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悪役令嬢は隣国の王太子に溺愛される  作者: ぷにちゃん
第15章 悪役令嬢の幸せ生活
221/225

11. 二人の王

「見て! 国境が見えたわ!」


 騎乗して先頭を駆けていたルチアローズが、嬉しそうに声を上げた。

 空高く天まで伸びているのは、かつてアクアスティードが張ったマリンフォレストの国境の結界だ。


 ルチアローズが結界の美しさに見とれていると、護衛の騎士たち、馬車の順で続々到着しはじめた。


「やっと着いたね」

「ルチアは馬を飛ばしすぎだ」


 馬車から降りてきたシュティルカとシュティリオは、そう言いながらぐぐーっと伸びをしている。ずっと馬車で座っていたため、体が固まってしまったようだ。


「俺も馬車より馬がよかったな……」

「あら。リオは今日の主役なんだから、馬車で登場してくれなくちゃ。わたくしは騎士だからいいのよ」


 ふふんと胸を張るルチアローズは、純白の騎士服に身を包んでいる。

 左腰には細身のレイピア、その反対側にはグリモワールを装着している。その姿は、さながら魔法剣士――ならぬ魔法騎士だ。


 〈姫は無茶ばかりするのだから、まったく〉

「ほら、グリモもそう言っているぞ」

「もう! いいじゃない、今日はすごく素敵な日になるんだから。


 野暮なことは言うべきではないと、ルチアローズは「早く早く」とシュティルカとシュティリオを急かす。


 そして後続の馬車から降りてきたのは、ティアラローズとアクアスティードだ。


「今日でこの結界も見納めなのね。……なんだか寂しくなリますね」

「そうだね。でも、私は二人が作る新しい結界も楽しみだよ」

「それは……わたくしだって、そうです」


 互いに見つめ合って微笑むティアラローズとアクアスティードは、今日のこの日を楽しみにしていた。


 ティアラローズたちが、シュティルカとシュティリオに積極的に内政を任せるようになって数年。

 ルチアローズは二十五歳に、シュティルカとシュティリオは二十三歳になった。


 さらにルチアローズはすでにハルカが婿入りという形で結婚し、マリンフォレストで暮らしている。

 結局、アカリに相談しつつ打診してみたところ、速攻でオッケーの返事がきたのだ。

 ……おそらくハルトナイツは頭を抱えていただろうが、アカリの尻に敷かれていることもあり、強く反対意見を言えなかったのだろうとアクアスティードは考えている。

 しかしこちらとしてはルチアローズが国にいてくれた方が嬉しいので、何も考えずにそれを了承した。


 そして今日は、アクアスティードからシュティルカとシュティリオに王位が継承され、国境の結界を張り替える日だ。


 まだ二十三歳と若い二人だけれど、十分な魔力、知恵、そして妖精たちに愛されている。それもあり、早いうちがいいだろうとアクアスティードが王位の座を譲ったのだ。


 ここ最近はティアラローズとアクアスティードの二人で旅行に行くことも多かった。

 王位を完全に譲ったら、世界一周旅行をしようかなんていう話もしている。実はそれが楽しみで仕方がなかったり。


 アクアスティードはゆっくり結界に手を触れ、「やり方はわかるね?」とシュティルカとシュティリオに確認をする。


「はい」

「大丈夫です」


 二人の返事を聞いて、アクアスティードは頷き一歩下がる。

 結界の張り替えは、特に壮大な儀式などがあるわけではない。ただ張り替える際の魔力消費はかなり大きいので、王によっては数日かかることもある。

 しかし、シュティルカとシュティリオであればすぐに終わらせることができるだろう。


「では、張り直しましょうか」

「ああ」


 シュティルカとシュティリオが結界に手を触れると、そのタイミングでパッと空が輝いた。

 そこに現れたのは、森の妖精王キース、海の妖精王シズリア、空の妖精王パーシィだ。そして各々の妖精たちがお祝いの花を降らせてくれている。

 妖精たちの祝福だ。


「まさかこんなに早く代替わりするとは思わなかった。で、お前たちみたいなちびっこに本当に王が務まるのか?」


 からかうような物言いのキースに、シュティリオがむっと頬を膨らませる。


「俺だって勉強してきたし、大丈夫だよ。それに何かあったら、キースだって力を貸してくれるだろ?」

「おうおう、言うじゃねえか。そうだな……リオが泣いて頼むんだったら、考えてやってもいいぜ?」


 くつくつ笑うキースに、シュティルカが真面目な顔で「その時はそうしよう」なんて言っている。


「いやいや、俺泣かないから」

「あはは残念」


 次に、シズリアとパーシィがこちらへやってきた。


「新たな王たちの誕生ですね。即位おめでとうございます」

「おめでとうございます。これから一緒にマリンフォレストを守っていきましょう」


 シズリアとパーシィーの挨拶を聞き、シュティルカとシュティリオも頷く。

 妖精王たちと力を合わせれば、マリンフォレストはもっともっといい国になっていくだろう。


「ありがとうございます」

「これからもよろしくお願いします」


 シュティルカとシュティリオは、シズリアとパーシィと握手を交わした。



「それじゃあ、結界の張り替えを行います」

「ああ、頼んだよ」


 シュティルカの声を合図に――アクアスティードの張った結界に、シュティルカとシュティリオが魔力を流していく。


 地から天へ上っていくように、ゆっくりアクアスティードの結界が書き換えられていく。

 ティアラローズの花の模様が刻まれた結界は、シュティルカの月、シュティリオの太陽、それらがモチーフになったデザインになっていく。

 キラキラと虹色に輝く様子は神秘的で美しく、その場にいた全員が目を奪われる。護衛として一緒にやってきた騎士たちも、ついその光景に見入ってしまったほどだ。


「これがルカとリオの結界なのね。あったかくてすごく素敵」


 ルチアローズは、シュティルカとシュティリオの結界が見られたことをとても嬉しく思った。

 そして同時に、大切なこの国を絶対に守り抜くのだと強く胸に誓ったのだ。



 ***



 パン、パパン、と明るい空に色とりどりの花火が上がった。

 今日はシュティルカとシュティリオが国王に即位したことを記念したお祭りが開かれている。

 マリンフォレストの王都はとても賑わい、多くの人が訪れていた。


 広場では踊り子たちが舞い、吟遊詩人が歌を奏でる。

 花の降り注ぐような楽しい光景に誰もが目を輝かせて、マリンフォレストの発展を祈り、二人の王子の即位を祝う。



 そんな街の大通りを、深く外套をかぶった三人組が歩いていた。


「本当に王城を抜け出していいんですか? ルカ、リオ! やっぱり今からでも戻らない? だってこの後、パレードがあるじゃない」

「時間までまだ少しありますから、大丈夫ですよ」


 心配する声に返したのは、シュティルカだ。


「このあとは忙しくて祭りなんてとてもじゃないけど見られないからな。せっかく俺たちの即位を祝ってくれてるのに、参加できないのは寂しいだろ?」

「まったく……」


 能天気な声を返すのはシュティリオ。

 そしてそれを心配しつつもついてきてくれたのは、エレーネだ。

 エレーネは二人のお世話係をしてくれている。今日の段取りやスケジュールなども把握しているため、こんなことしてる時間はあるけどないんですよと困り顔だ。


 この後、数時間後にシュティルカとシュティリオは即位したお披露目のパレードをすることになっている。

 いってしまえばそれまでは自由な時間ではあるのだけれど、貴族たちへの挨拶だとか、準備だとか、リハーサルだとか、やるべきことはいくらでもあるのだ。


 しかし、そんなことよりはお祭りに参加して国民たちの顔や生活を見たいとシュティルカとシュティリオは考えたのだ。

 耳を澄ませば、自分たちへの向けられている声が聞こえてくる。



「新しい王様はまだ若いんでしょ?」

「でも、アクアスティード陛下とティアラローズ王妃の子どもだよ」

「妖精たちにも愛されて、国のことをしっかり考えてくれる……私はいいと思うな」

「そういえば、孤児院への支援も積極的に行ってるって聞いたぞ」

「魔道具も開発して、街の明かりも増えたものね」

「とっても過ごしやすくなったよな」



 嬉しい声が耳に届いて、自然とシュティルカの頬が緩む。

 魔道具の研究で引きこもっているのも好きだけれど、こうして結果を聞きに街へ来るのもまた楽しい。


「あ、エレーネ。あそこに美味しそうな屋台があるよ」

「好きだろ? パール様の考えたタピオカドリンク」

「あー、とっても好きですけど……」


 タピオカミルクティーを取り扱っている屋台を見つけて、ふらふらとエレーネの足が吸い寄せられていく。

 その両サイドにはシュティルカとシュティリオが、まるで騎士のようについていく。


「……二人だって、タピオカミルクティー好きじゃないですか」


 自分だけが食いしん坊のように言わないでくださいと、エレーネがぷんぷん怒る。

 そんな彼女が可愛くて、シュティルカとシュティリオは笑いながら三人分のタピオカミルクティーを購入した。



 買い食いをし、露店を見て気になる装飾品などを購入して、歌や踊りを堪能して……気づけばあっという間に二時間が経っていた。

 さすがにそろそろ戻らなければ怒られてしまうだろう。


「お城に戻りましょう、ルカ、リオ」

「そうだね」

「もっと見て回りたいけど仕方ない」


 エレーネが早く早くとお城の方へ向かって歩き出す。

 しかしシュティルカとシュティリオはのんびり歩いてついてくるものだから、エレーネは気が気ではない。もし遅れてしまったら、パレードが開始できないからだ。


「ほら、早くしてください! ルカ、リオ!」


 困り果てたエレーネの声が街に響いたが、シュティルカは「大丈夫大丈夫」と笑った。



 ***



 豪華絢爛なオープンタイプの馬車に乗り、シュティルカとシュティリオは王都をぐるりと一周する。

 シュティルカは月があしらわれた、白を基調とした正装のローブを。シュティリオは太陽があしらわれた、白を基調とした正装の騎士服を。それぞれ今回に合わせて仕立てたもので、とてもよく似合っている。


 二人が手を振れば、あちこちから「きゃーっ!」と歓声が聞こえ、誰もが新しい王の即位を祝ってくれる。

 おめでとう、おめでとうと何度も聞こえる声は嬉しい反面、自分たちにものすごいプレッシャーを与えてくるものだと、シュティルカとシュティリオは実感する。


「父様たちはずっとこの重圧に耐えてきたのか。すごいな」

「……俺はこの声援に応えることができるんだろうか」


 少し弱気な発言をしたシュティリオに、「だから二人で王になったんだろう?」とシュティルカが笑う。


「そうだったな。ルカがいれば無敵だし百人力だ」

「それは私の台詞だよ。リオがいればなんでもやってもらえるからね」

「俺がやるのか!?」

「そう。考えるのは私で、実行役はリオだよ」


 そうすればちょうどいいだろう? なんて言って、シュティルカが口元を弧に描く。

 確かにそれならば、責任も半々だし少しは気楽になるかもしれない……とシュティリオも考える。


 シュティルカが考えたものを自分が実行する。

 確かに二人で王になるのであれば、それくらいがちょうどいいだろう。


「うん、なんか俺もうまくやっていけそうな気がするわ」

「そうこなくちゃね。」


 シュティルカとシュティリオは馬車の上で笑い合って、もう一度大きくマリンフォレストへ向けて手を振った。

 こうして若き二人の王が、マリンフォレストに誕生した。

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