1. お茶会の招待状
連載再開までかなり空いてしまいましたが、よろしくお願いいたします!
「えー、また婚約の申し込みがきたの?」
ぷくっと頬を膨らめるルチアローズの言葉に、ティアラローズとアクアスティードは苦笑する。
可愛く頬を膨らめるのは、ルチアローズ・マリンフォレスト。
十歳になったティアラローズとアクアスティードの長女で、「騎士になる!」というのが口癖だ。淑女教育もしているが、騎士たちに混ざって鍛錬をしていることも多い。
濃いハニーピンクのロングヘアーの髪をくるりとお団子にして、ツインテールにしている。パッチリした瞳は金色がかったハニーピンクで、お淑やかにしていればまさに令嬢たちの手本だろう。
腰に付けた本はグリモワールで、喋る魔導書――ルチアローズの相棒だ。
あれから二年の年月が経ち、ティアラローズは31歳に、ルチアローズは10歳になった。
それもあって、ルチアローズには多くの婚約の申し込みが国内外を問わずきているのだ。
けれど、ルチアローズは婚約にあまり興味がないらしく、申し込みの束を見て顔を苦くした。
「私は騎士になりたいのであって、誰かのお嫁さんになりたいわけじゃないもの!」
〈姫はまだ幼いからな〉
「グリモもそう思うでしょ?……だから、これは全部断ってほしいのですけれど……いいですか?お父様、お母様」
上目遣いで告げてきたルチアローズに、アクアスティードは苦笑しつつも嬉しそうに頷いた。
「ああ。別に無理して婚約をすることはないし、ルチアに本当に好きな人ができた時に考えたらいい」
その言葉にはティアラローズも同意して頷く。
「自分が好きになった方と一緒になるのが一番ですよ。嫌いな方と一緒になったとしても、幸せになれはしませんからね。ルチアは他国の王族に嫁ぐという道もあります。婚姻に関しては焦らずゆっくり考えていきましょう」
「はい!お父様、お母様、ありがとうございます!」
ひとまず自分の婚約が結ばれることはないようだとわかり、ルチアローズはほっと息をついた。
その表情を見て、ティアラローズとアクアスティードもくすくす笑う。
愛のない婚約が辛いことを誰よりも知っている、ティアラローズ・ラピス・マリンフォレスト。
ふわふわのハニーピンクの髪に、水色の瞳。王妃という立場でこの国を支えている傍ら、お菓子の妖精王としてお菓子の妖精たちをまとめている。
最近は子どもたちが活発なので、ハラハラしていることも多い。けれど、そんなところも可愛い成長だと見守っている。
叶わぬと思っていた初恋を手に入れることができた、アクアスティード・マリンフォレスト。
切りそろえられたダークブルーの髪に、王の印の金色の瞳。マリンフォレスト王国の国王として、この国を治めている。さらに星空の王としても、この国を見守っている。
変わらずティアラローズのことを愛おしく思っていているため、ときおり子どもたちに隠れて二人でデートをしたりしている。
ルチアローズはにぱっと笑顔をみせると、敬礼をとった。
「では、私は鍛錬に行ってまいります!今日は、騎士団長が手ほどきをしてくれるのですっ!」
「そうなの。頑張ってね、ルチア。グリモワール、ルチアをお願いね」
「はいっ!」
〈任された〉
元気に返事をして、ルチアローズはグリモワールと嬉しそうに部屋を出て行った。
山のような婚約の申し込書を見たアクアスティードは、「これはエリオットに処理を任せよう」と机の端に移動させた。
そして隣にある少ない書類の束は、双子の息子シュティルカとシュティリオに来た婚約の申し込書だ。
まだ八歳という幼さなので、こちらも進めるつもりはない。
ティアラローズはモテモテですねと笑ってそれ手を伸ばすと、思いがけない人物からの申込書に目を瞬かせた。
「オリヴィア様から申し込みがきていますよ」
「産まれたばかりの双子じゃないか……」
ふふっと笑うティアラローズに、アクアスティード「考えるまでもなく却下だ」と肩をすくめた。
「そろそろティータイムでもどうですか?」
「……そうだな。一息ついてから、仕事にしよう」
精神的に疲れたと言わんばかりのアクアスティードに、ティアラローズは紅茶を淹れる。部屋に備え付けられたキッチンがあるため、二人きりのときはティアラローズが準備することも多い。
ティアラローズとアクアスティードがゆっくりしていると、ふいに窓からノックの音が聞こえてきた。見ると空の妖精がいて、その手には封筒を持っている。どうやら手紙を届けにきてくれたことがわかる。
――空の妖精?クレイル様からの手紙かしら?
クレイル――妖精王は基本的にふらっと来ることが多いので、事前に連絡をくれることはほとんどない。そのため、事前連絡にティアラローズは驚いた。
『ティアラに、クレイル様とパール様からの手紙を届けにきたよ』
「わたくしに?二人からの連名の手紙……ありがとう、空の妖精さん」
『どういたしまして~!』
淡くキラキラ輝く白い紙に、青の封蝋がされている。一目で重要だとわかる手紙に、ティアラローズはごくりと喉を鳴らす。
すぐに中を確認してみると、そこには『妖精王のお茶会の開催』と書かれていた。場所は空の上にあるクレイルの神殿が指定されている。
後ろから覗いていたアクアスティードも、その内容に驚く。
「クレイル様の神殿でお茶会……?」
「妖精王たちがこういったお茶会をするという話は、今まで聞いたことがないな……」
どうやらあまり公に知られているお茶会ではないようだ。
「ねえ、空の妖精さん。どんなお茶会なのか、知っている?」
ティアラローズが問いかけると、空の妖精は『妖精王だけが参加できるお茶会だよ』と告げ、簡単な説明をしてくれた。
『重大な何かがあったときに開催されるんだ』
「え……」
重大な何かという言葉に、ティアラローズはドキリとする。自分の周りでは、別段何か起こったということはない。マリンフォレストも、平和そのものだ。
しかし慌てて手紙を確認してみるけれど、日程が記載されているだけで、お茶会の内容に関しては一切書かれていない。
「アクア、これは……」
「私のところには、現時点で特別なことは上がってきていない。お茶会で聞いてみるしかないだろうな……」
クレイルとパールが来ているわけではないので、本当の緊急事態ということはないだろう。アクアスティードの言葉に、ティアラローズも頷く。
「大丈夫だとは思いますが、行ってみるまで少し不安ですね……」
ティアラローズが不安そうにしていると、アクアスティードが「大丈夫だよ」と頭を優しく撫でてくれる。
「ティアラの気持ちもわかるが、クレイルたちがいるのだからそう悪いことにはならないだろう。もし本当に何かあれば、クレイルから私に最初に話がきているはずだからね。だからそこまで心配する必要はないよ」
「……そうですね。確かに、何かあれば最初にお話ししてくれるはずですよね」
ティアラローズも笑って、空の妖精に手紙を持ってきてくれたお礼のお菓子を渡す。ティアラローズの自室には、いつでもお菓子がストックされているのだ。
お花のクッキーが三枚入った、可愛くラッピングされた袋を持って空の妖精はぱっと顔を輝かせる。
『わ、ありがとうございます!』
「こちらこそありがとう。クレイル様によろしくね」
『はい!』
クッキーを大事そうに抱えて、空の妖精は帰っていく。それを見送ったティアラローズは、ちらりとキッチンに視線を向ける。
「せっかくなので、お茶会に持っていくお菓子を準備しようと思います。……もし重い話があっても、少しは気が紛れると思いますから」
気合を入れるティアラローズを見て、アクアスティードはふっと頬をほころばせる。
「ティアラのお菓子は美味しいからね。きっとみんな喜ぶだろう」
「はい、ありがとうございます」
ティアラローズは何を作ろうかなと色々なお菓子を思い浮かべながら、部屋に備え付けられているキッチンでお菓子作りを始めた。
***
空の上にあるクレイルの神殿は、とても神秘的な場所だ。
澄んだ空気は地上にいるときより冷たいけれど、空の妖精王の結界が張ってあるため寒いということもない。見下ろすと、雲の隙間からマリンフォレストの街や王城が見える。
その美しい光景は、何度見ても感嘆の息が出るほどだ。
四人掛けの丸テーブルが用意されており、ティアラローズが到着したときには全員が揃っていた。
給仕は空の妖精がしてくれていて、それぞれにお茶を用意し、テーブルの中央には自由に食べられるお菓子が用意されている。
――わあ、空のお菓子!?
お菓子の妖精王でもあるティアラローズは、クレイルが用意したであろうお菓子を見てドキドキソワソワしてしまう。が、よくよく見ればお菓子の妖精たちの手作りの品だということがわかって少し残念な気持ちにもなった。
「よくきたね、ティアラローズ」
「よくきたのじゃ」
「本日はお招きありがとうございます。クレイル様。パール様」
ティアラローズは用意してきたタルトを渡すと、「美味しそうじゃな」とパールが笑顔になる。すぐ、空の妖精にテーブルに並べるよう指示を出した。
――ひとまず、和やかな雰囲気でよかったわ。
ギスギスした空気だったらどうしようと、ドキドキしていたのだ。
「お、ティアラのケーキか。美味そうだな」
「キース!」
あっけらかんといつも通りの様子のキースに、ティアラローズはほっと胸を撫で下ろす。やはり悪い話題ではなかったのだと、そう思うように。
今回お茶会を主催している、空の妖精王クレイル。
肩の長さで切り揃えられたおかっぱの髪は、水色から白のグラデーションになっている。妖精王の証である金の瞳を持ち、冷静で穏やかな性格だ。
ゆったりとした衣装に身を包んでいる彼は、空の力を利用し、この国中の情報を得ている。
2人目の主催者は、海の妖精王パール。
腰の長さまである美しい白銀の髪に、妖精王の証である金の瞳を持つ。華やかな和テイストのドレスに身を包んでいる姿は美しい。
なかなか素直になれない性格だったが、今ではクレイルと両思いで恋人同士だ。
森の妖精王キース。
深緑の髪は腰まで伸ばし、一つにまとめられている。妖精王の証である金の瞳は強い力を秘めている。
俺様で勝ち気な性格だ。腰には普段から扇を差していて、それを使いこなして戦闘もこなす。
ティアラローズのことをことさら気に入っていて、祝福も与えてくれている。
お茶の用意ができたところで、妖精王のお茶会が始まった。
最初に口を開いたのは、主催のクレイルだ。それはそれは嬉しそうに微笑んで、とんでもないことを口にした。
「私とパールは、代替わりをしようと思うんだ」




