少女との出会い
「よろしく、お願いします」
そう言って大雅は頭を下げた。
目の前にいる少年院長はまるでサンタクロースのようなヒゲを顎に蓄えているおじいちゃんだった。
優しそうな表情から溢れる笑顔に、大雅はどこか懐かしみを感じる。
以前大雅を育ててくれた叔父夫婦の面影が、院長にはあった。
「大人が入る牢屋みたいなのをイメージしてるかもしれないけど、ここは社会復帰のための勉強をしたりする所だ。そんなに怖がらなくていいよ」
院長は大雅の頭をボサボサと撫でてそう言った。
「それじゃあ、よろしくお願いします」
そう言って院長に頭を下げたのは丸山だ。
大雅には身寄りがいなかったため、病室で身柄を確保した後に丸山が保護していたのだ。
「わかりました。わざわざご苦労様でした」
院長もお辞儀をする。
丸山は大雅を少し見つめた後、背を向けて少年院を去っていった。
「はい」
大雅が院長に手渡されたのは数字が書かれたタグだった。
そのタグには296と記載されていて、周りには青色のペンキが施されてある。
どうやらこれが少年院での大雅の呼び名らしい。
「ありがとうございます」
大雅はそのタグを受け取ってお辞儀をした。
それから大雅と院長は奥へと進んでいった。
長い廊下が続いていて壁に沿って部屋に続くドアが並んでいた。
「ここが君の部屋だよ」
院長はそのうちの一つの部屋のドアを開けてそう言った。
296と書かれた板が下がっているそのドアは、その板とぶつかり合って動かすたびに音が鳴った。
院長に通されて大雅は部屋の中に入った。
部屋の中はまるで畳のホテルのようで、部屋の隅には小さいベッドが1つ置かれてあった。
(イメージと違うな)
部屋を見渡してみて大雅はそう思った。
大雅が想像していた少年院は、実際の牢獄のように柵が立ち並んでいるような場所だったからだ。
「夕食の時間までここで待機しておいてくれ」
「わかりました」
大雅が返事をすると、院長は部屋を出て行った。
その日は夕食を食べてお風呂に入り、特に誰とも会話することなく終わった。
ベッドに横になる時、ふと壁にかけてあったカレンダーが目に入った。
今日は日曜日だったため、夕食の時間に連絡があった。
月曜日の早朝に学校でいう朝礼がある。
少年院を出てすぐの少し開けた場所に集合ということだった。
(明日からだな)
大雅はそう思いながら静かに目を閉じた。
※※※※※※※※※
「全員整列!」
威勢のいい掛け声が響き渡った。
昨日の夕食の時間に連絡があった通り、朝礼のようなものが始まった。
入所者たちはみんな大きな庭のようなところに集合した。
番号順に整列していると、院長が前に進み出てきた。
「今日は新しい仲間を紹介する」
院長はそう言って一人の少女に前に出るように促した。
少女は職員らの近くに立っていたが、院長に促されると少し緊張しながらゆっくりと歩いてきた。
(女か)
そう大雅は思った。
「さぁ、挨拶して」
院長に促され、少女はコクリと頷いて子供たちの方を向く。
「初めまして。百枝花奈です。よろしくお願いします」
そう言って花奈と名乗った少女は頭を下げて礼をした。
緊張しているのか少しお辞儀がぎこちない。
それでも顔を上げた後の微笑みは咲き誇る花のように美しい。
周りから拍手の音が鳴り響き、大雅もそれに合わせてパチパチと手を叩く。
見た感じ、犯罪など犯しそうには見えない少女だった。
だが少年院に入所してきたことは何かしらの犯罪を犯したことを意味する。
(何しでかしたんだ、こいつ)
大雅は挨拶を終えて元の席に戻っている花奈を見つめながらそう思った。
「296」
院長がそう声をかけた。
だが番号で呼ばれるのに慣れておらず、大雅は自分が呼ばれたことに気付かなかった。
「296。君だよ」
院長にポンポンと肩を叩かれた。
「……あ、すみません」
大雅は急いで頭を下げた。
「良いぞ。だがなるべく早く慣れてほしい」
院長はそう前置きをして言った。
「さっき、自己紹介した彼女、君と同じ部屋になるからよろしく」
「……え?」
あまりにも突然すぎることに大雅は困惑した。
月日が経っているならまだしも、大雅自身も昨日来たばかりだ。
それなのに初対面の異性と同じ部屋で過ごさなければならないのだから。
「実は、もう部屋が満室でね。近いうちに釈放される子もいるんだが、もう少し後なんだ。それまでの間だけでいいからお願いできないかな」
院長が両手を合わせてこの通り! と頭を下げた。
「……わかりました」
少し考えてから大雅はそう返事をした。
「本当か。ありがとう。助かるよ。先に部屋に戻っておいてくれ。後で彼女が挨拶に行く」
「はい」
大雅はお辞儀をして部屋に向かった。
(仕方ない、よな。でも同じ部屋になったからって喋らなくちゃいけないわけじゃない。用事だけ話せばあとは……)
そこまで考えてから大雅は足を止めた。
(いや)
少し気になったことがあった。
さっきの感じでは彼女から犯罪の匂いは全くしなかった。
それでも犯罪を犯したからここに来ているわけなのだが、どうにも何の罪で送られたのかが気になってしまった。
(それだけでも聞くか……)
大雅はそう決心した。
異性と話すのは早絵や茜以来だが、ボロを出さなければうまく切り抜けられるだろうと思いながら。
「え、えっと、今日からよろしくお願いします」
少し経って花奈が挨拶に来た。
恥ずかしそうに照れ笑いをしてからまたぎこちなくお辞儀をする彼女を見て、大雅は少し困惑する。
「あ、うん」
「ここが部屋なんだ。すごい」
花奈はまるでホテルにきた子供のように目をキラキラ輝かせながら、しかし落ち着いた様子で部屋の中を見渡している。
「な、なぁ」
「ん?」
大雅にはもう一つ気になることがあった。
「大丈夫なのか。僕と同じ部屋って……」
若干躊躇したが、やはり大事な問題だ。
思春期真っ盛りの男女が同じ部屋で過ごすことに少しばかり戸惑いがあった。
勿論花奈がどんな犯罪を犯したのかも気になることではあるが、最優先すべきは一緒の部屋にいて大丈夫なのか、ということだと思った。
そのためにも花奈とは少しずつ親睦を深めつつ、頃合いを見て聞けばいい。
最終的に大雅はそういう考えに至った。
「え? うん。大丈夫だよ」
花奈は大雅が何を心配しているのかわからなさそうにキョトンとしてからそう返事をした。
「……お前が大丈夫なら良いけど」
「優しいんだね」
花奈がそう言って微笑むと、大雅も口角を上げた。
(いや、でも最初は少しプレッシャーを与えた方がいい)
大雅はそう思い直した。
いくらここに連れてこられた理由を聞くためとは言え、完全に心を開かれては困る。
悠希達の学校で振る舞ったように、最初は花奈にも冷たく接した方がいいだろうと考えた。
思い立ったら今実行に移した方が良い。
そこで大雅は花奈にある事を暴露することにした。
「そんなことないよ」
ひとまず花奈の言葉を否定する。
「ううん、優しいよ。だって……」
花奈は首を振って大雅を優しいと褒めてくれた。
だがある程度距離を置くためには、それなりの恐怖を与えなければいけない。
出て行こうとして立ち止まり、振り向きざまに大雅は言う。
「僕、女刺したことあるから」
そしてニコリと微笑んだ。
「え……?」
花奈の口から言葉がこぼれた。
明らかに困惑している。
出だしは好調のようだ。
「昼ごはん、行かないの?」
大雅は何事もなかったかのように花奈に尋ねた。
「え、あ、行く!」
花奈はそう返事をして時計を見た。
11時55分。
昼食が始まる12時まであと5分だった。
「行こう」
そう言って大雅はもう一度微笑んだ。
「……う、うん」
花奈は戸惑いを隠しきれない表情をしたが、頷いて大雅の後を追って部屋を出て行った。




