それぞれの夢
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「ねぇねぇ」
朝礼が終わって、悠希が制カバンから教科書とノートを取り出して授業の準備をしていると、隣の席の茜に肩をポンポンと叩かれた。
「ん?」
体制を整えて悠希は尋ねる。
「何であいつあんななの?」
茜が斜め前方を指差している。
悠希もつられて茜が指差す方を見ると、龍斗が机に突っ伏していた。
「ああ、昨日出された宿題あっただろ? 将来のこと書くやつ。あれ書けなくて朝から落ち込んでたんだよ」
悠希は半笑いしながら説明したが、茜はきょとんとした表情で悠希を見ていた。
「……ん? いや、聞いてたか? 俺の話。だから」
「うん。聞いてる」
もう一度説明しようとした悠希を遮って、茜は真顔で頷く。
「じゃあ何でそんな不思議そうな顔してるんだよ」
「なにその宿題」
(は?)
予想外の返答に悠希は面食らった。
「いや、だから昨日出されただろ? 将来について」
「え? 知らない」
またも悠希の言葉を遮って茜はズバッと切り捨てる。
「いや、何でだよ。お前休んでなかったよな?」
「……うん。来てたね」
悠希の言葉に茜は少し考えてから頷いた。
(待て待て! こいつ、昨日のことなのに自分が学校行ってたかもあやふやなのか!?)
悠希は呆れたが、それよりも宿題のことが気になっていたので再びそっちの話題を問いかける。
「じゃあもらったよな? LHRの時間に先生が紙配っただろ?」
「え!?」
茜は急に青ざめた。
(ま、まさか……)
嫌な予感がしたが、悠希はゴクリと唾を飲み込んで茜の次の言葉を待った。
「あ、私寝てたわ」
平然と言う茜に思わず椅子から転げ落ちそうになる。
「おい! お前な!」
「早乙女さん。なに喋ってるんですか」
説教をしようと悠希が大声を上げた瞬間に声がした。
(え?)
急いで教卓の方を見ると、教師が氷よりも冷たい目で悠希のことを睨んでいた。
「す、すみません!」
悠希は弾かれたように立ち上がった。
教室が静まり返り、遠くからチャイムの余韻がゆっくりと耳に入ってくるのを感じる。
(授業始まってたぁぁぁぁ!!!!)
世界の終わりが見えた。
「授業始まってるんですから私語は控えること!」
教師のメガネがキランと光る。
「は、はい……!」
悠希は縮こまっていそいそと椅子に座った。
お前のせいだぞと念を押してやろうと思い茜の方を見たが、茜はさも優等生のような真剣な表情で教科書を眺め、ノートを開いている最中だった。
(こいつ……!!)
悠希は歯を食いしばりながら茜の方を見たが、茜はぺろっと舌を出して悠希を小馬鹿にするだけだった。
※※※※※※※※※※
「だぁぁぁぁ」
変なため息を体全体から絞り出すように吐き、悠希は机に倒れこんだ。
放課後の教室で、いつも通りの四人、悠希、龍斗、早絵、茜が集まっていた。
夕陽が優しく差し込み、遠くでカラスが鳴いている。
「ゆ、悠希くん、大丈夫?」
気がつくと、早絵が悠希の席の隣に来ていた。
いつも通りの優しい早絵に涙が溢れてしまう。
「え? ちょ、泣かないでよ悠希くん!」
早絵は急に悠希が泣き出したものだから焦っている。
「悪い」
悠希は急いで涙をぬぐい、じゅるるるっと鼻を吸う。
「汚ねぇな」
自分の席で泣く泣く今日提出だった将来についての紙を書きながら龍斗が文句を言う。
「うるせぇ」
悠希は小さく呟く。
横を見ると、茜も珍しく真剣な表情で龍斗と同じ宿題をしていた。
(ザマァ見ろ)
悠希は今朝のことを根に持ちながら心の中で茜を茶化す。
今の教室は、龍斗と茜の宿題が終わるのを悠希と早絵が待っているという状況だった。
「あーもう! わかんねぇよ!」
シャーペンを乱暴に放り投げ、クシャクシャと頭をかきむしる龍斗。
「何か適当に書いとけばいいだろ」
ふてくされている悠希はいつもみたいに友達思いの優しい発言はしない。
「ちぇっ、ケチなやつ」
叫べば助け舟が出ると思っていたのか龍斗はつまらなさそうに言ってからもう一度宿題に戻る。
(何だよ、人をあてにするな)
悠希は心の中で龍斗に言った。
「悠希くんもそろそろ機嫌なおして」
早絵が悠希を慰める。
「サンキュー早絵」
悠希は涙ながらにお礼を言った。
「うん!」
早絵が笑顔で頷いた直後、ガラッとドアが開いた。
「何だ、まだ残ってたの? 貴方達。早く帰らないと門限過ぎちゃうわよ」
ドアからひょっこり顔を出して悠希達の方を見ているのは月影先生だった。
「あ、先生。すみません。こいつらの宿題終わるの待ってるんです」
悠希は素直に謝罪する。
「あら、そうなの」
月影先生はそう言って教室に入ってきた。
龍斗、そして茜の机を覗き込み、ふむふむと納得するような頷き方をしている。
(ちゃんとまともなこと書いてるんだろうな、あいつら)
悠希はそれだけが気がかりだった。
「あ、そういえば」
先生が笑顔で悠希の方に向かってきた。
「え、何ですか?」
「早乙女、今朝の授業で怒られたらしいわね」
「え、あ、いや……あれは……」
(マジかよ……)
当たり前と言われたらそうなのかもしれないが、今朝の出来事は月影先生の耳にも入っていた。
たまらず茜の方を見ようとしたが、茜は宿題に追われていてそれどころではないだろうと思い直す。
「はい、怒られました……」
正直に言うことにした。
「早乙女が怒られるなんて珍しいじゃない」
「いっつも優等生気取りしてるもんなー」
横から龍斗が野次を入れる。
「西尾は首突っ込まない!」
「は、はい! すいません!」
だが月影先生にビシッと言い放たれ、急いで宿題に戻る。
「今度からは気をつけなさいよ」
「はい……」
月影先生はそう言って優しく微笑んだ。
※※※※※※※※※※
「さようなら」
四人で同時に挨拶をして校門を出る。
珍しく月影先生が門まで悠希たちを送ってくれたのだ。
結局、龍斗はお笑い芸人、茜は情報関係の仕事と書いて渋々先生にOKを貰えた。
教室を出る頃にはもう門限の五分前だった。
「あ、そうそう」
何かを思い出したように月影先生が口を開く。
四人の視線が一斉に先生の方に集中した。
「陰陽寺のことなんだけど、やっぱり早乙女たちの面会は禁止されてたわ」
「そうですか……」
先生の言葉に悠希が残念そうに俯く。
「え? 何なんだよ悠希」
龍斗が興味津々で悠希に聞くと、代わりに月影先生が答えた。
「実はね、陰陽寺が警察に連れていかれた後、早乙女が聞いてくれたの。少年院への面会は行けるかって」
「なるほど。それがダメだったんですか?」
龍斗はもう一度質問する。
「ええ。入所者の保護者と、本人が学生の場合はその担当教師だけが面会を許可されてるみたいでね」
「そうなんですか」
「あ、あの」
早絵が唐突に口を開いた。
「直接会うのは無理でも何かプレゼントとか出来ませんか? 大層なものじゃなくて手紙とか」
「ダメ」
月影先生は厳しく言い放ち、呆然としている早絵に今度は優しく告げた。
「私も一応色々調べてみたんだけど、面会の時に何か物を渡す行為は禁じられてるの。だから陰陽寺が出所するのを待つしかないわね」
「いつ出てくるんですか?」
今度先生に質問したのは茜だ。
「う〜ん……。罪の重さによるらしいけど早かったら半年、遅くても大体1年程度だって」
「そうなんですね」
悠希は頷くと、月影先生は茶目っ気たっぷりにウインクして言った。
「まぁ、ジュース程度の差し入れなら大丈夫だし、面会に行ったらその都度陰陽寺の様子は伝えるわよ」
「ありがとうございます」
悠希は頭を下げてお礼を言った。
「ささっ、もう帰りなさい。暗くなってきてる」
先生は悠希たちの肩をポンポンと叩いた。
「さようなら」
もう一度四人で一斉に挨拶をし、悠希たちは学校を後にした。
「なぁなぁ」
帰り道、龍斗が悠希に声をかけてきた。
「ん?」
「結局、悠希は何て書いたんだよ」
「何をだよ」
「ほら、将来の夢とか」
「ああ」
悠希は少し黙ってから笑顔で言った。
「教師だよ」
悠希の言葉に全員が驚く。
「えぇっ!?」
「え、何でそんなに驚くんだよ」
悠希も驚いた。
まさか驚かれるとは思っていなかったからだ。
「お前絶対向いてないな」
「何でだよ!」
龍斗にからかわれて悠希は若干顔を赤らめながら反論する。
「まぁ、いいんじゃない?」
茜の言葉に早絵もうんうんと笑顔で頷く。
「そ、そうか。なら良かった」
悠希は恥ずかしさのあまり頰をポリポリとかいた。
否定されても恥ずかしいが逆にすんなり受け入れられても恥ずかしい。
「ま、精々勉強頑張ることだな」
そう言って龍斗は力強く悠希の背中を叩く。
「いでっ! だからお前力強いんだよ!」
「え? そうか?」
「そうかじゃねぇよ!」
思わず龍斗に飛びかかりそうになってしまう悠希を早絵が抑える。
「ゆ、悠希くん……!」
「ほら、あんたも離れたら? くっついたらすぐ喧嘩するんだから」
茜が上目遣いの鋭い目で龍斗を見ながらたしなめる。
「ちぇっ。はーい」
龍斗はイマイチ締まらない返事をして急に茜の腕を掴んだ。
「え!? ちょ……!」
急に腕を掴まれて驚いている茜をいたずらそうに見ながら龍斗は言った。
「家まで競争しようぜ!」
そう言ってそのまま走り出す。
「ちょ……ねぇ! 一緒に走ってたら競争にならないじゃん!」
茜は半分こけそうになりながら何とか龍斗について行く。
そんな二人を見つめながら早絵が悠希の隣に来て言った。
「悠希くん、似合うと思うよ、教師」
「そうか?」
「うん。まぁ、理由は何となくわかるけどねー」
「え?」
早絵は照れながら笑った。
「陰陽寺くんが絡んでるでしょ」
「何でわかるんだよ。怖いな早絵は」
悠希は相変わらず人の心が分かり過ぎている早絵に若干引く。
「そういえば」
悠希は落ちていく夕陽を見ながら言った。
「最初もそうだったな」
「え?」
「ほら、俺が陰陽寺と目合って寒気がした時も、早絵はその事分かってくれただろ?」
「あぁ。そうだったね」
「何だかんだ、お前には助けてもらってばかりだ」
悠希は早絵の目を真っ直ぐ見て言った。
「ありがとな」
悠希の笑顔に早絵は軽く飛び跳ねた。
みるみる顔が赤くなっていく。
「え、ちょ……大丈夫か!?」
驚いて近づこうとした悠希を片手で制し、早絵は顔を伏せた。
「だ、大丈夫大丈夫」
そして二歩三歩足早に進む。
そんな早絵を見ながら悠希は微笑んだ。
(本当にこの数ヶ月間色々あったな)
沈んでいく夕陽と一緒に今までの思い出が蘇ってくる。
そして、大雅の顔も……。
(陰陽寺)
悠希は心の中で大雅に語りかける。
(俺、教師になろうと思うんだ。理由はちょっと恥ずかしいけどお前みたいに孤独を感じて非行に走る子供達を少しでも減らそうと思って。お前のおかげで俺はいろんなことに気付けたよ。仲間の大切さとか、目の前が全てじゃないんだってことも。ありがとな)
陽がどんどん落ちていく。もうすぐ夜が来る。
(これからまた色々あると思う。嬉しいことだけじゃなくて苦しいこととか嫌なこととかいっぱい。でもさ)
「悠希! 早く帰るぞ!」
その声にパッと顔を上げると、龍斗と茜、そしていつのまにか向こうに行っていた早絵が悠希の方を見て手を振っていた。
「ああ!」
悠希は返事をして走り出す。
足に力をうんと込めて、大切な仲間のところへ。
(陰陽寺と、大雅と過ごしたこの日々がきっと支えになってくれると思うんだ)
悠希は三人に追いついて息を整えながらニッコリと笑った。
龍斗も茜も早絵も、悠希の笑顔につられて笑った。
(お互い頑張ろうぜ!)
悠希はそう、大雅に語りかけた。
これにて第一章完結です!
おそらく長かったであろう第一章にお付き合い頂きまして、本当にありがとうございました!
次回からは第二章に突入します!主人公チェンジ?で陰陽寺大雅の少年院での生活を描きたいと思っています!
第二章もますますの応援をよろしくお願いします!




