7. 楽しいひととき
「わたくしがキースに教えてもらった話は、以上です」
「なるほど」
ティアラローズは王城へ戻るとすぐに、アクアスティードに先ほどのことを報告した。
場所はアクアスティードの自室で、控えている者はいない。妖精王キースからの情報を伝えることもあって、まずはアクアスティードにだけ話を通すのだ。
二人でソファに並んで座り、説明を終えたことにひとまずほっとする。
ティアラローズが話したのは、国境の結界の揺らぎと、それがシュティルカとシュティリオの力によるものだということ。
とはいえ、すぐさま世代交代をする必要もないし、キースにはシュティルカとシュティリオが無理に王になる必要もないと言われている。
それに関しては早急にことを進めなくて良いので、ティアラローズは安堵した。
「しかし……そうか。もちろんいずれ王位を譲ることは考えていたが、実際に人に言われると実感が湧いてくるな」
「そうですね。三人ともまだ幼いですから、アクアが王位を譲って隠居するにはまだまだです」
ティアラローズがふふっと笑うと、「それもそうだね」とアクアスティードも笑う。
「でも、そうだな……」
アクアスティードは何かを思いついたようにティアラローズを見た。
「アクア?」
「すぐに、というわけではないけれど、子どもたちにある程度の内政を任せられるようになったら、二人で旅行に行こうか」
「本当ですか!? 嬉しいです」
今まで旅行するといえば、ティアラローズの故郷であるラピスラズリ王国へ行くことが多かった。
それも別の用事と一緒に……ということがほとんどで、二人きりでゆっくり旅行をしているという雰囲気はあまりなかった。
子どもたちにある程度任せることができたのであれば、二人で過ごす時間を多く取ることもできるようになるだろう。
「子どもたちに負担がかかってしまうのは申し訳ないですけれど、アクアと二人で旅行に行けるのは嬉しいです」
「とは言っても、まだまだ先だけどね」
「そうですね。でも、二人きりの旅行……楽しみにしています」
「ああ」
ティアラローズの素直な言葉に、アクアスティードの頬は緩みっぱなしだ。
そんなアクアスティードを見てしまっては、ティアラローズの胸がドキリとしないわけがない。
――わたくしとの旅行を楽しみにしてくれているのはわかるけれど……。
「そんな甘い笑顔、反則です」
なんとなく恥ずかしくなってしまったティアラローズは、そっとアクアスティードの肩に寄りかかる。すると、腰に手を回して抱き寄せてくれる。
「仕方ないだろう? 本当なら、ティアラをもっと独り占めしたいのに。いっそ、この身分が邪魔だと思うほどだ」
「アクアったら……」
「もちろん、放棄するつもりはないよ? それに、この身分がなければティアラに釣り合うこともなかったからね」
元々王太子だった自分の身分はとても忙しかったけれど、感謝しているのだとアクアスティードは言う。
アクアスティードの手がティアラローズの頬まで伸びてきて、優しく撫でてくれる。温かいアクアスティードの手は、安心してとても落ち着く。
ティアラローズが無意識にすり寄ると、アクアスティードの顔が近づいてきた。
「あ……、ん」
優しい口づけに、ティアラローズは身を任せる。アクアスティードと一緒にいるときは、何か不安があっても一瞬で吹き飛んでしまう。
「アク、ア……」
「うん?」
ティアラローズが強請るように名前を呼ぶと、アクアスティードはクスリと楽しそうに微笑む。
――うう、意地悪だわ。
アクアスティードは、ティアラローズに『もっと』と言わせたいのだろう。自分のことを求めてくれる妻が最高に可愛いということを、知っているから。
――わたくしだって、恥ずかしいのに。
けれど、アクアスティードとのキスは大好きなのだ。ティアラローズが躊躇いつつも口を開こうとして――
「ティアラローズ様、いかがでしたか!?」
「キース様に確認は取れましたか!?」
転移で、シズリアとパーシィが姿を現した。
「――っ!」
あまりに突然のことだったので、ティアラローズとアクアスティードはキスの直前だった。それを見たシズリアが、「あっ……」と顔を真っ赤にする。
「すっ、すみません、わたくしったら……こんな破廉恥なときにきてしまって……」
「いや言い方……」
シズリアの破廉恥発言に、パーシィが冷静にツッコミを入れている。
ティアラローズは慌てて立ち上がり、「ごめんなさいね、大丈夫よ」とどうにか冷静を保とうとするが――その顔はシズリアと同じく真っ赤だ。
ギクシャクしつつも、二人にはキースから問題ないことと、起こったことの理由などを伝えることができた。
***
「あー、今日は雨かぁ」
ルチアローズは自室の窓から外を見て、小さくため息をついた。
朝から外に出て、騎士たちと一緒に鍛錬をしようと思っていたのに。その計画がパーになってしまった。
〈恵の雨もいいものだぞ?〉
そんなルチアローズを見て声をかけるのは、腰に下げてある魔道書――グリモワールだ。
〈姫、雨の日ぐらいは本でも読んだらどうだ?〉
鍛錬ばかりしている主に、グリモワールはついついそんなことを言ってしまう。すると、ルチアローズはぷくっと頬を膨らませた。
「えー。本を読むより、体を動かしている方が好きだもの。本を読むのって疲れちゃうし、すぐ眠くなるの」
〈いつも教師が手を焼いているからな……知っている〉
鍛錬に関してはやる気に満ち溢れているため問題ないが、ルチアルーズに勉強を教えている教師はなかなか苦戦しているようだ。
その様子をいつも近くで見ているグリモワールは、やれやれと先ほどのルチアローズよりも大きなため息をついた。
グリモワールは自分の主にも多少の自主勉強は必要だろうと考える。しかし、いやいや、勉強させるのでは意味がない。
――ああ、そうだ。何か騎士にまつわる本を読ませたらどうだろうか。
騎士の主人公が活躍する本であれば、ルチアローズも楽しく読めるだろうとグリモワールは考えた。
――そういえば、巷で流行っている本があると耳にしたな。
グリモワールは常にルチアローズと行動を共にしているため、王城内の人の噂話なども耳に入ってくるのだ。
〈メイドたちが話していた面白い本のタイトルはなんだったか。ああ、思い出した。『騎士王アウグストの冒険譚』というものだ。姫、騎士王の本を読んでみてはどうだ。今後の参考になるかもしれないぞ〉
「騎士の本? それなら、読めるかもしれないわね!」
ルチアローズは大きく頷いて、本を読むことを了承してくれた。そしてすぐ王城の
図書館に向かう姿を見て、グリモワールはほっと息をついた。
***
「右手には剣を、左手には盾を装備し、アウグストは囚われた姫を助けるためドラゴンが吐く炎の中をも突き進んだ。熱く、強く、激しい戦いののち、アウグストはドラゴンを倒すことができた。その後、二人は結ばれ、後にアウグストはお姫様の国の王――騎士王となった。めでたしめでたし」
締めの言葉を口にしたシュティルカは、パタンと本を閉じた。
「わあぁ! ありがとう、ルカさま」
「ルカは本を読むのが本当に上手だなぁ」
「どういたしまして。エレーネに喜んでもらえてよかった」
シュティルカが本の読み聞かせをしていたのは、フィリーネとエリオットの末っ子エレーネだ。
今、フィリーネが王城に連れてきていて、シュティルカとシュティリオがエレーネの遊び相手を申し出たのだ。今はシュティルカが本を読んでいて、シュティリオとエレーネの二人でそれを聞いていた。
五歳のエレーネはいろいろなことに好奇心を持っていて、外で遊ぶことも大好きだし、こうした部屋の中で本を読んで遊ぶことも大好きだ。
おとなしいエレーネは、シュティルカとシュティリオにとっても可愛い妹のような存在で、ついつい可愛がって甘やかしてしまうのだ。
とはいっても、シュティルカとシュティリオもまだ八歳だ。見守っている大人たちからすれば、仲良く遊んでいる姿がとても微笑ましい。
シュティルカは『騎士王アウグストの冒険譚』の本を閉じて、「これが人気なんだって」とシュティリオに声をかける。
「楽しかったけどさ、さすがに盾でドラゴンの炎を防ぐのは無理なんじゃないか?」
「それもそうだね。でも、もしかしたら魔法の盾なのかもしれない」
「それ、かっこいい!」
特に作中で盾に関する記述はなかったけれど、炎をはじく魔法の盾であれば男心をくすぐるというものだ。
パッとシュティリオが顔を輝かせて、「俺も欲しい!」なんて言っている。
「そんなすごい盾があったら、みんなを守れるし!」
「なら、私がいつか作ってあげるよ」
「ほんとか? やった!」
シュティルカの提案に、シュティリオは破顔する。
二人は双子だけれど、シュティルカは本を読むのが好きで、シュティリオは体を動かしたり剣の稽古をすることの方が好きだ。
まるで正反対の二人だけれど、その分互いに足りないものを補っているような、そんな仲のいい関係を築いている。
逆を言えば、二人が揃ってできないことはきっとないだろう。
「よし、エレーネ。次はどうしようか。違う本を読む? それともお絵描き?」
シュティルカがそう声をかけると、エレーネはうーんと悩みながらも「ご本を読んで!」と違う本をねだった。
「うん、任せて」
「ルカ、次は俺が読むよ」
「わかった」
兄にばかりいいところを見させるわけにはいかないと、シュティリオが本棚から本を一冊選ぶ。
シュティルカほど難しいものを読むことはできないけれど、エレーネが楽しめるものであれば十分だ。
「よし、これにしよう!」
シュティリオが選んだのは、お菓子の妖精のお菓子絵本だ。このお菓子知っている? という、なぞなぞ要素のある内容が描かれている子どもに人気のシリーズだ。
「わあ、これ好き!」
エレーネが瞳を輝かせたので、シュティリオのチョイスは間違っていなかったようだ。
「きっと読み終わったらお腹が空きそうだね」
「なら、おやつを用意しなきゃ!」
そんなことを三人で話しながら楽しい時間は過ぎていった。




