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悪役令嬢は隣国の王太子に溺愛される  作者: ぷにちゃん
第15章 悪役令嬢の幸せ生活
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9. マリンフォレストへ帰国

 うららかな春の日差しが気持ちよく窓から降りそそぐのは、ラピスラズリ王国の王城の応接室だ。

 そこにいるのは、ティアラローズ、アクアスティード、アカリ、ハルトナイツの四人。


 ティアラローズたちは旅行としてラピスラズリ王国へやってきたが、実はほかの目的もあった。

 ちょうど今しがたそれを終え、のんびり雑談をしているところだ。


 紅茶を一口飲み終わり、ハルトナイツが様子を伺うようにアクアスティードを見た。


「………………その、私としてはいいんだが。本当にいいのか?」


 つい今しがた交わしたことを気にしているようで、ハルトナイツが訝しげな様子でアクアスティードに尋ねている。

 アクアスティードは肩をすくめつつ、それに答える。


「別に正式に決まったわけではないし、どうなるかは私にもまだわからないからね。今の段階では特に問題はないよ」

「そ、そうか。それならいいんだ。二人が納得しているなら」


 歯切れの悪いハルトナイツの言葉に、ティアラローズが苦笑する。

 今日のハルトナイツは、いつにも増して胃が痛そうだ。いっそ顔色も悪い。


「この話は持ち帰ってまた検討いたしますから、今はゆっくりお菓子を堪能しましょう?」

「そうですよ、ハルトナイツ様! 今うじうじ悩んでもわからないんですから、美味しいお菓子を食べましょう!」


 ティアラローズの言葉にアカリが頷き、さあさあとテーブルの上に乗った美味しそうなお菓子をハルトナイツのお皿に乗せていく。山盛りだ。


 フルーツのケーキに、生クリームがたっぷり乗ったプリン。チョコレートや茶葉、いろいろな味のクッキーに、フィナンシェやマドレーヌなどの焼き菓子。マカロンや生チョコレートも用意されている。


「んんっ、美味しい!」


 ティアラローズはお菓子をケーキを口に含み、頬を緩ませる。そんなティアラローズを見て、アカリは「雰囲気が変わりましたね」と言う。


「ドレスとお化粧の仕方を変えたのよ」

「なんというか、大人っぽい色気がありますね……!」

「色気って……もう、アカリ様ったら」


 今のティアラローズは、以前のように肩を出したドレスなどではなく、落ち着いてシックな雰囲気のものを愛用している。

 首元にレースがあしらわれており、後ろの部分には細めのリボン。シンプルではあるけれど、上質な布を使って作られたドレスは王妃としての威厳も併せ持っている。

 アカリが言ったように、可愛らしさとは別の色気だ。

 そんなティアラローズの姿もアクアスティードには可愛くて、実はいつも嬉しそうに見ている。


「でも、いつまでも若いままなんて夢があると思います」

「……と言っても、そうでもないのよ?わたくしもアクアも、ゆっくりだけど年をとっていってるの」

「え」


 アカリはティアラローズの言葉に驚いて、目を見開いた。


 ティアラローズとアクアスティードは、星空の王の力によって不老不死になっていた。

 ずっと若いままの外見でいる――そう思われていたのだけれど、シュティルカとシュティリオに星空の王の力が一部移ったことにより、二人は本当にゆっくりと年を取り始めていたのだ。

 とはいえ、外見年齢はそこまで変わっているように見えないので、気づく人はなかなかいない。


「別に、嫌なことではないのよ?ただ、ルカとリオがどうなっているかはまだわからないから……そちらの方が不安かしら」

「そうだったんですね」


 アカリは「なるほど、なるほど」と頷きながら、ケーキをパクリと口にした。


「でも、少し安心しました。ルカ君とリオ君のことも心配でしょうけど、あの二人なら乗り越えられるような気がしますし」

「そうね。二人もそうだけれど、ルチアとも仲がいいもの」


 姉弟仲がいいことには、ティアラローズも安心している。この先もし何かあったとしても、三人の力があれば乗り越えられると思っているからだ。

 がむしゃらだけれど騎士道精神を持ち、家族想いのルチアローズ。政治関連と魔法が得意で、相手を丸め込むことが得意なシュティルカ。剣と魔法の腕がメキメキ上達していて、騎士たちに可愛がられているシュティリオ。


 ――三人揃えば、無敵ね。


 国で留守を任せた子どもたちのことを思い出し、ティアラローズはくすりと微笑む。


「ゆっくりですけど、年を取って人生を過ごすっていうのもいいですからね。まあ、もちろん不老不死っていうのもゲーム的にはすごい憧れますけど」

「アカリ様ったら」


 気楽なアカリの物言いに、ティアラローズはくすくす笑った。

 その様子を横で見ているハルトナイツは、アカリがどんな失礼なことを言わないかと胃を痛そうにハラハラした顔をしている。



 しばらく楽しく雑談をして、ティアラローズとアクアスティードはラピスラズリの王城を後にした。


 今回は多少の外交もこなしはしたが、基本的にはプライベートな旅行だ。

 そのため、宿泊施設もいい宿屋を手配していて、王城にもティアラローズの実家にも泊まる予定はない。

 実家には最初に顔を出したのだけれど、何度も「泊まっていってはどうか!」とティアラローズの父――シュナウスに言われてしまった。そのやりとりを見ていたティアラローズの母――イルティアーナは楽しそうに笑っていた。

 養子としてクラメンティール家にきたダレルは、今はマリンフォレストに滞在しているため不在だ。魔力関係に不安があるため、シュティルカとシュティリオの専属医としても活躍してくれている。


 そんなことがありつつも、楽しい旅行を満喫した。



 ***



「ルカ、こっちの書類を手伝って。わたくしには、ちょっと難しいみたい」

「わかった」


 ルチアローズはシュティルカを呼んで、項目が細かい書類の処理を手伝ってもらう。それを横目に、シュティリオは簡単な書類の山をどんどん捌いていく。


 ティアラローズたちが旅行に出かけてから、もう二十日余り経っただろうか。

 三人は仕事のスピードもだいぶ安定してきて、比較的落ち着いて作業をすることができるようになってきた。

 難しいものの書類は主にシュティルカが担当し、そのほかのものをルチアローズとシュティリオが行っている。合間に二人のサポートをするのもシュティルカの役目だ。


「わからないものをそのままにしておくのは、よくないからね。私でよければ、まあ力になるよ」


 頭を抱えながら書類を処理していくルチアローズを見て、シュティルカはそう言って笑った。

 ルチアローズが自分に書類仕事ばかりは無理だから王になるのは無理だとカミングアウトして以降、場の空気もなんだか和やかなものになっている。


 しばらく書類の処理を続けていると、コンコンとノックの音が部屋に響いた。


「エレーネです。お茶をお持ちしました」

「ああ、ありがとう」


 やってきたのはフィリーネの娘のエレーネだ。

 お茶とケーキの乗ったワゴンを押してきていて、休憩の準備をしてくれていることがわかる。

 すぐに書類から顔を上げたのはルチアローズだ。


「わあっ! ありがとう、エレーネ。わたくし、もう疲れ果てて甘いものが欲しかったの!」

「サンキュー、エレーネ」


 ルチアローズとシュティリオはいそいそと執務机から立ち上がり、すぐさまソファへ移動した。

 二人の視線はエレーネが運んできたお菓子に釘付けだ。

 その姿を見たシュティルカは、やれやれと笑いながら同じようにソファーにつく。


「エレーネも一緒に一休みしたら?」

「いえ、わたくしはまだ他にも仕事がありますから」


 シュティルカがエレーネを誘ってみるも、真面目な彼女は首を横に振る。

 しかし、そんなエレーネに「いいじゃない」と声をかけるのはルチアローズだ。


「わたくしたち、幼馴染なのよ? お茶くらい一緒にしましょうよ。ね?」

「ルチアローズ様……。わかりました。少しだけなら」


 エレーネははにかむように笑って、ルチアローズたちと同じソファに座った。

 のんびり紅茶を飲んで、お菓子を食べて、落ち着いたところでエレーネが「あ」と声を上げた。


「そういえば、早馬が来たんでした。アクアスティード陛下とティアラローズ様のお帰りの日程が決まったそうですよ」

「本当!? お母様たち、いつ帰ってくるの?」

「あと十日ほどでお戻りになられるそうですよ」


 十日という言葉を聞いて、ルチアローズとシュティリオが項垂れた。二人が考えていた旅行の日程よりも、長かったのだろう。


「そう、十日……。長いけど、それくらいなら仕方ないわね」


 好きなだけ鍛錬を行う時間が取れないのは残念だけれど、この国の王族として執務はしっかりこなさなければならない。

 ルチアローズはよしっ! と気合を入れて、シュティルカとシュティリオを見る。


「お母様たちが戻ってくるまで、あと少しの辛抱よ!」

「頑張りましょう」

「そうだね」


 シュティルカとシュティリオが頷き、エレーネも「毎日のお茶を任せてくださいませ!」と微笑んだ。



 ***



「うーん……少し買いすぎたかしら?」


 ティアラローズは、お土産がたくさん積まれた馬車の座席を見て苦笑する。

 旅行先では、心ゆくまで色々なお店を見ていた。

 ルチアローズ、シュティルカ、シュティリオにあれも似合う、これも似合う、あのお菓子が美味しそう! と、ついつい手を伸ばして思うままに買ってしまったのだ。

 その結果、馬車一台では乗り切らず、お土産だけで二台使っている。


 買いすぎてしまったと悩むティアラローズを見て、アクアスティードは「大丈夫だよ」と笑う。


「ティアラが欲しいと思ったのだから、どれも必要なものだよ」

「アクア……。わたくしを甘やかしすぎです。なんでも買い与えていては、物語に出てくるような傾国の王妃になってしまうではないですか」

「それもいい。ティアラの美しさは傾国の王妃どころではないけどね」


 ティアラローズが冗談のように言ったけれど、アクアスティードは当然だとばかりに受け入れる。どうやらこの手の冗談はアクアスティードには全く通じないようだ。


「アクアったら……」


 熱くなった顔を手でパタパタ仰ぎながら、ティアラローズは少し気分を落ち着かせようと馬車の窓を開けて外を眺める。

 気づけば波の音が聞こえていて、少し遠くにマリンフォレストの懐かしい街並みが広がっていた。


「いつの間にか、ここまで戻ってきていたのですね。王都が見えますよ、アクア。……ルチアたちは元気にしているかしら?」

「もしかしたら、書類の山に埋もれているかもしれないよ?」

「アクアったら」


 からかうような返事をしたアクアスティードに、ティアラローズは「それは大変」と笑う。


「ルチアもリオも、書類仕事がそんなに得意ではないですから」


 本当に書類に埋もれているかもしれないと、ティアラローズは少しばかり不安になる。


「今回は、普段より多めに書類を渡してきたからね」

「ええっ!?」


 思いもよらなかったアクアスティードの言葉に、「大丈夫なんですか!?」とティアラローズは焦る。もしかしたら、本当に執務室が書類の山で溢れかえっているかもしれない。


「ルカがいるから、大丈夫だろう」

「確かにルカはあっという間に書類仕事をこなしてしまいますけれど、二人の分も手伝っているでしょうか? アクアに似て、少し意地悪なところがありますから」


 もしかしたら、スパルタでルチアローズとシュティリオを鍛えているかもしれない。鬼教官の如く。

 シュティルカは優しいけれど甘くはない。

 本人たちがきっちり一人で仕事をできるようにサポートはするけれど、全ての仕事を引き受けることはないだろう。その分、ルチアローズとシュティリオはひいひい悲鳴を上げているかもしれないが。


「わたくしたちが城を空けて一ヶ月……あの子たちは、一体どんな成長をしたでしょうね」

「きっと、私たちが想像もできないくらい成長しているよ。やればできる子たちだ」


 そんな話をしているうちに、馬車はマリンフォレストの王城へと帰ってきた。



 ティアラローズたちが馬車から降りると、そこにはルチアローズ、シュティルカ、シュティリオの三人が並んで出迎えてくれていた。その顔はとても嬉しそうで、久しぶりの再会を喜んでくれていることがわかる。


「お母様、お父様、おかえりなさい!」

 〈無事で何よりだ〉


 ぱっとルチアローズが飛びついてきたのをティアラローズが受け止めて、ただいまとアクアスティードと一緒に挨拶する。


「わたくしたちのいない王城はどうだった? 大丈夫だったかしら」

「わたくしたちにかかれば、仕事くらいなんともないですわ!」

 〈よく言う……〉


 ルチアローズはふふんと胸を張って、全く問題なかったことを教えてくれる。が、それにグリモワールからのツッコミが入りティアラローズはふふっと笑う。


「グリモ……! もう、そういうことは言わなくていいのよ。最初は書類の山に埋もれてましたけど、後半はしっかり処理できてましたからね!」


 自分の手際の悪さを暴露されてしまい、ルチアローズはほほを膨らめた。

 けれど、それはシュティリオも一緒なので、「リオもです」ときっちり報告するルチアローズだ。


 話に割って入るようにシュティリオが「中へ入りませんか」と声をかける。


「ただいま、リオ、ルカ」

「問題はなかったかい?」

「はい」


 ティアラローズとアクアスティードが声をかけると、シュティルカとシュティリオは大きく頷いた。


「特に問題なかったです。最初は苦戦しましたけど、ルカに教えてもらって書類もスムーズに処理できるようになったんです」

「最初は苦労しましたけど、二人ともすぐにこなせるようになりました」

「まあ、さすがね」


 任せたことにより、三人の能力は飛躍的に向上したようだ。シュティリオとシュティルカの報告に、ティアラローズとアクアスティードは頬を緩ませた。

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