10. 次の王と小さな恋
お茶会室へ行くと、フィリーネとエレーネがお茶の準備をしてくれていた。
「おかえりなさいませ、ティアラローズ様。ご旅行はどうでしたか?」
「おかえりなさいませ」
フィリーネとエレーネに「ただいま」と返し、ティアラローズたちは席につく。
「とても楽しかったわ。二人にもお土産を買ってきたから、後で受け取ってちょうだいね」
「ありがとうございます」
子どもたちやフィリーネのお土産はもちろん、ほかにもオリヴィアやレヴィ、ダレルなど、仲の良い人たちには買ってきてあるのだ。
のびのび自由にお店を見ることのできる買い物は、とても楽しいものだった。
「フィリーネの紅茶は久しぶりだわ」
「わたくしは旅行にご一緒できませんでしたからね。まだお疲れでしょうから、どうぞゆっくりしてくださいませ」
「ありがとう」
お茶を用意し終わったフィリーネとエレーネは、家族水入らずの時間を作るために退出してくれた。
「そうそう、お土産をたくさん買ってきたのよ」
「ありがとう」
ルチアローズには可愛い花の髪飾りを。シュティルカとシュティリオには、万年筆やマントの留め具など。ほかにもお菓子や民芸品などもある。
その量はざっと見積もっても十箱はあり、ルチアローズたちは「買いすぎだわ」と言ってくすくす笑った。
「でも、喜んでもらえてよかったわ。新しいお菓子屋さんもたくさんできていて、とても楽しい旅行だったの」
「楽しそう!」
もっと旅行の土産話でもとティアラローズが考えていると、ルチアローズから「そうそう」という軽い前置きだけで爆弾発言が飛び出してきた。
「お母様、わたくしたちの中では次期国王が誰が決まりました!」
「えっ!?」
あまりに突然すぎる言葉に、ティアラローズは開いた口が塞がらない。しかしアクアスティードは冷静で。
「三人で決めたのかい?」
「はい」
アクアスティードの問いに、ルチアローズをはじめ、シュティルカとシュティリオも頷いた。
――三人のうち誰にしたのかしら?
ルチアローズが代表で決まったことを教えてくれたのであれば、ルチアローズだろうか。それとも、シュティルカかシュティリオのどちらかだろうか。
――誰が王になっても、可能性としてはおかしくはないわ。
ティアラローズがうーんと考えていると、アクアスティードは三人のことをゆっくり順番に見た。
「話し合って結論を出したの?」
その問いに答えたのは、シュティリオだ。
「話し合いはしました。……ですが、それは誰が次期王にふさわしいとか、そういったものではなくて。自分の役割が何か考えた結果だと思います」
「そうね。人には向き不向きがあるもの。それは今回わたくしたちだけで留守番をしてよくわかったもの。ね、ルカ、リオ」
「ああ」
「そうですね」
ルチアローズの言葉に、シュティルカとシュティリオも頷いた。
「なるほど。いい話し合いができたようだね」
「はい」
アクアスティードの言葉に、ルチアローズが堂々と頷いた。元気のいい返事は姉弟全員が納得しているということがよくわかる。
そしてルチアローズが、自分の気持ちをティアラローズたちに教えてくれる。
「わたくしは、本当は物語のような騎士王になりたいと思っていたのです。けれど、それはわたくしには不向きでした。今回、お母様たちが旅行に行っている間の仕事をして痛感したのです!」
「……そうか。気づけたこともまた、ルチアにとって大事な一歩だったね」
「はい」
仕事はできるけれど、向き不向きはある。それをきちんと考え、自分の言葉でどういうふうになりたいか、シュティルカとシュティリオに伝えたのだろうことは容易に想像がついた。
ルチアローズではないとすると、次の王になるのはシュティルカかシュティリオのどちらかだ。
――一体どちらを王として決めたのかしら。ティアラローズはドキドキした様子でシュティルカとシュティリオを見守る。
すると、シュティルカとシュティリオの二人が立ち上がりその場で跪いた。
「アクアスティード陛下、次の王は私とリオに任せていただけませんか?」
「私とルカの二人で、この国を支えていきたいと考えました」
二人で王になる――はっきりとそう告げたシュティルカとシュティリオの瞳は、今まで見たことのないような強い意志を秘めていた。
決断したのだということがよくわかる。
今まで、二人の王がいるということは歴史上ではなかった。
普通に考えたら王は一人だ。トップが二人いては意見が割れたときにどうすればいいか決着がつきづらいし、派閥ができてしまってはどちらが真の王か決めようとする動きもあるかもしれない。
そういったことを避けることも大切だ。
しかし、きっと頭のいいシュティルカであれば、そんなことはとっくにわかっているはずだ。それを踏まえた上で二人で王になるという結論を出したのだろう。
――そういえば、キースも二人を王にしたらいいと言っていたわね。
不意にキースの言葉を思い出したティアラローズは、あのときからお見通しだったのねと思う。
やはり金の瞳を持つものは王になる宿命なのかもしれない。
アクアスティードはゆっくりシュティルカとシュティリオを見て、少し考え込むように目を閉じた。
ティアラローズは横に立ち、その様子を見守る。
……ティアラローズ自身は、シュティルカとシュティリオが王になることに反対はない。アクアスティードの出した結論に従うだけだ。
きっと今、アクアスティードは二人が王になった際のメリット、デメリット、それから王が二人という茨の道がどんなものが考え、想像しているのだろう。
大切なことだから、考えることは必要だ。
けれど……とティアラローズは思う。アクアスティードのことだから、きっとこうなる未来も想定の一つだったに違いない。
子どもたちの行く末を案じ、いつもこれからのことを考えていたからだ。
考えがまとまったのか、アクアスティードは目を開いた。
「王が二人というのは、今まで前例がない。マリンフォレストの貴族たちから何か言われることも多いかもしれないけれど、それでもできると、やると決めたのだろう。であれば、私はそれを止めたりはしない。二人であれば、どんな困難も乗り越えられると私は思っているからね」
「――父様!」
アクアステードの言葉を聞いたシュティルカとシュティリオは、緊張した表情を崩しホッとした顔を見せてくれる。
もしかしたら否定されるかもしれない――そんな思いもあったのだろう。
ティアラローズは二人を安心させるように、笑顔を見せる。
「おめでとう、二人とも。あなたたちがこの国の次期王になるのよ」
「すぐに譲るわけではないけれど、二人の作るマリンフォレストを見るのも今から楽しみだ」
ティアラローズとアクアスティードはそう言って、シュティルカとシュティリオをぎゅっと抱きしめた。
それを見たルチアローズが、「私も二人を支えるわ!」と言ってさらにぎゅっと抱きついてきた。
いつか始まるシュティルカとシュティリオのマリンフォレストは、ルチアローズの協力もあってきっといい国になるだろう。
その日が今から待ち遠しいと、ティアラローズは微笑んだ。
「さて、もう1つ話がある」
お茶を飲んで一息ついたところで、アクアスティードが口を開いた。その視線の先にいるのはルチアローズだ。
「わたくし、ですか?」
全く想定していなかったらしいルチアローズは、きょとんとした顔で大きな瞳を瞬かせた。
自分に何か話があるとは思ってもみなかったようだ。緊張し始めたルチアローズを見て、アクアスティードは「そう硬くならなくていい」と笑う。
「とはいえ、これはルチアの将来に大きく関わることだ。しっかり考えて決めてほしい」
「……っ、はい」
アクアスティードの言葉に、ルチアローズの緊張がさらに高まった。
ドキドキした様子でルチアローズがアクアスティードを見ていると、一通の封書を取り出してテーブルの上へ置いた。
「これは……?」
そう言ってルチアローズが手に取ったところで、アクアスティードは説明をする。
「ラピスラズリ王国のハルカ殿下から、ルチアへの婚約の申し入れだ」
「えっ!? わたくしに婚約!? ハルカが!?」
〈姫もついに結婚か……〉
「グリモ!!」
一瞬でルチアローズの頬が赤く染まった。
それを見たティアラローズは、両想いだったのねと微笑ましい気持ちになる。慌てふためいているルチアローズは、とても可愛い。
その様子を見ていたアクアスティードも、ふっと頬を緩めた。
「ルチアは、ハルカ殿下とずっと文通をしていただろう? 互いに結婚してもいい年齢だし、数年の婚約期間をとってもいい。私もルチアが決めるのであれば、否定はしないよ」
「え、ええと……」
嬉しい気持ちもあるが、突然のこと過ぎてルチアローズにもどう返事をしたらいいのかわからないようだ。
きょろきょろと瞳を動かして、どこか困ったような、そんな顔も見せている。
それにフォローを入れるのはティアラローズだ。
「ルチア、何も今すぐに返事をしなくてもいいのよ? ゆっくり一人で考える時間も必要でしょう」
「お母様、ありがとうございます」
ルチアローズははにかんだ顔でお礼を言い、けれどすぐに口を開いた。
「わたくしだって、別にハルカが嫌いなわけではないんです。ただ、ただ……」
「何か懸念があるのかしら。わたくしたちで解決できるのであれば、もちろん相談に乗るわよ」
ティアラローズとアクアスティードはルチアローズの味方だ。娘がどんな選択をしたとしても、力になるつもりだ。
すると、ルチアローズは指をもじもじさせながら自分の気持ちを告げてくれた。
「わたくし、マリンフォレストが大好きなんです。次の王の話もしていましたし。わたくしは騎士としてこの国に貢献し、ルカとリオを手伝いたいと思っていたのよ。だから、ハルカのことは好きだけれど……他国へ嫁ぐというのがあまり想像できなくて」
なんとも可愛らしいルチアローズの考えに、アクアスティードはそれならばと一つ提案をする。
「ハルカ殿下に婿に来てもらうのはどうだろう?」
「アクア!?」
まさかそんな提案をされるとは思わなかったので、ティアラローズとルチアローズは声をあげて驚いた。
それを一緒に聞いていたシュティルカとシュティリオは、アクアスティードの親バカっぷりに声を押し殺すようにして笑っている。
しかし、そんなアクアスティードの提案に真っ先に乗っかってきたのは、当の本人、ルチアローズだ。
「お父様、それ名案! ハルカが婿に来てくれたら、わたくしはマリンフォレストから出なくてすむし、騎士としてここで過ごすこともできる。婿に来てはもらえないか、返事をしてもらえないかしら」
「ルチア、本当にそれでいいの!?」
ティアラローズは慌てて待ったをかける。
「もしかしたら、ハルカ君に断られてしまうかもしれないわよ。もっとこう、先に相談の手紙を送ってみた方がいいんじゃないかしら」
せっかく想い合っている二人だというのに、嫁に行くか婿に来るかという点で決裂してしまっては大変だと思ったのだ。
まずは互いの気持ちを確認し、調整した方がいいのではないか……と。そうすれば、互いの気持ちや妥協点などが見つかるはずだ。
もし上手くいかなければ、ルチアローズもだが、婚約を申し込んでくれたハルカ側も可哀相だろう。
二人は王族であって、互いの国の行く末がかかっている。気持ちだけで結婚することは難しいので、そういった水面下での準備も必要になってくる。
けれど、ルチアローズはゆっくり首を振った。
「わたくしは、ルカとリオをサポートすると決めたの。きっとハルカもそれをわかってくれると思うわ」
「ルチア……」
どうやらルチアローズの意思は硬いようだ。
「そう。では、わたくしとアクアでアカリ様たちに聞いてみながらお返事をしましょう。それくらいならばいいですよね? アクア」
「もちろん」
「ありがとうございます。お母様、お父様」
ルチアローズとハルカの婚約に関しては、アカリたちに探りを入れつつマリンフォレストへの婿入りでお願いできないか……ということで返事をすることにまとまった。




