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南の湿地

「ホームってすごいんだな」

 ヘパイストスからの帰り道、俺はさっきまでいたクランホームを思い出して隣を歩くマーネに話しかけた。

「あれは特殊な例よ。中身はほとんど工場だもの。しかも、ヘパイストスの場合はあそことは別に生産した物を売るための店を持っているわ」

「そうなのか?」

「ええ、そうよ。それに、攻略が進めば各町に支店もできると思うわよ。ホームを買う数に制限はないから。お金があればの話だけれど」

「ホームってどれくらいするんだ?」

「物によるわね。あの屋敷なら数千万Dってところね。それも、クランの特典として割引された値段でよ。通常なら億は超えるわ。もっと小さいのなら数百万Dで買えるかしら」

 それでも十分大金だな。昨日でだいぶ儲けたみたいだが、それでも経費を抜いて300万くらいらしい。あの屋敷を買うには到底届かない。

「腕のいい生産職はお金を持っているから。ヘパイストスくらいになれば簡単にとはいかなくても十分賄えるわ」

「戦闘職だと難しいか」

「そうとも限らないわ。今のところ北の森を抜けられたのは私達だけだから、詐欺師の森で一日狩りをすれば100万以上稼げるでしょうね」

 これもまた需要と供給の話か。出回る数が少なければ相応に値段も上がるからその分多く稼げると。

「まあ、そろそろ北の森を抜けるプレイヤーも出てくるでしょうから独占はそう長い間できないでしょうけど」

「稼ぐだけならもっと簡単だけどねぇ」

 と、そこで文字通り道草を食っていたユーナが話に入ってきた。

「貴女、何をしているの?」

 咥えた草をムシャムシャと食べている姿にマーネは頭を押さえた。

「見ての通り道草を食っているんだよ」

「ええ、残念な事にそれは見たらわかるわ。私が聞きたいのは何故そんな奇行に走っているのかという事よ」

「どんな味か興味があってねぇ」

「……それで、感想は?」

「苦くて美味しくないねぇ」

 ゴクンと口の中の草を飲み込み、何が楽しいのかニヤニヤとした笑みを浮かべた。

「貴女に理由を求めたのが間違いだったわ」

 まあ、ユーナの奇行の理由はたいてい興味があったからだろうしな。

「で、なんの話をしてたんだっけ?」

「マーネの今日のパンツの色はって話だねぇ」

 む?そんな話だっただろうか?

 俺は首を傾げながらマーネの方を向いた。

「違うわよ」

「おや、違ったかな?ところで、ロータス君はマーネのパンツの色を知っているかい?」

「ゲーム内は知らないな。現実だと今日はたしか──」

「なんで知ってるのよ!」

「文句があるならせめて下着くらい自分で洗濯してくれ」

「…………」

 サッと目を逸らすマーネに俺はため息を吐いた。

「さて、話を戻しましょうか」

 ゴホンと一度咳払いをして澄まし顔を作り、マーネは強引に話を変えてきた。

「簡単に稼ぐ方法だけど、昨日やったのと同じようなものよ。取引掲示板を使って値上がりしそうな物を安く仕入れて高く売る。転売プレイヤーと同じような事をすればいいのよ」

「だけど、マーネならもっと上手くやれるだろう?」

「そんなのつまらないでしょ」

 できないとは言わないマーネ。実際マーネなら簡単にできるのだろう。

「そういえば、住人への対処ってどうなったんだ?」

「ヘパイストスが商業ギルドを通して住人の店にポーションを下ろしているわ」

「それだとまたプレイヤーに買い占められるんじゃ?」

「店にはあるけど、並べてはいないのよ。欲しい人は店員に言えば渡すって張り紙がしてあるの」

「張り紙?」

「この世界の文字でね。読むには言語学っていうスキルが必要だから、今の段階じゃ読める人はいないわ」

 それならたしかに住人しか買えないか。

「時間稼ぎだけれどね。あとはその間に改善するのを祈るだけよ」

 まあ、なんでもかんでも自分達だけでどうにかなる訳じゃないしな。

「あ、そうだ。行きたいところがあるのだけど、いいかな?」

「……一応聞きましょうか」

「南の湿地だよ。あそこには毒を持つモンスターがいるそうじゃないか」

「はあ、やっぱりね」

 毒、か……。ユーナと毒という組み合わせがもういい予感がしないな。普通の薬草からダメージを受けるポーションを作り出すような奴だし。

「貴女に毒を持たせるとか不安しかないのだけれど」

「酷い言われようだねぇ。もっと信用してくれていいのに」

「日頃の行い。日々の積み重ね。信用というものはそうやって得るものよ」

「ふむ……まるで問題がないねぇ」

「……ああ、そう」

 少し考えた後、はっきりと言い切ったユーナにマーネは諦観した表情を浮かべた。

「まあ、いいんじゃないか?ここで駄目だと言ったところでユーナは一人でも行くと思うぞ」

「それもそうね。なら、私達が傍にいて手綱を握っていた方がマシかしら」

「君達は僕の事をなんだと思っているんだい?」

「「マッドサイエンティスト」」

 俺とマーネは顔を見合わせ、揃って答えた。






「ほほう、ここが噂に聞く南の湿地か。ふふ、足場が悪くて歩きにくいねぇ」

 結局、俺達はユーナの提案を却下する事なく南の湿地へとやってきていた。

「たしかに歩きにくいな」

 ぬかるんだ地面に足が取られ、動きが制限されてしまう。常にこの状態だし、場所によってはさらに柔く、ハマってしまいそうになる。

 この足場の悪さに泥が付着する事による不快感。加えて出てくるモンスターが毒を持った厄介なモンスターばかりだし、見通せない程ではないが、薄っすらと霧が出ていて景観を楽しむ事もできない。

 今が夜という事もあるかもしれないが、どこか不気味だ。

 不人気フィールドと呼ばれるのも納得だな。

「でも、そこまで問題はないか」

「歩法術の補助もあるからね。貴方ならここでも十分に動けると思うわ。だから……」

 マーネの視線を追うと、大きな蛙に突っ込んで行くユーナの姿があった。

「って、おい!」



 ポイズンフロッグLv4

 種族:魔獣



 赤に紫の(まだら)模様を持つ五十センチ程の毒々しい蛙だ。

 レベルは然程高くない。今の俺なら通常攻撃でも一撃だろう。だが、ユーナは違う。

 ユーナに戦闘スキルはないし、レベルも低い。しかも、お世辞にもユーナは運動神経がいいとは言えない。こんな所で走ったりしたら……。

「おや?」

 案の定、ユーナはぬかるんだ地面に足を取られ、毒蛙の前で顔から地面に倒れこんだ。

「ああ、やっぱり」

 俺は慌てて駆け寄るが、それよりも早く毒蛙がユーナに紫色の粘液を吐きかけた。

 ダメージは大きくない。だが、ユーナのHPが徐々に減っていっている。これは?

「毒の状態異常よ。それは私がなんとかするから貴方はモンスターを倒して」

「わかった」

 立ち上がろうとするユーナと毒蛙の間に割り込み、毒蛙の伸ばした舌を斬り払う。そして、さらに踏み込んで毒蛙を斬りつけた。

 それだけで毒蛙のHPは消え去り、光の粒子に変わった。

「いやー、助かったよ。お礼にハグしてあげよう」

 立ち上がって手を広げるユーナから俺は後ろに下がって距離を取った。

「そんな泥だらけで抱きつかないでくれ」

「おや?たしかにそうだねぇ」

 そこでようやくマーネがやって来てユーナに杖を向けた。

「リフレッシュ」

 その瞬間、一瞬ユーナの体が光り、HPの減少が止まった。

「今のは?」

「光魔法の一つで状態異常を治す魔法よ」

 俺の質問に答えながらマーネはポーションを取り出し、ユーナに手渡した。

「とりあえず、これを飲みなさい。それから、生活魔法の中には汚れを落とす魔法があったでしょ」

「おお、そうだったねぇ。クリーン」

 再びユーナの体が光り、泥だらけだったユーナが綺麗な姿に戻った。

「なかなか貴重な体験だったねぇ」

「貴女はもう少し落ち着きを持ちなさい」

「わかったよ」

「本当でしょうね?」

「もちろんだとも。おお、今度はあそこに蛇がいるねぇ!」

 言うが早いかユーナは見つけた蛇に向かって突っ込んでいった。

「ユーナに何を言っても無駄だという事はわかった。というか、思い出したわ」

 ため息を吐いてマーネは首を横に振った。

 うん、でもこれユーナの面倒みるのは俺なんだよな。

 って、今度は蛇に噛まれているし。

 俺はまた慌ててユーナの元に駆け寄っていった。

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