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26 レヴァル


 レヴァル。


 それは、草原の民の間では周知の制度で、男の誇りを賭けた戦いの文化である。


「レヴァルか。まさか実際に王国民に仕掛けてくるとはな……」


 頭を抱えるライアン辺境伯に、わたしもリカルドも、申し訳なさすぎて小さくなっている。

 ルイスおじい様もうーんと唸っているし、ルシアおばあ様達はただひたすら青ざめている。

 この場には、子ども達を除く領主一家が全員集まっている。ルシアおばあ様が、大急ぎで招集したのだ。

 ライアン夫婦はレヴァルのことを知っているようで、大慌てで仕事を切り上げて集まってきてくれた。なんなら、家令や外交担当の官僚達も引きつれている。


「父上。レヴァルとは一体、なんなのですか?」

「レイモンド」

「決闘だと言うことは聞きましたが、詳細が分かりません。あの男は、生涯一度きりだと言っていましたが」


 レイモンドの疑問に、ライアン辺境伯は説明してくれた。

 草原の民においては女は財産。そして、良い財産は、強い男が手に入れるのが道理。

 よって、草原の民の男には、生涯に一度だけ、レヴァルという権利を行使することが認められている。

 レヴァルを行使すると、対象の女性が子を成していない限り、夫や婚約者に対して、その女性をかけての勝負を申し込むことができるらしい。


「それは、つまり」

「タシオは、マリアさんをかけての一騎打ちをリカルドに申し立てたということだ」

「そんな身勝手な! マリアさんは結婚しているんですよ!」

「……」


 ジトっと半目で見るルシアおばあ様に、レイモンドはサッと目を逸らす。

 レイモンドの告白の件は、使用人達にも緘口令を敷いた。だから、ルイスおじい様達は、彼が結婚しているわたしに告白したことを知らないのだ。


「レイモンド。草原の民にとってレヴァルは神聖なものだ。これを無視すれば、ルビエール辺境伯家が草原の民を軽んじたこととなる」

「……! し、しかし父上、ルビエールの女性に対するあり方は、草原の民から尊重されないのですか!」

「普段は尊重されているさ。しかし、草原にはいくつかの大きな掟がある。それが、多くの部族から成る彼らを一つにまとめているんだ。彼らの誇りと結束の要を、無碍にはできない」

「そんな……」

「マリアにはリーディアがいます。子が居れば、レヴァルは成立しないのでは?」


 リカルドの言葉に、ライアン辺境伯は首を振る。


「相手の連れ子は換算されない。子は、女性の嫁ぎ先の和を守るための基準だ。今の相手と子を成すと、既にその女性は、嫁ぎ先の一部と認識される」

「マリアはもう既にリキュール家の者です。なくてはならない、大切な家族です」

「リカルド、それはエタノール王国の感覚なんだ。草原では、まだ奪う対象となる女性だ。マリアさんがお前の子を成すまではそれが続くだろう」


 わたしの手を固く握りしめるリカルドに、わたしも彼の手を握り返す。

 不安で一杯のわたし達に、ルイスおじい様は頭をかいた。


「マリアさんはいい嫁だと思ってはいたが、まさか横取りを宣言されるとはなぁ」

「あなた」

「わ、悪い。……しかしだ。こうなったら勝つしかない。リカルド、今後の全ては、お前にかかっている」


 リカルドは血の気が引いた顔で頷く。

 わたしは気が気ではない。何故こんなことになったのだろう。正直、タシオがそこまでわたしに執着しているとは思ってもみなかった。


「けれどもルイスおじい様。勝負の内容はなんなのです?」

「ナタリーさん」

「リカルド様は、文武両道で優秀な方ですわ。けれど、相手の土俵で戦うなら、それは不利なものになるでしょう。戦は舞台を決めるときから始まるもの――私達の意見は通るのですか?」


 問われたルイスおじい様は、申し訳なさそうに目を伏せた。


「意見を言うことはできる。不公平がないよう、部族の長も関与する。ただ、決闘の方法を決める権利は、生涯に一度きりのレヴァルを行使する側にあるな」


 ナタリーは絶句した。

 わたしもそうだ。


 要するに、リカルドはタシオの要求する勝負の方法で、彼に打ち勝つしかないということだ。

 一体、何の勝負を申し出てくるのだろう。


「ライアン辺境伯閣下! 草原の民――タラバンテ族から、早馬で文が!」

「見せろ」


 ライアン辺境伯が文を受け取り、開封する。

 そして、「やはりか」と、舌打ちしながら呟いた。


「叔父上。文にはなんと?」

「勝負は、馬で行うと」


 ライアン辺境伯は、憤懣やる方ないといった様子で、ぐしゃぐしゃと髪をかき乱す。


「馬駆けの申し立てが来た。今の草原で最も騎馬の技術が優れるタラバンテ族からな!」



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