第三の街:王都スリーム
「ほほう、君が噂の転校生だねぇ」
夏休みが明けてすでに三日が経ち、初めて登校してきた結奈は赤崎を見つけるといつも通りのニヤニヤとした笑みを浮かべて近づいていった。
「な、なんですか……」
突然現れた白衣を着た見るからに怪しい人物に赤崎は警戒した様子を見せる。
「なるほどねぇ」
赤崎の警戒もお構いなしにニヤニヤとしながら近づいていき、
「キャーッ!」
ガバッと抱きついてその豊かな胸を揉みだした。
「小柄な体に似つかわしくない豊かな胸。ふふ、なかなかいいものをお持ちだねぇ」
「や、やめ……」
「よいではないか、よいではないかー」
身をよじってなんとか抜け出そうとするが、結奈はなかなか離そうとしない。
「さ、流石千草……」
「俺達にできない事を平然とやってのける」
「そこに痺れる憧れる!」
「とりあえず……」
「「「「ありがとうございます」」」」
そんな二人の絡みに男子達が鼻血を流しながら手を合わせる。
「うちのクラスには馬鹿しかいないのかしら……。蓮」
「ん、ああ」
俺は二人に近づいていき、白衣の襟を掴んで引き離した。
「おや、蓮君?君も揉みにきたのかい?」
「違う」
俺は結奈をポイッと放り捨て、息も絶え絶えになっている赤崎に視線を向けた。
「た、助かった……」
「大丈夫か?」
「酷い目にあった……。あれ、なに?」
「あー……」
俺はどう答えたものかと凛に抱きつこうとしてあしらわれている結奈をチラリと一瞥した。
「うん、ただの変態かな」
「……納得」
「犬に噛まれたようなものだと思って諦めてくれ」
「また来ると思う?」
「…………」
俺は無言で目をそらした。
「応援はしてる」
「助けてくれないの?」
「関わるなって言ってなかったか?」
「朝日って意外と意地悪ね」
「冗談だ。一応見張っておくよ」
どうやら俺は結奈係らしいしな。
「改めて見るとやっぱり人が多いな」
放課後ログインすると、そこは昨日ログアウトした王都の広場だった。
「マーネ達はまだか」
一番にログインしてしまった俺はベンチに腰掛け、ルナを撫でながら昨日はよく見れなかった街並みへと視線を向けた。
建築様式自体は始まりの街とそう変わらない。だが、始まりの街に比べて全体的に建物が大きく、清潔感がある。
なにより、さっきも言ったが人が多い。
始まりの街も人が多いが、あれはプレイヤーが相当数を占めている。だが、ここに辿り着いているプレイヤーが少ない以上ほとんどは住人だ。
その光景が住人達は確かに生きているのだと改めて思わされる。
「待たせたかしら?」
と、その時、俺の前にマーネが現れた。
「いや、待っていないよ。俺も今来たとこ。って言うんだったか?こういう場合は?」
「デートの待ち合わせではないから少し違うかしらね」
俺が少し横にずれてベンチをあけるとマーネが微笑を浮かべて隣に座った。
「何をしていたの?」
「このゲームはやっぱりすごいなって思ってた」
「ふぅん。ま、わからなくはないわね」
俺の言葉にマーネは行き交う住人達に視線を向けた。
「こうして見てると普通の人間にしか見えないんだから。何も知らない人がこのゲームをやったら異世界に迷い込んだと思うんじゃないかしら?」
「そうかもな」
そこで会話は途切れ、沈黙が漂う。だが、それは居心地の悪いものではなく、どこか穏やかな時間だった。
「お待たせしました」
その沈黙を破り、ユーナとユーカの姉妹が現れた。
「ふふ、もっと待たせた方がよかったかな?いい雰囲気だったから僕はもう少し見てようかと思ったんだけどねぇ。ユーカがどうしてもと言ってねぇ」
「言ってません!勝手な事を言わないでください!」
「おや?そうだったかな?」
ニヤニヤとした笑みを浮かべたままユーナは首を傾げて惚けてみせる。
「冗談はそれくらいにして全員揃った事だし、さっさと行こう。正直、この広い王都を見て回るには一日では足りなさそうだからな」
「そうね。必要な場所となれば限られるでしょうけど、観光するなら相応に時間はかかるわ」
「案内はマーネに任せるよ」
「僕としてはあそこが一番気になるねぇ。どうにか入れないものかな?」
そう言うユーナの視線を追えば、納得と同時に無理だろうという感想が浮かんでくる。
それはこの王都の中でも一際大きいこの国のシンボル。王が住まう場所、王城だ。
王都のどこにいても見る事のできそうな巨大さと、静謐さと絢爛さを併せ持った威容を誇るそれは誰であっても一度は訪れてみたいと思うだろう。
「よっぽどの事がなければ入らないでしょうね。β時代に入れたという話は結局一度も聞かなかったわ。今後、何かのイベントがあれば入れるかもしれないけれど」
「なら、その時を楽しみにしているとするよ」
「そうしておきなさい。じゃあ、行きましょうか。ロータスの言った通り、ここは広いから時間も惜しいし」
そう言って歩き出したマーネに続いて俺達も歩き出した。




