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34 驚愕のればーと可愛い地獄絵図 ※リーディアSIDE



 レヴァルの当日。


 リーディアは、ルビエール辺境伯邸の子ども部屋で、エルヴィラと共にいい子にお留守番をしていた。


 領主一族が出払う中、その場を預かるのはサーシャ。

 ストロベリーブロンドの髪が自慢の、リキュール伯爵邸でリーディアの子ども部屋の夜番を主に担当している侍女である。


(ああ~、何も起こりませんように。何も起こりませんように!)


 レヴァル当日という非日常の中、高貴な二人の子どもを任されてしまったサーシャ。

 本当に本当に荷が重くて、サーシャは十分に一回は、こうして何かに平穏を祈っているのだ。


(あああ~、アリス先輩! 私には荷が勝ちすぎてますぅうう!)


 今回、こうしてサーシャが旅路に抜擢されたのは、リーディアの乳母アリスが旅行の共をすることできなくなったからであった。


 二十歳で結婚していない彼女は、時間の自由が利きやすい。

 こうして旅行についてきて、その帰りが延びても、特に困ることなく対応できている。


 その選定に間違いはなかったのだが、しかしサーシャ本人としては、まさかこんなふうに領主一家が不在の中、子ども達を託されることになるとは思わず、ただひたすら慄いているのだ。


(大丈夫。こんな事態だもの、旧知の仲の相手でなければ、この部屋には通してもらえないんだから)


 そして、そんな彼女の祈りもむなしく、火種はやってきた。

 エルヴィラとは旧知の仲で、頻繁にこの部屋に来ているディエゴ=テオス=タラバンテが子ども部屋にやってきたのだ。



   ~✿~✿~✿~


「リーディア。君はレヴァルのことを知らないんだと聞いた」


 開口一番にそう告げるディエゴに、サーシャは仰天した。

 彼女の主人であるリカルドとマリアは、レヴァルのことをリーディアに隠していると言うのに、この少年はなんてことを言いだすのだ!


「ればる?」

「アーアーアー! お嬢様さま、レバーのことです! お嬢様さまのお嫌いな、レバー!」

「ればー!?」

「いや、違うよ。決闘の」

「食べ物の! レバーのことです!! そうですよね、ディエゴ君!?」


 レバーと聞いて、震え慄いている銀色天使に、同じくレバーが苦手な金色姫もガタガタ体を震わせている。

 胸の前で腕を交差させてバツ印を作る侍女サーシャに、しかしディエゴは真っ直ぐに言葉を返した。


「侍女殿。これは、リーディアの将来に関わる重要なことです。彼女も知っているべきだ」

「だめです! 奥様達がなんとかしますから、ここは……」

「サーシャ? ママがどうしたの?」

「はっ! えーとえーと、奥様達は、ど、どうしたんでしょうねぇ!?」

「リーディア。今、マリアさんを賭けて、君のお父さんと僕の叔父が戦っているんだ」

「!?」

「ディエゴ君!」


 驚きのあまり目も口も大きく開いたリーディアに、侍女サーシャは「ああもうー!」と頭を抱えている。

 エルヴィラが横で唖然とする中、サーシャは室内の護衛に指示を出した。


「もう、だめです! ディエゴ君は今日はここにいられません、お帰りください!」

「侍女殿!」

「ディエゴ! ま、待って、サーシャ! ママは、ママは大丈夫なの?」

「リーディアお嬢様、大丈夫ですよ。旦那様が必ず、奥様を守ってくださいます」

「で、でも」

「レヴァルは神聖な決闘だ。拮抗した実力者同士の戦いになるよう調整されているから、結果はどうなるか分からない」

「ディエゴ君!」


 サーシャが護衛達を促し、彼らは慌ててディエゴの腕を掴む。

 そうしてディエゴは退室を余儀なくされるかと思われたが、しかし彼の足元には、高貴な金銀の六歳児が半泣きでしがみついていた。


「ディエゴ、行っちゃだめよー!」

「やーっ、だめなのー!」


 護衛達は動けなかった。

 彼らは、屈強な男と戦う術は習ってきたが、愛らしい幼児を引き剥がす術は知らないのだ。

 この高貴で可愛らしい抵抗を、どう、うち剥がしたらいいのだろう。


 護衛達が困ったようにサーシャを見るので、彼女はまたしても頭を抱えた。


(この可愛い地獄絵図は、一体なんなの!)


「ディエゴ! もしかして、ママは可愛いから攫われちゃうの?」

「え?」

「ママが攫われそうなら、リーは行かなきゃいけないの。リーをママのところに連れていって、ディエゴ!」


 ディエゴの足に必死にしがみつく銀色モンチッチに、彼は目を丸くした後、侍女サーシャを見た。

 サーシャは当然ながら首を横に振る。


「侍女殿がだめだと」

「サーシャ! サーシャ、お願い」

「お嬢様。行かなきゃいけないというのは?」

「リーじゃなきゃ、だめなの。リーはね、魔法使いさんがね、ママのね」

「お、お嬢様、落ち着いて」

「行かなきゃだめなの!」


 じわじわと泣き出してしまった銀色天使に、サーシャだけでなく、護衛達もディエゴも狼狽えている。


 サーシャは悩んだ。


 リーディアお嬢様は、何かの理由により、義母であるマリアの元に行きたいと訴えている。

 しかし、その肝心の理由がさっぱり分からない。

 いつもならマリアに相談するところだが、生憎今日はサーシャしかいない。

 何やらレヴァルに関係のありそうなことを言っている気もするのが悩ましい。

 いや、理由がなんであったにせよ、そもそも、サーシャの判断で、この高貴な子ども二人をこの辺境伯邸の外に出す……?


(無理無理無理無理! 私の権限を超えています! あああ〜でもお嬢様は納得されない予感!)


 サーシャが地獄絵図を前に青ざめていると、そこに事態を変える一報が入った。


「侍女殿。あの……リーディア=リキュール様宛てに、マーカス=マティーニ男爵がお越しです」



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