏し、吹き飛んでいる。勢いよく調は外に飛び出した。”オストリッチ”の後方から機甲兵たちが駆けつけ、撃ってくるのに、応戦しながら走る。回廊の隅に隠れ、遮蔽物に身を置いた。

「連中、容易には行かせてくれないよ」

 ヨファは近づいてくる敵にショットガンをぶっ放していた。小さなシェルに詰め込まれたナノ火薬の散弾が、鉄の駆体を撃ち抜き、張り付き、炎をまき散らす。砕けた金属が白く溶け、縮れたようになっている。

「大体、中の構造とかってわかるの?」 

 言いながらヨファは誘導弾を撃つ。着弾ともにオレンジ色が膨らみ、紅に変わった。炎の球体は風船みたく破裂し、ストロンチウムが手を広げる、その中心めがけてさらに発火弾頭を叩き込む。火に包まれた兵たちが倒れ伏す。

「心当たりは、ないわけじゃない」

 音域立体を展開する。大体五キロ四方の構造が現れる。ヘルメットの内面に張り付かせたグラフィックと、八方群がる赤い点が、敵の姿と重なる。走り、遮蔽物に身を隠し、迫ってくる敵を撃ちながら進む。

「着いてこい」

 調が先導する。端末を腕に取りつけ、壁際を走った。

回廊の曲がり角にさしかかり、身を屈める。音域立体のグラフィック越しに、敵兵の姿を見る。

 誘導弾撃つ。回廊の向こうで炎が爆ぜる。機甲兵が五、六人、逃げ出して来たところに発火弾頭を浴びせた。

 ヨファが飛び出した。ショットガンのポンプを繰り、三発撃つ。散弾が装甲を叩き潰し、機甲兵たちが吹っ飛ぶ。シェルを入れ替えつつ、突進し、機甲兵に肉薄しながら撃った。

 炎の勢いが若干収まる。音域立体にはすでに敵の姿はなかった。調はヨファに手招きする。

「この下に居住区画がある」

 音域立体を注視すると、二つ連なる建物の通路部分までがグラフィックで映し出された。立体は、今は狭い範囲しか表示しないが、時間が経つにつれて範囲は広くなる。上空の機が、城塞すべての内部構造を明らかにするのは時間の問題であると思われた。

「そこにいるっての、あんたの目当ての子が」

 ヨファはショットガンのポンプを引いた。

「安全な場所に逃げ込もうとすれば、上よりも地下だ。この地下はシェルターにもなっている」

「詳しいんだね」

「前に連れ込まれたときに教えられた」

 地下に至るまでの経路が、音域立体にはまだ映し出されない。分析に時間がかかっているようだった。鳴盤と、白兵が持つ発笛から歌音が発せられ、跳ね返る音の振幅数で構造を把握する。今、構造物体を白兵と自律機械ドローンが動き回り、それらがもたらす情報が連動しているのだ、音域立体とは。

 エレベータに辿りつく。発笛を向けると、歌音が構造物体に跳ね返り、自動的に立体が構築される。鉄の扉とその向こう側。空間をケーブルが通い、そのケーブル上を移動する箱までが、格子のグラフィックで表される。上から降りてくるそれに乗り込む、兵たちの姿を確認する――軽機動が二つ、柳葉刀を携えて飛び出す体勢を取っている。

扉が開く。

軽機動が飛び出すと同時、調は銃剣を突き出した。左の兵の喉を突き、引き抜くと同時に右の兵向けて銃床を叩き付ける。顔面を潰し、軽機動が崩れたところ、ヨファが拳銃を撃ち込んだ。九ミリの発火弾頭が顔面を弾けさせ、兵は金属の素面を晒したままくずおれる。

「そもそもさ」

機甲兵の躯を蹴り出して扉が閉めるに、ヨファがシェルを詰め込みながら言う。

「何だよ」

「いや、着いたら着いたでどうやってその子探し出すの。私も、データ渡されただけだし、あと本当にそこにいるのか確証はないし」

「祈るしかないなそれは」

 エレベータの階数表示は、一から下は存在しない。それでも箱が下がってゆく感覚がある。おそらくはこの下、地下のシェルターまでは直通であるということなのだろう。

「付き合うと言った手前、文句があるわけじゃないけど」

 ショットガンのポンプを引く。シェルが送り込まれるときの重々しい金属音が響く。あれだけ撃ち込んだ後でも、ヨファは手を震わせることはなく、銃身を握る手はしっかりしていた。

「その子はあんたにとって、そんなに重要なの」

「そういうことじゃない」

 調も弾を詰め替える。連管銃のケースレス弾頭の詰まった弾倉を換え、砲管を支える回転輪胴シリンダーを開いて誘導弾を送り込んだ。誘導弾にも限りがあるから、ここから先はあまり使えない。

「ただ、頼まれたからな」

「誰から」

 最後に撃鉄を起こして弾を送り込んだ。

「母親からな」

「は? あんたの?」

「俺たちの、だ」

 扉が開いた。

上と同じくに回廊が伸びていた。白い床と天井、LED灯が三メートルごとに立ち並び、橙の光を照らしている。二人して飛び出し、背中合わせになる。前後に銃を向け、警戒する。前後に銃を向け、敵がいないことを確認し、そのまま曲がり角まで歩いた。

「音域立体が動かないな」

顔半分ほど身を乗り出して見る。地上では構造物体を見ることが出来たが、ここではエラーとなってしまっている。

「”ハミングバード”は、構造把握はしていないのか」

 走りながら調が問うと、ヨファは首を振った。

「ここまではまだ、自律機械ドローンも来ていないから立体が構築出来ないんでしょ。ちょっとずつでも歌音は感じられるから、多分白兵は来ているんだろうけど」

「そうか……」 

 二人して走った。

 いきなり、天井が割れた。上から影が飛び出し、手斧の軽機動兵が、調の脳天めがけて振り下ろした。

 咄嗟に避ける。斬撃が流れたところ、調は銃床で斧を叩き落とし、銃剣で腹を貫く。発砲しながら引き抜くと、軽機動兵の体は糸が切れた人形のようにへたり込んだ。

「地道に探すより他ないか」

 端末を確認し、調は走った。

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