準決勝:ヴェントVSロータス②
◇◆◇◆◇◆
俺はヴェント。浮雲っていうクランを束ねている。
一応大手クランと呼ばれる浮雲のリーダーだけあって自分の力にはそれなりに自信がある。
この闘技大会でも相性の悪いアルテミスの奴や竜殺しといった強敵がいるが、誰にも負けるつもりはなかった。
だが、今目の前にいる相手はそんな奴らよりも遥かに強い。
初めて会った時から強いのはわかっていたが、こうして対峙するとはっきりわかる。こいつはバケモノだ。
試合が始まってすでに数分が経っているが、俺はまだ一撃も当てられていなかった。
まあ、俺も一応一撃もくらっていないが、内容がまるで違う。
一回戦もそうだったが、ロータスは最初様子見から入る。その分なんとか防げているが、その攻撃も決して緩くない。
対して俺は全力で攻めているっていうのに当てるどころか近づけすらできていない。
そもそも、剣と素手なら剣の方が有利だ。それは間合いの差。相手の届かない距離から一方的に攻撃できる分、剣の方が有利なのだ。
それを今程感じた事はない。
今までは相手が剣持っていようが槍を持っていようが無理矢理にでも近づけた。そうやって懐に入ってしまえばこっちのものだ。
だが、こいつはそれをさせてくれない。
わずかでも間合いに入ればすぐさま刀を振るってくる。それをなんとか躱し、最後の一歩を踏み込もうとすればいつのまにか近づいた分離れているのだ。
「ふむ」
と、その時、ロータスが小さく頷いた。
様子見は終わりって事か?だったら、そろそろ攻めてくるか。
俺はそれに備え、身構えた瞬間、気づけばロータスは俺の前で刀を振るっていた。
「なっ」
さっきまでもっと遠くにいただろ!
内心悪態を吐きながら咄嗟に身を屈めて躱し、顔をあげるとそこにロータスの姿はなかった。
「どこに──がっ!」
背中を斬られた感触に後ろを振り向くがそこにはやはりロータスの姿はない。
ここにいるのはまずい。そう考えた俺はその場から跳びのくが、その脇腹を斬られる。
「この!」
とにかく距離を取らせる!
(風神脚!)
風を纏った回し蹴り。発動後に隙ができるが普通よりも範囲が広いアーツだ。
だが、その蹴りはロータスを捉える事なくむなしく空を切る。
それでも、一応の目的は達成できた。初見のアーツだったせいか、ロータスは無理に攻めるのではなく一旦距離を取っている。しかも……。
「的確に俺の攻撃が届かないギリギリの位置に立っていやがるな」
俺の間合いを完璧に見切っているって訳か。
今のアーツだって二度目は通用しないだろう。むしろ、狙い撃たれる可能性もある。
嫌になるぜ。こっちはロータスの動きがまるで見切れていないのに向こうは俺の動きを完璧に見切っているんだからな。
それにしても、さっきのはなんだ?魔法って事はないだろう。スキルかアーツというのも考えにくい。
戦士に姿を消すようなスキルもアーツもないし、狂戦士って名前からしてそんなものを覚えられるとも思えない。
だとしたら、あと考えられるのはあれがゲームシステムの枠から外れたロータス自身の技という事だ。
一番ありえなくて一番ありそうな話だ。
「バケモノめ」
俺は短く息を吐いて精神を落ち着け、覚悟を決める。
目の前の相手は自分よりも遥かに強い。正直勝てる気がしない。
それでも、このまま大人しく負ける気はない。あいつらの前であんま不甲斐ない姿を見せる訳にはいかないからな。
せめて一矢報いる!
地を蹴り、ロータスに向けて一直線に駆け出す。
ロータスの動きを見切れない以上守勢に回る訳にはいかない。だから、攻める。
下手な小細工などロータスには通用しない。それなら正面から突っ込むだけだ。
そんな俺をロータスがただ見ている訳もなく、刀を振るってくる。
「オラァァァ!!」
「む」
それを俺は躱す事なく受け、そのまま突っ切る。
それによって俺のHPは半分以下まで減ってしまう。それでも、試合が始まって初めて懐に入る事ができた。
連打、連打、連打。
武闘家の基本的な戦闘スタイルはコンボを積み重ね、ダメージを上げていく。最大まで上昇した威力は重戦士だって無視できない程だろう。だが……。
「この距離でも当たらないのかよ……!」
至近距離からの連打もロータスは最小限の動きで全て回避する。
「くっ、この!」
さらに攻撃の回転を上げようとしたその時、視界の端で刀を握る手が動くのを捉えた。それに咄嗟に防御体勢を取るが……。
「ガッ!」
思ってもみない方向から飛んできた斬撃に俺の動きが一瞬硬直する。
フェイントかよ!
慌てて体勢を立て直そうとするが、それよりも早く銀閃が走り、俺の首を捉えた。
ここまで、か……。
『試合終了!もう一人の決勝進出者は無名の剣士・ロータス選手です!』
俺が格闘技を始めたのは小学生の頃だった。最初に始めたのはボクシング。
才能があったんだろう。俺は瞬く間に強くなり、すぐに周りに敵がいなくなった。
自分に勝てる奴はいない。そんな風に自惚れていた俺はあっさりとボクシングをやめ、別の格闘技を始めた。
そこでも俺はあっという間に敵がいなくなり、また別の格闘技に移る。
そんな事を繰り返し、俺に勝てる奴はいないなんて思い始めた頃、このゲームと出会った。
ここでなら現実では戦えないような強い奴がいるかもしれない。そう思ってβテストに応募し、見事に当選した。
そして、予想通りここには現実では戦えないような強い奴がいた。そんな奴らと戦うのこそを楽しみにしていた。
「はずなんだけどな……」
闘技場の通路を歩きながら俺は思わず手で顔を覆った。
「敗北ってのはこんなに悔しいもんなんだな」
知らなかった。これが敗北の味だって事。そして、俺がここまでこのゲームにはまっていたという事。
本気だったからこそこんなに悔しいんだ。
「結局、俺とあいつの差はそこなんだろうな」
才能におごり、俺はろくに努力してこなかった。本気になったのもここ最近の事だ。
それに対し、ロータスは俺以上の才能を持ちながら剣だけにずっと努力してきたはずだ。
戦った俺にはわかる。あれは才能だけで辿り着ける領域じゃない。
懸けてきた年月が違う。
もしかしたら、俺があいつに勝てる日は来ないのかもしれない。今までやってきた事は全て無駄なのかもしれない。
「情けない顔ですね。それなら、いつもの馬鹿面の方がいくらマシです」
「ティアラ……。それに、コータにカレン、ルクスも」
突然現れた仲間達の姿に俺は慌てて笑顔を取り繕った。
「ヒデェ言われようだな。これでも、結構落ち込んでるんだぜ」
冗談めかして肩を竦めるが、怜悧なティアラの視線に思わず被った仮面が剥がれそうになる。
「馬鹿なんですから無駄に考えずに感情に素直になったらどうですか?今なら特別に胸を貸してあげなくもないですよ」
「そりゃ、魅力的な提案だな。だが、俺よりも泣きそうな奴らがいる前でできねぇよ」
俺は首を振って苦笑を漏らし、歯を食いしばって涙をこらえる三人に視線を向けた。
「なんでお前らの方が泣きそうなんだよ」
「だって、だって……」
「俺、悔しいっす!クラマスが負けるなんて……」
「相手の方が強かった。それだけの事だ」
「で、でも……」
ああ、そうか。このゲームでやってきた事は無駄じゃなかったんだ。少なくとも、こうして俺を慕って涙まで流してくれる仲間がいる。それだけでもこのゲームを始めた甲斐があったというものだ。
気づけば俺は三人を抱き寄せ、抱き締めていた。
「たしかに今回は負けちまった。だが、このままじゃ終わらねぇ。次こそは勝ってやる!」
「「「クラマス……!」」」
「こうしちゃいられねぇな。時間もできちまった事だし、先に進もうぜ」
この時間で少しでも先に進んでリベンジだ。
「そうですね。資金も大量に手に入りそうですし」
「あん?そりゃ、どういう意味だ?」
「忘れたんですか?相変わらずできの悪い頭ですね」
「なあ、お前はいちいち俺をディスらなきゃしゃべれねぇのか?」
「なんの話でしょうか?」
「なにその理解できないって顔!」
まさかの自覚なし!?
「あーもう、いいや。それより、資金がなんだって?」
「闘技大会には賭けがあったでしょう?」
「ああ、あったな」
俺は興味なかったから誰にも賭けなかったが。
「あ、俺クラマスに賭けたんだった」
「私も……」
「僕も……」
何故三人揃ってそんな目で俺を見る!悪かったとは思うけど仕方ねぇだろ!
俺は三人から目をそらし、ティアラの方に視線を向けた。
「私、ロータスさんに全額賭けましたから」
「はあ!?全額ってマジかよ!」
「はい。マジです」
って、事は何か?ティアラは俺が負けると思っていたって事か?それはちょっと、ショックだな。
「って言っても、それはお前の金だろ。個人の資産とクランの資産は別なんだからお前が当たったとしても関係なくないか?」
「その点はご心配なく。クランの資金も全額賭けましたから」
「はあ!?なんでだよ!お前、あいつと接点ないだろ!」
「以前言っていたじゃないですか。一対一では勝てないと。私、ヴェントさんの事信頼していますから」
「嫌な信頼だな!」
たしかに初めて会った時に言った気もするけどよ。なんとなく釈然としないな。
「……まだ優勝するとは決まっていないだろ」
「勝ちますよ。貴方に勝った人ですから。勝ってもらわなければ困ります」
「ティアラ……」
ま、そうだな。俺に勝ったんだ。このまま優勝してもらわないとな。
「勝てよ、ロータス」
お前に負けられるとうちのクランがヤバイからな。マジで。




