9. 失われた星空
「まさか、わたくしに向けられたブーケをレヴィが奪い取るとは思わなかったわ!」
「あれには驚きました。アカリ様だって、ぽかんとしていましたから……」
オリヴィアがあきれたようにため息をつく。
それを見て、ティアラローズとアクアスティードは苦笑するしかない。この話は後々までネタにされそうだ。
今はアカリの結婚式が終わり、マリンフォレストへ急ぎ戻る馬車の中だ。エリオットとレヴィが御者を行い、ほかの騎士たちは馬車の周りを護衛しながら駆けている。
全員で移動をすると時間がかかるため、最低限のメンバーだけで先にマリンフォレストへ帰国することにしたのだ。
「とりあえず、結婚式に無事出席できてよかった。あまりラピスラズリに滞在できなかったのは残念だが、また落ち着いたら時間を作って旅行にくればいい」
「はい。楽しみにしています」
アクアスティードがティアラローズの髪を撫でながら、ほかの国にも一緒に行きたいねと告げる。
それを微笑ましく見つめながら、新しいスチルみたいで眼福だなぁとオリヴィアは思わずにやけてしまう。
『うぅ、お水、お水がほしいです~』
「大丈夫ですか? リリア様……」
『ん……はいぃ』
オリヴィアの膝にぐったりしていたリリアージュが、気持ち悪そうにしながらも水を求めた。ティアラローズが心配そうに声をかけて、オリヴィアがリリアージュに水を飲ませてあげる。
優しく背中を撫でて、オリヴィアは空気を入れ替えるために少しだけ窓を開けるのだった。
◇ ◇ ◇
ラピスラズリとマリンフォレストの国境を越えてすぐに、一陣の風が吹きキースとクレイルが姿を現した。
マリンフォレストが不安定になり、アクアスティードたちの帰りを待ちわびていたのだ。
「まさか着いて早々に出迎えられるとはな、クレイル」
「私だって、こんなことになるとは思ってもみなかった。リリアがマリンフォレストから出るなんて、よっぽどだ」
ひとまずアクアスティードが馬車を降り、クレイルの下へと行く。
「早急に話し合いが必要だね」
どこか疲れた様子のクレイルが、ふうと息をつく。 ちらりと馬車の中にいるリリアージュへ視線を向けてから、パチンと指を鳴らす。
「――っ!」
次の瞬間、クレイルとともに、ティアラローズ、アクアスティード、リリアージュ、エリオット、オリヴィア、レヴィがその場からかき消えて転移した。
クレイルの領域である、空の神殿。
広い空間と、中央には円卓テーブルと人数分の椅子が用意されていた。
空の妖精王クレイルの守護を得ない人間がここは入ったのは、ティアラローズたちが初めてになる。オリヴィアも、以前聖地巡礼に……とここへ来ようとしたが不可能だった場所だ。
思わず感嘆の声をあげそうになるオリヴィアだが、今はそれどころではないと己の口に手を当てて耐える。
「クレイル、さすがに一言もなしにいきなり転移させるのはやめてくれ」
「あまり時間がなかったからね」
何も告げずに置き去りにしてしまった騎士たちは、おそらく慌てているだろう。近くで待機をしていてくれるとは思うが、出来る限り早めに戻った方がいいだろうとアクアスティードは考える。
「ティアラ、元気にしてたか?」
「キース! いったい何があったの?」
「まぁ、それを話すために待ってたんだ。とりあえず、現状の説明からか」
ティアラローズを祝福している森の妖精王、キース。
長い髪を軽くまとめ、すらりと高い身長は男らしく王の貫禄もある。けれど、「大変なことになったな」とどこかのん気な声。
全員が席に着くのを確認してから、最初に口を開いたのはクレイルだ。
「まず、マリンフォレストの現状から。夜空から星が消え、妖精たちの力が弱まっている。このまま打開策を何もしないと、次は大地が力を失っていくだろうね」
「それは、フェレス殿下が関係しているのだろう? どうして、このような事態が起きたんだ 」
今までは問題がなかったのに、どうして突然このようになったのかとアクアスティードがクレイルに説明を求める。
クレイルはリリアージュに視線を向けながら、「順を追って説明するよ」と告げる。
「まずは、初代の国王であるフェル……フェレスと、その妃であるリリアージュだ。マリンフォレスト建国にあたり、私たちはフェレスに力を分け与えた。それは、通常の祝福よりも上位のものだ」
「だけどな、人間であるフェレスに、その力は巨大すぎた」
『…………』
クレイルとキースの言葉を聞き、リリアージュは辛そうに表情をゆがめる。しかし何も言うことはせずに、二人に先を促す。
「その巨大な力は、フェレスを星空の王へと作り替えた。それは、私たち妖精王と同じような力だ。私たち妖精の王と同じように、フェレスも己の力が込められた指輪――星空の指輪を創った」
「――!」
妖精王の力を与えられ、人ならざる力をフェレスが手に入れたのだとクレイルが告げるのを聞き、アクアスティードが息を呑む。
アクアスティード自身も、フェレスに王だと認められ星空の指輪を創った一人。 つまりそれは、フェレスと同じようにアクアスティードも人間とは違う存在なのだと突き付けられているようだ。
アクアスティードの視線が、ティアラローズの指にはめられた星空の指輪へと向けられる。
「私たち三人の妖精王と、星空の王であるフェレス。この四人で建国したのが、ここマリンフォレストの原点になる」
「なるほど、な。クレイル、一ついいか?」
「どうぞ、アクアスティード」
「なぜ、初代国王であるフェレスの情報がこの国にはない? お前たちがフェレスとそこまで懇意であるならなおさら、情報がない方が不自然だ」
この国には、歴代の国王の絵が飾られている。しかし、そこにフェレスの姿はない。初代国王の肖像画だけが、抜け落ちているのだ。
同時に、どういった人物であったのか書かれた資料などもないに等しい。
アクアスティードはそれなりの理由があるだろうとは考えていたが、妖精王とともに建国を行ったのであれば、どうにもおかしい。
今もなお、この国は妖精を大切にしている。その妖精の王が力を与えたフェレスを、どうして隠すように扱ったのだろうか。
アクアスティードが答えを求めるようにクレイルを見つめていると、リリアージュが口を開いた。
『それは、わたしからお話しましょう』
小さな体で椅子の上に立ち、リリアージュは全員の顔を見回す。そしてその手には、フェレスが創った星空の指輪がにぎられている。
『これは、フェレスがわたしに贈ってくれた星空の指輪です。効果は、二つ。まず一つは、癒しの力。そしてもう一つは……フェレスが受けきれなかった巨大な力を、この指輪で受け入れることです』
「え……!?」
その言葉に一番驚いたのは、同じようにアクアスティードから贈られた星空の指輪を持つティアラローズだ。
同じ星空の指輪ならば、おそらく効果も同じ。ティアラローズの記憶を蘇らせたのも、おそらくこの指輪が持つ癒しの力だったのだろう。
自分の指輪に触れて、ティアラローズは早くなる鼓動に動揺を隠せない。
この指輪も、アクアスティードの受けきれない巨大な力を受け入れているのだろうかと考える。けれど、今はそういったことを感じない。
でも、今は自分のことよりも――。
「リリア様、アクア様は大丈夫なのですか……!?」
『…………』
ティアラローズは、もしかしたらフェレスのようにアクアスティードも不安定な状態になってしまうのではないかという不安にかられる。
そんなティアラローズの姿を見て、リリアージュは『続けますね』とアクアスティードを見る。
『本当であれば、わたしとフェレスだけでどうにか出来ればよかったんです。……でも、それは叶いませんでした。わたしたちの子供に、このようなことを託すのは心苦しい』
そう告げたリリアージュの体は、小刻みに震えている。とても辛そうで、自分たちのことでティアラローズとアクアスティードに迷惑をかけたくないという思い。
少しの沈黙を経て、リリアージュが言葉を続ける。
『……予想がついているかもしれませんね。今回、フェレスが不安定になり、マリンフォレストに異変が生じたのは……わたしの許容量もいっぱいになって、フェレスの力を受けきれなくなってしまったからです』
前々からその兆候はあったけれど、今の今までどうすることも出来なかったのだとリリアージュは言う。
かくいうリリアージュも、このような人間ではない姿でどうにか動けるようになったばかり。ティアラローズたちが考えているよりも、自由ではないのだ。
『黙っていて、ごめんなさい』
リリアージュの言葉に、ティアラローズは「いいえ」と首を振る。
相手の負担になることを告げるのは、とても勇気のいることだろう。特に今回のことは、国にも、アクアスティードの今後にも大きく関わってくるのだからことさらに。
『アクアスティード。あなたはフェレスの影響をとても受けています。それは、あなたの生まれ持った資質でしょう。今まで生まれた誰よりも、王に近い』
「つまり、私は……フェレス殿下の血を色濃く継いでいるということか」
『そうです』
リリアージュは、アクアスティードへ視線を向ける。
『わたしがこうして動けるようになったのは、つい最近です。でも、フェレスにはずっと影響がいっていた』
「影響?」
『はい。アクアスティード、あなたの力がフェレスに影響を与えていた。理由は、わたしにもわかりませんが……フェレスなら知っていると思います。単に力が増えているだけなのか、何か変異しているのか』
「…………」
――つまり、ことの原因は私ということか。
まさか自分の力がフェレスに影響を及ぼしていたとは、思ってもみなかった。フェレスに会い、詳細を確認するしかないだろう。
『アクアスティード。あなたも、いつかそのフェレスと同じ力に押しつぶされてしまうかもしれません。 ティアラも、今の話を聞いてまっさきにそれを考えたのでしょう?』
「リリア様……!」
『……大丈夫です。今は、まだ』
「…………」
今は、というリリアージュの言葉を聞いて、沈黙が流れる。
誰もが、これからのマリンフォレストを危惧し、アクアスティードに何か起こってしまうのではないかという不安にかられる。
そのわずかな沈黙を打ち破ったのは、アクアスティードだ。
「貴重なお話、ありがとうございます。リリアージュ様。ですが、この通り私の体はなんら問題ありませんし、魔力も増えはしましたが……コントロールが出来ないわけではありません」
『ええ。それは、わたしもアクアスティードを見てとても驚きました。フェレスは、王としての力を手に入れてすぐは辛そうでしたから……』
とても不思議ですと、リリアージュは言う。
もちろん、悪い状況ではないのだからこのままでいられるのならばそれが一番いい。
「その答えは、きっとティアラだな」
「わたくし?」
悩む様子のリリアージュに、キースが自分の考えを告げる。それを聞いたティアラローズは、きょとんとキースを見る。なにせ、ティアラローズは魔力が多いわけでもないし、アカリのように特殊な魔法を使えるわけでもない。
ヒロインならまだしも、たかが悪役令嬢にいったい何が出来るというのだろうか。
不思議そうにするティアラローズを見て、キースが笑う。
「前に言っただろう? お前は、面白いと。器のわりに、魔力量が少ない。だから、アクアスティードの力を受け入れやすいんだろう」
「……!」
ティアラローズはその言葉を聞き、自分の悪役令嬢というキャラ付けを考える。
一応、数あるキャラクターがいるなかで、名前を持つキャラクターの一人だ。あまり重要でないキャラクターは、【生徒】や【騎士】などゲーム内では役どころが名前として記載されていた。
悪役令嬢というポジションを考えたら、確かにそのスペックは名前のないモブより高いだろう。ただ、使う機会はなかったけれど。
つまり、もともとティアラローズの体は、高スペックな魔法などを使っても耐えられるように作られているのではないか。
だからこそ、今、妖精王の力をかりてはいるが――魔力を大量に消費する大きな魔法を使っても問題ない。魔力が小さい人は、倒れてしまうこともあるのだ。そう考えると、言わずもがな。
まさか、ここにきて悪役令嬢という立場がアクアスティードの助けになるとは思ってもみなかった。
「とりあえず、今はフェレスをどうにかしねえとな。リリア、何か解決策があってラピスラズリに行ったんだろ?」
『もちろんです。これをフェレスに付ければ、余計な魔力を吸収して安定させてくれるはずです』
「なるほどな」
リリアージュの持つ腕輪を見て、キースがそれならばと頷く。
「なら、どのようにしてそれをフェルの腕に付けるか……か」
「だなぁ。今はフェレスの下に行くのに、ちっとばかり骨が折れる」
二人の妖精王の言葉を聞き、あまりよくない状況だということがわかる。すぐに準備を行い、王城の地下にいるフェレスへ会いに行くべきだろう。
『わたしたちのことで、ごめんなさい』
「気にしないでください、リリアージュ様。私は王族ですから、それも役目のうちです」
『……王としてのありかたも、アクアスティードはフェレスに似ていますね』
リリアージュが微笑んで、全員を見る。
そして決意を固めるように――その願いを口にする。
『では、皆さんにお願いします。このままでは、マリンフォレスト自体がフェレスの力によって飲み込まれて滅びてしまいます。どうか、この国を愛したフェレスにそんなことをさせないでください。わたしと一緒に……フェレスを助けてください』
「もちろんです、リリア様。わたくしは、死ぬまでずっとアクア様と一緒にこの国を守っていきます」
「この国が亡びるなんて、そんなことはさせません。まだ、巡りたい場所がたくさんあるのですから」
リリアージュの言葉を聞き、ティアラローズとオリヴィアがもちろんと頷く。
アクアスティードは立ち上がり、ここにいるメンバーを見回す。
「ここからは、かなり厳しい局面になるだろう。オリヴィア嬢は巻き込むような形になってしまったが、マリンフォレストのために皆の協力が必要だ」
「わたくしは、いつでもアクア様の隣にいます」
「巻き込むなんて、そのようなことは言わないでくださいませ。マリンフォレストの貴族として、出来る限りのことをさせていただきます。レヴィのことも、手足のように使ってくださってかまいません」
アクアスティードの言葉に、ティアラローズとオリヴィアが微笑む。二人の妖精王は頷き、この国を、フェレスを救おうと動き出し始めた。
◇ ◇ ◇
話がまとまったところで、クレイルが全員をマリンフォレストの王城へと転移させた。それに有難く思いながら、すぐに各自が準備を行う。
アクアスティードはまず国王と話し合いをと思ったが、国王自らがアクアスティードの下へとやってきた。帰還を聞き、待っている余裕すらないと判断したのだろう。
執務室に向かいながら、アクアスティードはマリンフォレストの現状を聞く。今のところは、先ほどクレイルから与えられた情報と差異はないようだった。
「私からも、報告することはあります。というか、原因自体はわかっています」
「そこまで情報を得たというのか……さすがは、空の妖精王に祝福されているだけある」
空の妖精王の武器の一つは、情報。
例え祝福を受けていなくとも、それくらいは国王も把握している。
そのことに安堵するのも、束の間。
嫌なことは、次から次へとやってくるもので――。
「アクアスティード様、植物が枯れ始めたという報告が上がっています!」
「植物が!?」
アクアスティードの執務室。
すぐに状況の確認をしに行ったエリオットが、血相を変えて戻ってきた。そのありえないような報告に、大地に影響が出るというのはこういうことか……と頭を抱える。
枯れかけている植物を復活させるなんて、出来るわけがない。
どうしたものかとアクアスティードが思案している中、国王から一つの提案がなされる。
「これからすぐ動くのであれば……国民の混乱を抑えるために、安心させるための言葉が必要だろう」
「演説、ですか……」
国王が提案したのは、演説だ。
その話を国王自身ではなく、王太子であるアクアスティードにふるのには、もちろん理由がある。それは、国民からの支持率だ。
妖精王から祝福を受けている王太子は、国王よりも信頼が厚い。加えて、妃であるティアラローズも妖精王からの祝福を得ている。
それを考え、国王は自分よりもアクアスティードの方が今回は相応しいだろうと判断した。
「私ではなく、お前の方が適任だ。オリヴィア嬢は、どう思う?」
国王がオリヴィアに問いかけると、オリヴィアは手を叩いて賛同する。
「それはとてもよい案です。アクアスティード殿下は国民に人気ですから、不安を拭うためのお言葉をいただけるのは国民も安心出来るでしょう」
「終息までどれほどの時間が必要か、現時点ではわかりません。すぐに出来る対策は、行っておいた方がいいと思われます」
エリオットも国王に同意し、すぐに演説の準備をするために執務室から出ていく。即断する側近に苦笑しながらも、アクアスティードは準備をするために立ち上がった。
まだ詳細を話していないが、演説をしている間にエリオットからさせる旨をアクアスティードは国王へと伝える。
頷きながら、国王はそっと我が子の成長を喜ぶかのように微笑む。これほど頼りになるのであれば、すべての権限を与えてしまってもいいだろう。
「今回のことも、私より随分把握しているようだ。城のことは私に任せ、お前は解決のため自由に動くといい」
「それは、とてもありがたい。必ずや、マリンフォレストを救います。」
アクアスティードと国王は視線を交わし、互いに頷いた。




