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3 王都の下町大通りと雪精霊



 王都の下町大通りは、いつも以上に人が多く、にぎわっていた。

 新年を迎えたばかりのためか、人々の表情は明るい。年明け限定の安売りもしているようで、その雑多で華やかな商売の様子に、胸が躍るような心地がする。


「ママ! ママ、ママ、ママ!!!!」


 下町大通りに降り立った銀色娘も、わたしと気持ちは同じらしく、お洒落な石畳の大地を踏みしめながら、わたしの手を握りしめ、興奮気味に叫んでいた。

 彼女の視線を見る限り、おそらく、『ママ(すごいの)! ママ(にぎやかなの)、ママ(人がいっぱいなの)、ママ(おいしそうなの)!!!!』という叫びだと思われるので、わたしは笑いをこらえながら、うんうんと頷くことにした。


「ママ!」

「そうねえ、すごいわねえ」

「ママ!!」

「とってもにぎやかね」

「ママ!!!」

「どの屋台の食べ物も、すっごくおいしそうね。どれを買おうかしら」

「!!!!」


 ハッと我に返った銀色伯爵令嬢は、パパのほうに視線を投げる。

 パパがやけに神妙な顔で頷くと、幼い義娘の紫色の瞳がギラリと煌めいた。

 どうやら幼い銀色伯爵令嬢は、屋台の食べ物を選び取る銀色スナイパーにジョブチェンジしたらしい。

 熱い視線で撃ち抜かんばかりの様子で、屋台に並ぶ肉串や砂糖菓子を見つめている。


「あ、そうだわ。リーディア、おやつは500ギルまでよ」

「!?」

「リーディアは、500ギルがどのくらいかわかるか?」

「……!?」


 驚愕と動揺で立ちすくみ、目をさまよわせている伯爵令嬢に恥をかかせないよう、わたしはそっと彼女に耳打ちする。


「500ギルでお買い物できるのは、だいたい、三つくらいかしら」


 愕然とした表情の愛娘に、わたしは思わず吹き出してしまった。

 彼女は一体、どれだけの屋台を制覇するつもりだったのだろう。


 銀色スナイパーは、ひしっと私にしがみつくと、必死の形相で訴えかけてきた。


「ママ! リーは、三つじゃ足りないの! もっと必要なの!」

「どこかで見た光景だな……」

「リカルド」

「屋台、いっぱいなの! リーはきっと、三つじゃ満足できないの。リーは……わるい魔女さんより、ゴウヨクなの……っ」

「じゃあ反省して、頑張って選びましょうね〜」

「ママ!」


 悲壮感あふれる様子のスナイパーに、わたしはくすくす笑いながらその場でしゃがみ、目線を合わせる。


「一杯買っても、全部食べられないでしょ? あのお肉の串も、こーんなに大きいのよ。一杯食べたら、お夕飯が入らないでしょ?」

「お夕飯は、お休みするの」

「あら、そうなの? 王都の美味しい食べ物を沢山お願いしていたのに……」

「!?」

「そういえば、初日は家族三人で食べられるように、マリアが知り合いのカフェ店主に頼んで調整してくれていたんだったな」

「!!?」

「そうなのよ。リーディアはいつも子ども部屋で食べるから、わたし達大人とは一緒に食べられないでしょう? でもせっかくの王都の初日だから、夜景の見えるカフェの個室をお借りしてね、夜のピクニックみたいにしてみたんだけど……」


 パカッと口を開けた銀色スナイパーは、頬を赤らめて興奮気味に震えている。

 どうやら、わたしの用意した夜のイベントは、お気に召したようだ。「夜のピクニック……」「一緒の、お夕飯……」「美味しい……お食事……」と、心の声が小さなお口からダダ漏れになっている。

 最終的に、「屋台はまた明日以降も来られるからな」というリカルドの言葉が決め手になったらしく、最強のスナイパーは、「最高の三つを選び取るの……!」とギラギラと瞳を輝かせていた。


 わたしがその光景を微笑ましく見守っていると、隣に居るリカルドが周りを見渡しながら、ふと呟いた。


「外国人が多いな」


 言われてみると、下町大通りをにぎやかしているのは、エタノール王国人ばかりではないようだ。

 エタノール王国人には、金髪と茶髪の人間が多い。

 しかし、今日の下町大通りには、赤毛や青みがかったグレーの髪など、様々な髪の色の者があふれていて、服装も、近隣諸国の特色のあるものが散見される。


「本当ね。どうしたのかしら」

「ああ、なるほど。国際会議目当てか」

「!」


 リカルドの言葉に、わたしは目を見開いた。


 エタノール王国とその近隣諸国は、毎年国際会議を開いているのだ。

 年明けに行われるその会議は、貿易や共同施策などの調整を行うもので、会議の会場は参加諸国が交代で担うこととなっている。

 今年はどうやら、エタノール王国が会場を担当する年らしい。


 国際会議を開く国は、会議の前後一週間ほど、祭りを開くことが多い。

 そして、その国際会議祭りを目当てに、多くの旅行客が会場国に集まってくるのだ。

 今日はまだその祭りの時期ではないようだが、祭りに備えて、少しずつ旅行客がエタノール王国に足を運んでいるということなのだろう。


「前回の国際会議祭りも壮大だったと、ライアン叔父上が言っていたな」

「そうなの?」

「うん。会場国の順番はなかなか巡ってこないから、楽しんでくるようにと」


 ライアン閣下は、リカルドの母方の叔父で、現ルビエール辺境伯だ。

 わたし達は先月まで、ルビエール辺境伯領に視察旅行に出かけていたため、そのときに国際会議の話もしていたのだろう。


 優しい義叔父の言葉にわたしが頬を緩めていると、ふと、目の前を、雪の結晶のような形をした光が舞っていることに気が付いた。


「パパ、ママ! キラキラしてるのー!」


 リーディアは降ってくる光に手を差し伸べ、その場でくるくると楽しそうに回っていた。


 降って来た光に驚いているのは、どうやら彼女だけではなさそうだ。

 街行く人々は皆、空から落ちてくる光に驚き、空を見上げている。


 わたしも空を見上げると、そこにはキラキラと青白い光を放つ発光体が複数、ふわふわと浮かんでいた。

 遠くに居るので大きさはわからないが、十個ほどの塊があるように見える。


 その幻想的な美しさに目を奪われていると、リカルドが慌てた様子でわたしとリーディアを抱き寄せてきた。


「リカルド?」

「パパ?」

「あれは雪精霊だ。一旦馬車に戻るぞ」

「雪精霊?」


 そう口にした直後、急に凍えるような寒さがわたし達を襲った。


 わたしがあまりの寒さに驚いて身を固めると、リカルドはすぐさま自分のマフラーをわたしに被せ、がくがく震えているリーディアを抱え上げる。


「マリア、急げ。あれが現れると、周囲の気温が下がる!」

「さ、下がるって、どのぐらい?」

「あれだけの数が居るなら、マイナス十度は固い」

「マイナス十度!?」


 今のエタノール王国は真冬の一月。昼日中とはいえ、外気は十度にも満たない。

 その気温が十度下がるということは、氷点下になるということだ。


 わたし達は慌てて馬車に戻り、魔石で温めた室内で一息つく。

 体の芯から凍えている様子のリーディアの肩をさすり、リカルドのマフラーとわたしのマフラーを彼女に巻きつけた後、わたしはそっと馬車の外を窓から覗いた。

 往来の人々も急な気温の低下に、慌てて建物の中に駆け込んでいるようだ。

 この馬車の御者も、一旦建物に逃げ込んでもらっている。

 お忍びのわたし達を護衛していたリキュール伯爵家の私兵達は、上手く建物に逃げ込めただろうか。


「ママ! 寒いの、キラキラ、すっごく寒いの!」

「そ、そうね……リカルド?」

「空軍が来てる。もう大丈夫だ」


 厳しい顔をしていたリカルドが、安心したように表情を緩める。

 空を見ると、箒や鳥の魔獣に乗った魔法師達が、精霊達を移動させているようだ。


 青白い光を放つ発光体は、魔法師達をからかうような動きをしながら、上空から去っていく。


「雪精霊って、初めて見たわ」

「雪精霊は寒い場所を好む。北方の戦場ではよく見かけるが……」

「エタノール王国の王都上空に現れるのは、聞いたことがないわね」

「うん。……だが、それにしては、空軍の対応が早い。最近の王都ではよくあることなのだろうか」

「雪精霊さん、お引越ししてきたのかな?」


 わたし達のマフラーでぐるぐる巻きになった銀色娘は、ようやく落ち着いたのか、ぬくぬくとマフラーに埋まったまま、首をかしげていた。

 可愛い。

 義娘のマフラー巻き、めちゃくちゃに可愛い。

 とりあえず、「可愛い!」と叫んでマフラーごと彼女を抱きしめたところ、ぬくもりの中心に居る彼女は満足そうに目を細めている。


「……ライアン叔父上が、隣国での精霊の動きがおかしいと言っていた。それが原因で、エタノール王国北方の精霊の動きも、読みにくくなったと」

「隣国……どの国?」

「スルシャール王国」


 目を見開くわたしに、リカルドは憂い顔で頷く。


「エタノール王国の王太子妃、スザンヌ=エタノール殿下の生国だ」


 波乱の予感に、わたしが思わずリーディアを再度抱きしめると、可愛い布ぐるみ娘はふふんと得意げな笑顔――傍目にはもちもちほっぺが揺れる愛らしい大福顔――をした。


「もう。ママは甘えっ子ね。ママのことは、リーが守るから大丈夫よ? リーの背中に、ちゃんと隠れているのよ?」


 いつか聞いたその言葉に、わたしは目を丸くした後、思わず声を上げて笑ってしまう。

 リカルドもリーディアも笑っていて、馬車の中が朗らかな空気で満ちたところで、我が家の主役である銀色娘が首をかしげた。


「パパ、ママ。それでね、屋台は?」


 顔を見合わせる、わたしとリカルド。

 窓の外を見ると、屋台の家主達も寒さ故に避難していて、街道には人っ子一人居ない。

 そして、目の前には、期待に満ちあふれた紫色の瞳……。


「……また後で来ましょうか」


 可愛い銀色娘は、目に涙を溜めてプルプル震えている。


 わたし達夫婦は、「また後でね!」「すぐに戻ってこよう」「屋台は逃げないからね!」と、絶望に染まる銀色スナイパーを必死に宥めつつ、その場を離れたのだった。



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