8. 小さなティアラローズの街観光
翌日、ティアラローズが目を覚ましたのは日が高くなった時間だった。
うとうとする目を擦り、二度寝をしたらきっと心地いいだろうなぁ……そう思い――ハッとする。
「そうだ、わたくし小さくなって……って、小さいまま!」
一晩寝て魔力の回復を図ったら、もしかしたら体が元に戻っているかもしれないと考えたけれど、どうやらそれは甘かったらしい。
ティアラローズが騒いでいたからか、寝室の扉が開いてフィリーネが入ってきた。
「おはようございます、ティアラローズ様」
「フィリーネ! おはよう。……わたくし、小さいままだわ」
「……キース様に、事情は伺いました。わたくしも全力でティアラローズ様をお支えいたしますから、元に戻る方法を探しましょう!」
大丈夫ですよと微笑むフィリーネに、ティアラローズはじわりと涙が浮かぶ。自分が勝手に下した判断でこんなことになってしまったのに、どうしてこんなに優しいのか。
叱咤されたって、おかしくはないのに。
ティアラローズは寝台から降りて、フィリーネにぎゅっと抱きついた。
「ありがとう、フィリーネ。いつも頼りっぱなしで、迷惑ばかりかけてしまって、ごめんなさい」
「そんなことはございません。ティアラローズ様は、サラヴィア陛下とサラマンダー様を救うためになされたのでしょう? それを誇ることはすれ、蔑むようなことは決してありません」
「……うん」
フィリーネに優しく抱きしめてもらい、安堵に包まれる。
ずびっと鼻をすすり、ティアラローズは笑顔を作りフィリーネへ向けた。すると、すぐにハンカチで目元と鼻を拭われる。
「可愛らしいお顔が台無しですよ」
「……もう泣いたりしないわ」
「はい。それでは、湯浴みをして着替えましょうか」
寝室の奥に備え付けられている浴室は本来のものより小さいが、自由に使うことが出来る。
疲れ切った体を温め、少し砂をかぶってしまっていた髪を丁寧に洗い、最後にオイルマッサージをして子供サイズのドレスに着替える。
用意されていたのは、昨日とは違うデザインの真珠をあしらった海のドレス。膝丈なので動きやすいが、大きなリボンが付いている。
「とっても可愛いですね、ティアラローズ様。髪型はどうしましょうか」
「別にこのままでもいい気がするけれど……」
「せっかく子供の姿なんですから、可愛くしてもいいと思うんですよね」
ティアラローズの意見はさらりと却下されてしまい、フィリーネは髪をいじっていく。お団子もいいし、編み込んだ三つ編みも可愛らしい。けれどそれならば、別に大人のときにしても問題はない。
考えながら髪を整え、十数分。本日の髪型が出来上がった。
「……完成です!」
「……さすがにこれは、どうかしら?」
鏡に映る自分の姿に、ティアラローズは苦笑する。
両サイドの高い位置から、リボンで結ったツインテールだ。確かにこれを大人の自分がするとは思えないが、なかなかに恥ずかしい。
――子供の姿だから、似合わない……っていうことはないけど……。
いいのかなぁと、苦笑する。
「とってもお似合いです、ティアラローズ様。大丈夫ですよ」
「そう? なら、これでいいわ。ありがとう、フィリーネ」
この後は朝食という名の昼食をとり、体を元に戻すための作戦会議だ。なんとしても、アクアスティードがサンドローズへ到着する前に戻らなければ。
***
ほとんど休みを取らずに馬で駆け、やっと国境を越えてサンドローズ帝国へ入ることが出来た。
アクアスティードは流れる汗を拭い、「休憩にしよう」と声をあげる。
「アクアスティード陛下、あちらのオアシスでお休みください。冷たいお飲み物を用意いたしました」
「ああ、そうさせてもらう」
ふうと一息ついて、ちょうど木陰になっている木の根元に腰を下ろす。
ティアラローズが心配だったため仕事を早く終わらせた結果、予定していたよりも二日ほど早くサンドローズの宮殿へ着くことが出来そうだ。
とはいえ、この暑さで人間も馬もかなり消耗が激しい。こまめに休憩をとっているから問題はないが、今回の訪問が終わったら自分に付き添っている騎士には十分な休暇を与えなければいけないだろう。
アクアスティードがオアシスの水へ視線を写すと、水面は太陽の光を反射してきらきら輝いていた。とても美しく、一見異変などが起きているようには感じない。
水位だって、別に低いようには見えないが……。
マリンフォレストの騎士たちはサンドローズの事情を知らないので、「冷たくて気持ちいい」とオアシスの水を堪能している。
アイシラから海の妖精を通じて異変を聞いたときは冷や汗をかいたが、この分なら問題はないだろう。
クレイルに聞いたサラマンダーのこともあり、アイシラとはすでに情報共有を行っている。直に妖精たちも落ち着くはずだ。
「……早く会いたい」
冷たいもので喉を潤したアクアスティードの口からもれたのは、愛しい妻への想い。
もう別れてから、十六日が経っている。多少は大丈夫かと思っていたが、とんでもない。早く会って抱きしめて、その温もりを感じたいと、乾きに似たような感覚に陥る。
「ティアラ……」
名前を呼んで、今どうしているだろうと思い浮かべる。
サンドローズのスイーツに舌鼓を打っているだろうか? それとも、珍しい鉱石である砂漠の薔薇を鑑賞したり、巫女の舞を見ているだろうか。
間違っても、何か事件を起こしていることはないはずだと思いたい。
「明日には、サンドローズの宮殿か」
アクアスティードは出発するために立ち上がって、騎士に声をかけた。
***
ティアラローズに与えられた部屋に集まったのは、主人であるティアラローズ、キース、パール、フィリーネ、エリオットの五人だ。タルモは部屋の前で警備にあたっている。
キースは小さいままのティアラローズを見て、「やっぱりなぁ」とため息をついた。
「サラマンダーから魔力を奪い返さないと元に戻るのは無理だな」
「そんな……。サラマンダー様はどこにいるかわからないのに」
「祭典には現れるってサラヴィアが言ってたから、それを待つしかないだろ」
力技で無理やり引きずり出すことは出来るかもしれないが、もし戦いにでもなったら宮殿にも被害が及ぶかもしれない。そう考えると、これはあまり得策ではないのだ。
ティアラローズが項垂れるのを見て、パールは「自業自得じゃ」と告げる。
「大人しく祭典まで待って、こちらにきたアクアスティードに怒られればよい」
「うっ……どうにか、どうにかアクア様が来る前に元に戻りたいです!」
心配をかけてしまうし、何よりこんな子供の姿は見せたくないのだ。
あれだけ勝手はしないと言ったのに、このありさま。もしかしたら、呆れられて愛想をつかされてしまう……なんていうこともあるかもしれない。
そんなことになったら、一生立ち直れないだろう。なので、どうにか、どうにかしてアクアスティードが来る前に魔力を返してもらいたい。
ティアラローズの訴えを聞いて、キースとパールは悩む。
そしてパールが口元に扇を当てながら、とある提案を口にした。
「それなら、サンドローズの王にとりなしてもらうのがよかろう。あやつなら、サラマンダーに渡りをつけられるのではないか?」
「サラヴィア陛下に? そうですね、聞いてみようと思います。……というか、サラヴィア陛下はあのあとどうなったんですか?」
すっかり頭から抜け落ちてしまっていたけれど、ティアラローズが小さくなって以降、サラヴィアがどうしているのかまったく知らないことに気付く。
記憶が正しければ、サラマンダーの寝床に置き去りにされているはずだ。
焦るティアラローズの問いかけに答えたのは、エリオットだ。
「サラヴィア陛下でしたら、朝から他国の来賓のもてなしをされていましたよ」
「そうなの……無事だったのね」
もしまた倒れていたら……と、少し心配だった。
しかしティアラローズの言葉を聞いたキースは、おいおいと苦笑する。
「あいつのせいで小さくなったのに、心配するのか」
「……魔力をあげると言ったのはわたくしですから、この姿になったのはサラヴィア陛下のせいではありません。サラマンダー様のせいですから、サラヴィア陛下を責めるようなことはいたしません」
「ティアラらしいな」
それなら好きにすればいいと、キースは告げる。
「サラマンダーに魔力を奪われたことは想定外だったが、次はもうこんなヘマはしねぇよ。サラヴィアのところに行くんだろ?」
「ええ、もちろん!」
ティアラローズはぐっと拳を握り、サラヴィアへ会いに行くことにした。
――のだが、物事はそう上手くはいかないものだ。
「まさかすぐに会うことが出来ないなんて……」
普段は会いたくなくても勝手に会いにくるのに、どうしてこうタイミングが悪いのだとティアラローズは頬を膨らませる。
それを見たフィリーネが苦笑しながら、冷たいレモネードとジェラートを用意してくれた。
「仕方ありません、サラヴィア陛下もお忙しいですから。……もちろん、ティアラローズ様のことを優先してもらいたくはあるのですが……」
そう言ったフィリーネは、笑顔だけれど目が笑っていない。
「夜になったら時間をとれるということですが、他国の王妃に会う時間ではありませんわ!」
「……仕方がないわ。今回の祭典には、マリンフォレスト以外の国も招待されているもの。皇帝として、サラヴィア陛下が相手をされるのは当然だもの」
むしろ、夜とはいえ時間をとってくれたことはありがたい。
祭典の準備、来賓のもてなし、サラマンダーの問題と、サラヴィアは意外とやらなければならないことが多いのだ。
ティアラローズはレモネードを飲んで、「美味しい」と顔を輝かせる。
さらにはジェラートも用意されているので、暑い国もいいものだと思ってしまう。とはいえ、室内は魔道具を使って温度調節をしているけれど。
「そういえば、本日は夜まで時間がありますが……どうなさいますか? キース様とパール様が、街へ観光に行きたいとおっしゃってましたよ」
「街へ? ……そうね、宮殿にいてもすることはないし、街へ行ってみましょうか」
「はい」
サンドローズは街の作りはもちろんのこと、売っている品や文化、歴史なども大きく異なっている。それを実際自分の目で見られるのは、とても勉強になるだろう。
ティアラローズはキース、パール、フィリーネの四人で街へやってきた。
街の各所にオアシスの木が生えていて、数カ所から水が湧き出ている。どうやら、ここは複数のオアシスから出来上がった街のようだ。
街に流れているオアシスの水量は十分で、行きしなに見た光景が嘘のようだ。
ティアラローズはじっと見つめて、あれ? と首を傾げる。
「もしかして、水位が戻ってるのかしら」
「ふむ、そのようじゃ。サラマンダーがティアラローズの魔力で満腹になったから、元どおりになったのじゃろう」
ティアラローズの疑問に答えたパールが、街を見回す。
「おぬしが元に戻るために魔力を奪い返すと、またしばらく水位が下がるじゃろう。しかしその魔力は、この国の皇帝が与えればいいだけの話じゃ」
別にティアラローズが何か考える必要はないと、パールは言う。
「……む? あれはなんじゃ?」
「え?」
深刻そうな雰囲気を見せたパールだったが、とある一点に視線を向けた。
ティアラローズたちもつられてそれを見ると、どうやら屋台販売のようだ。売っているのは、タピオカが入った冷たい飲み物。
パールは初めて見たらしく、飲みたそうにそわそわしている。
「変な粒が入ってるな」
キースも知らなかったようで、不思議そうだ。
「あれはタピオカドリンクです。ええと……キャッサバっていう芋から作られているんですよ。それが甘いココナッツミルクに入っているんだと思います」
「芋……? てっきり木の実か何かだと思った」
「見た目は木の実に似ていますからね」
小さな粒なので、あれが芋から出来ていることを知っている人は少ないのではないだろうか。
ティアラローズが屋台まで行くと、ちょうど話を聞いていたらしい店主が話しかけてきた。
「お嬢ちゃん、小さいのに詳しいんだな。偉いぞ」
「タピオカドリンクは、つぶつぶの食感が素晴らしいですから! まさかサンドローズで人気の飲み物だったとは……大発見です」
ぜひともキャッサバを買って帰り、マリンフォレストでもタピオカドリンクを作りたいとティアラローズが熱く語る。
「お、おう……嬢ちゃんはタピオカがすごく好きなんだな。ええと……買うのかい?」
「あ、そうでした。四ついただけますか?」
「はいよ」
フィリーネがお金を渡し、全員がタピオカ入りのココナッツミルクを受け取る。
一口飲むと、まずは濃厚なココナッツの甘さが広がる。甘いけれどさっぱりしていて、とても飲みやすい。ココナッツを割ってから作ってくれたこともあり、とてもよく冷えている。
「はあぁ、美味しい……」
「んむ、これはなかなかいいのぅ」
うっとりするティアラローズの横で、パールも満足そうに飲んでいる。どうやら気に入ったようで、ココナッツは買って帰れないのか? と、真剣に検討すらしている。
しかしそれに賛同するのがティアラローズだ。
「いいですね、マリンフォレストにココナッツがあったら最高です……!」
「そうじゃろう! そのキャッサバとかいうものも、あるといいのぅ。しかし、気候を考えるとなかなか……いや、これはキースと相談すればよいか」
はしゃぐ二人を見て、キースはやれやれとココナッツミルクをすする。確かに美味いけれど、甘いからそんなにたくさん飲みたいとは思わない。
もしかしたらあとで相談されるかもしれないが、それならそれでパールに恩を売れるからいいか……と、そう思うキースだった。
次にティアラローズたちが向かったのは、街の外れにある観光地の一つ、砂漠の庭だ。ここは鉱石から出来た砂漠の薔薇がたくさん自然発生しており、とても幻想的で美しい場所になっている。
近くでは砂漠の薔薇の鉱石で作られたアクセサリーなど、様々な装飾品が販売されているのも見所の一つ。
――宮殿の地下でも見られたけど、やっぱり砂漠で見ると一味違う。
一通り砂漠の薔薇を見てから、装飾品などがならぶ店舗へ足を運ぶ。
「わぁ、大きい……実物の砂漠の薔薇も販売しているのね」
てっきり自然のものを鑑賞するだけだと思っていたが、そうではなかったようだ。ティアラローズが感心しながら見ていると、店員の女性が「すごいでしょ?」と話しかけてきた。
「これは百年ほどかけて出来たと言われているのよ」
「百年も……。私の身長よりも大きいです」
「確かにそうね。お嬢ちゃんなら、小さいものの方がいいわね。お守りとしても人気なのよ」
案内された棚にあったのは、色とりどりの小さな砂漠の薔薇だ。
色ごとに違う説明がされていて、効果が書かれている。
黄色味が強いものは、金運。赤みがかっているものは、恋愛運。青色に近いものは、健康運。
「女性に人気なんですよ」
「そうなのね。可愛いから、私も買おうかしら」
ティアラローズが眺めていると、フィリーネがじっと赤みがかった砂漠の薔薇のブローチを見ていることに気付く。どうやら、恋愛運のものに興味があるようだ。
「…………」
思わずティアラローズがじっと見ていると、視線に気づいたフィリーネの体がビクッと跳ねた。
「いえ、あの……見ていただけですよ?」
「そんな、遠慮することないわ。……そうだわ、わたくしがプレゼントします!」
いつもフィリーネにはお世話になっているので、彼女がほしいものをプレゼント出来るのはとても嬉しい。
さっそく赤い砂漠の薔薇を二つ手に取り、会計をしてしまう。二つ目はもちろん、エリオットの分だ。仲良くお揃いのブローチをつけて、早く幸せになってほしい。
キースは適当に店内にある商品を見ているが、パールはお守りになる砂漠の薔薇のネックレスを購入していた。
「はい、フィリーネ。もう一つは、エリオットに渡してね」
「ありがとうございます、ティアラローズ様」
フィリーネが嬉しそうに受け取ったのを見て、ティアラローズは満足そうに微笑む。
買い物が終わったのを見ると、キースが「次に行くぞ」とティアラローズのことを抱き上げる。どうやら、子供の足だと遅いため運んでしまおうと考えたようだ。
「キースはどこか見たい場所がありますか?」
「俺か? 特にないな。サンドローズのことも知らねぇし、ティアラの行きたいとこについてくさ」
「なら、街中を見て回りましょうか」
「わかった」
もし気になる場所やお店があれば、ゆっくり見ればいい。
ティアラローズたちはこうしてゆっくり、サンドローズの観光を楽しんだ。
***
すやすや寝息を立てている姿は、まるで空から舞い降りた天使のようだ。
観光ですっかり疲れ切ってしまったティアラローズは、宮殿に帰ったときにはキースの腕の中で深い眠りについていた。
それを微笑ましく見ているのは、フィリーネだ。
「体が子供になると、生活リズムもそれに合わさってしまうんですかね」
「この姿だと体力もないだろうからな」
大人のティアラローズであれば、眠るようなことはなかっただろう。
むにゃむにゃしている彼女をキースから受け取って、フィリーネは寝室に連れて行こうとしたところで……後ろから声をかけられた。
「子猫ちゃん!」
「サラヴィア陛下……申し訳ございません、今は……」
「ああ、寝ているのか。時間が出来たから来たんだが……」
さすがに起こすのは可哀想だなと、サラヴィアがティアラローズの髪を撫でようとして――その手が触れる前に腕をキースに掴まれた。
「誰の許可を得て触れようとしてるんだ」
「おっと――これは失礼しました、森の妖精王」
サラヴィアはパッと手を上げて、簡単な謝罪を口にする。
「明日の午前中、時間を空けておいた。ティアラローズにはその際に……と、伝えていただいても?」
「ああ、構わない」
今日の予定は明日にずらすことにして、キースたちはティアラローズを連れ部屋へ戻った。




