暴かれた秘密
「ただいまー」
咲夜が家に帰ると、母親のいつもののぼっとした「おかえりー」という返事はなかった。
不思議に思った咲夜だが、先に寝たのか、はたまたお風呂かと思い、靴を脱いでリビングに向かう。
ドアを開けると、母親が机の前で俯いて座っていた。
何事かと思った咲夜は、母親に尋ねた。
「どうしたの? 母さん」
咲夜の声が聞こえた途端、母親はゆっくりと咲夜の方を向く。その目が、表情が怒りで燃えていた。
久しぶりに見たかもしれない、母親の鬼のような形相だった。歯を食いしばって見開いた目には、透き通るような涙がたまっている。
母親に睨みつけられて、咲夜は思わず固まった。
「ど、どうしたの?」
ビビって小さな声で尋ねた咲夜の足元に、母親は何かを叩きつけた。
「これは何よ!!」
母親がヒステリックに叫ぶ。思わず肩をビクッと震わせて、咲夜は自分の足元に叩きつけられた物を拾い上げた。
それは新聞記事の一ページだった。目立つように大きな字でこう書かれてある。
『陰陽寺大雅に次ぐ破壊者!? 少年Mの謎』
__何これ。
咲夜は思わずその場で立ち尽くした。まさか自分のことが新聞に載っているとは夢にも思わなかった。
それに名前こそ隠してあるが、記事に掲載されている内容は全て咲夜の行動と一致している。
咲夜の知らない間に誰かが密告したのか、はたまた最初から気付かれていて、ずっと後をつけられていたのか。
色々な想像が次から次へと浮かんでくるのを必死に振り払い、咲夜はひとまず目の前の記事に集中を向ける。
「で、でも、何でこれがボクだってわかるの?」
咲夜は、怒りで顔が真っ赤になっている母親の顔色を伺うように、小さな声でおそるおそる尋ねた。
「見なさい!」
そう言って母親は別の記事を引っ張り出し、それも同じように咲夜の足元に叩きつけた。
咲夜が拾い上げると、それはつい数日前の朝刊で同じように咲夜について書かれていたものだった。
少し違うところがあるとすれば、表記の仕方だった。
さっきの見出しの『少年M』と書かれてあった場所には、はっきりと『百枝 咲夜』__咲夜の本名が掲載されていた。
おそらく元々がこの記事だったが、流石に記事に未成年の実名を載せるのは良くないとされて、この記事に書き直されたのだろう。
そう考えると大雅の名前も隠すのが妥当だが、なぜか大雅の名前は修正されていない。もう全国的に名前と顔が広まっているために、マスコミが隠す必要はないと判断したのかもしれない。
だがバレてしまった以上は言い逃れできない。
母親は、なおも険しい表情で咲夜を睨んでくる。彼女の拳はキリキリと音がするくらい強く握られていて、怒りがひしひしと伝わってくる。
「これ、あんたでしょ」
また母親が言った。
修正された記事のように最初から名前を隠しておいてくれれば、こうやって特定もできずに言い逃れることができたのだが、最初に本名が掲載されてしまうと言い逃れができない。
その本名が載った見出しが、動かぬ決定的な証拠となる。
「……うん」
咲夜は仕方なく小さく頷いた。
母親は大きなため息をつくと立ち上がり、咲夜の頰を思いっ切り叩いた。
バチン! と頰を叩く音が響き渡り、咲夜の頰は赤く腫れて後からじんじんと痛みがやってくる。
咲夜は頰を叩かれて、床を見つめたままその場に立ち尽くしていた。
「自分が何したかわかってるの!?」
母親が尋ねてくるのに、咲夜はまた小さく頷く。
「取り返しのつかないことしたのよ!? 人様の命を軽々しく奪っていいわけがないでしょ!!」
目にたくさん涙を溜めながら、でも流すのだけは必死に堪えつつ母親が叫ぶ。
「ねぇ! 何でこんなことしたの!?」
母親が、咲夜の両手を握りながら尋ねた。
「__」
だが咲夜は答えられない。自分がやっていた理由を母親に言えるわけがなかった。
「ボクも、死にたかったんだ」
それだけ言って咲夜は身を翻し、二階に上がっていった。
自分を呼び止める母親の叫びは無視して、咲夜はそれが聞こえないふりをしながら自分の部屋に入る。
部屋のベッドに身を投げ出した咲夜の頭には、さっきの母親の叫びがずっとこだましていた。
確かに『殺人』は絶対にやってはいけない残虐な行為だ。最悪の場合は死刑にも繋がるほどの重い犯罪だ。
それを今まで簡単に犯してきた自分がものすごく情けなく感じた。今までは、何の罪の意識もなくただただ毎日やっていたことだった。
そこまで悪いという認識はなかった。咲夜が今まで殺してきたのは、皆、自分から死にたいと願った人間ばかりだったからだ。
咲夜自身、学校でいじめられていて一度は死のうかと思ったこともあった。
しかし、ふと自分と同じように死にたいと願っている人間がいるのではないかと思い立ったのだ。
そして、それならば咲夜自身がその手助けをしてあげようと思うようになった。
勿論、自力で自殺できる人ではなくて、死にたいと思っているが自分では命を消すことができない、そんな人達を殺すことにした。
今考えれば、そこでどうしてそのような考えに至ったのかは意味不明だ。
でも実際、あの看板を見てやってきた人達は皆、咲夜にお礼を言ってくれたのだ。
最期の最期で、自分があと少しで死ぬという時に。
しかも目の前の相手に殺されるという時に。
自分を殺す咲夜に向かって『ありがとう』と笑顔でお礼を言ってくれたのだ。
人間は生のせいで苦しみ、悩む。
しかし、死ぬことでその苦しみや悩みから解放されて、本当の自由を手に入れることが出来るのだといった見解もよく耳にする。
咲夜は勿論、死んだことがないから分からないが、そういうものなのか、とどこか他人事のように感じていた。
だが、自分が初めて他人の命の主導権を握り、それを終わらせるという行為をした時に、自分が奪ってきた命がどれだけかけがえのないものだったのか分かったような気がした。
ベッドで仰向けになって天井を眺めながら、咲夜はそんなことを考えていた。
まだ迷走していて、自分でも何を言いたいのか、どう結論付けたいのかは分からない。
だが、楽になりたいと願ってやってきた人達の助けになっているんだ、と思いながら今日まで殺しをやってきた。
それだけは確実に、揺るがない真実だった。
母親の言い分はもっともだ。人の命は奪うためにあるものではない。
しかし、咲夜が殺してきた人達は、自分の命が奪われることを望んでいた。
この世に終わりを感じ、苦しみから抜け出せず、ずっと一人で悩んでいた人達ばかりだった。
その死に顔はあまりにも優しいものだった。
生きて苦しみ続けた人がやっと自由になれたのだと思うと、とても悪いことをしている気にはならなかった。
だが、咲夜が殺しをやめないのにはもう一つの理由があったのだ。




