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悪役令嬢は隣国の王太子に溺愛される  作者: ぷにちゃん
第8章 巫女の舞と静かな望み
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6. たった一人の直系

「あぁ〜アクア様に会いたい!」

「ティアラローズ様、その姿で寝台へ寝転がらないでくださいませ」

「あ……そうね。ごめんなさい、フィリーネ」


 宴を終えて部屋へ戻ってきたティアラローズが寝台へダイブしたところで、フィリーネから注意の声が飛んできた。せっかくの砂漠のドレスが、洗濯するとはいえ皺になってしまう。

 ティアラローズは寝台に座って、ふうと息をつく。


「お会いしたいのはわかりますけど、きっとアクアスティード陛下もこちらへ向かっているはずです」

「そうよね。……アクア様ったら、行程を短縮するために馬車じゃなくて馬で行くなんていうから、驚いたわ」


 もちろんそんな無茶はしてほしくないので、必死に止めたけれど。


「愛されている証拠ですよ、ティアラローズ様。着替えますか?」

「……せっかくだから、もう少しこのままでいようかしら。露出度は高いけれど、砂漠のドレスは初めてだから新鮮で」

「アクアスティード陛下にもお見せしたいですね」

「……それはちょっと恥ずかしいかもしれないわ」


 フィリーネの言葉に、ティアラローズは照れたように苦笑する。

 あの金色の瞳にまじまじと見られたら、どうなってしまうだろう。間違いなく羞恥心で真っ赤になってしまうと、ティアラローズは頬を膨らませる。

 宴など公の場で着用するのであればなんの問題もないが、好きな人の前だと、どうしてもそんな風に思ってしまう。


 そんなティアラローズを見たフィリーネは、見れなかったアクアスティードのためにぜひ機会を作ってあげなければと考える。もちろんそのことはティアラローズには内緒だ。


「わたくしは湯船の様子を確認してまいりますね」

「ええ、お願いね」


 フィリーネが退室したのを見送って、ティアラローズはバルコニーへと出る。

 用意された部屋は三階にあり、今は満点の星空ということもあって景色がとてもいい。サンドローズの宮殿の庭や街並みを一望することが出来るのだ。

 夜の空気は少し肌寒いけれど、上着を取りに戻るほどではない。


 そしてふと、先程サラヴィアが告げた言葉を思い出す。


 ――サラマンダーは存在する、か。


 あんなにすんなり教えてくれるとは思わなかったので、思わずティアラローズから笑みが溢れる。


「会いたいけど、わたくしが関わるのは駄目だものね。我慢しないと」


 そう言いながらのんびり夜景を楽しんでいると、視界の片隅に金髪が映った。どうやら、サラヴィアが庭園にいるらしい。

 こんな時間にいったい何をしているのかと、ティアラローズは首を傾げる。


 サラヴィアを視線で追っていると、水辺へ足を踏み入れた。そしてそのまま、中央に設置されている女神像の下まで歩いて行く。

 女神像は少し褐色の色がまざっているので、おそらく砂漠の鉱石から作られたものだろう。美しい肢体に布を纏い、大地に向けて祈りを捧げている。


「……何をしているのかしら?」


 もしかして酔っ払い? そうティアラローズがとらえてしまっても、仕方がないだろう。確か彼は、かなりの量のワインを飲んでいたはずだ。


「誰かに伝えた方がいいかしら……。でも、フィリーネは外しているし」


 うぅ〜んと悩んでいると、サラヴィアの手が女神像に触れた。

 すると、淡い赤色で女神像が輝く。闇世の中で光るそれはとても神秘的で、まるで女神がもたらす奇跡のよう。


「え?」


 ティアラローズは目を瞬かせて、まじまじとサラヴィアと女神像を見る。酔っ払っていると思っていたのは、とんだ勘違いだったらしい。

 あれは、そう――儀式なのではないだろうか。


「サラマンダー様を目覚めさせ……いえ、再び眠らせるためのもの?」


 無理やり目覚めさせる必要はないだろうと、ティアラローズは自分の考えに首を振って否定した。今回の祭典の趣旨を考えると、サラマンダーのために何かしているのだろうと思った。


 ――でも、祭典まではまだ日数があるのに。


「…………ん?」


 ティアラローズがじっとサラヴィアの様子を伺っていると、その体がふらりと揺れた。


「サラヴィア陛下……っ!?」


 そしてそのまま、ばしゃんと飛沫をあげてサラヴィアが倒れた。

 かろうじて意識はあるようで、起き上がろうとしたが……そのまま水の中に座り込んでぐったりしてしまった。いつ気を失ってしまってもおかしくない状況に見える。


「……っ! いけない、すぐにいかないとっ」


 ティアラローズが慌てて部屋を飛び出すと、扉の前で護衛をしていたタルモがぎょっとする。

 多少の無茶をするが、普段からお淑やかな主人が慌てているなんていったい何事か。タルモはひとまず事情を聞くために口を開こうとしたが、すぐに「急いでるの!」と声を荒らげるティアラローズの気迫にたじろぐ。


 しかし、だからといって理由も聞かず主人を行動させるわけにはいけない。マリンフォレストであればいいが、ここは他国なのだ。


「ですが、ティアラローズ様――」

「いい、俺がつくからお前はここで待機していろ」

「……っ!?」


 タルモが進言しようとして、しかしすぐに後ろから肩を掴まれた。


「っ、キース様!?」

「まったく、うちのお姫様は大人しくしてるってことを知らないのかね」


 慌てて廊下を走って行くティアラローズの後ろ姿を見ながら、キースはくつくつ笑う。そしてゆっくり、彼女の後を追いかけた。



 ***



 宮殿からもれる光と、月明かり。

 その二つしかないはずなのに、やけに明るく感じるのはなぜだろう。水でぐっしょり濡れてしまった衣服のせいで、氷のように肌が冷たい。


 サラヴィアは座っているのも億劫になってしまって、そのまま水辺へ寝転んだ。浅い作りになっているのが幸いし、溺れることはない。


「……へいか、サラヴィア陛下!」

「ああ……ローズか」


 遠くから聞こえた声に気付き、どうりで明るく感じるはずだなと思う。彼女がいる場所は、どこも暖かく、光に満ち溢れている。


「サラヴィア陛下、大丈夫ですか!?」

「格好悪いところを見られちゃったなぁ……」

「何を言っているんですか! すぐ、部屋に行きますよ!」


 ふざけたことを言うんじゃないと、ティアラローズはサラヴィアを一喝する。

 冷たくなった肌に触れて、このままでは凍傷にでもなってしまうかもしれない。すぐにお湯の用意が必要だと思い、周囲にいるであろう側近か使用人に声をかけようとして――


「……って、どうして宮殿なのに誰もいないんですか」

「俺が人払いしたから? それから、こんな姿を見られるわけにはいかないから、人は呼ばないでほしいかな」

「え? でも、この状況じゃ……」


 サラヴィアが歩けるようには見えないので、誰かに運んでもらわなければならない。しかし人を呼ばないとなると、移動することもままならない。


 ――どうしよう。

 サラヴィアが人払いしてまで行っていたことだから、かなり重要なことをしていたのだろう。それを倒れて具合が悪そうだからと、ティアラローズの一存で人を呼ぶ事は出来ない。

 彼がしていたことを、すべて無駄にしてしまうかもしれないからだ。


「俺が運んでやるから、さっさと移動するぞ」

「キース!」


 やれやれとため息をつきながら、キースが倒れていたサラヴィアを担ぎ上げる。


「お前はあれだけ無茶しないっつったことを、もう忘れたのか?」

「これは無茶じゃなくて当然でしょう!? だって、目の前で人が倒れたら助けにいかないと」

「はいはい」


 ティアラローズが当たり前だと告げると、キースはさっさと歩き出してしまう。サラヴィアが苦しそうに呻いているが、そんなことはお構いなしだ。


「もう、キースってば……。でも、ありがとう」


 口では助けなければよかったようなことを言われてしまったが、キースはこうして追いかけてきてくれて、サラヴィアの面倒もみてくれた。

 お礼の言葉を聞き、キースは「おう」と一言だけ返事をして手をあげる。


「さっさと行くぞ。確か湯浴みの準備がされてるみたいだから、そこに放り込めばいいだろ」

「えぇっ!? さすがに皇帝陛下にそれは乱暴なんじゃ……」

「俺は妖精王だぞ?」

「あっ、はい……」


 ティアラローズが慌ててキースを制止しようとするが、妖精王だと反論されてしまっては叶わない。一国の王より妖精王の方が一般的に上だとされているのだ。



 庭園から宮殿の中に入り、ティアラローズのためにフィリーネが準備していた浴場までやってきてしまった。

 お湯が張られているため、浴室にいるだけでもほわりと体が温まる。サラヴィアも、小さく息をついた。


 しかしそれよりも何よりも、浴室にいたフィリーネが驚いて悲鳴に近い声にならない声をあげた。


「――っ!? いったい、何が……っ! サラヴィア陛下!? す、すぐに医師を……っ!!」

「待って、フィリーネ。ひとまずこの事は内密にしてほしいの」

「えっ!?」


 フィリーネがティアラローズの下へ行き慌てて提案するのと同時に、どぼんという音と盛大な飛沫があがった。キースが本当にサラヴィアを湯船に投げ入れたようだ。


「ゲホッ、ごほ……はぁっ」

「ったく軟弱だな。魔力が少ないくせに、あんな無茶するからだろ」

「はっ、はぁ……お見通し、でしたか」


 キースの言葉に、湯船に座りこんだサラヴィアが自嘲めいた笑みで答える。

 どうやら、キースはサラヴィアが何をしていたかわかっているようだ。ティアラローズにはわからないが、ひとまずフィリーネを下がらせる。

 サラヴィアがサンドローズの面々にも告げずに行っていたのだから、不用意にマリンフォレストの人間が内容を知るわけにはいかない。


 ――というか、わたくしも退室した方がいいんじゃないかしら?


 冷え切ったサラヴィアはこのまま風呂に入ってしまえばいいと、ティアラローズは考える。

 なのでこっそり退室しようかなと思ったけれど、そこはやはりというかなんというか、サラヴィアから待ったの声がかかる。


「ちょっと子猫ちゃん、放置して行くなんて酷いんじゃない?」

「……だって、サラヴィア陛下びしょ濡れじゃないですか。ひとまずお休みになられた方がいいかなと」

「でも、礼くらいは言わせてくれたっていいだろう?」


 サラヴィアはまだ疲れているようだが、先程よりは少し顔色もいい。

 確かに何も告げずに退室するのは失礼だったと、ティアラローズは苦笑しながら頷いた。


「まずは礼を。ありがとう、助かったよ。さすがにあのままじゃ、凍死してたかもしれないしね。キース様も、駆けつけていただきありがとうございます」

「本当に、ご無事でよかったです」

「俺は護衛代わりにティアラについてただけだ」


 ひとまず落ち着いたことにほっとして、ティアラローズは聞いていいものかと思いつつもサラヴィアへ問いかける。


「それで、いったい何をしていたんですか?」

「…………」


 しかし、サラヴィアは笑みを浮かべるだけで返事をしない。


 ――わたくしに聞かれたくないこと?

 こてんと首を傾げ、ちらりと理由を知っていそうなキースを見てみる。……と、割とどうでもよさそうに欠伸をしていた。


 まったくキースは……と思いつつ、しかし先程の魔力を使いすぎと言っていたことが引っかかる。


 ――もしかして、サラマンダー様に魔力を与えていたのでは?

 単純かもしれないけれど、ティアラローズはそう考えた。他者に魔力を与えるという行為は、ゲームでは鉄板のお決まり展開なのだ。

 それに、タイミングもちょうどいい。


 キースはサラヴィアのことを、『魔力が少ない』と言った。


「もしかして……サラマンダー様に与えるための魔力が足りない?」

「――! なんだ、子猫ちゃんにはなんでもお見通しか」

「え、ただの予想だったのですが……当たりだったんですか!?」

「って、予想とか。じゃあ、俺はまんまと墓穴を掘ったってわけか」


 サンドローズの皇帝だというのに、まさかティアラローズのもらした呟きに正直に答えてしまうなんて。やはり魔力を消費しすぎて疲れていると、サラヴィアはうなだれる。


 しかしサラヴィア以上に、今度はティアラローズが動揺する。


 ――え、魔力が足りてないって大丈夫なの?

 かなり一大事なのではないだろうかと、ティアラローズの中で不安が大きくなっていく。クレイルたちの話によると、過去は問題なくサンドローズの王族が対処していたと言っていたのに。


 ――あ、そうか。


 サラヴィアの魔力が少ないせいで、サラマンダーに与えなければいけない魔力量を確保出来ないのだ。それであれば、サラヴィアが今しがた倒れた原因も……魔力を使いすぎたせいだと説明することが出来るし、キースの言っていた通りだ。


「その、差し出がましいことを言うようですが……サラヴィア陛下以外に、サラマンダー様に魔力を与えてくれる方はいらっしゃらないのですか?」

「……残念ながら、いないんだ。魔力を与えることが出来るのは、波長が合う人間だけだ。サンドローズだと、直系の王族だけだな」

「そんな……」


 どうしようもないという空気に、ティアラローズは眉を寄せる。

 そして思い出すのは、サンドローズの歴史。

 この国は建国当時から一夫多妻制であり、今では恋愛大国と呼ばれていた。ティアラローズは、そのことに対して、自分は一人占めしたいから複数も奥さんがいる人は嫌だ……と、軽く考えていた。


 ――でも、今のサラヴィア陛下を見たらその理由がよくわかる。


 一夫多妻制にしたのは、直系の王族を一定数確保しておくためではないだろうか。

 それは、サラマンダーが目覚めたときに魔力を与えるための人間が必要だからだ。おそらく歴史の中で目覚めたサラマンダーは、複数の王族から魔力を与えられて再び眠りについたのだろう。


 けれど今は?

 魔力を与えることの出来る王族は、サラヴィアしかいないではないか。

 彼の両親はすでに他界しており、兄弟もいない。今の直系の王族は、サラヴィアたった一人だ。

 チャラいと言ってしまったけれど……本当はそんな理由があったのだとしたら? 自分は、サラヴィアの王族としての責務を否定してしまった。

 ティアラローズはぐっと拳を握りしめて、安易に考えてしまった自分のことを恥じる。


 どうにかして、力になれないだろうか。

 そう思ったとき、ふと――サラヴィアに告げられた言葉が脳裏に蘇る。



『妖精に愛された姫は、精霊にも愛されるんだな』



 瞬間、悟ったような気がした。

 ティアラローズは小さく深呼吸を行なって、サラヴィアを見つめる。


「でしたら、わたくしの魔力をサラマンダー様に捧げさせてください。きっと、わたくしの魔力はサラマンダー様と波長が合うはずです。……違いますか?」

「……いいや、違わない。本当に、子猫ちゃんには参るな。なんでもお見通しなんて、ずるいだろ」


 そう言って、サラヴィアが笑う。


「感謝するよ。子猫ちゃん……いや、ティアラローズ」

「はい」


 本当に、サラヴィア一人の力ではどうにもならなかったのだろう。すっと頭を下げて、ティアラローズの申し出に礼を告げた。


「贈ったその宝石は、サラマンダーの涙から生まれていると言われている」

「これですか?」

「そう」


 ティアラローズは自分の胸元に光る宝石を見て、まさかそこまで価値のあるものだったとは……と、持っていたことに青ざめる。


「前より、色が鮮やかで美しくなってるだろ? それは、子猫ちゃんの魔力波長がサラマンダーと合って、その宝石に少しずつ魔力を溜めていってるからだ」

「この宝石には、そんな意味があったんですね……」


 ――ん?


 つまり最初から、ティアラローズの魔力波長がサラマンダーに合うのかどうか確かめられていたということだ。


 ――もしかして、このためにマリンフォレストへ来たのかしら?


 普段チャラくしているサラヴィアの真意は、とてもわかりにくいな――と、ティアラローズは改めて思うのだった。

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