3. 楽しい準備
エリオットとフィリーネに関して。
前に、エリオットが惚れ薬てきなものを飲んだ話がありましたが……書籍では、アクアスティードが飲んだかたちに改稿をしております。
今の章は書籍ベースで書かせていただいていますので、エリオットとフィリーネは特になにもない……という感じで読んでいただけますと幸いです。
「アクア様。少し急なんですが、明日オリヴィア様のところへ出かけてきてもいいですか?」
「明日? ずいぶん急だね。もちろんいいけど、何かあった?」
「フィリーネのことで、少しオリヴィア様に相談しようと思って」
夜になり、ソファでくつろいでいる時間。ティアラローズはアクアスティードに外出の許可をお願いして、あっさりと了承された。
それにほっとして、ティアラローズは表情をほころばせる。
「昼間も心配していたね。私が何か力になれることがあればいいけれど、あまり女性の悩みに口を出すのもよくない……かな?」
「そうではないのですが、アクア様だと大事になってしまいます」
「……それは、ティアラも同じだと思うけど」
王妃だということを忘れてはいない? と、アクアスティードが笑う。
「も、もちろん自覚しています! ですが結婚のこととなると、国王であるアクア様では発言力が違いすぎます」
「結婚……? フィリーネに、縁談がきていたのか」
「……ええ。でも、あまりいい人ではないみたいなんです」
なので、少しオリヴィアにも助言を貰えたらなとティアラローズは考えた。
もしここにアクアスティードが介入でもしてくれば、外交問題に発展してしまうだろう。ティアラローズが少し相談に乗ったり力になることとはわけが違う。
アクアスティードはティアラローズの額に優しく口づけて、「いいよ」と言う。
「気を付けて行っておいで。だけど、何かあったら無理せず私に相談するんだよ?」
「はい、もちろんです」
そのまま優しく髪を撫でられて、ティアラローズはアクアスティードの肩に寄りかかった。
***
翌日になり、ティアラローズはフィリーネと護衛のタルモを連れてオリヴィアの屋敷を訪れた。
庭園はグリーンを基調に整えられていて、もう冬になるというのに見ていて美しい。どうしても温かい季節以外は寂しくなってしまう庭園も、これなら逆に映えるというものだ。
到着するとすぐに、オリヴィアとレヴィが出迎えた。
オリヴィア・アリアーデル。続編の悪役令嬢だ。
公爵家の令嬢で、ティアラローズと同じ転生者だ。乙女ゲームが大好きで、キャラと結婚なんて鼻血が止まらなくなって無理だと告げる、聖地巡礼が趣味の女性。
ローズレッドの髪と、ハニーグリーンの綺麗な瞳。眼鏡をかけて知的に見えるが、どちらかといえば変態だ。
「ティアラローズ様、お待ちしていましたわ」
「急に訪問してしまって、ごめんなさい」
「いいえ、気になさらないで。さあ、お部屋に行きましょう」
オリヴィアの部屋へ案内してもらい、女同士の話だから……と、残りたがるレヴィを無理やり退出させる。フィリーネもタルモと一緒に控室で待っていてもらう。
紅茶を飲んで落ち着いてから、ティアラローズは本題を切り出した。
「実は……フィリーネのことで相談があるの。それだけじゃなくて、全体的な話もできるといいなと思って……」
「全体的、ですか?」
ティアラローズの言葉に、オリヴィアは首を傾げる。
なので、フィリーネへ来ている求婚と、もっと自由恋愛が出来ればいいのに……ということを話した。
オリヴィアは「そうでしたの……」と言って、少し考え込む。
もしかしたら何かいい案があるのだろうかと思い、ティアラローズも黙ってオリヴィアを見つめる。そしてしばらくしてから、オリヴィアが口を開いた。
「実は、ずっとやってみたかったことがあったんです」
「やってみたかったこと、ですか?」
「ええ。これでしたら、ティアラローズ様の言う自由恋愛発展の第一歩にもなるはずですわ」
にっこり笑顔で手を叩いて告げるオリヴィアは、とても嬉しそうだ。
いったい何を提案してくれるのだろう。そう思ってティアラローズが内容を聞こうとしたのだけれど――それよりも先に、オリヴィアの鼻からつつーと血が垂れてきた。
鼻血だ。
「ええぇっ!? 大丈夫ですか、オリヴィア様……っ!」
「ごめんなさい、わたくしったら! いつものことなので、気にしないでちょうだい」
「い、いつも……って」
心配そうにするティアラローズをよそに、オリヴィアは慣れた手つきで自分の鼻を拭く。
「本当に問題はないので、心配しないでください。想像したら、少し興奮してしまって……」
――いったい何を想像したんですか、オリヴィア様!!
思わず、ティアラローズまで顔を赤くしてしまう。
「わたくしが提案するのは、ずばり『仮面舞踏会』ですわ!」
「仮面舞踏会……っ! た、確かにそれは興奮してしまうかもしれません……」
オリヴィアの言葉を聞き、ティアラローズもどきどきしてしまう。
仮面舞踏会とは、参加者全員が顔を仮面で隠して参加する夜会だ。
名前も身分も知らない人間と踊り、その一時を楽しむことが出来る――。
――もしアクア様が仮面を付けたら、間違いなく似合う。
そう確信したティアラローズは、ぜひとも見てみたいと思う。同時に、「ぜひ開催しましょう」と力強く頷いた。
オリヴィアも間違いなく、攻略キャラクターの仮面を付けた魅惑的な姿を見たいのだろう。その気持ちとてもわかりますと、ティアラローズは心の中で頷く。
そして同時に、フィリーネにとって出会いの場にもなる。
普段は侍女だからと、彼女が夜会に参加することはない。けれど、今回は仮面舞踏会なので、説得……というか、こちらが水面下で準備を進めて一緒に参加してしまえばいいのだ。
しばらく見ていなかったフィリーネのドレス姿を想像して、ティアラローズはほっこりする。
「もしこれで、フィリーネに気になる男性ができたらいいわね。わたくしとしては、エリオットと息が合いそう……と、思っていたのだけれど」
「アクアスティード陛下の側近で、攻略キャラのエリオットね。確かにいいかもしれないけれど、彼は貴族位は持っていないから厳しいかもしれませんね」
「そうなの……」
身分とは、厳しいものだ。
とはいえエリオットはアクアスティードの側近。フィリーネの家が了承すれば結婚も可能かもしれないが、あいにくサンフィスト家が求めているのは金銭的な余裕のある貴族だろう。
――どうにかいい着地点が見つかるといいのだけれど。
「フィリーネ様は、どなたか好きな男性はいないのでしょうか?」
「特定の誰かの話は、聞いたことがないわね……。わたくしに対しては、いろいろ聞いてくるのだけれど」
「求婚してくる人は嫌いだけれど、かといってほかに結婚出来るような相手もいない……ということですね。やっぱり、仮面舞踏会しかありません……! そうと決まれば、さっそく準備に取りかからなくてはいけませんね! レヴィ、レヴィー!」
やる気に満ち溢れたオリヴィアが、待ちきれないとばかりにレヴィを呼ぶ。
「呼びましたか? オリヴィア」
「レヴィ、仮面舞踏会を開催するわ」
「かしこまりました。では、つつがなく準備を」
開催するというオリヴィアの一言だけで、レヴィは自分のすべきことを理解したのか部屋から退出していった。その一瞬の出来事に、ティアラローズは目を丸くする。
相変らず、変わった執事だなとティアラローズは思う。
レヴィ。
オリヴィア専属の執事で、24歳。
黒の髪と執事服を身に纏い落ち着いて見えるけれど、ローズレッドの瞳は存在感が強い。オリヴィアのためならば、なんでもこなす男だ。
「オリヴィア様、レヴィにいったいどんな指示を出したんですか? 具体的には、何も決まっていないのに……」
「わたくし、ずっと仮面舞踏会をしてみたいと思っていたんです。理想の仮面舞踏会については、もうすべてレヴィに語りつくしていますわ!」
さすがオリヴィアだ。
ティアラローズは苦笑しつつ、どうするのかオリヴィアに聞いてみる。開催場所や、招待客の数など、開催までにしなければならないことは多い。
すぐにオリヴィアは、楽しそうに仮面舞踏会の詳細を話し始めた。
「開催場所は、アリアーデル家の別邸で行います。別邸と言っても、この敷地内にあるので、移動は難しくありません」
「オリヴィア様の屋敷でしたら、参加する方も安心できますね」
公爵家であるアリアーデル家が、やましいことを行うことはない。もしこれが、秘密裏にされた招待であれば何かやましい催しがあるのでは……と、疑う人間も出てきたかもしれないが。
「招待するのは、マリンフォレストの貴族の……年齢は、18歳以上にしましょう。上限は、25歳まで。未婚既婚は問いません。これなら、出会いが目的の舞踏会だと思われることもありませんし、ティアラローズ様も出席が出来ますわ」
「いいと思います。ああ、でも……アカリ様も呼ばないと後で怒られてしまいそうですね」
どうしてそんな楽しい催しに呼んでくれなかったのか、怒る姿が簡単に想像できてしまう。思わずティアラローズとオリヴィアの二人で顔を見合わせて、苦笑する。
「アカリ様にも招待状を送りましょう。ラピスラズリからここへ来るには時間もかかりますし……開催は、二ヶ月後くらいでどうでしょう?」
「ええ、それであれば問題はないと思います。アクア様も、二ヶ月先であればスケジュールを調整出来ると思いますし」
仮に厳しいスケジュールだったとしても、どうにかして時間を作りそうだけど……と、ティアラローズは思う。仮面舞踏会なんて場所に、ティアラローズ一人で行き変な男にちょっかいをかけられたらどうするのだと心配するに違いない。
簡単に想像できて、思わず笑ってしまう。
「ティアラローズ様?」
「ああ、ごめんなさい。ゲームにないイベントをすると、どうなるんだろうと思って……とっても楽しみ。フィリーネにも、いい結果になるといいのだけど……」
「そうですわね」
その後は、ティアラローズとオリヴィアで仮面舞踏会の詳細などを詰めていきあっという間に夕方になってしまった。
***
そして一ヶ月半が経ち、ラピスラズリからアカリがやってきた。アカリの夫となったハルトナイツにも一応招待状を送ったが、忙しいからと辞退する返事をもらっている。
「お久しぶりです、ティアラ様、オリヴィア様!」
ぱああっと表情を輝かせて、オリヴィアの屋敷で合流をした。
今日は三人で、仮面舞踏会の打ち合わせだ。
乙女ゲーム『ラピスラズリの指輪』のヒロインである、アカリ・ラピスラズリ。
綺麗な黒髪と黒目は、どう見ても日本人。それもそのはずで、アカリは日本から転移してこの世界へやってきたのだ。
今はラピスラズリ王国の第二王子であるハルトナイツと結婚し、ラピスラズリで暮らしている。
「お二人とも、お元気そうでよかった! 会えるのを、とっても楽しみにしていたんですよ」
「はい。アカリ様もお元気でよかったです」
「お久しぶりです。では、さっそく仮面舞踏会の話をしましょう……!」
アカリの挨拶にティアラローズとオリヴィアが返事をして、久しぶりの再会を喜ぶ。
ちなみに、アクアスティードはどうやってでも予定を調整して参加すると言っていた。ティアラローズ、アクアスティード、二人ともそのために新しい盛装を用意しているので今から楽しみだ。
レヴィの用意した紅茶とお菓子を囲み、女子会が始まった。
とはいえ、話す内容は大掛かりな仮面舞踏会だ。招待状を送ったほとんどの貴族から参加の返事をもらっているので、かなりの規模になっている。
内装や、当日出す飲み物や料理の話に花を咲かせていく。
ちなみに、デザート関係はすべてティアラローズに一任されている。
ふいに、クッキーを食べながらアカリが「結婚かぁ……」と呟いた。
「ゲームで恋愛要素のなかったキャラの婚約って、なんだか不思議ですね」
アカリとしては、あまり想像が出来なかったようでそう口にする。
「確かに……。フィリーネ様は、国外追放されたティアラローズ様についていくエンディングだったわね」
「そういえば、エンドロールにそんなことが書いてありましたね」
それに反応して、オリヴィアがエンディング後にフィリーネがどうなったのかを告げる。ただ、これはティアラローズが国外追放されていた場合の話なので、現状には当てはまらない。
ティアラローズも、そういえばそんなことが書いてあったなと頷く。
アカリは続けて、普段の彼女から想像できないような的確なことを告げる。
「そう考えると、今更ラピスラズリの幼馴染が婚約者になる……っていうのは不思議な話ですよ。だって、フィリーネは国外に行ったし、形は違うけど今も国外。そうなると、マリンフォレストの名もなきモブと結ばれる方がしっくりくると思いません?」
今更、フィリーネだけがラピスラズリに帰るのはどうもしっくりこないとアカリは告げる。
「確かに、ティアラローズ……わたくしですけど……に、ついて行ったのにフィリーネが国に帰るのは想像出来ないですね」
「でしょう? だからきっと、フィリーネにはマリンフォレストでいい人が見つかると思うんですよね」
ティアラローズがそれに賛同すると、アカリはいとも簡単に結論を出す。基本的に楽観的な彼女だけれど、逆にその性格に救われることも多い。
「フィリーネの近くにいる男キャラ……モブじゃないけど、エリオットがいますね。でも、攻略キャラだからどうでしょう?」
「うぅーん、そこがよくわからないのよね。二人が両想いであればわたくしは応援するけれど、基本はフィリーネの味方だから」
もしエリオットがフィリーネのことを好きだとしても、フィリーネがノーをすればティアラローズは反対するつもりだ。
アカリがエリオットを薦めたとしても、優先すべきはフィリーネの気持ちだ。
そんな話をしていると、オリヴィアがとある提案をした。
「なら、エリオットも招待してしまえばいいのでは?」
「それいい!」
「賛成です!」
その提案に、すぐアカリが手を挙げて、それにティアラローズも続く。
計画している仮面舞踏会は、かなり楽しく賑やかなことになりそうだ――。
昨日、コミック(無料掲載)が更新されました~!
まだの方は、下記の方にあるリンクからどうぞ!




