神殿攻略③
「階段があったわ。これで次は四階ね」
二階、三階と大きな変化もなかった事もあり、俺達は特になんの問題もなく四階への階段を発見した。
「案外楽なものだねぇ」
「モンスターのレベルや特性を考えたら普通はもっと苦労すると思うんスけどね。ロータスさん達の能力が飛び抜けているせいであまり感じないッスけど」
「思い返してみれば、そもそも二人といて苦戦した事自体ほとんどなかったねぇ。苦戦らしい苦戦といえば悪魔と戦った時くらいかな」
「今までの戦いぶりを見ていると苦戦している姿が想像できないッスけど」
懐かしいな。確かにあれが一番苦労した戦いだったかもしれない。
「レベル差が20以上もあったのよ。苦労するのは当然でしょ」
「それでも最後は倒したんスよね?普通、20以上もレベル差があると勝てないと思うんスけど」
「相性がよかったのもあるけれど、悪魔自体が学習するタイプのモンスターだったのが勝てた要因の一つね」
「話には聞いてるッスけど、本当なんスね。でも、それが勝てた要因というのはどういうことがなんスか?」
マーネの言葉に疑問を抱き、ラピスは首を傾げた。
「学習するという特性の分、最初は単調な攻撃しかしてこなかったのよ」
「ああ、なるほど。そういう相手は得意そうッスもんね」
「そうね。それに、ちょっとくらい学習したところで駆け引きでロータスに勝てるはずないわ。むしろ、読みやすかったくらいじゃないかしら」
チラリとこちらに向けられた視線に俺は頷いて返した。
「そうだな。一度見た技や動きに対処できるとしてもその選択肢が一つしかないなら誘導して逆にカウンターを入れる事もできる」
とはいえ、それは俺達としか戦った事のなかった相手だからだ。
第二エリアで見つかった他三体の悪魔にはいろんなプレイヤーが挑んでは返り討ちにあったと聞く。その分様々な事を学習しているはずだからレベルが上がった今でも苦戦は免れないだろう。
「と、話しているうちに四階についたか」
階段を昇りきると、そこには不自然な程真っすぐ続く通路があった。
これまでは罠やモンスターの種類が多少増える事はあったが、そこまで大きな変化はなかった。だが、この階は今までと何か違う気がする。
「考えても仕方ないわ。今まで通り警戒して進みましょう」
そうして進み始めたのだが、やはりおかしい。
何かがあったのではなく、何もなさ過ぎるのだ。
これまでの階にあった罠やモンスターの姿がまるでなく、ただ延々と真っすぐな通路が続いているだけ。
「おっとっと」
「ちょっと、何をやっているのよ」
後ろから聞こえてきた声に振り返ると、転びそうになったユーナの腕をマーネが掴んで支えていた。
「おかしいねぇ。僕はたしかに運動が苦手だけど、流石に何もない平地で転ぶ程運動神経は悪くなかったはずなんだけど」
何もない平地で……。
「……!そういう事か」
俺はその場に膝をついて屈み込み、今通ってきた通路をジッと見る。
「どうしたんだい?もしかして、僕達のスカートの中を覗こうとしているのかい?そうならそうと言ってくれればいいのに。ロータス君になら特別に見せてあげようじゃ──」
「ちょっと黙ってなさい」
「モガモガ」
いつもの冗談を言うユーナの口をマーネが手で塞ぎ、強制的に黙らせる。
ペロッ。
「!?今、私の手を舐めたわね!」
「なかなかの美味だねぇ。このまま全身を舐め回したい気分だよ。ちょっと人目につかない所に行こうか」
「この真っすぐな通路のどこに人目につかない所があるのよ!って、そこじゃないわ!」
「つまり、人前でやるべきだとそういう訳か。君もなかなかマニアックだねぇ」
「誰もそんな事言ってないでしょ!」
「とりあえず、ロータス君のためにみんなスカートをめくろうか」
「めくらないわよ!」
そもそも全員スカートじゃないはずだが。
いや、違う。問題はそこじゃない。
「やっぱりだ」
「何かあったの?」
何故か頭を押さえて蹲るユーナを無視して尋ねてくる。
「この通路、少しだけど傾いている」
そうだと思わなければわからない程のわずかな傾きだが、間違いなく傾いている。
「おや、本当だねぇ」
いつの間にか復活したユーナがポーションのビンを床に置くとゆっくりと通路の先に向かって転がっていく。
「これが意図して作られたものだとするならいい予感はしないわね」
「そうだな」
その時、俺の耳が微かな音を捉えた。
それはまるで、何か巨大な物が転がるようなそんな音──。
「走れ!」
遠視で見えたそれに俺は咄嗟に声をあげた。
それに反応して真っ先にマーネとミナスが駆け出し、それに一瞬遅れてラピスも駆け出す。
「おや?」
それにユーナも続こうとするが、足元に転がっていたポーションのビンを踏んで見事にすっ転ぶ。
「馬鹿!」
ユーナがビンを踏んだ瞬間に駆け出していた俺はギリギリで支え、そのまま肩に担いでマーネ達を追いかけた。
「これもまた定番だねぇ」
俺に担がれた事で後ろを見たユーナは背後から迫る巨大な球にそんな呑気な感想を漏らした。
「いやいや!あれに潰されるとかしゃれにならないッスよ」
「……ぺちゃんこ?」
「むしろ、床の染みじゃないッかね!」
先頭を走るミナスとラピス。AGIの高い二人なら問題ないだろうが、マーネはそうじゃない。
素の運動神経はいいんだが、魔法使いという職業柄AGIが低い。
現にミナスとラピスからは離され、ユーナを担いで走る俺にも追いつかれている。
「仕方ないか」
「キャッ」
走るマーネを片手で担ぎ上げ、ユーナと同じように肩に担ぐ。
「担ぐなら担ぐで一声かけてほしかったわ」
「悪い」
「それに、担ぎ方に風情がないわ。これじゃあまるで荷物みたいじゃない」
「そんな余裕はないし、手も足りてないからな」
「なら、片方の荷物を下ろすというのはどうかしら?」
「ふむ」
「おや?何故二人して僕の方を見ているのかな?」
まあ、冗談はさておくとして、このままでは正直まずい。
STRとAGIの高い狂戦士だからこそ二人を担いで走れているし、この状態でもマーネが自分で走るよりは速い。
それでも、何もない状態に比べれば格段に遅い。
「あの球、段々速くなってきているねぇ」
「傾斜がきつくなってきているんだ」
ここまで傾いていると普通に認識できる。
「このままどんどん傾斜がきつくなってくると追いつかれてしまうな」
「三人揃って仲良く床の染みという訳だねぇ」
「それは嫌ね。スピードアップ」
「む?」
マーネが魔法を発動した瞬間、体が軽くなり、今まで以上の速さで走れるようになる。
「その手があったねぇ」
それにユーナは感心したように頷き、肩の上で何か動き出した。
「ロータス君」
「なん──ッ!」
名前を呼ばれて振り向いた途端、口に何か硬い物を突き入れられた。しかも、そこから何か液体が口の中に流れ込み、俺は思わずそれを飲み込んだ。
「ゴホッゴボッ」
「ちょっと、何やってるのよ!」
「ステータスを強化する薬だよ。これでもっと速く走れるだろう?」
言われてみればたしかにスピードが上がっている。
「だが、あの飲ませ方はないだろ。下手したら転んでたかもしれないぞ」
「はっ、たしかに。あそこは口移しで飲ませる場面だったねぇ。よし、もう一回やろうか」
「ロータス、やっぱり下ろして行きましょう。大丈夫。誰も貴方の事を責めたりしないわ」
「俺も薄々そうした方がいいじゃないかと思ってきた」
だからといって本気で下ろす程薄情ではないんだが。マーネも本気で言ってる訳じゃないはずだ。
目が微妙に本気な気がするが、まあ、気のせいだろう。
「ロータスさん!階段が見えたッスよ!」
ラピスの声に前を向くとまだ少し遠いが階段が見える。
ここまで来ると傾斜は相当きつい。球の速度はかなり速く、それとは逆に走りにくい下り坂という事もあって距離がかなり縮まってきている。
特にラピスは未だ余裕のあるミナスと違ってかなりきつそうだ。
俺やミナスは道場でどんな場所でも走れるように鍛えていたから問題ないが、ラピスはそうではないからな。
「大丈夫か?」
「流石に二人抱えて走ってるロータスさんの前で弱音は吐けないッスよ。それに、もう少しで階段ッスから。なんとかするッス」
「……そうだな」
たしかにあと少し。あと少しでこの追いかけっこも終わる。このまま行けばなんとか逃げ切れるだろう。だが、なんだ?俺の勘が何かを訴えて──。
「横だ!」
「え?」
咄嗟に声をあげるが、あと少しで助かるというわずかな気の緩みによってラピスの反応が遅れる。
「……ん!」
だが、そこに横から飛びついたミナスが無理矢理押し倒し、壁のへこんだスペースへ押し込んだ。
「な、なんなんスか?」
未だ状況を理解できていないラピスが頭を振りながら立ち上がった。
「どうやら、全員無事みたいだな」
「あ、あれ?助かったんスか?」
そこでようやく自分が助かった事を理解したラピスはキョロキョロと辺りを見回した。
「壁の一部がへこんで球を回避できるスペースになっているのね」
肩から下りたマーネは今いる場所に視線を走らせた。
「ご丁寧に手前側と奥側で壁がズレてわかりづらくなっているわ」
必死に走っている最中にこの壁のスペースを見抜くというのはなかなか至難の技だろう。
そして、見抜けなかった場合待っているのは……。
「こ、これって……」
あの通路、階段まで真っすぐ続いているように見えて実は階段の前に穴が空いていたのだ。
しかも、壁のスペースと同じように高さが調整されて一見しただけでは穴があるとわからないようになっている。
「あのまま行っていたら……」
「穴に落ちてその上に球が降ってくるだろうな」
それを想像したのかラピスの顔から血の気が引いていく。
「これを作った人は相当性格が悪そうね。初見じゃまず見抜けないわ」
「それを初見で見抜くんスから流石ッスね……」
そこでラピスは思い出したようにミナスの方を向いた。
「ありがとうございましたッス。おかけで助かったッス」
「……ん」
頭を下げられたミナスは恥ずかしそうに顔を赤く染めた。
「さて、じゃあ進みましょうか」
穴にはまった球を足場に渡り、五階への階段に足を踏み入れた。




