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悪役令嬢は隣国の王太子に溺愛される  作者: ぷにちゃん
第15章 悪役令嬢の幸せ生活
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6. 求められる者は……

 二人きりで過ごす夜の寝室で、ティアラローズとアクアスティードは今後のことについて少しだけ話し合った。

 考えるのは、誰に王位を譲るかということだ。


 三人の子どもがいて、それぞれ国を想い、誰が王位を継いでも問題ないとティアラローズとアクアスティードは考えている。


「本来であれば、長子のルチアが王位を継いでも問題はないが……」


 そう言って、アクアスティードは一度言葉を切る。

 それに難しい顔をしながら返事をするのはティアラローズだ。


「そうですね……。ルチアもこの国のことを大好きです。けれど、ルカとリオはアクアの星空の力を取り込んでしまいましたから。マリンフォレストの王として上に立つのであれば、きっとその星空の力はあった方がいいでしょう」


 もちろん力がなくても王位を継承することはできるが、何か有事が起きた際、星空の力を持つシュティルカとシュティリオが王位についていた方がいい。

 ただ、シュティルカとシュティリオが王位に就きたいと望んでいるかはわからない。三人とも王位を考えるには幼いだろうとティアラローズとアクアスティードは思っているからだ。


 アクアスティードは頬を緩め、窓の外をゆっくり眺めた。


「今すぐ答えを出す必要はない。もう少し落ち着いたら三人に話をしよう」

「ええ。ですが、ルチアは騎士団長になりたいと言いそうですね」


 ティアラローズがそう言って笑うと、アクアスティードも「間違いない」と笑う。

 ルチアローズは、騎士になって大好きな人たちを守りたいとずっと言っていた。グリモワールとともに騎士団の鍛練を一緒に行い、日々強くなっていっている。

 もし王位に就いて部屋で執務付けになってしまったら、体を動かしたくてうずうずするに違いない。


 そんな未来が簡単に想像できてしまって、ティアラローズはもう一度ふふっと笑った。



 ***



 数日が経ち、アカリとハルカの帰国する日がやってきた。


「ああぁぁ〜、もっとマリンフォレストにいたかったのにぃ!」


 アカリがぶーたれながら不満を口にしたので、ティアラローズは苦笑する。アカリがよくても、ラピスラズリを長く不在にするのはよくないだろう。


「ハルトナイツ殿下が心配していますよ。早く帰って元気な姿を見せてあげてくださいませ」

「……そうですね。私も、早くハルトナイツ様に会いたいです。帰らなきゃいけないのは寂しいけど、ハルトナイツ様に会えないのも寂しいですから。なんだか矛盾してますね」


 そう言って笑うアカリは、自分の横にいたハルカの肩に手を置いた。


「さ、ハルカ。帰りのご挨拶をしましょう」

「はい、お母様。お世話になりまして、ありがとうございます」


 しっかり挨拶するハルカを見て、ティアラローズとアクアスティードもまた遊びに来てねと声をかける。

 次に、ルチアローズが前に出た。


「ハルカ、また遊びに来てね。それから、今度はわたくしもラピスラズリに行ってみたいわ! 騎士として、もっと広い世界を知りたいもの!」

「うん!」


 気づけばルチアローズとハルカの距離はぐっと縮まっていて、互いに遊ぶ約束をするほどになっていた。

 その様子をニヤニヤした顔で見つめるのはアカリだ。アクアスティードは少し面白くなさそうな顔で見ているけれど、ルチアローズの意思ならば尊重するつもりのようだ。


 ――やっぱり娘を取られた気持ちになってしまうのかしら。


 アクアスティードの様子を見て、ついついそんなところも可愛らしいとティアラローズは思う。


 シュティルカとシュティリオ、それからオリヴィアもアカリの見送りに来た。


「アカリ様、ハルカ、またぜひ遊びに来てください」

「私たちもルチアと一緒に遊びに行きますね」

「はい! ぜひ来てください」


 シュティルカとシュテリオの言葉に、ハルカは満面の笑みで応える。後ろにいるアカリも、うんうんうんと「いつでも遊びに来てね」と花を飛ばしながら頷いている。


 オリヴィアはといえば、涙ぐみながら「もう帰ってしまうのですね。寂しいです……」と、今日は珍しく鼻ではなく目元にハンカチを当てている。


「ずびっ……。わたくし、お二人が道中で楽しめるようにお菓子を用意してきたんです。レヴィ」


 オリビアが声をかけると、すかさずレヴィがトレーに乗ったお菓子を差し出した。可愛らしい袋に入った動物のクッキーで、アイシングでデコレーションがしてあるものだ。

 動物のお菓子が気に入っていたハルカには、とてもいい贈り物だろう。

 アカリも「美味しそう!」と目を輝かせている。


「ありがとうございます、オリヴィア様!」

「すごく素敵! ありがとうございます。はあ、早く食べたい」

「レヴィのお手製ですから、とっても美味しいですわよ」


 誇らしげに告げるオリヴィアに、アカリは「楽しみ〜〜!」と声をあげるのだった。



 ***



 アカリたちがラピスラズリ王国への帰路についてから数日後。

 ティアラローズが自室でくつろいでいると、パッと光りシズリアとパーシィが転移で現れた。その表情は、どこかこわばっている。


「申し訳ございません、ティアラローズ様。今、お時間よろしいでしょうか?」

「妖精王に着任早々、まさかこのようなことが……」

「二人とも……一体どうしたのですか?」


 二人の慌てた様子を見て、何か事件が起きたのだとティアラローズはすぐに察した。


「まずは落ち着いて。いったい何があったのか、教えてちょうだい」


 ティアラローズがゆっくり問うと、シズリアは震える手を胸の前で組みながら口を開いた。


「申し訳ありません。わたくしったら、取り乱してしまって……。海が、それに空も森も震えているみたいなんです」

「震えている……?」


 意味がわからなく、ティアラローズはシズリアンの言葉を反芻する。

 ティアラローズから見たマリンフォレストは特に異変など起きておらず、いつも通りの日常だ。

 けれど妖精王がそう言っているのであるから、何か起きていることは間違いないのだろう。


 ――わたくしも感じることができたらいいのだけれど、やっぱりお菓子の妖精王では大地の異変に気付くことはできないのかしら。


 少し自分が不甲斐ないと思いつつも、ティアラローズは「キースには報告したの?」と二人に確認する。

 シズリアとパーシィは顔を見合わせながら頷き、パーシィが説明をしてくれた。


「もちろん、キース様のところに相談には行きました。ですが、まあ、しばらくは問題ないだろうとおっしゃって」

「ですが、わたくしたちは不安なのです……! わたくしでは、何が起こるのか予想ができなくて……」

「そうだったの」


 キースは妖精王の役目を長くこなしているため、こういった際に対処の方法などもわかるのだろう。

 けれど、シズリアとパーシィは妖精王になったばかりだ。異変が起きた際、冷静に対処することはきっと難しい。


 ――わたくしだって、そんな異変を感じたら慌ててしまうわ。


「アクアに相談して、わたくしもキースの元に行くわ。妖精王としても、この国の王妃としても、知らなければいけないわ」

「はい、お願いします」


 二人が頷いたのを見て、ティアラローズたちはアクアスティードの執務室へと走った。



 執務室の前にいる護衛騎士に取り次ぎを頼み、ティアラローズはすぐにアクアスティードの元へ行った。

 大勢の人間が執務をしているけれど、今はそれを気遣っている余裕はない。ティアラローズの後ろには二人の妖精王がいるので、その場にいた全員が目を丸くしている。


「アクアスティード陛下」

「ティアラ。それに、シズリア様にパーシィ様。……何があった?」


 慌てた様子のティアラローズを見て、アクアスティードはすぐに書類仕事の手を止め人払いの指示を出した。

 ティアラローズは執務室からエリオット以外の全員が退出したのを確認してから、口を開く。


「わたくしにはわからないのですが、シズリアとパーシィが海や森、空が震えていると言うのです。もしかしたら、マリンフォレストで何か起こっているのかも……と」

「そんなことが……」


 アクアスティードもこういった現象は初めて聞いたのだろう。真剣な表情でいったいどういうことなのだろうと考え始める。


「わたくし、キースに何が起きているのか聞いてみようと思います。シズリアとパーシィがキースに確認しに行ったところ、大丈夫だと言っていたそうなんですけれど……やはり気になってしまって」

「ああ、そうだね。もし何かあって住民の避難が必要になったら大変だ」


 情報はできる限りあった方がいいだろう。


「ええ。アクアはここへ残って、もしもの時に備えて指示を出してくださいませ」

「わかった。気をつけるんだよ」

「すぐに戻ってきます」


 ティアラローズはふふっと微笑んでキースの元へと転移した。



「キース!」

「ん? なんだ、ティアラ。一人で来るなんて珍しいな。どうしたんだ?」


 ティアラローズが森の妖精王の城に転移をすると、主のキースは優雅にお菓子を食べながら紅茶を飲んでいた。

 シズリアとパーシィがあんなに慌てていたというのに、全く以って慌てている様子はない。


 ――やっぱり、慌てるようなことではないのかしら。


 少しばかりほっとしつつも、ティアラローズは尋ねた理由を口にする。


「シズリアとパーシィから、何か異変が起きているという話を聞いて確認しに来たのよ」

「あー……」


 今思い出したとでもいうようなキースの態度に、ティアラローズは苦笑する。


「別にまずいことが起きてるわけじゃねえよ。……ルカとリオ、あの二人が星空の力を得た。そのせいで、マリンフォレストの国境の結界が少し揺らいだんだ」

「国境の結界が……?」


 思いがけない理由に、ティアラローズはわずかに息を呑む。

 シュティルカとシュティリオは、アカリの魔力ドックの際にアクアスティードから星空の力を少しばかり譲り受けている。おそらくそれが影響しているということはわかるのだけれど……国境に関しては、ティアラローズも実はあまりよく知らない。


 ――国境は、ゲームでもほとんど触れられてなかったもの。


 国境とは、国の境に張られている結界のことだ。

 その時の王が代替わりした際に結界を張り直している。今、マリンフォレストを囲っているのは、アクアスティードの張ったティアラローズの花が用いられたデザインの結界だ。


「国境は国の境目という認識だったけれど、確かに大掛かりなものだし、他の意味合いがあってもよさそうよね」


 例えば何かしらの侵入を防ぐ結界だとか、その国独自の特殊な事象――例えば妖精などが外へ出られないようになっているなど、そういったことがあるのかもしれない。

 けれど、キースたちとは以前他国へ行ったことがある。妖精を拒んでいるとか、国の中に閉じ込めているとか、そういった力はないはずだ。


「キース、国をぐるりと囲っているこの国境はいったいどんな意味があるの? 何か、わたくしが知らないようなことがあるのかしら」


 そうティアラローズが聞くと、キースは「別にそんなすごいことがあるわけじゃねえよ」と笑った。


「元々、ここは自分の領土だと示す役割で張られたのが結界だ。だから、最低限それがわかれば問題はない。ただ――この結界はまあ、ティアラも知ってると思うが、王が張るものだ」

「ええ」


 ティアラローズが頷いたのを見て、キースは言葉を続ける。


「他国のことは知らないが、マリンフォレストに限って言えば、ここは俺たち妖精が愛しんでいる国だ。海が生命を生み、大地が育て、空がこの国全体を見守っている。この国の豊かさを守っている。まあ、手助けをしてるとか、そんなところだ」


 思いがけず、キースの口から妖精たちがどれだけマリンフォレストを大切に思っているのか聞くことができた。

 その言葉だけでも、とても嬉しい。ティアラローズが頬を緩めると、キースはバツの悪そうな顔をしつつも続ける。


「だからといって、国境がなくなったらこの国が豊かじゃなくなるってわけじゃねえからな? 気休めのお守り程度ってとこか」

「そうなのね」


 キースの説明を聞いた限りだと国境に特殊な力はなさそうだ。しかし今回のように異変が関わってくるのであれば、その説明だとどうにも腑に落ちない。

 ティアラローズがキースを見ると、気づいたかというような顔をした。


「もしかして、何か隠しているの?」

「まあ、俺が今言ったのは通常の国境だ。例えばアクアみたいに力の強い王が結界を張ると多少は意味を持つ」

「!」


 力のある王――アクアスティードだからこそ、異変が起きてしまったのだということだ。


「例えば国境付近に魔物を寄せ付けなくなったり、国境内を穏やかな気候にすることもできるだろう。マリンフォレストは落ち着いた気候だろう? それはアクアの張った国境の結界の力も多少は関係してるだろうな」


 マリンフォレスト王国は、四季はあるが雪が何メートルも積もって身動きが取れなくなるようなことはないし、熱中症で人が死ぬような猛暑になることもない。マリンフォレストはとても過ごしやすい国だ。


「……では、今の国境はいいことずくめということよね?」

「ああ」


 ティアラローズの言葉にキースはすぐに頷いた。


「なら、どうして国境に異変が起きているの? 星空の力と言っていたけれど……」


 キースは頭をかきながらも、「双子の力だ」と説明をしてくれた。


「あいつらは――金の瞳を持つ次代の王だ。アクアの力を取り込んだことによってその魔力は大きくなり、国境自身が次の王を望んでいるような、そんな反応を示しているんだ」

「――‼︎」


 ティアラローズは驚いて目を見開き、思わず口元を押さえる。


「別に、今までの歴史の中でもなかったわけじゃない。そんなに硬くなるな」


 キースがティアラローズの肩に軽く手を置き、何度も「大丈夫だ」と言ってくれる。


「ですが、それはつまり……」


 アクアスティードよりも、シュティルカとシュティリオが王にふさわしいと――国境の結界がそう判断しているのだろうか。そう考え、ティアラローズの胸がドクンと嫌な音を立てる。


 ――ルカとリオが、アクアより力があることが嫌なわけではないわ。


 けれど、息子たちはまだ幼い。

 そのことがティアラローズは心配だし、また魔力が暴走してしまってはという不安にもかられる。


「多少揺らいでるだけで、しばらくすれば安定する。まあ、アクアだってずっと王でいるわけじゃないだろ? キリのいいところでルカとリオに王位を譲ればいいさ」


 軽く言うキースに、ティアラローズは苦笑するしかない。

 簡単に言ってくれるが、そう簡単なものではないのだ。とはいえ、王位争いが起こるような国に比べればよほど簡単ではあるのだろうが。


「そうね。とはいえルチアもいるから、まだあの二人が次の王だと決まったわけではないのよ?」


 金色の王の証を持つ二人が、次のマリンフォレストの王になるのが一番いいのだろう。そうは思うけれど、ルチアローズにだって王になれる道は残してあげたい。

「わたくしもアクアも、王位を争うのではなく、きちんと話し合いをし、誰がマリンフォレストの王にふさわしいか考えたいと思っているわ」


 そんなティアラローズを見て、キースはふっと口元を緩めた。


「まあ、お前ららしい考え方だな。いいんじゃないか? 別に、金の瞳を持つ者が王にならなければいけないわけじゃない。今までだって金の瞳を持たない王は大勢いたからな」

「ええ」


 キースの言葉に今度こそ安堵の息をつき、ティアラローズは気持ちを落ち着かせた。

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