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悪役令嬢は隣国の王太子に溺愛される  作者: ぷにちゃん
第6章 悪役令嬢の祝福
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14. 戴冠式

 妖精の星祭が終わりを迎えてすぐに、国から国民に通達されたことがある。

 それは突然のことであったが、誰もがそれを受け入れ、新たなマリンフォレストの誕生だと喜びの声をあげる盛大な盛り上がりを見せた。


 それは、アクアスティード・マリンフォレストが国王に即位するというものだった。



「はあぁ、もう展開がいろいろと早すぎてついていけませんわ!」


 ティアラローズがお茶会のために持っている部屋の一室で、オリヴィアが声を荒らげる。

 大好きなゲームに転生しただけでも幸せなのに、大好きなキャラが即位する瞬間を見れるのだから幸せは最高点をゆうに超えているだろう。


 今この部屋には、ティアラローズとアカリがいる。

 もう季節は秋に移り変わりを見せているが、マリンフォレストの森は紅葉で色づきとても美しい。

 アクアスティードの即位が決まり、戴冠式のためにラピスラズリからやって来たのだ。ハルトナイツとシリウスも一緒に来ているが、今は別室でアクアスティードたちと歓談している。


「いや~最初はどうなるかと思いましたけど、なんとかなるもんですね!」

「アカリ様は気楽すぎです……」


 クッキーを食べながら笑うアカリは、一件落着といった感じで落ち着いている。


「でも、戴冠式が終わったらラピスラズリに帰らないといけないんです。二人に会えなくなるのが寂しくて寂しくて!」

「互いに国の違う王族ですからね」

「そうなんですよね。気楽に会いに来ることも出来ないし、王族って大変」


 馬に乗って駆けつけたくせに何を言うのかと、ティアラローズは苦笑する。

 そんな二人を見ながら、確かにとオリヴィアが必死に頷いている。マリンフォレストにも、ラピスラズリにも、まだまだ行きたいところがたくさんあるのだ。「やはり伯爵家の次男ね!」とオリヴィアは改めて頷く。


「オリヴィア様は理想が低いですね~! いっそ、キャラ攻略しちゃうのはどうですか?」

「そんなことしたら、鼻血で出血死しますわ!」


 アカリが笑いながら告げるが、オリヴィアは高速で首を振る。

 攻略キャラとの未来であれば楽しいと思っての判断だが、オリヴィアにとってはハードルが高すぎるらしい。攻略対象は愛でるものだときっぱり言い切った。


 ふと時計に目を向けると、もうすぐアクアスティードの戴冠式が始まる時間だ。

 ティアラローズは立ち上がって、二人に声をかける。


「そろそろ移動しましょうか」

「ええ、アクアスティード殿下のお姿をこの目に焼き付けなければいけませんもの。レヴィにはスケッチも頼んでいますから、あとで差し上げますわね」

「それ私もほしいです!!」

「わたくしも!!」


 オリヴィアの言葉に、アカリは勢いよく手を上げる。もちろん、ティアラローズも負けじと手を上げる。もう誰もレヴィが絵も描けるということには突っ込まなかった。

 あの執事は万能すぎるのだ。オリヴィアが望むことは、たとえどんな困難があったとしても達成してみせるのだろう。




 ◇ ◇ ◇



 もう間もなく、戴冠式が行われる。

 控室となっているこの部屋にいるのは、アクアスティードとソティリス、ラヴィーナの三人だ。どこか気の張っている様子の息子に、ソティリスが声をかけた。


「突然の即位になってしまってすまないな、アクアスティード」

「いいえ」


 ソティリスはずっと、マリンフォレストのためにはどうするのが一番いいだろうかと考えていた。しかし今回の件を聞き、王位を譲る決意をしたのだ。

 アクアスティードの周囲では、ありえないことばかりが起こっているとソティリスは思っている。

 会えるはずのない初代国王との交流や、すべての妖精王からの祝福。そしてなにより、ソティリスの病気を治した神秘的な花の存在。


 どうあがいても、普通の人間が成し得るべき事柄ではない。

 そしてその思いは、ずっとずっとソティリスの中にあった。けれど、幼いアクアスティードを国王にするわけにはいかず、いつがいいかと時期を、国民や妖精たち、他国の反応などを見ていたのだ。


「私はずっと、お前こそが国王に相応しいと思っていたんだ。そしてそれは、やはり本当だったようだ」

「まだまだ未熟です。……ですが、そう思っていただいたことや、私を祝福してくれた妖精の王たちの気持ちに恥じぬよう立派な王になりたいと思っています」


 少しずつ緊張がほぐれたのだろう。

 アクアスティードの表情は穏やかになり、微笑む余裕が生まれる。


 座っていた椅子から立ち上がり、アクアスティードは「時間ですね」時計を見た。


「そうね。わたくしの息子がこんなに立派になって、誇らしいわ」

「ありがとうございます。ああ、そうだ。母上を誘ってティアラとお茶をしようと思っていたのですが、慌ただしいことの連続でその時間が取れなかったのは悔やまれますね」

「そんなの、いつでも出来るわ」


 ティアラローズがいると、何かあってもとんとん拍子に事が上手い方向に進んでしまうものですから……とアクアスティードは笑顔を見せる。

 ラヴィーナも、ソティリスが病気で伏せっていたときのことだろうというのはすぐに想像が出来た。優秀な息子は、自分のことに精一杯でもきちんと他者に気を配る。


 ノックの音が部屋に響き、ドアの向こうから時間のため呼びに来たという声。すぐに入室を促すと、どこか緊張した様子のエリオットが顔を見せた。

 どうやら、主役であるアクアスティードよりも側近のエリオットの方が緊張しているらしい。それを見て、思わず笑ってしまう。


「お前の方が緊張してどうするんだ」

「いえいえ、ここで緊張しない人間なんて……アクアスティード様くらいです」


 胃が痛くなってきたような気もしますとエリオットが告げると、ソティリスとラヴィーナもアクアスティードと一緒に笑うのだった。



 沈みかけの太陽が、マリンフォレストの街をオレンジ色に染めていく。

 今日は街中でも、数多くの妖精を見ることが出来る。それは自分たちに力を示した星空の王がマリンフォレストの国王としても即位する大切な日だからだ。


 こんなにも人間と妖精の距離が近いのは、マリンフォレストが建国されて以来かもしれない。


 アクアスティードの戴冠式が行われる場所は、以前演説を行ったことがある広場に面した塔だ。工事をし、戴冠式がつつがなく行われるように広い作りに変えている。

 よりアクアスティードの姿が見えるように、バルコニーは階段とステージのようにして真紅の絨毯が敷かれている。その横には、アクアスティードのための王冠が用意されている。


『アクアスティード・マリンフォレスト殿下の入場!』


 そう告げられると、国民たちが大気を揺らすようにどっと沸いた。口々に祝いの言葉を告げ、アクアスティードの姿をその目にしっかりと映そうとしている。


 アクアスティードは階段下の出入り口から入場し、ゆっくりとステージに向けて歩く。

 背筋はピンと伸び、顎を引き、ぶれることなくまっすぐ前を見る綺麗な金色の瞳。白を基調に仕立てられた正装は、金色とダークブルーの刺繍がほどこされ、すらりとしたアクアスティードを際立たせる。

 まさに王たる者に相応しい出で立ちだ。


 階段を登り切ったアクアスティードは、膝をつく。


「アクアスティード・マリンフォレストよ。そなたが築き上げていくこの国に、幸あらんことを」


 そう告げられて、アクアスティードの頭に王冠が載せられた。

 瞬間、どっと大きな拍手がマリンフォレストを包み込む。溢れんばかりの拍手にまじり、「アクアスティード陛下万歳!」と、何度も何度もアクアスティードを呼ぶ声が聞こえる。


 アクアスティードは国民に向け手を振り、笑顔を見せた。



「よかった、アクア様」

「ティアラローズが頑張ったおかげだろう?」

「フェレス殿下とリリア様のお力があってこそ、です」


 用意された席に座り、ティアラローズはフェレス、リリアージュと戴冠式を見ていた。アクアスティードたっての希望で、王族側にフェレスの席を用意したのだ。

 ほかの貴族や他国の王族から見たら誰だかわからないが、フェレスの存在を今後公表するつもりはない。おそらく、アクアスティードとティアラローズの大切なご友人という認識に落ち着くだろう。


『はあ、感動です。とても素敵な戴冠式ですね、フェレス、ティアラ』

「妖精たちが空から花を降らしてくれているのも、とても素敵ですね」


 リリアージュはフェレスに抱きかかえられていて、その膝の上でえぐえぐと涙を流している。我が子同然のアクアスティードの戴冠式なのだから、涙なしでは見ていられない。

 それをフェレスがハンカチで拭うけれど、何枚用意しても足りそうになく苦笑する。



 来賓席には、妖精王が全員揃い、各国からも多くの王族が招待をされ席についている。

 これほどまでに盛大で豪華な戴冠式は、きっと今までなかっただろう。――いや、すべての妖精王に祝福された国王なんて、初代以来になる。


 アクアスティードの戴冠式は、いついつまでも物語のように語り継がれていくのだろう――。




 ◇ ◇ ◇



 無事に戴冠式が終わり、夜には各国の来賓を招いた夕食会が行われた。

 かねてから懇意にしていたラピスラズリ王国とは、今後交換留学などを盛んに行っていく話をし、今後はよりいっそうマリンフォレストの発展が望めるだろう。


 そしてその主役はというと、疲れ切った様子で部屋へ戻ってきた。

 入浴はさっさと済ませたので、すでに夜着に袖を通している。ティアラローズが寝台に入り読書をしていたので、アクアスティードはそこへもぐり込む。


「おかえりなさい、アクア様」

「ただいま」


 まだわずかに濡れたアクアスティードの髪をタオルで拭い、「風邪を引いてしまいますよ」と注意する。

 本当はこうやってティアラローズに甘やかしてもらいたい気分だった……とは、さすがに言えない。いつまでも、自分の妻の前では格好良い男でいたいとアクアスティードは思っているのだ。


 綺麗に髪を拭いてから、ティアラローズは何度か深呼吸を行い姿勢を正す。

 その様子に今度はいったい何をしでかすつもりだと、アクアスティードは若干不安な面持ちになる。が、それは杞憂だったようだ。


「即位、おめでとうございます……アクア」

「ありがとう、ティアラ。やっぱり、そう呼んでもらうのは好きだ」


 アクアスティードの名前を呼びたかったけれど、様を付けないのは未だ慣れないため落ち着くための準備だったようだ。

 その動作が可愛くて、アクアスティードはぎゅっとティアラローズを抱きしめる。そのままくるりと反転して、寝ころんだアクアスティードをティアラローズが押し倒すようなかたちになった。


「きゃっ! もう、いきなり引っ張ったらあぶないですよ!」

「大丈夫、鍛えているから」

「アクアったら……」


 額に、目元に、頬にと、アクアスティードが優しく口づけを降らしてくる。


「その……恥ずかしいですが、アクアって呼ぶのは好きです。国王なのに、アクアと呼んでいるときは……独り占めしている気がして、嬉しいんです」

「…………」

「あ、アクア?」


 控えめに告げたティアラローズを見て、アクアスティードは大きなため息をついた。

 その様子を見て、何か気に障ることを言ってしまったのではと不安になる。今日は戴冠式や来賓との食事会などもあり、いつも以上に疲れていたはずだ。

 慌てて何か謝罪の言葉を――そう思ったのだが、それはアクアスティードの行動により叶わなかった。


 ティアラローズのことをぎゅうぎゅうと抱きしめて、今度はティアラローズを押し倒してその両の手をシーツに縫い付ける。


「ああもう、どうしてティアラはそんなに可愛いことを言う……手加減、してあげないよ?」

「えっ……!」


 ちゅ、と。

 首筋にアクアスティードの唇が触れて、赤い印をつけていく。


「アクア、あの……」

「駄目。ティアラの言い分は聞きません」


 もう一度口づけて、早く休んだ方がいいのでは? と言いたげなティアラローズの言葉を封じたのだった。

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