現れた救世主
(ここからどう行くの……?)
勢いよく病院を飛び出してきたのはいいものの、初めて来た病院のため学校への行き道がわからない。
早絵は交差点に差し掛かる横断歩道の手前で信号を待ちながらパニックになっていた。
「あ、そうだ! スマホ!」
思わず声が出てしまう。
少しばかり声が大きかったのか、早絵と同じように信号待ちをしている周りの人が早絵をチラ見していた。
(恥ずかしい……)
慌てて手で口を塞ぎ、早絵はズボンの右ポケットを探る。
「あれ?」
いくら漁っても見つからない。
ズボンの布の柔らかい感触がするだけでスマホの硬い感触が全くしないのだ。
「何で? あれ? おかしいな……」
早絵は諦めて左ポケットに手を突っ込んだ。
だが左ポケットも右と同じだった。
「どうしよう……」
どうやらスマホを病室に置いたまま出て来てしまったようだ。
スマホがあればマップアプリで検索して辿り着けるはずだったのにまさかの失態をしたせいで学校に行けないかもしれない。
(どうしよう……どうしよう……)
早絵の頭はいよいよパニックになった。
こうしている間にも悠希と大雅は戦っている。
もし早絵がこうやって混乱している間に悠希が殺されてしまったらと思うと震えずにはいられなかった。
「もう、まただ……」
早絵は自分に失望して肩を落とした。
何か悪いことが起こるとすぐによくない方向に物事を考えてしまう。
早絵の悪い癖だ。
その癖がここでも盛大に発揮されてしまった。
とにかく一秒でも早く学校にたどり着くには自分の勘を信じて進んでいくしかない。
止まっていると何も進まない。
ひとまずこの信号を渡ってそのまま真っ直ぐ進もう、早絵はそう思った。
もし今から早絵が行こうとしている道が正解なら、自ずと学校の屋根が見えてくるはずだ。
「よし!」
早絵が意気込んだと同時に赤だった信号が青に変わった。
早絵は信号に背中を押されるように足に力を込めて走り始めた。
頭では必死に悠希の無事を祈りながら。
(悠希くん、お願い! 私が行くまで頑張って!)
まだ傷が痛み、ジンジンしている。
だが今の早絵にはその痛みがいつもより軽く感じられた。
※※※※※※※※※※
(まずいな……)
悠希はなおも大雅が振り回してくる包丁から逃げ回っていた。
だが、胸のあたりの傷がズキズキと痛み、思うように動くことができない。
おまけに傷口から流れている血は全く止まってくれない。
制服のシャツに染み付いてシャツの色が白色からピンク色に変わってしまっていた。
「しぶといね。すぐに終わるかと思ってたけど」
悠希と同じように息切れをしながら、大雅は楽しそうな笑顔を浮かべて悠希を追っている。
「僕を楽しませてくれてありがとう」
「別にお前のためにこんなことしてるんじゃない。死にたくないから逃げてるんだ」
悠希は真っ向から否定するが、大雅はそれさえも楽しく感じているのか興奮したように笑っている。
「アハハ! 死にたくない、か。死にたくないって言われたら余計に殺したくなるんだよね!」
大雅は狂ったような笑みを浮かべたまま、包丁を悠希の方に向けて素早く突進してくる。
悠希はかろうじてそれを回避し、次なる攻撃に備えて身構える。
それでも止まることなく大雅は器用に包丁を駆使して悠希を狙ってくる。
再び動き出した二人を見て報道陣がおおー! と歓声をあげた。
そして一斉にカメラを構えて撮影を始める。
「ったく……。おい! うるさいんだよ! 僕とこいつの決着を全国に放送してんじゃねぇぞ!」
報道陣の歓声が聞こえたのか、大雅は急に声を荒げて下を見た。
すると大雅にビビったのか、その歓声は一瞬で静まった。
大雅は勝ち誇ったようにもう一度笑顔を見せ、相手が大人でも動じることなく、叫んで威嚇する。
「ふん! ビビってるのか? 僕はただの高校生だぞ? 大の大人が高校生にビビるなんてな!」
そう言ってお腹を抱えて笑った。
勿論報道陣の間では重い空気が流れている。
当然だ。高校生に馬鹿にされてムカつかない大人なんていない。
皆何とも言えない表情でお互いがお互いを見ながら佇んでいる。
その様子が滑稽に感じたのか、大雅は笑い続けながらまた叫んだ。
「言っておくけど僕たちは見せ物じゃない! お前らもこいつみたいに殺されたくなかったら今すぐ撮影をやめろ!」
大雅は悠希を指差して何度も何度も罵声を浴びせている。
「おい陰陽寺! そんな言い方ないだろ。考えろ」
「うるさいな! 殺されたいのか?」
「言葉遣いを気をつけろって言ってるんだ。いくらお前が今包丁持ってて強い風に見えるからって大人に対して取るような態度じゃないだろ」
悠希は脅されてもひるまず、大雅を諭す。
この一連が終わって普通の生活ができるまでに戻った時に周りから白い目で見られるのは大雅だ。
友達ではなくてもクラスメイトとして、大雅が周りから白い目で見られるのは悠希にとって気持ちのいいものではない。
だが悠希がそう考えているなど知るはずもなく、鬱陶しそうに大雅は悠希を見ている。
「人にごちゃごちゃ言ってる余裕あるのか」
大雅はそう言って髪の毛を掻きむしった。
明らかにイライラしている。
「ああ。当たり前だ」
悠希はそう答えた。
本当は決して余裕があるわけではない。
だが、大雅も死なず自分も生き延びるためには少しでも余裕を持っておかないともたないと思った。
だがら内心は違っても大雅の前では強がった。
どうせ大雅に殺されるなら最期の最期は胸を張って強がった方がいい。
悠希の言葉に大雅はさらに気分を害したのか、顔がだんだん険しくなっていく。
大雅にとって今が一番楽しい時間だった。
自分が嫌っている相手に今まで以上に苦しい苦しみを味あわせ、ゆっくりじわじわと傷をつける。
そして最終的に自分の手で抹消する。
それこそが大雅の楽しみであり喜びだった。
自分から逃げ回っている悠希を追って遊ぶのが楽しかった。
勿論殺そうと思っている気持ちは変わらない。
むしろ増幅している。
だが悠希が途中で意味不明な説教をしてきたため、大雅の楽しみが中断された。
ゲームで遊んでいたのに急に電源を切られるような気分だ。
最悪だった。
「何なんだよ。急に。今まで楽しく追いかけっこしてただろ? 僕を楽しませてくれてるんじゃなかったのか」
「何言ってんだ。違うって言ってるだろ」
「チッ……! もういい」
大雅はボソッとつぶやいて天を仰いだ。
もう我慢できない。
説教してきた上に自分にとっての楽しみを否定された。
これほどイラつくことはない。
大雅は心を決めた。
今まではゆっくりじわじわと傷つけて殺そうと思っていたのだが、このままだと楽しめなさそうだ。
今すぐ殺したほうがいい。
大雅は悠希を真っ直ぐ見据え、包丁を構えた。
「お、おい、陰陽寺」
悠希は慌てたように大雅を制しようとする。
だが大雅の耳にはその声は聞こえなかった。
目の前のムカつく相手を今すぐに抹消して視界から消す。
そのことで頭がいっぱいだった。
「覚悟しろ! 早乙女!」
大雅はそう叫ぶやいなや、包丁を構えたままものすごいスピードで悠希に向かって突進していった。
まるで瞬間移動でもしているかのようだった。
本気になった大雅の攻撃は計り知れないものになるはずだ。
悠希は避ける準備をして身構えていた。
だが大雅は悠希が全く想像していなかった速さで迫ってきたのだ。
気付いた時には目の前に冷たい目があった。
刺される。今度こそ殺される。
そう思った瞬間。
バン!
横からこれまたものすごいスピードでやってきた「何か」が大雅にぶつかり、強く突き飛ばした。
予想していなかった攻撃に大雅はよろめき、そのまま倒れてしまった。
「悠希くん、大丈夫?」
「早絵……?」
急な出来事に驚いて頭が真っ白になっている悠希の目に早絵が飛び込んできた。




