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雪火野  作者: 俊衛門
24/53

二十四

 七海が部屋に入ったときには、すでに全員そろっていた。

「すまん、遅くなった」

 順繰りに見つめる―倉木と、その隣に座るミハルと。幹部どもの顔を順繰りに。

「遅れるなら連絡を寄越せよ」

 正面に座る倉木が、手元の小銃を弄りながら言った。

「悪かったよ。ここに来る前、ちょっとリツカに絡まれて」

「何か言ってた、あの子」

 右脇にいたミハルが言う。

「あ、ああ。あの白兵を戻したのが気に入らないって。何でも俺らの目を盗んであいつのとこに行って、州都の話を聞いてたらしいんだ。で、勝手に戻したからもう話が聞けなくなったって」

「お前の教育が悪いんじゃないのか」

 年若い幹部の一人が発する。七海はひと睨みくれて、

「別に俺はあいつの教育係じゃないし」

「でも都市のこと詳しいでしょう」

 ミハルは気だるそうに言う。

「だったら話してあげれば?」

「勘弁してくれよ。俺がその手の話するの嫌だって、知っているだろう」

「リツカのことは良い。それよりも、例のことだ」

 七海が席に着くと、倉木は拳銃を卓上に置いて言った。にわかに、男どもの顔つきが変わる。

「北東の区域から、連中はすべて撤退したんだったな」

「奴ら、踏み込むのも早いが、退くのも早いからな。ああ、今じゃ北東に残っている奴はいない」

 七海は卓上に地図を広げた。大小の山脈が連なり、その山間に赤い目印が張り付けられている。印の大きさが、用兵の多少を表し、今は雪火野を中心に機甲大隊が点在している。

「一端は守りを固めるためにこの辺に配置したんだが」

「兵の一部を西北に回す」

 倉木が告げるに、一同がどよめいた。

「いよいよか?」

「例のものは完成したのだろう、ミハル」

「一応ね。不安もあるけど、まあ運用には問題ないよ。州軍を攪乱する程度には効く」

「白兵には」

「設備の面で少し不安があるわね」

 ミハルはといえば、色めき立つ男たちとは対照的に、気だるい空気を崩さない。

「旋法回路に働きかける分には効果的な不協和音、だけど音を中和される要素はいくらでもある。もし連中がそのことに気づけば、付け入れられる隙はあるよ」

「短期決戦だ」

 小銃の撃鉄を起こす。もちろん銃弾は入っていないだろうが、倉木の手元の操作に、七海はいちいち息を飲まされる――管を重ねた連管銃、白兵の武器。調から押収したものだろう。

「西北を突破した後、州都に爆撃を仕掛ける。連中に付け入る暇は与えない」

「そんなことする意味があるとは思えないけどねえ」

 ミハルは大きく息を吐いた。

「一時的に連中の感覚を麻痺させたとしてもね」

「お前は余計なことを考えなくていい」

「考えないよ。男どもの都合なんて、所詮ね」

 こちらはこちらで冷や冷やさせられる。二人の応酬を、ほかの幹部どもが刺すような視線で見つめてた。

「とりあえず、これからどうするんだ」

 七海は話題の転換を図った。このままでは息がつまりそうな気がした。

「俺たちはこのまま待機するんだろうけど」

「私は帰るよ、リツカと。そういう決まりだったしね」

 ミハルはもはや興味も何も失せているかのような声をしている。というよりも、もともとなかったのだろう。いかにミハルが協力しようとも、ミハルは所詮軍人ではなく、どう足掻いてもその辺りを理解しようなどとは思わないだろう。

「診療所、いつまでも開けるわけにはいかないしね。リツカも、もう戻してもいいでしょ?」

「まあいいだろう。だがあの辺、戦場に近いから気を付けなよ」

「分かってるわよ。でも新人たちの基地襲うだけなら、何も危険なんてないでしょう」

「お前たちは動かなければいい」

 倉木が銃を卓上に置くと、連管銃の回転輪胴シリンダーがごとりと音を立てた。

「あとはこちらでやる」

「それはどうも。じゃあ私はもう行くよ」

 ミハルはそう言って席を立った。慌てて追いかけようとする七海を倉木が止める。

「作戦の説明をする」

 倉木はもう、ミハルのことなど眼中にないらしくそう言った。七海の腕を引っ掴み、無理やり座らせ、自らは小銃を脇に追いやると向き直った。

軍議は短めに終わった。一時間ほどで、各大隊への通達事項を確認し、めいめいが引き上げた後、倉木と七海だけが部屋に残った。

「肝が冷える」

 七海が言うのに、倉木は再び連管銃の機構に手を伸ばす。誘導弾を収める四連の回転輪胴シリンダー、そこから伸びる砲管は、ショットガンめいたポンプを実装している。剣管と銃管が連なり、その三つの管を取りまとめる楕円の管、筒弁シリンダーバルブが銃身の上に突き出ている。

「どうやって使うんだこれは」

 倉木は弾倉を抜いたそれを構えてみた。

「第一の弁が銃、第二の弁が銃剣に、第三の弁は砲に、それぞれ対応している。必要に応じてそれを押して、管を開放して武装を換える」

「随分と大がかりだな」

 倉木が第二弁を開放すると、銃剣が突き出る。

「ちなみに、第三弁を押せばほかの管は強制的に閉じる。銃管が開けば、砲はロックされて動かない」

「なるほど」

 砲管のポンプを引いてもびくともしないのを受け、倉木は得心したようだった。ひとしきり弄り、銃を置くと首を回す。

「重いな、大分」

「そりゃこれだけ大掛かりならばね。白兵の着ているような筋肉ミオシンがなければこんなもの振り回せない」

「税金の無駄だな」

「よく言われる文句だよ、それも。唯一の公的機関にして、唯一の搾取機関。争いを好まない種族には、軍なんてただの暴力でしかない」

 倉木は、すでに興味も失せたというように銃を置いた。

「配置は済ませてあるのか」

「問題はない。あと十二時間後には動ける算段はついている。あとは、まあ倉木のさじ加減だ」

 倉木は一呼吸おいて、腕を組みながら言った。

「すぐに用意しろ。あと十時間後には出る」


 歩哨なんてそんなにやることもない――髭面の男がぼやいた。いかにも気だるい風の男の胸に、防人の徽章が張り付けられている。青鷺が駆けたモチーフの、銅製のメダルはくすんだ色をしていた。

「基地の外の監視カメラ、それらを逐一チェックして、あとたまに門の外を見まわるだけ。それ以外に大したことはしねえよ」

「その、見回りにはいかないのですか」

 ネイサンが椅子に立てかけてある騎兵銃を見やる。筒弁ピストンバルブのない単管銃の銃身に配列された鍵は、それぞれが銃の冷却孔となっている。

「この吹雪じゃあね」

 そう言ってコーヒーをすする、ネイサンが見つめるモニターには雪の暗幕がかかっていた。叩きつけ、熱という熱をこそぎ取るような吹き付ける雪がすべてを曖昧にする。目を開けることも、息をすることも叶わないという勢い。州都から五百キロ、北東エリアと境を接する西北の地帯は、一応は紛争区域であるにもかかわらず影たちはほとんど確認されないという。

「しかし難儀なものだ」

 ネイサンはコーヒーをすっかり飲み下してから言った――同情の色が強い深藍を湛えている。

「まあ、あんたは若いからまだこれからも機会はあるだろうよ。俺なんかはもうダメだけど、その歳で白兵にまでなれたあんたは」

「旧人だからって」

 調が呟くのに、ネイサンは少しだけ固まる。

「変な同情とかいらない」

 調は単管銃の撃鉄を開放して弾倉を入れ替えた。連管銃と比べれば重さも少なく、短く取り回しやすい形となっている。白兵だけだ、軽機動との接近戦を想定して銃自体を長大なものにしているのは。

「あんたのこと、少しは聞いていたが」

 ネイサンは呆れたように息を吐いた。

「割とそういうことに気を使わないんだな。棘っぽい歌音、あんたは平気なのか」

「さあ、どうだか」

 軽くかわしておいて、窓の外を見る。あの日の風景も、吹雪だったという。十年前、リーガル・クロウが墜ちた場所も、同じように雪に閉ざされていた――その事故よりさらに一二年、彼女が生み出され、そして事故に遭うまでのすべての人生で、同じことを言われ続けた。棘っぽい声、荒々しい歌音。それを聴いた者発した者すべてに等しく痛みを与える旋法。そんな声音であなたは平気なのかと。

 ざまあないね。

 その少女が、今まさに馬鹿にしたように囁く。ざまあない、あんたが必死で目指したものなんて、あっと言う間に裏切ってしまう。だから言っただろう、無駄だって。調はそれに応える――その通りだ。あんたが正しいよ。俺にはあいつらと共存なんて無理だった。一度捨ててまで手にしようとしたものは、もう一度捨てなければならない。あと何度、捨てれば良いのか。

 不意に待機室の赤色灯が光った。

「何かあったか」

ネイサンが身を乗り出して、モニターを注視する。調も中央の画面を覗き込むと、吹雪の中、人影が立っている、正面ゲートの映像だった。

よく見ると、小柄な姿をしている。成人ではない、子供のようだった。雪のせいでよく分からないが、傍らには兵士が倒れている――その瞬間、ネイサンの体が弾かれたように動いた。

「スクランブル、鳴らせ。調」

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