一回戦:ロータスVSローズ②
◇◆◇◆◇◆
「久しぶりだね、お兄さーん♪こんな所で再開するなんて思わなかったよ♪」
「ん?ああ、そうだな」
「なーに、その反応?もしかして、ローズちゃんの事忘れちゃったの?」
「いや、覚えているぞ」
開始の合図がされてからも俺達はすぐには動かず会話を交わしていた。
「それにしても、お兄さんやっぱり強かったんだね。あの時勧誘できてたらよかったのに」
そう言いながらローズは一瞬観客席の方に視線を向けた。
「今も気持ちは変わらない?」
「ああ」
「そっか。じゃあ、仕方ないからお兄さんにはここで負けてもらうね♪」
「悪いが、こっちには事情があるんでな。負けるつもりはない」
言い終わると同時に俺は駆け出し、一直線にローズへと向かっていく。まずは様子見だ。
「怖〜い。そんな怖いの燃えちゃえ!」
猫撫で声で怖がる素振りを見せながらもローズはしっかりと俺を視界に捉え、先端に赤い宝石のついた杖を向けてくる。
前にフィールドで見た時は鞭も使っていたが、今回は持っていない。正直、鞭を使ってくるようならすぐに勝てた。
それをわかってか鞭に見切りをつけて魔法だけに絞ってきた訳だ。
俺は冷静にローズを観察しながら放たれた火球を手に持つ刀・蓮華で斬り裂いた。
「ふむ」
魔法の出が早いな。火属性に絞っている分威力と速さはマーネ以上か。
「魔法を斬っちゃうなんてビックリ〜♪」
『おおっと!ロータス選手、ローズ選手の魔法を斬ってしまった!いったいどうやったのか!』
『魔法切断というスキルの効果ッスね。文字通り魔法を斬る事ができるスキルッス。ローズさんにとっては厄介なスキルッスね』
「ふーん、解説が説明しちゃってるけどよかったの?」
「問題ない」
俺が魔法を斬れるという事実は今見せたのだ。そこにどんな理屈があるかなど大して重要ではない。
「職業についても話してたし、余裕って事かな?」
「βテスターではない俺の情報は少ないからな。それじゃあ、フェアじゃないだろ?」
「その余裕が命取りにならないといいね♪」
正面から放たれる火球をさっきと同じように斬り裂く。その直後、俺を取り囲むように火の矢が迫ってくる。
これは操作できる魔法だったな。流石にこれ一本で戦闘不能になる事はないだろうが、受ける必要もないか。
俺は自ら前に出て正面にある数本の火の矢を斬り裂いて囲みを突破する。
それに慌てて背後から迫ってくる火の矢を横にずれて躱し、通り過ぎざまに斬り伏せる。
さらに位置取りを調整し、火の矢が横一列に並んだタイミングで振り返りざまに一閃。数本の火の矢を纏めて斬り落とす。
操作精度はマーネの方がずっと上だな。マーネなら矢の一本一本まで精密に操作してみせる。
「まあ、そんな人間離れした技を使える奴がそうそういる訳もないか」
全ての火の矢を斬り伏せた俺は即座に加速し、ローズとの距離を詰める。
「ファイアウォール!」
だが、その接近を阻むように目の前に火の壁が現れ、俺は咄嗟に壁を避けて左側に回り込んだ。
その直後、狙い澄ましたように眼前に火槍が現れる。
火の壁を正面ではなく、向かってやや右寄りに出現させる事で俺を誘導した訳か。まあ、わかっていたが。
迫る火槍を瞬時に斬り裂き、火の壁に隠して背後に回していた火の矢を振り返りながら全て斬り落とす。
それと同時にチラリとローズを確認すれば俺の手前の地面に向かって火球が放っている。
ファイアボールよりも大きいあれは着弾と同時に爆炎を撒き散らすファイアバーストだろう。
無理に踏み込めば着弾前に斬る事もできるが、隙ができてしまうか。
以前マーネが同じ魔法を使った時の記憶からそのおおよその効果範囲を予想し、それよりも大きく距離を取った。
直後、地面に着弾した業火球は最初に予想した範囲を超えて爆炎を撒き散らす。
職業の差かそれともスキルか。範囲もマーネ以上だな。
とはいえ、事前に大きく距離を取っていたおかげで影響は何もない。
これで大方ローズの戦力は把握できた。これ以上何もないようなら勝負を決めにいくところだが……ふむ。
時折ローズの意識がはめた指輪に向いている。俺もステータスを強化するアクセサリーをいくつか身につけているが、それをこの状況で気にする理由はない。
だとすると、あれはこの状況を変える効果を持った何かという事か。
◇◆◇◆◇◆
『いやー、凄まじい反応ですね。死角からの攻撃もことごとく防いでいますよ』
『まるで見えているような反応ッスね。あれどうやってるんスかね。ちょっと聞いてきていいッスか?』
『駄目です』
「ラピスさんじゃないですけど、あれどうやっているんですか?」
「おや、ユーカは知らないんだったかな?ロータス君の領域を」
「領域?」
「ロータスの研ぎ澄まされた神経は刀の間合い全てを知覚できるのよ。ロータスの反射神経ならそこからあらゆる攻撃に対処できる」
前までは手に馴染んでいない剣を使っていたせいで少しズレがあったらしいけれど、今はユーカの作った刀がある。
「今のロータスに死角はないわ」
「彼女にしてみたらロータス君は最悪の相手だろうねぇ」
「全ての魔法を斬れる訳ではないけれど、素早く出せる魔法ならたいてい斬れるわ。彼女も色々手を尽くしているみたいだけれど、ロータスには通用しない」
視線の先ではロータスがことごとく魔法を斬り裂いている姿がある。
「ロータスの位置を見てみて」
「なんだか一定の距離を保っていますね」
「あの距離がロータスが見定めた安全で攻撃的な距離よ。あそこからなら範囲魔法の詠唱に入ってから発動するまでに距離を詰められ、もし放たれたとしても効果範囲から抜け出される距離。この距離を保たれるのは嫌でしょうね」
だからといって自分から距離を詰めれば瞬く間に懐に入られてしまうし、離れれば攻撃が当たらない。攻撃の手を緩めれば同じく距離を詰められ、今より激しくすればMPがすぐに尽きてしまう。
「魔法使いが不利なのはこの辺りもあるでしょうね。MPが尽きてしまえば魔法使いは何もできない。彼女くらい火力があれば守りに徹されても力業で押し切れるでしょうけど、ロータスみたいに無傷で切り抜けられると手の打ちようがないわ」
「なら、このまま決着が着くのでしょうか?」
「いえ、ロータスはそれを選ばないでしょうね。ただ……」
近づくチャンスは何度かありそうなのに攻め込んでいない。元々慎重な性格ではあるけれど、攻め込むタイミングを見誤るような事はしない。そのロータスが攻めないという事は……。
「何かを警戒しているわね」
「何かというと?」
「それはわからないわ。でも、ロータスは相手の視線の動きや筋肉の収縮、息遣いなんかから相手の思考を読む。そのロータスが警戒しているという事は何か狙っているという事」
「こと戦闘に限ればロータス君は恐ろしく鋭いからねぇ。それが少しでも恋愛方面に向けばいいんだけど」
「「……本当に(です)ね」」
私はため息を吐き、頭を振って意識を切り替え、ロータスが何を警戒しているのか観察する。
「なるほどね」
「何かわかったのかい?」
「ええ」
ロータスはローズの手。特に指に意識を向けている。
その指には魔法を強化する効果を持った指輪がいくつかはめられているけれど、一つだけ違う効果を持ったものがある。
「あれは魔法石ね」
「魔法石というと、魔法を封じたアイテムだったかな?」
「ええ、そうよ。作るのに魔石を使ううえ、使い捨てで込められる魔法にも制限があるからあまり出回っていないアイテムよ」
「それをローズさんが持っているというのはおかしくないですか?今回の大会はアイテムの持ち込みは禁止ですよね?」
「だから加工して指輪にしてあるのよ。あれならギリギリルールには触れないわ」
込めてある魔法は十中八九範囲魔法のファイアストームでしょうね。
でも、それだけで警戒しているロータスに当てられるとは思えない。
他にも何かありそうね。
◇◆◇◆◇◆
このままこの距離を保っているだけでも勝てるだろうが、ふむ……。
これはあくまでゲームだ。現実での実戦ならともかく、ここでそんな安全策に行くのもつまらないか。
隠している手札にも興味があるしな。
俺はそう決めるとすぐに動き出し、飛来した火球を躱してローズに詰め寄る。
次々と放たれる魔法を斬るのではなく最小限の動きで躱し、距離を詰めていく。そして、ある程度の距離まで近づいた途端、ローズは指輪をはめた手を俺に向けてきた。
「行っくよー♪」
その途端、頭の中に鳴り響いた警鐘に従い、即座に身を翻して逆に距離を取る。
その直後、指輪の一つが赤い光を放って砕け散り、炎の嵐が吹き荒れる。
「危なかったな」
迫る炎を背中で感じながら駆け、俺はギリギリで炎の範囲から抜け出した。
警戒していたからこそ逃げられたが、無警戒で近づいていたら炎に飲み込まれていたかもしれないな。
とはいえ、これで終わりではあるまい。ローズは見た目に反して計算高い。まだ何かあるはずだ。
そう思いながら炎が収まるのを待ちながら注視していると、やがて炎が収まる。
「む?」
炎が収まった先にあったのは光りを放つ魔法陣。
「お兄さん、強いから助けてを呼んじゃうね♪来て──サラ!」
その瞬間、魔法陣から炎が立ち昇り、その中に一つの影が現れた。
「なんだ?」
直後、炎が内側から弾けるようにして消え、中からそれは現れた。
燃えるような赤い髪に赤い肌。炎のようなドレスを身に纏い、頭には鹿のような角が二本生えている。豊かな胸に俺と変わらない程の身長を持ち、見た目だけは妖艶な美女に見える。
だが、その身纏う覇気は強く、威圧感を放っている。
『おおっと!あれはまさか精霊でしょうか!』
『そうッスね。自分の知る限り、ローズさんは現状唯一の精霊契約者ッス』
『これでは実質二対一!ロータスさんは一気に不利になってしまいました!』
「精霊?」
「そうだよ♪この子は私と契約している精霊のサラ。いくらお兄さんでも私とサラの二人に勝てるかな?行って、サラ」
微笑を浮かべたサラはローズの言葉に従い、俺に迫ってくる。
「む」
そのまま振るわれた拳を躱し、カウンターで胴を薙ぐ。だが……。
「効いていないか」
まるで炎を斬ったかのような手応えのなさ。
サラは斬られた事に怯む事なく続けて拳を突き出してくる。
モンスターの中には物理攻撃が効かないものもいると聞いたが、サラも同じタイプなのだろう。現状俺にはどうする事もできない相手か。近接型でそれとは厄介な事だ。
次々振るわれる拳を躱し、その脇を掻い潜ろうとすればサラは長い脚を使った回し蹴りを放ってくる。
鋭く速いが、動き自体は単調。避けるのは難しくない。
俺はそれを一歩下がって躱し、直後感覚に触れた気配に咄嗟に身を屈める。
頭上を通り過ぎる気配。
角以外は人間と変わらないと思ったが角以外にも違う部分が一つあった。それは尻尾。
頭上を通り過ぎる尻尾をやり過ごし、俺はその場から跳びのいた。
その直後、サラの体を貫いて火槍がさっきまで俺のいた場所に突き刺さる。
物理攻撃だけでなく火も効かないという事かサラはそれにも構わず、さらに攻め立ててくる。
拳や蹴り。特に厄介なのは動きの読みづらい尻尾。
人間と違って精霊のサラは呼吸もしなければ筋肉の収縮もない。思考が読めないうえ、人間にはない部位なせいで余計にやりづらい。
さらにローズも次々と魔法を放ってくる。その魔法も死角を突いただけでは通用しないと理解し、俺がサラの攻撃を躱した直後を狙ってきている。
変則的だが前衛と後衛に分かれ、本来の魔法使いの形になった事でリズムも取り戻し、俺は後手に回らされていた。
「ふむ」
だが、現状俺が不利だというのにローズの笑顔の中には焦りの色がある。この状況でローズが焦るとしたらMPだろう。
精霊召喚は強力だ。だが、それ故に相応のMP消費があるはずだ。その状況でさらに次々魔法も放っているのだ。ローズに残されたMPはもうそう多くあるまい。
ならば、やはりこのまま守勢に回っているだけでもいずれ勝てるだろう。だが、結論は変わらない。
それではつまらない。
「ふっ」
口元に笑みが浮かぶのを自覚しながら俺は逃げるのをやめ、前に出る。
間近で観察できたおかげでサラの動きにもいい加減慣れた。これ以上付き合う必要はない。どうせ倒せないのだから無視するだけだ。
突き出された拳を掻い潜って躱し、その脇を抜ける。
そこを狙って放たれた火槍を斬り裂き、頭上から振り下ろされる尻尾を瞬間的に加速して回避する。
遮るものがなければ後は一直線にローズに向かうだけ。
近づけまいと放たれる魔法を斬り裂きながら進めば、慌てて追いかけてきたサラが背後から追撃を仕掛けてくる。
とはいえ、この状況でできる攻撃などたかが知れている。振り返る事なく振るわれる拳を躱し、足を止める事なく駆け続ける。
ある程度の広さを持つリングとはいえ、今の俺のステータスで全力で駆ければその程度の広さは瞬く間に駆け抜けられる。
そして、あとわずかという所まで迫ったその時──。
「行くよ、サラ!」
ローズが杖を掲げ、詠唱していた魔法を発動させる。
火属性範囲攻撃魔法ファイアストーム。二度目となる炎の嵐が俺を飲み込まんと襲いくる。
さらに、それと同時に背後のサラの口から燃え盛る火炎が吹き出される。
俺など容易く焼き尽くす炎が前後から迫る。
足を止めた瞬間終わり。俺に残された選択肢などただ一つ。
俺は全身の力を足に込め、力強く地を蹴った。
『リングを炎が埋める!これは勝負あったか!!』
『まだッスよ』
燃え盛る炎を眼下に見下ろし、俺は空中から炎の奥に立つローズを見据える。
「これも避けちゃうなんて、お兄さんは本当にしぶといな♪でも、空中じゃ流石に避けられないでしょ?」
背後に現れた気配にチラリと振り返れば、そこにはすでに消えかけたサラがそれでも最後の力を振り絞って拳を振り上げている姿があった。
「案外そんな事もないぞ」
俺は手をかけていた腰の鞘を引き抜き、手放す。
そして、それが足元に来た瞬間、その鞘に足の裏を触れさせた。
(フロントステップ!)
例え空中だとしても足の裏さえ何かに触れていれば発動できるアーツによってサラの攻撃を回避。それと同時にローズの目の前に着地した。そして──。
「ここまでだな。もうMPも残っていないだろ?」
俺はローズの喉元に蓮華を突き付けた。
ローズに意識を向けたままチラリとサラの様子を確認すれば、小さな火の粉を残して完全に消えていた。
「……そうだね。お兄さん相手に肉弾戦で悪あがきなんて無駄だろうね。うん、私の負けだよ♪」
『試合終了!一回戦最後の通過者は無名の剣士・ロータス選手です!』




