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悪役令嬢は隣国の王太子に溺愛される  作者: ぷにちゃん
第15章 悪役令嬢の幸せ生活
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13. チョコレートの国

 アクアスティードが部屋に運んできてくれた朝食を食べながら、ティアラローズは昨日の夜のことを思い出す。

 そしてじわりと顔が熱をもつ。


 ――まさかアクアのこの旅行の目的が、わたくしを甘やかすことだなんて!!


 あの後どうにかアクアスティードに聞いた目的は、なんとも甘いものだった。仕事だとか、そういったものは一切なし。

 今までも甘やかされてきたが、この旅行ではもっともっと甘やかすつもりだと宣言されてしまった。


 ――わたくし、そんなに甘やかされて身が持つかしら。


 今までだってアクアスティードの甘さには何度もとろけさせられてしまっていたのに、それ以上が待っているというのだ。

 考えただけで、どうにかなってしまいそうだった。


 顔を赤くしながらパンを食べるティアラローズを見て、アクアスティードはくすりと笑う。


「私の愛がティアラに伝わってくれて嬉しいよ」

「アクアったら……」


 朝からさらに恥ずかしくて、ティアラローズの顔は真っ赤だ。


 アクアスティードがチョコレートのかかった苺を手に取って、ティアラローズの口元に持ってきた。


「ティアラ、あーん」

「……それは甘やかしすぎだと思いますけれど」


 そう言いつつも、ティアラローズも口を開けて食べさせてもらう。すると、じわりとしたチョコレートの甘さと、苺の酸味が口の中に広がってくる。


「美味しい!」

「よかった」


 旅行の間は、きっとこんな甘い朝食がずっと続くのだろうが……やはり恥ずかしくてどうにかなってしまいそうだとティアラローズは思うのだった。



 ***



「わあ、可愛い! アクア、チョコレートをモチーフにした雑貨が売っていますよ」

「本当だ。いろいろな種類があるね。まるでお菓子を持っているみたいだ」


 朝食を終えたティアラローズとアクアスティードは、街へ観光に繰り出していた。

 のんびり目についた露店やお店を見たり、景色を堪能したり。街を歩いているだけでもかなり楽しい。

 マリンフォレストとはまた違った街並みは、国に関わる者としても参考にもなる。


 今は大通りに並ぶ露店通りを歩いているのだけれど、ほしいと思うものがたくさんあって大変だ。

 人通りも多く活気があり、食べ歩きをしている人も多い。露店もたくさんあるし、何やら忙しなく準備している人もいる。


「あのポーチはルチアに似合うんじゃないかしら? あ、あっちのペンはルカとリオにいいわね」


 ティアラローズがいそいそ購入しようとしているのを見て、アクアスティードは笑う。


「今からそんなに買っては、持ちきれなくなってしまうよ。世界旅行は始まったばかりで、まだほかの国にも行く予定なんだから」


 もしマリンフォレストに戻ることがあるとしたら、よほど急ぎの用だ。その時は、魔法で連絡が取れるようになっている。

 そういったことがなければ、帰国は数年後になるだろう。


「とはいえ、持ち歩かずにこの街からお土産を送ってもいいけど……」


 アクアスティードの言葉を聞いて、ティアラローズははたとする。


「確かに今お土産をたくさん買ってしまっても、持って歩けないですものね。街ごとに送ったら、ルチアたちに呆れられてしまいそうですし……」


 ティアラローズは苦笑しつつ、よほど気に入ったもの以外は見送ろうと思う。そしていくつか溜まったら、ルチアローズたちに送るのがいいだろう。

 それか帰りがけに寄った際に、購入するのも楽しそうだ。


「では、景色を見に行きませんか?」

「いいね」



 ティアラローズとアクアスティードは手を繋いで、町の坂と階段を上っていく。

 坂の先にあるのは高台で、そこから見える景色が素晴らしいという噂だ。

 石段になっている場所を登り、歩いて30分ぐらいだろうか。ティアラローズたちは高台にやってきた。


「はぁ、は……。ずっと階段というのもなかなか大変ですね」


 ティアラローズは息を切らしているが、アクアスティードは息一つ乱れていない。

 それを見て、やっぱり自分も鍛えようかしらとティアラローズは思う。旅行しているうちにある程度の体力はつくだろうけれど、もう少し鍛えておいた方がいいような気がしたのだ。


 ――わたくしの体力不足で、アクアの迷惑にはなりたくないもの。


 今夜からお風呂の前に筋トレをしようとティアラローズが考えていると、アクアスティードから「見てごらん」と声をかけられた。


「え? わああぁ……眼下に広がる花畑が素敵ですね」


 到着した高台から見下ろした景色は、今までいた街並みと、そのすぐ横にある広い花畑が広がっていた。

 色とりどりの花が咲いていて、子供たちが駆け回って遊んでいる姿も見える。

 花がたくさん咲き、豊かで良い国だというのが一目でわかるような光景だろう。


「ティアラ、こっちに」

「ありがとうございます」


 アクアスティードがベンチの上にハンカチを敷いてくれたので、ティアラローズはそこに腰掛ける。

 二人で寄り添うように座って眺める景色は、ゆったりとした時間を過ごすことができて、もったいないくらいに充実している。


「こんな素敵な景色を見ていると、ルチアたちにも見せてあげたくなりますね。わたくしたちだけ贅沢をしているみたいで……」


 ティアラローズがそう言うと、アクアスティードもそうだねと頷いた。


「王族はどうしても行動が制限されるからね。私たちのように自由に過ごせることは滅多にない。だけど、子どもたちにもいつか自由に旅ができるようにしてあげられたらいいかもしれないね」

「はい」


 それこそ、自分たちが旅行から戻ったらシュティルカたちの代わりに仕事をしてもいい。そうすれば、いろいろな国に行くこともできるだろう。

 ティアラローズたちは星空の力によってまだ若いので、シュティルカたちをまだまだ支えることができる。


 そんなことを話しながら景色を見ていると、「観光かしら?」と声をかけられた。

 見ると、一人のお婆さんが階段を上がり切ってきたところだった。


「こんにちは。マリンフォレストから来たんです」

「こんにちは」

「まあ、ほかの国からいらしたの。遠いところ大変でしたわね」


 お婆さんはにこやかに笑いながら、杖をつきつつゆっくり歩いてきた。

 その視線の先には、小さな木造の家がある。


「もしかして、あそこのお家の方ですか」


 ――この階段の上にお家があるというのは、とても大変じゃないかしら。


 ティアラローズだって、ひいひい言いながら登ってきたのだ。お婆さんにとって、この階段は決して楽なものではないだろう。


 そんなティアラローズの考えを、お婆さんはすぐに察してくれたようだ。


「もう階段を上るのにも慣れましたよ」


 ふふっと笑って、「よかったらお茶でもいかがかしら?」とおばあさんが誘ってくれた。

 ティアラローズとアクアスティードは顔を見合わせ悩みつつも、「ぜひ」とお邪魔させてもらうことにした。



「ただいま帰りましたよ」

「お、おかえり――って、客か?」


 お婆さんの家に行くと、二十代半ばぐらいの青年がいた。腰にエプロンをつけ、何やら作業していたようだ。


「ええ。マリンフォレストからいらしたそうよ。そこのベンチで景色を見ていらしたから、お茶にお誘いしたの」


 お婆さんはそう言って、青年のことを紹介してくれる。


「この子は私の末の息子で、クリフよ。……あら、私も紹介がまだだったわね。マリアというのよ」

「わたくしはティアラです」

「アクアです」

「素敵なお名前ね」


 ティアラローズとアクアスティードは旅行の際はフルネームではなく、ティアラ、アクア、と名乗るようにすることにしている。

 でなければ、マリンフォレストの王族だということに気づく人がいるかもしれないからだ。もちろん、ティアラとアクアだけで気づいてしまう人もいるかもしれないが。


「んじゃあ、お茶を入れますよ」


 クリフはどうぞ座ってと席を促して、丸いダイニングテーブルのすぐ横にあるキッチンでお茶の準備をしてくれる。

 マリアの家は、温かみのある平屋の一軒家だ。

 出窓にはたくさんの花が飾られていて、家の中には甘いチョコの香りがする。それとは違う鼻に届く香りは蜂蜜だろうか。

 大好きなお菓子の匂いが充満しているようなこの空間を、ティアラローズはすぐに好きになった。


「可愛いお家なうえに、甘くていい香りですね」

「あら、嬉しいわ。ありがとうティアラさん」


 マリアと話をしながら席で待っていると、クリフが「俺のお手製だ」と言って紅茶とはちみつチョコレートを持ってきてくれた。


 蜂蜜とチョコレートを掛け合わせたお菓子で、チョコレートの上に蜂蜜をかけ、冷やして加工してあるようだ。


「わ……。こういったお菓子の方法もあるのね」


 珍しいお菓子で、ティアラローズはついつい観察してしまう。

 マリンフォレストに戻ったら早速作ってみたいし、この街にいる間にいろいろな種類を食べてみたいとも思う。


 ――この街での楽しみが、また一つ増えたわ。


 パクリと一口食べれば、チョコレートと蜂蜜の甘さが口の中に広がって幸せな気持ちになる。


「ん、とっても美味しい」


 ティアラローズがにこにこしながら食べるのを見て、アクアスティードの頬も緩む。ティアラローズが幸せそうにしている瞬間は、アクアスティードも幸せなのだ。


「そう言ってもらえると嬉しいな」

「これはクリフさんが?」

「ああ、菓子職人なんだ」


 思ってもみなかったクリフの職業に、ティアラローズの目が輝く。


「素敵な職業ね! わたくし、お菓子が大好きなの」


 お菓子を作っている人に出会えるとは、なんと幸運なことか。ティアラローズはお菓子トークがしたくてたまらなくなる。


「あの、よければこのお菓子の作り方を伺っても? ……あ、でも本職の方にそのようなことを聞くのはよくないわよね。秘匿のレシピでしょうし……」


 ティアラローズが聞くのをぐぐっと耐えようとしていると、クリフは「ハハハ」と声を出して笑う。


「別にそんな隠してるもんじゃないんで、教えま――」

「え!? いいんですか!? ぜひ!!」


 クリフの言葉に、ティアラローズは食い気味で返事をしてしまう。

 ティアラローズの食いつきがあまりにも予想外だったのか、クリフはまた声に出して笑う。


「別に構わないですよ」


 そう言うと、クリフは「お菓子はここで作ってるんです」とキッチンの前に立った。

 ティアラローズがいそいそとキッチンへ行くと、そこにはお菓子の材料が揃えられていて……夢のようなキッチンだった。


「わあ、この道具はマリンフォレストにはないわ。あ、これは一緒ね。こっちは改良した違うものがあるのよ」

「へえ。国が違うと、道具も違うものがあるんですね」


 クリフは興味深いと、ティアラローズの説明に「なるほど」と頷きながらメモをとっている。今度、試してみようと考えているようだ。


「うちの国だと、これをメインで使ってるんだ」

「あ、それは……」


 二人ともガチのお菓子好きのようで、話が弾む。

 しかし、お菓子作りの専門用語や道具のことが飛び交うと、アクアスティードにはわからないことも多い。

 ティアラローズのお菓子作りを手伝うこともあるが、基本的にアクアスティードは食べることの方が多いからだ。


 嬉しそうにお菓子作りについての話や教えを受けているティアラローズは、見ているだけでとても可愛らしい。

 アクアスティードがお茶を飲みつつ見守っていると、マリアが「そういえばお祭りがあるのよ」と話しかけてきた。


「国をあげてのお祭りだから、時間があるのならぜひ見ていらしてちょうだい」

「お祭りですか?」

「ええ。チョコレート祭りというのよ」


 マリアの話によると、明後日から開催されるそうだ。

 そういえば、露店なども何やら念入りな準備をしているところが多かったなとアクアスティードも街で見たことを思い出す。


「そういえば、以前耳にしたことがあります」


 特に来賓などの招待はなかったため、仕事として参加することはなかった。


「ほかの国からもたくさんお客さんがいらっしゃるわ」

「いつかティアラと一緒に来たいと思っていたんですが、ちょうどいいタイミングでしたね」

「それはよかったわ」


 チョコレート祭りとは、この国で一番のチョコレートを決めるお祭りだ。

 職人たちが腕を競い、王に認めてもらう。次のお祭りまでの一年間、この国のチョコレートの王として称えられる。

 それはとても名誉なもので、選ばれた人のチョコレート工房は行列が絶えないほどになるのだ。


「もしや、クリフさんもそれに参加を?」


 キッチンでティアラローズと熱心にチョコレートの話をしている彼は、かなりのお菓子好きだろう。


「ええ。試行錯誤しているけれど、どうかしらね。すごい方がたくさん出られるから……」


 大勢の人が参加するチョコレート祭りは、そう簡単に勝ち抜けるものではない。クリフは毎日必死にチョコレート作りに励んでいるが、なかなか厳しいようだ。


「大会もそうですけれど、露店を出してチョコレートを売ったりもするのよ。やっぱり、街の人に愛されるチョコレートでなくてはいけないもの」

「それは……大変ですね」


 大会用のチョコレートに加え、販売する露店用のチョコレート。両方あるため、なかなか準備が大変なようだ。


 アクアスティードたちがそんな話をしていると、ティアラローズからも「チョコレート祭りが!?」という弾んだ声が聞こえてきた。

 クリフに教えてもらったのだろう。ティアラローズが瞳をキラキラさせて、こちらを見てきた。


「アクア、わたくし……自分のお菓子の露店をやってみたいのだけれど、どうかしら」

「楽しそうだね」


 アクアスティードは驚きつつも、すぐに頷き同意した。

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