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悪役令嬢は隣国の王太子に溺愛される  作者: ぷにちゃん
第7章 仮面の下の素顔
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7. 二人の王の舞

「既婚者かぁ……」


 褐色の男性はため息をつくように言って、ティアラローズを見る。

 けれど仮面の下の瞳はあきらめる色を見せておらず、アクアスティードは褐色の男性を警戒しながらティアラローズを抱きよせた。


「今どき、離婚だって珍しくはないだろう? ねえ、俺のところにおいでよ」

「え……っ」


 さらりと言いのけた褐色の男性に、ティアラローズの頬は引きつる。既婚者であればあきらめてもらえると思ったのに、別れて俺の下へ来いと言われるとは思ってもみなかった。

 とはいえ、ティアラローズは褐色の男性の下へ行くつもりはないし、アクアスティードと別れるなんて絶対にありえない。


 ティアラローズはすぐさま首を振り、拒否を示してアクアスティードの後ろへさっと隠れる。


「私の妻を怖がらせないでくれないか?」

「別に怖がらせるつもりはないんだけどなぁ……もっと、親密になりたいだけで」


 にこりと、褐色の男性が笑う。

 まったく引き下がろうとしない相手に、ティアラローズはどうしたものかと考える。仲良くなりたくもないし、自分にはアクアスティードがいるのだからいいかげんふざけるのもやめてほしい。


 アクアスティードはといえば、相手にするだけ無駄だと判断したのか、ティアラローズの腰に手を回して「行こうか」と静かに告げる。

 確かに、ここで仮面舞踏会に参加してくれた人との揉めごとはよくない。ティアラローズが小さく頷いたのを見て、褐色の男性がストップをかけた。


「待ってよ。さすがにそれは、ちょっとつれないんじゃない?」

「…………」


 褐色の男性が首をかしげるような動作をすると、付けていた装飾品がしゃらりと音を立てて揺れる。

 ティアラローズの横にいたアクアスティードは小さくため息をついて、「私の妻だと言っただろう?」と、もう一度忠告した。

 けれど、それを聞いていたのかいなかったのか――返ってきたのは、とある提案だった。


「どうせだから、勝負をしよう。それなら、この仮面舞踏会も盛り上がっていいとは思わないかい?」

「勝負?」


 アクアスティードは怪訝な表情で、褐色の男性を見る。


「俺が勝ったら、子猫ちゃんを口説く時間をくれよ」

「……そんな勝負を、私が受けるわけないだろう?」


 冗談もいい加減にしろと、アクアスティードは内心で思う。勝負する以前に、ティアラローズを賞品のように扱われることが気に入らなかった。

 もう話すことは何もない。そう思い立ち去ろうとしたところで、パンと手を叩く音が響いた。


「勝負! いいではありませんか!!」

「……っ、レヴィ!?」


 突然出てきた執事を見て、その場にいた全員が目を見開く。

 その後ろには、目をきらきら輝かせているオリヴィアとアカリもいる。さしずめ、『イケメン二人に取り合いされる悪役令嬢イベント!? 見逃せない!!』といったところだろうか。


「ティアラ様、大丈夫ですかっ?」

「会場内にいらっしゃらなかったので、心配しました」

「ありがとう、二人とも。わたくしは大丈夫……なんだけど」


 気がかりなのは、勝負に賛成しているアカリ、オリヴィア、レヴィの三人だろうか。

 隣にいるアクアスティードは、どうしたものかと疲れた表情を見せている。


「おや……その三人は勝負を希望してくれてるようだよ? それとも、俺には勝てないとみこして逃げるかい?」

「ちょっと、ふざけたこと言わないで! あなたが誰か知らないけれど、アクア様が負けるわけないでしょう! その勝負、もちろん受けるわ!!」

「ちょ……っ!!」


 挑発するような褐色の男性の言葉に反論したのは、当事者でもなんでもないアカリだ。いかにも彼女らしい言い分に、ティアラローズは思わず苦笑がもれる。

 ちらりとアクアスティードを見ると、深くため息をついたのがわかった。そして仕方がないと呟いてから、「わかった」と了承の返事をする。


「そうこなくっちゃ~!」

「それで、勝負内容はどうするんだ?」

「……そうだね、舞はどう?」

「踊り……か」


 チャラい褐色の男性の提案とは思えない内容に、一同は驚く。そして同時に、アクアスティードが躍るのであればそれを見てみたいという欲がわいてくる。

 夜会などでダンスを披露することはあるけれど、舞はみたことがない。


 ――でも、アクア様は踊れるのかな?

 そんな当然の疑問が、ティアラローズの脳裏をよぎる。

 けれど、そんなティアラローズの心配を一蹴するように、アクアスティードが言葉を返す。


「わかった、それでいい」


 アクアスティードの了承を聞き、全員でパーティ会場へと戻った。




 ◆ ◆ ◆



『――さて、ご来場の皆様方。これより、催しを一つ行わせていただきます』


 パーティ会場に流れるのは、司会をするレヴィの声だ。

 アクアスティードと褐色の男性は準備をしているため、今はティアラローズ、アカリ、オリヴィア、フィリーネ、エリオットが一緒に会場にいる。


 フィリーネがティアラローズの横にきて、心配そうに顔を覗き込む。


「ティアラローズ様、大丈夫ですか?」

「ええ、わたくしは問題ないけれど……アクア様が心配で」

「そうですよね……」


 まさか、舞勝負をするなんて誰が思ったのだろうか。

 アカリとオリヴィアはとても楽しみにしているようで、二人でどんな舞が見られるのだろうかと盛り上がっている。


「大丈夫ですよ、アクアスティード様なら」

「エリオット!」


 安心させるように微笑みながら、エリオットが告げる。

 側近の彼がそう言うということは、おそらくアクアスティードは何かしらの舞を踊れるのだろうとティアラローズは少し安堵する。


 ――でも、あの男性も得意なはず……。


 そう考えると、安心とまでは思えない。


『さあ、準備が整いました。今宵、皆様方に楽しんでいただくのは、舞でございます。勝敗は、皆様方の拍手の大きさで決めたく存じますので、舞のあとには拍手をお願いいたします』


 レヴィがそう告げると、仮面をつけたままのアクアスティードと褐色の男性が出てきた。しかしその衣装は、さきほどと違い布を幾重にも重ねた民族衣装のよう。

 まず最初に舞うのは、褐色の男性のようだ。一礼してから前へ出て、踊りだす前に――その視線を、一瞬だけティアラローズに向ける。

 バチンとウィンクをされたのが、仮面越しだけれどはっきりとわかった。


 しんと静かになった会場に流れるのは、軽やかで、けれどそれでいて低音の太鼓の音だ。叩いている人物を見ると、褐色の肌に銀色の髪の人物で、おそらく連れなのだろうということがわかる。


「え――?」


 褐色の男性が踊りだしたのを見て、ティアラローズは息をのむ。

 さきほどのチャラい様子はなく、舞うその姿は指先までも美しい。一つ一つの動作がとても丁寧で、思わず見惚れてしまうほどだ。


 ――この舞、サンドローズの巫女の舞じゃ?


 サンドローズは、砂漠にある帝国だ。

 その砂漠の巫女が神事で行う舞に、褐色の男性の踊りがとても似ている。


 ティアラローズも実際にサンドローズに行ったことはないけれど、各国の伝統的な習わしなどは知識として学んでいる。

 もちろん、砂漠の巫女が踊る舞のことも。


「わあ、すごい。チャラいダンスでもするのかと思ったけど、綺麗ですね!」

「え、ええ」


 はしゃぐアカリに相槌を打って、ティアラローズも微笑む。

 そして同時に、あの褐色の男性が何者かということだ。


 ――砂漠の巫女になれるのは、女性だけだ。

 そのため、男性があれを舞うことはない。けれど、例外が一つだけある。それは、あの褐色の男性がサンドローズの皇帝だった場合だ。

 サンドローズでは、神々のために舞を奉納するという習慣がある。本来であれば砂漠の巫女が行う神事であるが、皇帝も舞うことができる。


 ――ということは、あの人がサンドローズの皇帝陛下!?

 もしそれが本当ならば、とんでもない。他国の皇帝が、マリンフォレストの王妃であるティアラローズをほしいなんてもってのほかだ。

 その事実に気付いてしまい、頭が痛くなる。


 しゃんと鈴の音が響き、褐色の男性――おそらく、サンドローズの皇帝サラヴィアの舞も佳境に。


「……あ」


 サラヴィアが布を操るように舞って、それが翼のように宙を飛ぶ。静かに床へ手をついて、祈りを捧げるようにポーズをとって終演だ。


「わあああ、すごい!」

「こんな素晴らしい舞を見られるなんて、驚きだ!」


 舞が終わってすぐに、観客からどっと拍手が沸き起こった。誰もが称賛し、あふれんばかりの拍手を贈る。


「……はぁっ、ありがとう」


 サラヴィアは呼吸を整えながらも笑みを浮かべ、お辞儀をして後ろへ下がった。そして、次に舞うアクアスティードとすれ違う。

 己の得意分野でアクアスティードに勝負をしかけるのは大人気ないと思ったけれど、サラヴィアはティアラローズをほしいと思ってしまったのだから仕方ない。


「あの子猫ちゃん……本気で、奪わせてもらうぜ?」

「そんなこと、させるわけがないだろう」

「マリンフォレストの王は温和だと聞いていたけれど……そうでもないらしいな」


 アクアスティードとサラヴィア、二人だけしか聞こえないやりとり。サラヴィアはくすりと笑って、中央へ歩いて行くアクアスティードを見送った。


「きゃー! ティアラ様、ついにアクア様の出番ですよ!!」

「いったいどんな舞を見られるのかしら。公式設定にはなかったから、要チェックですわ!!」


 アクアスティードが出てきてすぐに、アカリから黄色い声があがる。オリヴィアも鼻息を荒くしながら、どんな舞を見られるのだろうとわくわくしている。

 逆に、ティアラローズといえばアクアスティードのことが心配で仕方がなかった。サラヴィアの静かで、それでいて存在感のある舞を見てしまったら冷静でいることなんてできない。


 ――勝ってください、アクア様!

 ティアラローズは祈るような気持ちになりながら、静かに立っているアクアスティードを見守る。


 先ほどのサラヴィアと違い、アクアスティードには音がない。

 いったいどうするつもりかと、見守る観客たちが思っていると、聞こえたのは風を切る音だ。


「え……っ! 剣舞!?」


 自分の愛剣を使い、アクアスティードはしなやかな動きで舞い……けれど、ときおり力強く剣が音を立てる。ティアラローズが声をあげた通り、アクアスティードが踊ったのは、剣舞だ。

 静かだけれど力強く、アクアスティードはこんなこともできたのかと、ティアラローズは驚いた。


「まさか、こんなことが出来たなんて……」


 見惚れてしまい、ティアラローズから感嘆の声がもれる。口元に手を当てて、うっとりした様子でアクアスティードを見つめる。

 まるで己の一部のように剣を操る姿は、武神のようだ。日ごろから剣に触れていなければ、あのように扱って踊ることは到底出来ないだろう。


 ――教えてくれてもよかったのに。

 ティアラローズはそう思いつつも、ある意味サプライズイベントのようだけれどと、同時に苦笑する。

 観客たちからもわっと声があがって、盛り上がりを見せている。静かに美しく踊ったサラヴィアよりも、力強さはアクアスティードの方が上だろう。


 最後に剣へ口づけを落とし、アクアスティードの舞が終わった。


 瞬間、いっせいにわああっと拍手が贈られる。それはサラヴィアにも負けないほど力強い拍手で、感動のあまりうっとりしている令嬢たちもいるほどだ。

 予定になかった勝負だけれど、仮面舞踏会として最高の盛り上がりになったことは間違いないだろう。


『……ふむ。どちらも盛大な拍手ですね! 甲乙つけがたいので――引き分けといたしましょう! 改めて、舞ってくれたお二人に盛大な拍手を!!』


 レヴィの声を聞き、さらに大きな拍手が会場を包み込んだ。

 そして同時に、えっ引き分け!? と、ティアラローズは焦る。勝負していたというのに、決着がつかなくていいのだろうか。

 焦るけれど、もう宣言してしまったのでどうしようもない。




 舞い終えたアクアスティードとサラヴィアは、二人で別室にいた。


「あーあ。絶対に俺が勝つと思ったのに、引き分けなんて」

「そう簡単に勝たせたりはしないさ。まさか、我が国に来ているなんて……どういうつもりですか?」


 仮面を外しながら、訪問の連絡なんて受けていないとアクアスティードは告げる。

 サラヴィアはくすりと笑い、同じく仮面を外してどかっとソファへ腰かけた。綺麗な瞳が細められて、そっけなく「別に」と告げる。


「公務ってわけじゃないから、いいだろう。それに、正体をさらすつもりはなかったんだぜ?」

「……場をかき乱すのが、サンドローズの礼儀か?」

「ははっ、まさか! でも、本気であの子はほしいと思ったんだ。まさか、この国の王妃だとは知らなかったけど」


 早く国へ帰ってくれと思いながら、アクアスティードは本日何度目かのため息をつくのだった。

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