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13 狙いを定める金色スナイパー


 先ほどまでの憂鬱はなんだったのだろう。


 エルヴィラは、やってきたばかりの客人に会いたくて、母ナタリーの周りを飛び跳ねていた。


「ママ! ママ、ねえ早く会いに行こうよ、ママ!」

「こらこら。リーディアちゃん達は、まだここに着いたばかりなのよ。まずはお部屋でゆっくりさせてあげないと」

「も、もうゆっくりしたはずよ。五分も経ったのよ」

「まだ五分でしょう?」

「もう! ママは意地悪なのよ!」


 ナタリーとリチャードの座るソファの周りを、延々ぐるぐる歩き回るエルヴィラに、二人は失笑する。


 エルヴィラは、もう不満で一杯だった。


 何しろ、相手はちょっとこの領地に訪れただけの天使一同なのだ。

 あっという間にこの家からいなくなってしまってもおかしくはない。


 それでなくとも、この家に来るお客さん達はみな、エルヴィラに簡単な挨拶をする程度で、大人達とばかり交流して去って行ってしまう。

 あの可愛い天使様が、エルヴィラとお話しすることもなく去って行ってしまったらどうするつもりなのだ。


 ぷくーと頬を膨らませたエルヴィラは、扉を開け、居間を飛び出した。


「あっ、こら、エリー! だめよ!」


 背後に響く母ナタリーの声も気にならない。

 エルヴィラは、その心が赴くままに、客人達の部屋へと廊下を走り抜ける。


 そしてたどり着いた先、客室の居間部分には、思ったとおりの三人がソファに座ってくつろいでいた。


「ママ、ママ! さっきね、すっごく可愛いお姫様がいたの!」

「エルヴィラちゃんね。すごく可愛かったわね」

「お友達になれるかな?」

「なれるといいわね」

「うん!」


 ニコニコ笑っている天使は、砂糖菓子のように愛らしい。

 しかも、なんとエルヴィラと仲良くなりたいと言っているではないか!


 エルヴィラに気が付いた侍女達が出入りの際に隙間を開けておいてくれた――エルヴィラはそのことに気が付いていない――扉の陰から、エルヴィラはその水色の瞳で、三人の客人、その中の主に天使に対し、熱い視線を送る。


 こういうとき、どうしたらいいのだろう。


 エルヴィラは、今まで自分から誰かに声をかけたことがなかった。

 いつだって周りの方から、高貴な存在であるエルヴィラに声をかけてくれた。

 大人達も、可愛いエルヴィラに惹かれるようにして笑顔を向けて来た。


 けれども、今は違う。

 エルヴィラの方が、彼女の笑顔に惹かれているのだ。


 エルヴィラは、誰かに声をかけるのが、こんなにも緊張するものであることを知らなかった。

 ドキドキする胸の鼓動をどうしたらいいのか分からないまま、エルヴィラは三人に、熱い視線を送り続ける。


 その周囲でエルヴィラを見守る侍従侍女達が、その愛らしさに悶えていることは、当の本人は知らないままである。


「ママ! お姫様もね、キャベツ会に招待したいの」

「あー……、それは、その」

「ママ、だめなの?」

「だ、だめじゃないのよ。でも、そうね、エルヴィラちゃんは興味があるかしら」

「きっとね、お姫様も行きたいと思うの」

「ど、どうかしらねぇ」

「まあ、誘ってみるといいさ」

「うん、そうする!」

「リカルドったら、もう!」


 くつくつ笑っている貴公子を、ふわふわの女の人が困ったように小突いている。

 貴公子は蕩けそうな笑みでふわふわの女の人を抱き寄せて、女の人は目を彷徨わせながら照れていて、なんだかエルヴィラまでドキドキしてしまう。


 その横で、天使は侍女に向かって、「お姫様にね、招待状を書くの!」と、何やら素敵な作戦を開始し始めた。

 なんの招待状だろう。

 キャベツ会?


 気になるワードに、思わずエルヴィラは身を乗り出していたのだろう。

 蜂蜜色の瞳のふわふわの女の人が、エルヴィラの存在に気が付き、ハッとしたような、悶えるような顔をした。


「金色スナイパー……!」




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