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感謝状授与式

「ど、どういうことですか……?」


 花奈(かな)の頭の中で、未央(みお)の言葉がグルグルと回っていた。


「未央先輩がそんなことしてくださらなくても、咲夜(さくや)はちゃんと反省してますよ」


 つい大声を出してしまい、花奈は慌てて口を塞ぐ。

 急いで確認したが、同室で寝息を立てて眠っている(りん)麗華(れいか)が起きる気配はなかった。

 内心でホッと胸をなでおろし、花奈は未央を見つめ直す。


 未央は顔を曇らせながら天井に目を向けていた。


「今、言った通りよ。本当に、ごめんなさい……」


 そっと息を吐き、未央はまた目を瞑る。


「自分でも分かってるの。花奈ちゃんの弟だもの。そんなこと必要ないって。でも、私の中で彼を疑う心が芽生えてた。何回も花奈ちゃんの家に行ったのはそのため。色々準備しようと思ってたの」


 花奈は未央の言葉に息を呑んだ。

 信じられなかった。未央が、少年院で不安だった花奈に最初に話しかけて優しくしてくれた未央が、そんなことを考えていたなんて。


 過去の自分を呪うように、未央は大きく息を吐き、


「本当にごめんなさい。こんな、最低な人間で。嫌われても、仕方ないって思ってるわ……」


 未央の目から一筋の涙が流れた。


「みお……せんぱい……!」


 花奈は声を震わせて未央を見つめながら、自分の視界が歪んでいることに気付いた。

 鮮明だった色々な線が歪んで曲がって、朦朧とする。

 そして頬をつたう冷たいもの。


 花奈も涙を流していたのだ。

 それは未央が自分をひどい目に遭わせようと考えていたことにショックを覚えたのか、それともそんなことを未央に考えさせてしまった自分達姉弟の責任を痛感しているのか。

 花奈にもはっきりどちらとは断言できない。


「もう、良いです」


 気付けば、花奈はそう口にしていた。

 目を閉じていた未央が、ハッと目を開いて瞳を潤ませたまま花奈を見つめる。

 不安そうな、悲しそうな、苦しそうな表情だった。


「先輩は途中で止めてくれたんですよね」


「……え?」


 掠れた声で、未央が聞き返す。


「先輩はそうやって色々考えてたけど、全部止めてくれたじゃないですか。動画のことは一回やっちゃったけど、でもそれも一回だけで」


「かな……ちゃん」


「正直に話してくれて、ありがとうございます」


 未央が目を見開き、堰を切ったように涙の筋が零れ出る。

 流れた涙を急いで拭いながら、


「許して……くれるの?」


 未央の小さな問いに、花奈は笑顔で頷いた。


「だって本当なら、黙っていれば私には一生分からなかったことじゃないですか。それでも先輩はちゃんと話してくれました。本当に最低な人なら、勇気を出して謝ったりしないですよ」


 花奈は涙を拭う未央の手を両手で優しく包み込み、


「だから、未央先輩は最低な人じゃないです。私の、優しくてカッコよくて、とっても大切な先輩です」


 未央は花奈の言葉を聞くと、もっと涙を流しながら花奈の両手に額をコツンと当てた。


「やっぱり……」


 最初に会った時も、花奈は未央に優しくしてくれた。

 先に話しかけたのは未央の方だが、犯罪者が集まるあの場所で『友達』というものを持ち、そのような関係になることは容易ではないと言っても過言ではない。

 いきなり見知らぬ人、しかも歳上から話しかけられて、花奈は心底驚き戸惑ったはずだ。

 恐怖心や警戒心を抱いていたかもしれない。

 それでも花奈は未央を『先輩』として慕ってくれている。

 変わらず、今も。

 花奈にとって衝撃的でショッキングで悲しいことを告白したのに。


「花奈ちゃんは優しすぎるよ……」


 ボロボロと泣きながら、未央は声を漏らした。


「先輩。ずっとずっと大好きです」


 目を細めて笑顔を向け、花奈は未央を許した。



 一方、別室では悠希(ゆうき)龍斗(りゅうと)大雅(たいが)咲夜(さくや)が眠っていた。

 実際のところは、悠希は目を開けたままだったが。


「なぁ、龍斗」


「んー? どうした?」


 眠そうに目を擦りながら、龍斗は姿勢を変えて悠希の方を見る。


「パーティーの時は言わなかったんだけどさ、月影(つきかげ)先生って罪に問われたりするのかな」


「あぁー、先生なぁ。内通したからってことだろ?」


 龍斗は悠希が言わんとしていたことをすぐに察した。

 コクリと顎を引き、悠希は天井を見つめたまま、


「このまま何も言わなかったら、先生は被害者のまま終わると思う。でもそれで良いのか分かんなくてさ」


「確かにそうだよな。……悠希はどっちだと思うんだ?」


 龍斗は悠希に同意を示してから一呼吸置いて、悠希の選択を尋ねた。


 問いかけられ、悠希は暫く口をつぐんだ。

 果たして自分が何を、どのような結果になることを望んでいるのか。

 そしてその選択は正しいのか、それならばどのような選択が正しいのか。

 はっきり断言して選択することは、今の悠希には出来ない。

 しかし____。


「俺は、ちゃんと言うべきだと思う」


 悠希はそのような決断を下した。

 そのせいで先生に苦痛な未来が約束されるのだとしても、しっかりと本当の事実を話すべきである、と。


「……俺も一緒だ」


 龍斗は笑みを浮かべて、そう言った。


 悠希は龍斗も同じ意見だったことに安堵しながら、千里(ちさと)に打ち明ける心の準備をしていた。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※


「よし、いよいよね」


 警察の制服に着替えた千里が、控え室として準備された部屋で意気込んでいた。

 時間は日曜の昼下がり。いよいよ『破壊者』と呼ばれた二人が一つの学校を地下組織から守ったことによる、警察署からの感謝状授与式が行われようとしていた。

 主に記者会見のような形で表に立つのは千里、黒川、大雅、咲夜である。

 しかし控え室には悠希達も来ていた。


「うぅ~、緊張するね!」


 小刻みにジャンプしながらそう言うのは、表に立つ四人____ではなく、凛だった。


「何で凛が緊張するのよ。凛はここで待ってるだけでしょ?」


 未央が呆れてため息をつくと、凛は恥ずかしそうに頭を掻きながら笑った。


「あはは、いや~何でだろうね」


 それから大雅と咲夜に向き直ると、両の拳をギュッと握った。


「二人とも、頑張って!」


「「ありがとうございます」」


 大雅と咲夜がお礼を言ったところで、警官がドアから顔を出した。


「まもなくですので、スタンバイよろしくお願いします」


「分かったわ」


 千里が警官の男に頷き、黒川、大雅、咲夜に手招きをする。

 四人は感謝状授与式が行われる応接間に入っていった。


 応接間にはたくさんのマスコミが所狭しと並んでいて、四人が登場すると、シャッターが一斉に切られた。


「えー、本日はお集まり頂き誠にありがとうございます」


 マイクを片手に、千里がマスコミ達にお礼の言葉を述べる。

 そして横に立つ大雅と咲夜を指して、


「この二人が一つの学校を野蛮な地下組織から守り抜いてくれた、かつて『破壊者』と呼ばれて世間から恐れられていた子達です」


 すると大雅と咲夜に向かって一斉にフラッシュがたかれて、二人はあまりの眩しさに目をしばたかせた。


「今から警察署より感謝の気持ちを込めて感謝状を送りたいと思います」


 千里の言葉に、黒川が表彰状のような紙を二枚重ねて持ってきた。

 そのうちの一枚を黒川から受け取り、千里は大雅を手招きする。

 向かい合う形になった千里と大雅に、マスコミが一斉にカメラを構えた。中にはもう既にシャッターを切り始めていた者もいたが。


陰陽寺(おんみょうじ)大雅殿。あなたは自分の母校を守り抜き、生徒が誰一人として命を落とさないように尽力してくれました。その栄誉を讃え、ここに地元警察より感謝状を贈呈します」


 そう言って、千里は大雅に感謝状を手渡した。

 大雅もそれを両手で受け取る。

 再度けたたましいフラッシュの音が響き渡った。

 そして次に、千里は咲夜に手招きをして向かい合った。


百枝(ももえ)咲夜殿。あなたは一つの高校を守り抜き、生徒が誰一人として命を落とさないように尽力してくれました。その栄誉を讃え、ここに地元警察より感謝状を贈呈します」


 そう宣言し終わると、千里は咲夜に感謝状を手渡した。

 大雅がやっていたように、咲夜も見よう見まねで両手で受け取る。

 一斉にフラッシュがたかれた。


「以上で感謝状授与式を終了とさせて頂きます。何か質問等はございませんか?」


 千里が応接間にいるマスコミ達を見回してそう尋ねた。


 すると突然、向かいのドアが乱暴に開いて一人の男が応接間に入ってきた。


「森さんが逮捕されたとはどういうことだ!!」


 血相を変えて叫んだのは、地下組織の副代表で麗華の実の父親でもある男・和泉(いずみ)だった。

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