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悪役令嬢は隣国の王太子に溺愛される  作者: ぷにちゃん
第14章 王様のお仕事
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8. グリモワール

「お、帰って来たか」

「アクアスティード様、ティアラローズ様……! ご無事でよかった……!!」

『おかえりなさい~』


 ティアラローズたちが本の中から出てくると、優雅に紅茶を飲むキースと、心配で涙目になっていたエリオットと、本を観察する司書がいた。

 エリオットの様子を見る限り、そこまで時間は経っていないようだ。テーブルの上にも、ティアラローズたちが使っていたティーカップが置いてある。その横には、先ほどはなかった苺のショートケーキもあった。


「エリオット、私たちが本に入っている間、何か変わったことはあったか?」

「いえ、特にありませんでした。時間は三時間ほどでしたが、その本は大人しかったですよ。途中でお菓子の妖精たちが苺のケーキを届けてくれたんです」


 とっても美味しかったですと、エリオットがいい笑顔で答えてくれた。

 そんなエリオットを見て、ティアラローズはケーキが気になってしまう。が、今はケーキを気にしている場合ではないので我慢だ。


「こっちは何事もなかったみたいで、安心しましたね」

「そうだね。私たちが無事に出られたということは――歴史書は完成したのか?」


 アクアスティードが本を見ると、司書が「完成です!」と告げた。もっと時間がかかるものかと思ったけれど、魔力で本を作ったので人間が一から本を作るのとはちがうようだ。


 司書が本を閉じると、花の蔦がしゅるりと本に巻き付いて鍵の役割をした。こうしておくことで、勝手に開けなくなるようだ。


 〈もう中身は完成したから、勝手なことはしない〉

「なら、わたくしたちはその言葉を信じるわ。いつの間にか、タイトルもついているものね」


 表紙には先ほどまで何もなかったけれど、今は『マリンフォレストの歴史』と書かれている。本当に完成したというのが、見てわかった。


『本当は防犯のために蔦をつけてしまいたいんですけど……どうでしょう?』

 〈窮屈なのは好きではない〉

『ですよね。わたしも意志のある本は初めてですが、勝手に拘束されていい気分にはならないと思います。ここがあなたの家になるんですが、いてくれますか?』


 司書が本に尋ねると、〈大切にするなら問題ない〉と返ってきた。その返事に司書はもちろんティアラローズたちもほっと胸を撫でおろす。

 さすがに好き勝手に出かけられたら、本が空を飛んでる! と街が大騒ぎになってしまうだろう。


 オリヴィアはまじまじと本を見ながら、「本と呼ぶのはなんだか味気ないですわね」と腕を組んだ。ティアラローズも、確かに本と呼んでいたらほかのものと区別がつかず、解りづらいなと思う。


 ――かといって、歴史書と呼ぶのも……。

 なんというか、やはり味気ない。すると、オリヴィアが「そうですわ!」と手を叩いた。


「生きている本ですし、魔導書のような感じで……『グリモワール』というのはどうでしょう? ファンタジーの鉄板ですわ!」

「確かに呼びやすいですし、グリモワールと呼ばれているほかの本は見たことがないですね」


 名案だと、ティアラローズはオリヴィアに同意する。そのままアクアスティード、キース、司書、エリオットを見ると、「いいと思う」と頷いてくれた。


 〈ふむ。なかなかいい名ではないか〉


 どうやら本――グリモワール自身も気に入ってくれたようだ。マリンフォレストの歴史書は、その名をグリモワールとした。



「ふー……。どうにか一段落、という感じですね」

『何を言っているんですか、ここからが本番ですよ!』

「え?」


 ティアラローズが椅子に座ろうとすると、司書がぶんぶん首を振った。どうやら、まだやらなければいけないことがあるようだ。

 しかし何をすればいいか、ティアラローズにはわからない。


『グリモワールの中から、一般に触れていい部分を抜粋して新しい本を作るんです。誰でも読める、マリンフォレストの歴史書ですね』

「なるほど……。さすがにグリモワールを読める人は限られるからね。誰でも読める歴史書を、グリモワールを元に作るということか」

『その通りです』


 ここからが楽しいんですと、司書はんへへへと笑う。新しい木の葉を何枚か摘んで、すでに本を作る準備を進めているみたいだ。


『グリモワール、素敵な本をたくさん作るので手伝ってもらっていいですか?』

 〈ふむ……。まあ、いいだろう〉

『んへへ、ありがとうございます~!』


 司書はグリモワールを担ぐと、『作業してきま~す』と奥の部屋へ行ってしまった。どうやら一人で作業するようで、ティアラローズたちは置いてけぼりだ。

 そんななか、オリヴィアだけは「応援していますわ!」とキラキラした瞳で司書を見送った。


「お疲れでしょうし、お茶にしてはいかがですか? お菓子の妖精のショートケーキもあることですし」

「ええ、そうしましょう。レヴィ、準備をお願いね」

「はい」


 レヴィは頷くと、あっという間にお茶の準備をしてしまった。

 お菓子の妖精のショートケーキは可愛い花が飾られていて、紅茶は砂糖の代わりに少量の蜂蜜が入れられている。


「わああぁ、美味しそう! さすがはお菓子の妖精ね」


 さっきまではオリヴィアを本の中に助けに行くなど大変だったけれど、スイーツが目の前に来たので苦労はすべて水に流してしまう。今はこのショートケーキを堪能するべきだ。

 ティアラローズがニコニコ笑顔でケーキを食べていると、キースが「そうだった」とこちらを見た。


「さっきのごたごたで忘れてたが、作った指輪は早いうちにお菓子の家に置いてきた方がいいぞ。普通は誰かに取られるようなことはないだろうが、ティアラだしな……。美味しいお菓子と交換してって言われたらあげちまいそうだ」

「キース! いくらわたくしでも、そんなことはしないわ!」


 確かに魅力的な提案であるが、美味しいお菓子は自分で作ればいいのだ。世に出ていない、ティアラローズもまったく知らない新しいお菓子……と言われたらかなり心がぐらつくかもしれないが、そんなことはそうそうない。


「大丈夫だよ、ティアラ。私が一緒にいるから、万に一つも指輪が奪われるようなことにはならない」

「ありがとうございます、アクア」


 ティアラローズがアクアスティードの言葉に頷くと、オリヴィアも「わたくしもティアラ様と指輪を守りますわ! 盗賊が来てもやっつけてやります!」と意気込んでいる。

 さすがに盗賊が出ることはそうないだろうけれど、ティアラローズはお礼を告げて微笑んだ。



 ***



 キースの城を後にしたティアラローズたちは、お菓子の家へやってきた。

 陽はすっかり落ちて、辺りは暗くなっている。指輪を置いたら早く帰らないと、王城でルチアローズ、シュティルカ、シュティリオが寂しくしているかもしれない。


 ――見ていてくれているフィリーネにも迷惑をかけてしまうわね。


 ティアラローズはお菓子の妖精に手を振った。


「少しお邪魔するわね」

『あ、王様~!』

『お菓子の家へようこそー!』

『スイーツパーティーしよ~』

「スイーツパーティー!?」


 なんとも魅力的なお誘いに、ティアラローズの心が揺れる。お菓子の妖精がスイーツのパーティーと言うくらいなのだから、とっておきのスイーツが用意されているに違いない。

 ティアラローズの足がふらふら~っとお菓子の妖精たちの方へ向かうと、「ティアラ?」と後ろから抱きしめられてしまった。


「残念だけど、スイーツパーティーをしている余裕はないよ」

「そんな……」


 アクアスティードの言葉に、ガガーンとショックを受ける。せっかくのお菓子の妖精の招待だというのに、受けられないなんて……。


『えぇ、駄目なの?』

『新作のお菓子もあるよ?』

「しんさくのおかし……」


 思わず復唱してしまったけれど、ティアラローズは煩悩を払うかのように頭を振る。


「せっかくのお誘いはとても嬉しいのだけれど、今日は指輪を置いたら帰らないといけないの。時間も遅いでしょう? ルチアたちが寂しがっちゃうわ」

『そっかぁ……』

『じゃあ、明日は!?』

『あ、それなら新しいお菓子も用意できるし、クッキーも焼けるね!』


 妖精たちはそう言って盛り上がりを見せて、『あのお菓子は?』『苺のやつね!』『あれは?』『世界一おっきなクッキーを焼こう!』と楽しそうな会話をしている。

 ティアラローズたちが来る来ないどちらにせよ、明日のスイーツパーティーは妖精たちのなかで決定しているようだ。


 オリヴィアとエリオットはすぐに手帳を取り出して、明日のティアラローズとアクアスティードの予定を確認する。


「明日は……ドレスの仮縫いがありますが、午前中なので問題はありません。お昼からでしたら、スイーツパーティーに参加可能ですわ!」

「アクアスティード様は午前中に視察が一件ありますね。ほかは書類仕事ですので、調整はつきそうです」


 優秀な側近によって明日のスイーツパーティーが出席可能になってしまった。

 ティアラローズとアクアスティードが顔を見合わせて微笑む。きっと、ルチアローズもシュティルカもシュティリオも喜んでくれるだろう。


「それじゃあ、明日はお邪魔させてもらうわね」

『うん! 最高のお菓子を用意しておくよ!』

「ありがとう」


 お菓子の妖精による最高のお菓子に、ティアラローズは胸の高鳴りが止まらない。早く明日になればいいのにと思い、ハッとする。


 ――わたくし、指輪を置きに来たんだったわ!

 お菓子の妖精王としての大切な役目をこなさなければいけないというのに、スイーツの魔力とはなんて恐ろしいのか。

 ティアラローズはこほんと軽く咳払いをし、アクアスティードたちを見る。


「わたくしは指輪を設置してきますね」

「ああ。私たちはここで待っているから、時間を気にせず行っておいで」

「はい。ありがとうございます、アクア」




 お菓子の妖精王の指輪を設置する部屋は、もう作ってある。

 お菓子の家の屋根裏部屋で、部屋の窓からは王城を見ることができる位置だ。お菓子の妖精王とお菓子の妖精は、いつでもマリンフォレストのことを想っているということも伝わったらいいなと思う。


 屋根裏部屋には、お菓子のはしごを登って行く。壁には可愛い丸窓と、丸太っぽく焼き上げたクッキーで屋根が作られている。部屋の中には指輪を置くための台座しかなく、がらんとしている。

 お菓子の家の楽しく可愛い内装を見たあとだと、少し寂しく感じるかもしれないけれど――ここはこのままがいいと、ティアラローズは思う。


「……いつか、誰かがこの指輪を手にしてくれるのかしら?」


 そう考えると、思わず笑みが零れる。

 お菓子の妖精王の祝福を得た者だけが辿り着ける、秘密の場所だ。


「ああでも、わたくしは誰にも祝福をしていないから……」


 現時点では誰も辿り着けないのだったとティアラローズは苦笑する。でもきっと、いつの日か誰かに祝福を与えることもあるだろう。

 妖精王が誰かに祝福を与えることは、本当に稀なことだから……。


 ティアラローズはそっと台座に指輪を置いて、屋根裏部屋を後にした。

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