12. 妖精の星祭り
己の力を示したアクアスティードは、星空の王として認められた。
ティアラローズが冠をアクアスティードに載せたら、星空の王の世代交代が完了する。けれど、一度アクアスティードが待ったをかけた。
「先に、ティアラに話しておくことがある。フェレス殿下に聞いた、大事な話だ」
「……はい」
真剣なアクアスティードの様子に、ティアラローズは姿勢を正す。いったい何があるのだろうかと、心臓の音が大きくなっていくのを感じる。
――わたくしが強制的にイベントを起こしてしまったから。
その弊害が起きていたらどうしようという、不安。
けれど、アクアスティードの話しはティアラローズの行動とは関係のないものだった。
「私が星空の王になると、フェレス殿下は星空の王ではなくなる。……それはわかるね?」
静かなアクアスティードの声に、ティアラローズは頷く。
「それは、フェレス殿下とリリアージュ様が亡くなる可能性があるということだ。もちろん、実際に私が王にならなければどうなるかわからない。これは、予測の話だ」
「……お二人が、そんな」
聞いた内容に、息を呑む。
フェレスとリリアージュは、星空の力の影響を受け、これだけ長い時間を生きてきている。それは人間という概念を外れたものだけれど、確かにその力がなくなったらどうなるのかがわからない。
「ティアラが気に病むことじゃない。私が考えて、王となる結論を出したんだ」
「アクア様……ですが、わたくしは」
――全員に、幸せになってほしい。
そう告げることが出来たら、どんなにいいだろうか。三つの指輪を一つにしたので、星空の王の力は安定させることが出来るはずだ。
けれど、今この場で大丈夫と簡単に告げてしまうことは出来ない。この指輪でどのような状態になるかわからないので、迂闊なことを言うことは出来ないのだ。
俯き悩むティアラローズに、フェレスが優しく微笑む。
「大丈夫、あなたが気に病むことじゃない。私たちは生きすぎたんだ」
「フェレス殿下……」
「……ティアラローズ、その指輪は?」
気にせずアクアスティードに冠を。そう言おうとしたフェレスだったけれど、ティアラローズの持つ見慣れない指輪に目を向けた。
そして同時に、ティアラローズが持っていたそれぞれの妖精王の指輪がないことにも気付く。
「まさか、ティアラローズにそんな力があるとは思わなかった」
「え……?」
「とても綺麗な指輪だ。でも、この指輪にはまだ魔力を受け入れるための空きスペースがあるようだ」
「そのようなことがわかるのですか?」
フェレスは指輪を見て、ティアラローズが妖精王の指輪を一つにしたということに気付く。同時に、指輪がどのような状態かということも見抜いてしまう。
楽しそうに笑いながら、「実にティアラローズらしい」と言う。
「私やリリアのことも、救いたいと願いを込めてこの指輪を作ってくれたんだね。……その思いに、私も少しだけ応えよう」
「……!」
ティアラローズの耳元で、フェレスがこっそりと耳打ちをする。
その内容を聞き、目を見開いて驚いた。だってまさか、そのようなことが可能だなんて思ってもいなかったのだ。
聞いた内容を忘れないように頭の中で反芻し、フェレスに礼を言う。
「頑張ってみます。絶対、失敗しません」
「うん。楽しみにしているよ……さあ、戴冠式だ」
二人の話が終わり、再び視線がアクアスティードに集まる。
ティアラローズが水晶の冠を持つと、アクアスティードは膝をつき金色の瞳を静かに閉じた。
――まさか、悪役令嬢に生まれてこんな大役をするなんて思わなかった。
王となるために冠を与える役目なんて、きっと悪役令嬢には相応しくないだろう。今回の指輪だって、アカリがいなければ用意することが出来なかった。
一人では何も出来ない悪役令嬢かもしれないけれど、自分には支えてくれる仲間がたくさんいる。それはとても幸せなことで、やはりこの世界は温かいのだと再認識した。
水晶の部屋は静寂に包まれ、厳かな空気が生まれる。
「アクアスティード・マリンフォレスト。星空の王としてこの地を治めることを、マリンフォレストの妖精たちが祝福するでしょう」
「その祝福に恥じないよう務めあげてみせましょう」
ティアラローズは、ゆっくりと水晶の冠をアクアスティードの頭へ載せた。
すると、どこからともなく妖精たちが現れて『おめでとう』と告げる。すぐにフェレスたちも拍手をして、新しい星空の王の誕生を祝った。
「おめでとうございます、アクア様。わたくしもこれから、ずっと隣で支えていけるように精進いたします」
「ティアラがそばにいてくれるだけでも十分なのに、支えてもらったら何でも出来そうだ」
「アクア様ったら……」
力強いその言葉を聞き、互いに微笑む。
「おめでとうございます、アクア様! やっぱり、メイン――じゃない。王子様はすごいですね」
「ああ、ありがとう。アカリ嬢も、ラピスラズリから来てくれてありがとう」
「ティアラ様の親友ですからね」
ヒロインの聖なる祈りが役立ったのであればなによりだと、アカリが笑う。
「おめでとう、星空の王」
「わらわが祝福した人間なのだから、これくらいはやってもらわねばの」
二人で並んでいるクレイルとパールも、アクアスティードに祝福の言葉を送る。
「クレイル、パール様……ありがとうございます。パール様は、おかげんは問題ありませんか?」
「ティアラローズからたっぷり魔力をいただいたからの、問題はないのじゃ」
パールは扇を広げ、口元を隠す。実際は照れ隠しなのだが、隣にいるクレイルにはばれてしまっているようで、パールを見ながら優しく微笑んでいる。
最後に、後ろから見ていたキースが前へ出てきた。腕を組み、やれやれと息をつく。
「ったく、陣地取りは俺の勝ちだと思ったのに」
「キース様は――」
「不要だ」
「え?」
どこか不機嫌そうな様子のキースは、アクアスティードの言葉をさえぎった。
「キースでいい」
「! それは……」
「二度も言わす気か?」
「……いや。ありがとう、キース」
ティアラローズ以外に祝福を贈っていなかった森の妖精王キースがアクアスティードを認め、その身に祝福を贈り名を呼ぶことを許した。
アクアスティードは流れ込んでくるキースの祝福を受け入れ、その温かさを感じる。
キースはアクアスティードの肩口に腕をおき、声を低く告げる。
「言っとくが、ティアラを泣かしたら承知しねーぞ」
「当たり前だ」
「なら、いい」
アクアスティードの答えを聞いて、キースは満足そうに笑う。
その様子を見ていたティアラローズは、決して仲が良いとは言えなかった二人がかなりの進歩だと若干失礼なことを考えていた。
でも。
――この二人が組めば、それこそ最強なのでは。
後方支援のクレイルとパールがいて、特攻するのはアクアスティードとキースだろう。このメンバーであれば、向かうところは敵なしだ。
なんてことをティアラローズが考えていると、ふいにアクアスティードと目が合い微笑まれる。
「それじゃあ星空の王として、最初の役目を果たそうか」
「役目、ですか?」
「昔、ティアラと一緒に見たね。妖精の星祭の開始宣言だ」
星空の王がいるときは、王が星を降らせるのだとアクアスティードが説明をしてくれた。
そして同時に、フェレスに教えてもらったあることにもこのお祭りが関係している。ティアラローズは妖精の星祭が大好きなので、力強く頷いた。
星空の王が代替わりした年の祭りのみ、星空の王と各妖精王の四人で開始宣言を行う。以降は、星空の王が開始宣言を行う。
もしも星空の王が不在だった場合は、妖精たちが己の判断で小さな星を呼びその祭りを行うようになっている。今まではフェレスが開始の宣言を行えなかったため、妖精たちが頑張ってくれていたのだ。
「それじゃあ、私たちはこっちで見てようか」
「はーい」
フェレスが見学を決め込み、それにアカリが続く。
ティアラローズも出来ることはないため、フェレスとアカリの方に行き並んでアクアスティードたちを見守ることにした。
アクアスティード、キース、クレイル、パールの四人が台座を囲み立つ。
それぞれ台座に手を置き、力を注ぎ星を呼ぶのだ。
まだラピスラズリ王国にいたときのことを思い出し、ティアラローズは懐かしさを感じる。
夜、自室にいたら突然アクアスティードが訪ねて来たのだ。そして自分のためにと、妖精の星祭を行ってみせてくれた。
「星空の王の力を持って、ここに妖精の星祭の開始を宣言する」
「森の妖精王からは、空気が澄み渡る祝福を」
「空の妖精王からは、どこまでも高く星が見える祈りを」
「海の妖精王からは、星がいっそう煌くための水面と静寂を」
それぞれの力強い声を受け、水晶の台座が光り輝く。
光は筋となり、天井を突き抜けマリンフォレスト上空高くへとぐんぐん登る。それはやがて空のてっぺんまで辿り着き、星空のシャワーとなって地上に降り注いでくるのだ。
水晶で出来ていた部屋の天井部分は透明度が高くなり、マリンフォレストの夜空を映しその光景をティアラローズたちに見せた。
星空の妖精王が開始した妖精の星祭は、例年よりもずっと星がきらきら輝き、その力強さを見せつける。
「……咲いたね」
「え?」
ふいに、天井の夜空を見ていたティアラローズの耳にフェレスの声が届く。
いったい何が咲いたのだろうと、フェレスの視線を追いかける。見つめていた先、開始を宣言した水晶の台座を見ると、一輪の花が咲いていた。
それは水晶で作られた花のようで、透明度がとても高い。
いったい何の花だろうと思っていると、フェレスが説明をしてくれた。
「あの花は、新しい星空の王が誕生したときにだけ咲く幻の花だ。そして……リリアの病気を治してくれた奇跡の花だよ」
「――!」
「え、そんなすごい花なんですか!?」
ティアラローズが息を呑み、アカリはすごいレアアイテムだとテンションを高くする。
「そうか、アクア様はあの花を使って……」
「うん。あの子を助けるつもりだったんだ。でも、私とリリアが死ぬかもしれないからと、ずいぶん悩んでいたよ」
未だ病に伏せっている国王を、これで助けることが出来る。
その事実に安堵したティアラローズだが、安心しきるのはまだ早い。これから、フェレスとリリアージュを救うためにもうひと頑張りしなければならないのだ。
王の誕生を祝福して咲いた花を摘み、ティアラローズたちは地上へと戻った。
◇ ◇ ◇
地上に戻ると上空にあった円環は消え、その代わりにたくさんの星が降り注いでいた。
もう朝がくる時間だというのに、星の光は太陽に負けることなく輝いている。いや、太陽と一緒にダンスを踊っているようだと言った方がいいだろうか。
はじまりの広場周辺にも、星祭りの始まりを知った人たちが集まってきていた。
「うわ、なんだこの星の量は! いつもの倍、いや……それよりもっとすごくないか?」
「こんなすごい星祭、生まれて初めて」
「今年は何かいいことがあるのかもしれないな」
聞こえる声はどれも嬉しそうで、アクアスティードも満足そうにしている。
「ティアラ」
「アクア様……とても綺麗ですね。こうやって星祭を見せていただけるのが、とても嬉しいです」
隣に来たアクアスティードに寄り添うようにして、空を見上げる。
「でも、ずっと輝いていた円環がなくなると少し寂しいような気もしますね。あれは何だったのでしょう?」
「ああ……あの円環なら、ここにある」
「え?」
アクアスティードが示したのは、その頭に載っている冠だった。
「それが円環の正体、だったんですか?」
「ああ。新しい王を求めた結果が、あの円環だったんだろう」
「新しい王の催促だったんですね」
その事実を聞き、思わず笑ってしまう。
アクアスティードの頭上に輝く水晶の冠は、星の光を反射しているからかとても綺麗で目立つ。周囲にいる国民たちも、アクアスティードに気付きこちらを窺うように見ている。
「さすがにこれは目立つか……」
「水晶の冠ですからね。それに、キースたちもいるので私たちすごく目立っていると思います」
冠を付けた自国の王太子に、続編のメインキャラクターが勢ぞろいしているのだ。見目麗しい人間の集まりは、絵的にも目立たないわけがないのだ。
アクアスティードは冠を取り、ティアラローズに「持っていて」と言う。
「え、さすがにそれは恐れ多いような……」
「これはね、こうしてしまっておけるんだ」
ティアラローズの手に載せると、冠はその姿を消した。
「えっ!? 消えた!? わ、わたくしいったい何を……っ」
「違う違う、ティアラが何かしたわけじゃない。冠は、ここだよ」
「!」
示された先は、アクアスティードに貰った星空の王の指輪だ。そこに水晶の冠がシルエットラインとして追加されていた。
まさか指輪と融合できるとは思っていなかったため、とても驚いた。そして同時に、自分が冠に何かしたわけじゃないとわかりほっとする。
「それじゃあ、城へ帰ろうか」
「はい!」
ティアラローズとアクアスティードは手を取り、全員で王城へと帰った。




