二つ名
「おい見ろよ。あれって狂剣じゃね?」
「闘技大会優勝者の」
「一緒にいるの魔女王だろ?狂剣と同じクランって噂ほんとだったんだ」
街中を歩いていると、視線と共にそんな囁きが聞こえてくる。
眼を見張る程の美少女であるマーネがいる事で前から目立っていた。そこに闘技大会で優勝した事で俺も有名になり、さらに目立つようになった。
それ自体は覚悟していたのだが、囁かれる言葉の中に聞き馴染みのないものがあった。
「狂剣?」
初めて聞く言葉だが、視線からどうやら俺に向けられた言葉らしい。何故そんな風に呼ばれているのかわからず首を傾げているとすぐにマーネが説明してくれる。
「狂剣っていうのは貴方の二つ名よ」
「二つ名っていうとマーネの魔女王みたいなものか?」
俺の問いにマーネの顔にわずかな苦みが出る。
「一応ね。私自身は認めていないのだけれど、もう随分と広まってしまっているわ」
そういえば、マーネはこの二つ名が好きじゃないんだったな。
魔女と女王で魔女王。割と合っているとは思うんだが。
「ロータスさんの場合は狂戦士の剣士で狂剣ですか?」
「……それも理由の一つね」
その言い方だと他にも理由がありそうだが、マーネはそれ以上語ろうとしない。
「闘技大会の後に掲示板で話題になって決まったわ」
そう言いながらマーネの視線がユーナの方を向く。
「勝手に決めているだけだから定着するかどうかはわからなかったけれど、あっという間に広がったわね。まるで誰かが裏で糸を引いているみたいだったわ。情報に通じた誰かが」
あー、なんとなく誰かわかったな。知り合いに一人そういう人物がいるし。
「どうせ目立つプレイヤーに遅かれ早かれ二つ名とかはつくし、まだ無難なものだからいいでしょ?」
「まあ、呼ばれ方にそこまでこだわりはないし構わないかな」
そういえば、闘技大会の本戦出場者には俺以外二つ名があったっけな。俺もその仲間入りという訳だ。
「私はそういうの恥ずかしいので遠慮したいですね。まあ、生産職の私に二つ名がつく事はないでしょうけど」
「あら、生産職でも有名なプレイヤーには二つ名があるわよ。ヘパイストスの幹部以上なんてだいたい二つ名持ちだし」
大手生産クランヘパイストス。俺達も何度かお世話になった事のあるクランだ。
「特に有名なのはクランマスターである創鬼とかね。『物創りの鬼』で創鬼。あと、サブマスターである猫耳とかね。街中で見かける動物の耳をつけたプレイヤーがいるでしょ?その耳を一手に作っているプレイヤーよ。ユーカはまだ会った事がなかったわね」
「はい、ありません」
「ほとんど表に出てこない創鬼はともかく、猫耳には近いうちに会う事になると思うわ」
猫耳のミャーコ。本人も猫耳をつけたプレイヤーで俺達の防具を作ってくれたプレイヤーでもある。
「同じ生産職として楽しみにしておきます」
慣れない二つ名を聞き流しながら街中を進み、フィールドに出た俺達はレベル差もあって襲ってこないモンスターを無視して東の平原を進んだ。
そして、エリアボスであるファイティングラビットを手早く倒して第二の街トゥーシスにたどり着いた。
「この街には特に用事もないし、このまま通過するわ」
「それはいいんだけど、馬とかは買わなくていいのか?たしか、この街で買えるんだろ?」
第一エリアを踏破するにはおよそ一時間くらいですむ。だが、チュートリアル的な役割の第一エリアと違い、それ以降のエリアはずっと広くなっている。
それを短縮するために馬が買えると前に聞いたのだが、今までマーネは馬を買おうとする様子はなかった。
「この街で買える馬はあまり性能がよくないのよ。悪路に弱い。すぐに疲れる。モンスターが出ると動かなくなる。といった風にね。よっぽどの急ぎじゃないのなら王都に行ってから買うべきね」
「なるほど」
まあ、必要ならマーネが買っていないはずないよな。
「じゃあ、行きましょうか。夏休みも終わってログインできる時間も減ったからエリアボス到達予定は二日後よ」
先に進むマーネに従い、俺達は街を素通りして歩き出した。




