ショッピング
「気を取り直してショッピングに行きましょう」
カフェから出た凛が力強く宣言した。
はて?何か気を取り直す事があっただろうか?
「その『何か気を取り直す事があっただろうか?』って顔が腹立つわね」
一度俺に鋭い視線を向けた後、凛は諦めたようにため息を吐いた。
「まあいいわ。それより、色々見て回りましょう。欲しい物があったらなんでも言ってね」
俺に向けたのとは違う優しげな眼差しを楓に向けた。
「……前も……買ってもらった……よ」
そう申し訳なさそうに言う楓だが、凛は気にするなとばかりに首を横に振る。
「お金の事なら気にしないで。なんなら、今日使う分を今から稼いでくるわ」
言うが早いか凛は見つけた宝くじ売り場に足早に向かい、少しして戻ってくる。
その手には行きにはなかった十枚程の一万円札が握られていた。
「とりあえず、スクラッチで十万円当ててきたわ」
そうなんでもない事のように宣う凛。相変わらずの強運だな。
「どうせ泡銭よ。だから楓は遠慮しなくていいわ」
「……あう」
助けを求めるように俺に視線を向けてくるが、俺は諦めろと肩を竦めた。
「親戚のおじさんが小遣いをくれるようなものだと思って受け入れてくれ。凛もそっちの方が喜ぶから。本当に嫌ならどうにかするからさ」
「……嫌じゃ……ない」
ただ申し訳ないだけなんだろう。楓はいい子だからな。
「さ、まずは服を見に行きましょう」
楓の手を取り、意気揚々と歩き出す凛の後を俺は苦笑を浮かべながら追いかけた。
「これなんか楓に似合いそうね。でも、こっちもいいかしら?」
この近隣じゃ一番の大型ショッピングモールにやって来た俺達はまず若者向けの服が売っている店に入り、そこで凛は楓に次々と服を当てていく。
「迷うわね。蓮はどっちが楓に似合うと思う?」
「両方だな」
「やっぱりそうよね。両方買いましょう」
「……え」
ポイッと手に持つカゴに見比べていた服を両方入れる。それに、楓は小さく驚いた表情を浮かべ、次いで俺の方を上目遣いで睨んでくる。
嘘を言った訳じゃないが、ああ言えば凛が両方買おうとするとわかって言ったのがバレたようだ。
「……むぅ」
うん、可愛い。じゃなかった。
「そのペースで買っていったらすごい量になるぞ」
「別にいいじゃない」
「そんなに買ったところで全部は着れないって。凛だって楓が着てくれた方が嬉しいだろ?だから、もっと厳選した方がいいと思うぞ」
「む……たしかにそうね」
凛も納得したのか、一度カゴに入れた二着の服を取り出し、改めて吟味し始めた。
「個人的にはそっちの方がいいと思うな」
凛が迷っているのは可愛いらしいデザインの物と落ち着いたやや大人っぽいデザインの物だ。
「そう?こっちの方が可愛くて楓に似合うと思うんだけれど」
俺が指差したのとは逆の可愛いらしいデザインの物を掲げ、凛は首を傾げた。
「たしかに、それも間違いなく楓に似合うだろう。でも、たまにはそういう大人っぽいのも似合うと思うんだ」
「一理あるわね。楓がなんでも似合うのは間違いないんだから、いつもと違うタイプの物を選ぶのもありだわ」
うん、と頷いて凛は俺が指差した方をカゴに入れ、もう一着を戻した。
「あっちにも良さそうなのがあるわね」
そして、すぐに別の服を見にどんどん進んでいった。
自分の服をならいつも適当なのにな。
「ん?」
そんな凛に苦笑を浮かべていると、クイッと袖を引かれた。
「……凛お姉ちゃん……と……違って……楓には……似合わない」
一瞬何を言っているのかわからなかったが、すぐにそれがさっきの服の事だと気づく。
「……楓は……チンチクリン……だから」
自分の背の低さにコンプレックスを抱いている楓は顔を俯かせ、否定的な意見を言う。
「そんな事はないさ。凛に似て綺麗になると思うぞ」
「……本当に?」
少し顔をあげ、自信なさげな瞳を向けてくる。
「もちろん。なにせ、楓は凛の従妹なんだからな」
「……ん」
俺がはっきりと断言すれば、楓は嬉しそうに微笑を漏らした。
「楓は凛が本当に大好きなんだな」
「……うん!」
俺の言葉に楓は今までで一番強く頷く。
「……優しくて……頭も……よくて……格好いい。……世界一の……お姉ちゃん。……楓の……憧れ」
キラキラと瞳を輝かせ、楓の服を吟味する凛を見詰める。その視線はまるで絵本の中のお姫様を夢見る幼い少女のようだ。
昔から楓は凛に憧れ、その背を追いかけていた。それは今も変わらないのだろう。
俺は微笑を浮かべ、ポンと楓の頭に手を乗せた。
「……蓮君も……だよ」
「ん?」
「……蓮君も……楓の……憧れ」
カアァァァと瞬く間に顔を赤く染め、瞳を潤ませて楓は顔を俯かせた。
「そっか、ありがとな。楓の憧れに恥じないようにするよ」
今の何もない俺にそんな風に言ってくれるなんてな。本当に楓は優しい子だな。
「さ、行こう。凛が呼んでる」
ポンと楓の背中を叩き、俺は手招きする凛の元に歩き出した。
次に訪れたのは小物が売っている雑貨屋。
雑貨屋と聞くと『NWO』を思い浮かべてしまうあたり、俺も随分ハマっているな。ふむ……。
「ポーションは売ってないわよ」
「なあ、俺ってそんなに考えが顔に出てるか?」
「さあ、どうかしらね」
冗談を言いながら凛は棚にあった髪留めを手に取り、楓の髪に当てる。
「なんでも似合うから悩むわね」
手に取った髪留めを棚に戻し、別の物を見始める。
「……蓮君」
「どうかしたか?」
一瞬チラリと凛の方を見た事から凛に聞かれたくないのだろうと予想し、身を屈めて耳を近づけた。
「……あのね……凛お姉ちゃん……に……プレゼント……あげたい……の」
「いいんじゃないか。凛も喜ぶぞ。何をあげるんだ?」
「……これ」
そう言って楓はいつの間にか手に持っていた梟のキーホルダーを渡してきた。
つまり、凛にバレないように俺にこれを買ってきてくれという訳だ。
「任せておけ」
楓が凛の元に行くのを見送り、俺は凛に見つからないようにレジ向かった。
「ちょっといい?」
楓に頼まれたキーホルダーを買い終え、凛達の元に戻ろうとすると、大学生くらいの二人組の女性に話しかけられた。
「何か用ですか?」
「君一人?よかったら私達と遊ばない?」
「いえ、俺は──」
連れがいるからと断ろうとしたその時、グイッと左右から腕を引かれた。見てみると、右に凛。左に楓が腕に抱きついていた。
「あいにくだけど、これは私達の連れよ。他を当たってくれる」
突然の事に呆気に取られている二人組を置いて俺はズルズルと引きずられるようにして店を後にした。
「貴方、人に知らない人について行くなとか言っていた癖に自分はどうなのよ」
「いや、俺は」
「……蓮君……反省」
「……はい」
何故俺は責められているのかわからないが、逆らったところでいい結果にはならないだろう。俺は甘んじて責め苦を受ける事にした。
「はぁ、なんだか喉が渇いてきたわ」
「買って来いってか?だが……」
「少しくらい大丈夫だから」
「……わかったよ」
◇◆◇◆◇◆
「まったく、蓮は……」
「……やっぱり……蓮君……モテる?」
「ええ。いつも私が追い払っているのだけれど、少し目を離すとすぐあれだもの。この前だって──」
「ねぇねぇ、君達二人だけ?よかったら俺達と遊ばね?」
あ、これ蓮の事言えない奴だわ。
私はチャラチャラとした二人組の男を一瞥し、すぐに顔をそらした。
「行きましょう、楓」
「……うん」
楓の手を引き、男達を無視してその場を立ち去ろうとする。
「おいおい、無視しないでくれよ」
「ッ」
私の肩に伸ばしてきた手を払おうとするが、それよりも早く横から伸びてきた手が男の手を掴み取った。
「悪いが、そいつらは俺の連れだ。引いてくれないか?」
「蓮」
「……蓮君」
男の手を押し戻し、蓮が間に割り込んだ。
「あぁ?なんだテメェ!」
「テメェには関係ないだろ!」
声を荒げ、恫喝する男達に蓮は困ったような表情を浮かべる。
「もう一度言うぞ。引いてくれないか?」
「だからテメェには──ヒィッ!」
直後、男達の顔が恐怖に引きつる。
そして、蓮が一歩踏み出した途端、男達は背を向けて慌てて逃げ出していった。
◇◆◇◆◇◆
「話のわかる相手で助かったな」
「ええ、そうね」
「……なに……したの?」
「言葉に軽く殺気を乗せたのよ。常人じゃ耐えられないでしょうね」
荒事になったら今の俺じゃどれくらい役に立つかわからないからな。なんなら、凛と楓の方が強いだろう。
「ま、虫除けスプレーの代わり程度のちょっとした特技だよ。それより……」
俺が凛に視線を向けると、プイッとそっぽを向いた。
「ああなると思ったから離れたくなかったんだけど」
「貴方に言われたくないわ」
「とりあえず、やっぱり人の多い所を出歩く時は傍にいるからな」
「わかったわよ。一緒にいればお互いああいうのは減るでしょうし」
お互いというのはよくわからないが、まあいいか。
「でも、そうなると問題は楓ね。向こうに戻った時が心配だわ」
「そうだな」
「いざという時は迷わず手を出しなさい。最悪殺しても構わないわ。私が許可するから」
「流石にそれはまずいだろ。でも、間違って殺してしまった時は言ってくれ。凛と二人でどうにかするから」
「……しない……よ!」
「楽しかったわね。楓も楽しめた?」
「……うん」
あの後も色々と店を見て回り、今はベンチで休んでいた。
「もう少しで楓とお別れなんて寂しいわ」
「……また……来るよ」
今日の夜には楓のお父さんが迎えに来る。毎回の事だが、別れの時間が近づくと凛はいつもこの調子だ。
「……凛お姉ちゃん……に……渡したい……物が……あるの」
「渡したい物?」
首を傾げる凛に小さな紙袋に入ったキーホルダーを渡した。
「これって」
紙袋から梟のキーホルダーを取り出した凛は驚いた表情を浮かべた。
サプライズは成功って訳だ。
「……蓮君」
「ん?」
「……手……出して」
首を傾げながらも俺は言われるがまま手を差し出した。
「……はい」
手の平の上に乗せられた小さな紙袋。見覚えのある紙袋を開けてみると、そこにはやはり見覚えのあるキーホルダーが入っていた。
「これって……」
「……プレゼント」
凛の方に視線を向けると、凛は苦笑を浮かべていた。
どうやら、楓は凛にだけじゃなく俺にもプレゼントを用意していてくれたらしい。レジに向かった時に凛と話していたのだろう。
「やられたよ。ありがとな」
「ありがとうね、楓」
「じゃあ、これはお返しだ」
俺は楓にここまでに二度見た紙袋を差し出した。
「……え?」
「中身は同じだよ。三人お揃いだな」
紙袋から取り出したキーホルダーをギュッと握り締め、照れ臭そうに、そして嬉しそうに微笑んだ。
「……ありがと」
「どういたしまして」
「さ、名残惜しいけれど、帰りましょうか」
「そうだな」
お揃いのキーホルダーをしまい、三人並んで歩き出した。




