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悪役令嬢は隣国の王太子に溺愛される  作者: ぷにちゃん
第14章 王様のお仕事
202/225

7. 想い出の記録

 ふわふわとまどろむような意識のなかで、オリヴィアはゆっくり目を覚ました。

 どうやら横たわっていたらしく、視界には天井が映っている。


「これは……知らない天井だわ!!」


 まどろんでいた意識は一気に覚醒し、オリヴィアはカッと目を見開いた。まだこの世界に自分の知らない天井があったなんて……! と。


「っと、いけないわ。まずは落ち着かなくては」


 オリヴィアは深呼吸をして、周囲を見回す。

 暗く薄暗い通路だけれど、その壁は木の幹でできているようだ。暗くなく辺りが見えるのは、花がほんのり光っているからだった。


「わたくしは……確かできあがった本にぱっくんされちゃったのよね?」


 つまりここは本の中の世界ということで。


「え、すごい……! まさか本の中に入れてしまうなんて! 感動だわ!!」


 この感動を誰かに伝えたい。オリヴィアはそう思ったのだが、あいにくとここには自分一人しかいない。


 ――残念だわ。


 しょんぼりしつつ、オリヴィアは何をすればいいのだろうと首を傾げる。本の中に入ったのには、きっとそれなりの理由があるはずだと考える。


「たとえばこの世界を救うとか、しなければいけないことがあるっていうのがオーソドックスよね?」


 もし勇者になってくれと頼まれたら喜んで魔王と戦うし、世界を救うための贄が必要ならばいつでもこの身を差し出そう。


「ハッ! わたくしの身を差し出したらレヴィに叱られてしまうから駄目だわ」


 ぶんぶん首を振ると、オリヴィアはふと声が聞こえてくることに気づく。

 ――そういえば、食べられる瞬間に知識の宝庫という言葉が聞こえた気がするわ。


 やはり自分を食べたことには理由があるようだと、オリヴィアは声がする方へ歩き出した。



 ***



 一方、森の書庫。


 マリンフォレストの歴史を記すために作られた本に食べられてしまったオリヴィアを見て、全員が顔面蒼白になっていた。

 一人、レヴィだけは馬乗りになるようなかたちで「オリヴィアを返しなさい!」と本に突っかかっている。


『「「…………」」』


 部屋の中に沈黙が流れているのは、全員がどうすればいいのか必死に考えているからだろう。

 最初に口を開いたのは、アクアスティードだ。


「キース、司書、このような前例はあるのか……?」

「ないはずだ」

『わたしも初めてですし、意志を持った本があったという記録もありません』


 どうやら現時点で手掛かりは何もないようだ。

 レヴィに取り押さえられた本はジタバタしているけれど、悪意のようなものがにじみ出ている感じはしない。なので、その分厄介だとアクアスティードは思う。本が告げた通り、望んだのは『知識』なのだろう。


「オリヴィア嬢のマリンフォレストに関する知識量は、おそらくこの国でも随一……」


 歴史学者にも劣らないどころか、学者が知らない情報もいろいろと持っているだろう。


「ええ。オリヴィアよりすぐれている歴史学者などいないでしょう」

「レヴィ……」


 誇らしげに頷くレヴィをアクアスティードは言葉で制止、「どうしたものか」と本を見た。


『この本は、オリヴィア様を飲み込むときに喋っていました。もしかして、意志疎通ができるのではありませんか?』


 ティアラローズはゆっくり本に近づいて、話しかけてみた。


『ねえ、あなたは喋れるの? オリヴィア様はどうしているのか教えてちょうだい』

 〈ワタシは歴史を紡ぐ本。詳細な知識がほしくて、知識量の多い彼女を飲み込んだ〉

『「「――っ!」」』


 脳内に直接響くような声に、全員が息を呑んだ。

 どうやらティアラローズが考えた通り、この本には意識が生まれているようだ。そして貪欲に、知識を求めている。


 〈完璧な歴史書になるため、彼女の知識をもらい受けたい〉

「もらい受ける……? オリヴィアは今、どうしているのですか……!!」


 焦るようなレヴィの声に、しかし本は淡々とした声で答える。


 〈知識をもらい受けたら、すぐに返す。それが何日、何年後になるかはわからない〉

「何年……!?」

『そんなの駄目よ! どうにかしてオリヴィア様を助け出さなければ……』


 歴史書完成のために協力するのは問題ないが、そのために無許可で何年も本の中に閉じ込められるわけにはいかない。

 ティアラローズは唇を噛みしめ、本を睨む。確かに歴史書を作ることは大切だけれど、誰かを犠牲にして作るものではない。


 レヴィは本に手をかけて、「引きちぎりましょうか……?」と物騒なことを言っている。


『どうにかして、わたくしたちも本の中に入れないかしら? そうしたら、オリヴィア様を助け出すことができるのに』


 本の中に入って誰かを助け出すというのは、割とよくあるシチュエーションだとティアラローズは考える。


「ティアラ、さすがにそれは危険すぎる。戻ってこられなくなったらどうするつもりだ」


 すぐアクアスティードから止めるように言われてしまった。……が、ティアラローズも引き下がるわけにはいかない。オリヴィアは大切な友人だ。


 ――お菓子の指輪のせいでもあるもの。


『アクア。わたくしはオリヴィア様を助けたい。どうか力を貸してはくれませんか?』

「…………その顔は、何を言っても駄目そうだね」


 ティアラローズの表情ですべてを悟ったアクアスティードは、「仕方ない」と協力することを了承してくれた。


「お二人とも……! ありがとうございます。必ずやオリヴィアを助け出さなければ」


 レヴィはオリヴィアを助けると決めたティアラローズとアクアスティードに礼を言うと、本に向かってひどく冷たい声で話しかけた。


「私もオリヴィアと同等の知識を持っています。妖精王になられたティアラローズ様も、星空の王であるアクアスティード陛下も。それぞれあなたにとって有益です。さあ、私たちも飲み込みなさい」

 〈――私は知識が増えるのであれば、一向に構わない〉


 本は大きくページを開き、ティアラローズ、アクアスティード、レヴィの三人を飲み込んだ。


「……アクアスティード様、ティアラローズ様!!」


 取り残されたエリオットは本に向かって声を荒らげたが、返事はなかった。



 ***



「起きてください、ティアラローズ様」

「ん、んん……?」


 レヴィに体を揺さぶられ、ティアラローズの意識が浮上した。

 どうやら本に食べられた衝撃で、意識を失っていたようだ。隣を見ると、アクアスティードも同じように体を起こしたところだった。


「ここは……本の中か?」

「そのようですね。周囲にオリヴィアはいないようですが……」


 レヴィは軽く辺りを見回して、肩を落とす。すぐにでもオリヴィアと会えると思っていたのだろう。


「危険があるかもしれないから、ティアラは私から離れないように気をつけてくれ」

「はい」


 ひとまずこの森の中のような世界がどんなところか把握しなければならない。しかし、ふっと周囲の景色が変わった。


「え……!?」

「どうなってるんだ?」

「ここは、ラピスラズリ王国との国境の近くでしょうか」


 今までいた森の中ではなく、ティアラローズたちはレヴィが告げたようにマリンフォレスト王国とラピスラズリ王国の国境に近い場所にいた。遠目には浜辺も見えて、潮風の匂いがする。


 ティアラローズたちが周囲を警戒するように観察していると、馬車が目に入った。ラピスラズリ王国側から来たようで、浜辺に向かっている。

 豪華な馬車なので、乗っているのは貴族だろう。


 ――話を聞くか、近くの街まで乗せていってもらえたら――


 何かがわかるかもしれない。そう思ったティアラローズだったが、よくよく馬車を見て息を呑んだ。なぜなら、馬車に見覚えがあったからだ。

 思わず口元を押さえ、一歩下がる。すると後ろにいたアクアスティードにぶつかったが、すぐに支えてくれた。


「アクア、あの馬車……」

「ああ」


 どうやらアクアスティードもティアラローズと同じことを考えているようだ。レヴィだけは意味がわからないようで、何があるのだろうと馬車をじっと見ている。


「貴族が使う普通の馬車ではないですか? 豪華な部類ではありますが――あ」


 言って、レヴィがぱちりと目を瞬いた。ティアラローズとアクアスティードが言いたいことがわかったのだ。というか、窓から顔を出した人物のせいでわかってしまった。


「ティアラローズ様とアクアスティード陛下が乗っていますね」

「……あの馬車は、私がティアラを連れてラピスラズリから戻ってきたときに乗っていたものだよ」


 後ろに続く馬車には護衛や使用人などもいる。おそらくフィリーネやエリオットもいるのだろう。


「これが……歴史書」


 ただ文字で記すだけではなく、起こったことをそのまま記録しているようだ。まるで録画した映像を見ているみたいだとティアラローズは思う。


 浜辺に行くとアイシラに出会い、アクアスティードと仲良くする様子に耐えられずティアラローズが一人になったところで森の妖精たちと出会うのだ。

 懐かしいけれど、若かりし頃の自分のことなので気恥ずかしいようなそんな気持ちになる。


 顔を反らしたい……そう考えていたら、頭の中に直接、本の声が届いた。


 〈三人が私の中へ入ってくれたから、マリンフォレストの決定的な歴史がどんどん埋まっていくよ。ありがとう〉


 本にとっての知識とは、どうやらティアラローズたちの記憶のことらしい。


 〈星空の王の妃がマリンフォレストに足を踏み入れた瞬間は、ぜひ記録しておきたい〉



 そして再び場面が代わり、王城になった。

 煌びやかな珊瑚のシャンデリアが明かりをともす部屋では、ダークブルーの髪の赤ん坊がすやすやと眠っていた。

 すぐ近くに人が控えていてドキリとしたけれど、どうやらティアラローズたちのことは見えていないらしい。


 ティアラローズたちは顔を見合わせて、赤ん坊のところへ行ってみる。


「――この子、って」

「…………」


 気持ちよさそうに眠っている赤ん坊を見たティアラローズは、すぐ横にいるアクアスティードへ視線を向ける。が、アクアスティードは黙っている。


 ――面影があるわ……!


 もしかしてもしかしなくても、この赤ちゃんはアクアスティードなのでは!? と、ティアラローズは思う。

 カメラなどがないこの世界では、姿絵を見ることしかできない。そのため、ティアラローズは実際に赤ちゃんのころのアクアスティードを見れてテンションが上がっていく。


「アクア、アクア、この子……アクアですよね?」


 ティアラローズはわくわくそわそわしながら問いかけると、アクアスティードは恥ずかしそうにしながらも頷いてくれた。


 ――やっぱり!


 オリヴィアではないけれど、感動しすぎて鼻血が出てしまいそうだ。ティアラローズは口元を押さえつつ、可愛らしい寝顔の赤ちゃんアクアスティードにメロメロになる。


「赤ちゃんのアクア、すごく可愛いです」


 小さな手を握りしめてみたい衝動に駆られてしまうけれど、我慢だ。ティアラローズは気持ちを落ち着かせるために何度か深呼吸を繰り返す。

 でもでも、少しだけなら触れてもいいのでは……? そう思ってティアラローズがおそるおそる手を伸ばし、赤ちゃんのアクアスティードの手に触れようとして……すかった。触れようとしても通り抜けてしまい、触ることができなかったのだ。


「そんな……っ! 触れ合うこともできないなんて」


 まるでホログラムのようだ。

 ティアラローズはしょんぼりして、触れられないのであればせめて目に焼き付けようとじいっと見つめる。


 ――アクアはこのころから睫毛が長かったのね。

 寝ているため綺麗な金色の瞳を見ることはできないけれど、気品は伝わってくる。たくさんの愛情に包まれて育てられているのだろう。


 ――わたくしも小さな頃にアクアと会ってみたかったわ。

 一緒にお菓子を食べて、本を読んで、話をして……そんな風に遊べたのならきっと楽しかっただろうと思う。


 ――わたくしの幼少期はハルトナイツ様に振り回されてばかりだったから……。

 ちょっと自分の過去を思い出して、ティアラローズの目は遠くなる。別に嫌な思い出ばかりだったわけではないけれど、苦労は多かった。

 赤ちゃんのアクアスティードを見ていると、その苦労が報われるような気がした。ティアラローズは自分の頬が緩むのを感じ、赤ちゃんのアクアスティードのほっぺたはとっても柔らかそうだと思う。


 ――触れらないことが本当に悔やまれるわ……!


「ティアラ、そんなに見られると恥ずかしいんだけど……」

「あ……。ですが、せっかくのアクアですよ! この機会を逃したら二度と見られないかもしれません」


 もっと見たいし、なんなら永遠に眺めていられるほどの可愛らしさだ。ほっぺただってむにむにしたい。


「ティアラの赤ちゃんのころを見せてもらわないと割に合わない……」

「わたくしの幼少期はラピスラズリですから……」


 残念ながらこの本の中では見ることはできない。なんといってもここはマリンフォレストの歴史の中だ。

 しかしそんなことを話していたら、再び場面が切り替わってしまった。


「あぁっ、そんな……!」


 まだまだ堪能したかったのにと、ティアラローズはショックを受ける。

 今度の場所はゴツゴツした岩山で、木々も少ない。周囲には鉱石が転がっているので、あまり人が入らないような場所なのだろう。


「ここは……?」

「アクアの記憶にない場所ですか?」


 周囲を見回しているアクアスティードには、心当たりがないようだ。もちろんティアラローズにもない。

 となると残りは……と、レヴィを見る。


「私が鍛錬をしていた場所ですね」


 レヴィはそう言って、岩を一つ指差した。軽く五メートルはある大岩だが、よく見ると切り傷のような跡がついているのがわかる。

 暗器を得意とするレヴィの武器は短剣なので、それによってついた傷だということはすぐにわかった。


 ティアラローズが「すごい……」と岩を見ていると、びゅんっと自分の体を通り抜けたナイフが岩に刺さった。


「ひあっ!」

「ティアラ!!」

「あああああくあ……だ、大丈夫です。この世界のものに触れられなくて残念に思いましたが、今は触れられなくてよかったと思います……」


 ドッドッドと心臓が嫌な音を立てている。


「あ、私ですね」

「え」


 レヴィの声に、ティアラローズとアクアスティードは後ろを見る。そこにいたのは、短剣を手にしている幼いころのレヴィだ。髪はオールバックではなく、幼さが見えるのでなんだか新鮮だ。


「オリヴィアに頼んで、鍛錬に時間を割いていたんです。もちろん、オリヴィアのお世話は怠りませんでしたが」

「でしょうね……」


 ティアラローズたちはレヴィが甲斐甲斐しくオリヴィアのお世話をする様子ばかり見ていたので、鍛錬のためとはいえ、こうして離れているのが少し不思議だ。


 幼いレヴィは筋トレを行い、短剣の扱いを練習し、武術関連の本を読んで勉強もしていた。レヴィは普段から涼しい顔をしていたが、実はかなりの努力家だったようだ。



 その後もいくつか場面が変わり、アクアスティードの幼少期などを見て――最終的に辿り着いたのは王城の地下だった。

 蝋燭の明りはあるけれど、薄暗く、目が慣れていないためまだあまりよく見えない。


「ここは……いつの時代の地下かしら」


 今まで見ていた光景は年代がバラバラだったので、場合によってはここにフェレスとリリアージュがいるはずだ。

 ティアラローズが目を凝らしていると、人影が見えた。


「オリヴィア!」

「レヴィ! ティアラローズ様に、アクアスティード陛下も!」


 どこかほっとした様子でこちらを見たのは、レヴィが呼びかけた通りオリヴィアだった。その瞳には、涙があふれている。


「……っ! 何かあったのですか、オリヴィア様」


 ティアラローズとアクアスティードが駆けつけて心配すると、オリヴィアはゆっくり首を振り……視線だけを動かした。そこにいたのは――フェレスだ。


「大丈夫だよ、リリアージュ。私はずっとここにいる」


 そう小さく呟いたフェレスの目にも、うっすら涙が見えた。

 どうやら、ここはティアラローズが知る時代よりかなり昔なのだろう。フェレスの空気は重く、絶望すら感じる。


「オリヴィア嬢、無事でよかったが……どれくらいここにいたんだ?」

「……わたくしの役目は、歴史に大きな動きがあったときの客観的な動線みたいです。王城の地下通路や、フェレス殿下のことをお話ししたんです」


 その結果、王城の地下にやってきてフェレスの記録を見た。

 というのも、この光景は元々のマリンフォレストの歴史書に収録されていた内容なので、見ること自体は問題なくできるのだとオリヴィアは説明してくれた。


「とはいえ、他人が土足で見ていいものではないのでしょうが……」

「……そうね」


 ティアラローズはオリヴィアの言葉に同意して頷いた。

 オリヴィアはハンカチで目元を拭い、「帰りましょうか」と告げる。今までは不可抗力でここにいたけれど、ティアラローズたちが来た今ならば本がほしかった知識も補完されたことだろう。


「本は、数年単位でオリヴィア様が必要かもしれないと言っていたけれど……この短時間で解決したというの……?」


 純粋に不思議でならず、ティアラローズは困惑した表情をオリヴィアへ向ける。アクアスティードも「膨大な知識が必要だったはずだが……」とオリヴィアを見ている。


「ああ、それでしたら……わたくしの攻略本を本に差し上げたんです」

「攻略本って、オリヴィア様の別荘にあった攻略本ですか?」

「そうです」


 オリヴィアはドヤ顔で頷いた。

 攻略本――それはオリヴィアが前世で覚えていることすべてを詰め込んだ『ラピスラズリの指輪』の攻略本だ。

 そこにはこの地下通路はもちろんのこと、王族だけが知る避難経路など様々な情報が書かれている至高の一冊。オリヴィアの知識がすべて詰まっているといっても過言ではないだろう。


 ――なるほど、だから時間が短縮できたのね。

 おそらく攻略本がなかったら、本が言ったように数年単位の時間が必要だったのだろう。


「オリヴィア様の攻略本に感謝しなければいけませんね。ありがとうございます、オリヴィア様」

「いいえ。わたくしの知識が森の書庫の歴史書のお役に立つなんて、これほど光栄なことはありません」


 いつでも何日でも何年でもどうぞ! というオリヴィアに、さすがにそこは自重してほしいとティアラローズは苦笑した。

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