2. 古くからの言い伝え
ティアラローズには、アクアスティードが贈った専用の小さな庭園がある。
色とりどりの薔薇が植えられていた庭園は、ティアラローズの咲かせたピンクの花も加えられてそれは美しい場所へと日々成長している。庭師はもちろんだが、森の妖精たちが毎日のように遊びにきて植物の世話をしてくれるのだ。
庭園の入り口には護衛のタルモが立ち、テーブルに座るティアラローズの近くには侍女のフィリーネが控えている。
そこでお茶会をしながら、ティアラローズはタルモに持ってきてもらった古いマリンフォレストの地図を見つめていた。横には現在の地図を置き、今と昔の相違点も探している。
「やっぱり、昔に比べると街がとても大きくなっているのね」
一回り以上は大きくなっていて、国民の増加が目でわかる。それに加えて、王都であるここの周辺にある村も増えていた。穏やかに発展していく様子を思い浮かべると、王族の手腕がよくわかる。
――これからは、わたくしもその一員になるのね。
そう考えると少し戸惑ってしまうけれど、アクアスティードがいればなんとかなりそうだと思ってしまう。
地図を見ていると、現在住んでいるお城の裏にある山とその周辺はずっと昔から変化がないということに気付く。ここはちょうど森の妖精王キースが住む場所なので、人間が手を加えていないことは頷ける。
「でも、普通はここがキースのテリトリーだっていうことはわからないはずなのに」
何か、手を加えにくい場所なのだろうか。
もしかしたら王族の所有する土地だからそのまま、という可能性も十分にある。それに、王と違い妖精たちなら割と顔を出すことも多いし、注意などをされたということもある。
気になったところに片っ端から足を延ばす……という作戦もありだなとティアラローズは考えた。
まずはどこから行こうか――と考えていると、フィリーネがティアラローズを呼ぶ声が耳に入る。どうしたのだろうと振り返れば、執務をひと段落させたアクアスティードが姿を見せたところだった。
「アクア様! お仕事、お疲れ様です」
「ありがとう、ティアラ。古い地図を見てるって聞いたけど、何か面白い発見はあった?」
「うぅん、これと言ってとくにはないですね……」
少し困ったように笑うと、アクアスティードも「そう?」と言って微笑む。
椅子に座りながら地図を見て、懐かしそうに目を細める。
「この城の周りはあんまり変わってないね。妖精王キースが住む森に繋がる場所だから、きっと誰も手を入れていないんだろう。ここは王族の土地になっているんだ」
「王族の土地……ということは、妖精王の住む場所は王族が管理しているのですか?」
ティアラローズが予想したことは当たっていたらしく、問いかけるとアクアスティードは頷いた。妖精王の住む土地に関しては、街や村はもちろんだが、建造物を建てることも禁止されている。そのためその一帯は王族が代々管理しているのだとアクアスティードは告げた。
――じゃあ、王族は妖精王の住む場所を知っているということかしら?
確かにキースにさらわれてしまったとき、アクアスティードは場所を突き止めて助けに来てくれた。そう考えると、資料か何かが残っているのだろう。
しかし、図書館にそれらしいものはなかったのにと思い、しかし誰もが手に出来る場所にそんな大事な資料が置いてあるわけがないと一人納得する。
「管理というか、妖精王が快適に暮らせるようにかな。自然に手を加えないというのが、昔からのルールになってるんだ」
「確かに、妖精たちは自然を好みますね」
アクアスティードが紅茶を飲みながら、ティアラローズの言葉に頷く。するときゃらきゃらした笑い声と一緒に、森の妖精たちが姿を見せる。
『ティアラだ~』
『あ、これ知ってる! 地図!』
「ごきげんよう。地図を知っているなんて、すごいのね」
楽しそうに広げた地図を眺める妖精たちを見て、意外といろいろなことを知っているのだなと思う。今いる場所を指で示してみると、『知ってるよ!』と元気な返事がくる。
『地図はね、王様に教えてもらったんだ~』
「キースに? 大雑把に見えて、面倒見がいいのね……」
ティアラローズが感心しながら、妖精にほかにはどんなことを教えてもらったのかを聞いてみる。アクアスティードも妖精の教養に関しては興味があったらしく、静かに耳を傾けた。
小さな羽でぱたぱた跳びながら、『あとはね~』と知っていることを思い出そうとしている。
『そういえば、一番最初に指輪のことを教えてもらったよ!』
「指輪?」
『そう。大切な指輪があるんだって! 指輪っていうのは、ティアラがしてるやつのことだよ~!』
ティアラローズの左手薬指を見て、これが指輪でしょう? と、知ってるんだというように胸を張る。そのしぐさが可愛くて、思わず笑ってしまったのはご愛敬だ。
――でも、指輪っていうのは気になる。
このゲームはラピスラズリの〝指輪〟なので、それが重要なアイテムであることは考えなくともわかる。結婚式のときも、男性が女性に指輪を贈る。
きっと、妖精が初めに王から教えてもらう指輪は重大な何かがあるのだろう――と、ティアラローズは一人で盛り上がり結論付ける。
「その指輪っていうのは、どういうものなの?」
『んんん、わからないけど……王様の大事なものだって!』
「キースの……?」
確かに大事な物には違いないけれど、用途などを知りたかった。しかし妖精たちはそれ以上のことを聞かされていなかったようで、ティアラローズは泣く泣くそれ以上聞くのはあきらめた。
――やっぱり地図を見て、怪しそうなところを探してみるしかないわね。
じっと地図を見つめ、山と海に当たりを付ける。残念ながら空だけはまったく予想を付けることができなかったけれど。
「……ティアラ、もしかして何か考えてる?」
「え……っ」
熱心に地図を見るティアラローズを見て、何かあるなとアクアスティードが勘づく。ティアラローズの顔を覗き込みながら、「どこか行きたい場所でもあるの?」とズバリ確信をついてくる。
どきっと心臓が跳ねるが、ティアラローズはそれを表に出さないように気を付けながらゆっくり首を振る。
『ティアラ、行きたい場所があるの? そういえば、王様しか行けない部屋があったよ~!』
「妖精王のお城も、いろいろな部屋があるのね」
『うん!』
指輪のちょっとした情報しかないとあきらめていたティアラローズだが、妖精王しか行けない部屋があると聞きハッとする。間違いなくそこが隠しステージになっているのだろうと思ったのだ。
「まったく。妖精たち、私のティアラを勝手に妖精王の下へ連れて行ったら次は許さないぞ?」
『アクア怖い~』
『連れていかないよ~』
私の妃だからと、アクアスティードはティアラローズの手を取りその甲にそっと口づける。ちゅっと小さなリップ音がして、自分の顔がほのかに赤くなるのを感じた。
「もう、アクア様ったら……」
「ティアラが可愛いからね、いつだって触れたくなるんだ」
そう言って今度は頬に優しくキスをされて、ティアラローズは耳まで赤くしたのだった。
◇ ◇ ◇
お茶会が終わり、ティアラローズは夕方――こっそり城を抜け出した。
フィリーネには疲れてしまったため少し休むから、そっとしておいてもらうようにお願いしている。
いつも着ているドレスではなく、質素なワンピースとブーツに履き替える。膝丈の洋服を着たのは、転生してからは初めてかもしれないとほんの少しわくわくしてしまった。
ふわふわした長いハニーピンクの髪は目立つので、さっと結んでボリュームを押さえる。加えて変装ときたら、やはり伊達眼鏡だろうとそれも装着して出来上がりだ。
「うんうん、これなら簡単にわたくしだってばれないはずよ!」
どこからどうみてもお忍びの貴族にしか見えないけれど、ティアラローズ本人はいたって真面目に満足していた。うんうんと出来に納得しながら、タルモにばれないようこっそり窓から部屋を抜け出した。
「まず行くべき場所は、海ね……」
森の方が近く歩いていけるが、いかんせんキースに見つかってしまう可能性が高かった。本来ヒロインが行くべき場所に、ティアラローズが行くのだから――誰か、ほかの人に見つかってしまうということは避けたかった。
悪役令嬢である自分が行うイベントではないのだから、控えめな行動を試みる。
「……パール様、大丈夫かしら」
ティアラローズとアクアスティードに祝福を贈ったため、海の妖精王であるパールは眠りについている。しばらく起きることはないと考え、今回は海の隠しステージを真っ先に探そうと思ったのだ。
主である王が眠っているのであれば、悪役令嬢の自分がいても何ら問題はないだろうと考えた。もしこれがヒロインであるアイシラであれば、海の妖精王の目覚めイベントが起きてしまっても不思議ではない。
「悪役令嬢だから、動くのは身軽でいいかもしれない……」
普段は用意してもらった馬車で海に行くが、今回は内緒で出てきたため誰も馬車を用意してくれていない。そっと城を抜け出して、乗合馬車を使ってティアラローズは海まで行った。
いつもと同じように綺麗な海が眼前に広がるが、砂浜にはティアラローズの力を受けて育ったティアラローズの花も植えられている。名称は名前からとったため、そのままティアラローズの花と呼ばれているのだ。
元気に育っている姿を見ていると、海の近くに執事服の男性が立っていた。
――誰かしら?
この海はアイシラの屋敷が近くにあるが、そこで働く執事とは違う人物だ。黒い髪に、ローズレッドの瞳。今にも海に入ってしまいそうだけれど、大丈夫だろうかと心配になる。
首を傾げつつ、お忍びできたのがばれてしまうのはよくないのでそっとスルーすることに決めた。
そっと後ろを通り過ぎて海を見て回ろうとしたところで、ふいに執事服の男性が振り向いて――大きくローズレッドの目を見開いた。大きく口を開き、ティアラローズをガン見している。
思わずドン引きしてしまいそうになるが、淑女としてそれはよくないと、ぐっとこらえて微笑み会釈だけをする。あまりかかわってはいけない人だと決めつけ、ティアラローズが足早に離れようとするが――耳に届いてきた言葉で、その足が止まる。
「ラピスラズリの、悪役令嬢……?」
「え……?」
――どうして、悪役令嬢のことを知っているの?
思わずびくっと体を揺らしてしまったのが間違いだったのだろう、男性はそのことで確信したらしくティアラローズに近づいてきた。
逃げようとするが、足は男性の方が速い。いけないと思い、ティアラローズは声をあげる。
「あ、あなたは誰?」
「! これはレディに失礼いたしました。私はオリヴィアの執事、レヴィです。妖精王の指輪を探しているので、手伝ってはいただけませんか? 妖精の王に祝福された悪役令嬢……」
――妖精王の指輪のことを、知っている?
執事――レヴィの言うオリヴィアとは誰のことか考える。この国の貴族のことは、全部頭にはいっているから大丈夫。そう言い聞かせ、思い浮かぶ令嬢は一人。
オリヴィア・アリアーデル。公爵家の令嬢で、特に誰とも接点はない人物のはずだけれど――。




