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不服な休日

 一方、警察署での取り調べはなおも難航していた。

 取り調べを一旦終えて本部に戻った黒川は吐息とともに頭を抱えた。


「はぁ。まだ黙秘。いい加減に全部話してくれないかな」


「今日も収穫無しだったわね。あの男、結構しぶといわ」


 黒川の後に本部室に入った千里(ちさと)も悔しさに顔を歪ませた。


「早乙女先輩、顔、顔」


 見かねた黒川が注意し、千里はやっと普通の表情に戻る。

 先程の千里の顔は目にしたこちらまでもが顔を歪めてしまうくらいに酷いものだった。

 女性というもの自体が崩れているような、そんな表情だったのだ。


「ていうか、今日って日曜日ですよね。休日ですよね。早朝から取り調べって何なんですか?」


「仕方ないじゃないの。和泉、何日経っても口を開かないんだから」


 早くも上司の顔面崩壊を忘れ、休日出勤に文句を言う黒川。

 それに対して千里は若干黒川を宥める体制に入ったかと思えば、怒りの矛先を無言の男に向ける。

 仮にも女性である千里だが、先程のようにその原型を保てないほどの表情をしてしまうくらい、和泉の取り調べは厄介だった。

 取調室での和泉いずみのしぶとさには吐息するしかない。

 どれだけ言っても彼は無言を貫き通す。

 しまいには取り調べが時間の無駄だとでも言いたげに欠伸をし始める。

 眼鏡の奥の瞳で二人の刑事を見たまま嫌な笑顔を浮かべる男を思い出して黒川も千里も肩を落とした。


「もしかして、これ自体が作戦とかじゃないですよね」


 机に突っ伏し、最早やる気が一ミリも見えない豆腐メンタルの新米刑事がぼやく。


「どういうことよ」


 だがそんな彼の発言をベテラン刑事は聞き逃さなかった。


「和泉が黙秘して何日も経過させてその間に組織が何かしら動く、とか」


「あり得ないこともないわね……」


 黒川の推測に千里は手を顎にやった。

 確かに和泉が娘の麗華(れいか)を暴行すること自体が隠された作戦の始まりだとすれば、和泉の黙秘により警察___特に黒川と千里の足止めをすることが可能だ。

 だが仮に黒川と千里の足止めに成功したとしても、警察署には沢山の刑事がいる。

 足止めしてもあまり意味はない気がするのだが、黒川はさらにぼやく。


「だって僕達以外は組織のこと知らないじゃないですか」


「確かにね」


 黒川に言われて気付いた千里が黒川を指差す。

 現在和泉を取り調べているのはあくまでも娘を暴行した傷害罪に値する件についてであり、組織そのものについてではない。

 取り調べでも扱っているのは家族関係やトラブルなど民事的なものばかりで、地下組織そのものについて言及はしていない。

 そのため、沢山いる警察の中で地下組織の存在を認知しているのは黒川と千里の二人だけである。


「そっか。私達さえ邪魔しなきゃ、組織はいくらでも陰で活動出来るってことね」


 思わぬ落とし穴に千里は納得。

 やる気なさげに机に突っ伏す豆腐メンタルを見直した。


「やるじゃない、黒川」


「え? あ、ありがとうございます」


 急に褒められた豆腐メンタルは瞬時に起き上がって照れながらペコリと会釈した。


「一回、署長に掛け合ってみよう。和泉の取り調べは他の刑事でも出来るけど組織の監視は私達しか出来ない。組織が変な動きを見せる前に片付けなきゃ」


「分かりました」


 こうして二人の刑事は地下組織の監視のために動き出そうとしていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「で、何で?」


 一方、麗華の病室内で日向未央(ひゅうがみお)は冷や汗をかいていた。

 彼女の目前で笑顔を振りまいている一人の少年と二人の少女がいる。

 実際は早乙女悠希(さおとめゆうき)の友人、西尾龍斗(にしおりゅうと)岸茜(きしあかね)古橋早絵(ふるはしさえ)の三人。

 しかしまだ彼らの身内を知らない未央と佐々木凛(ささきりん)にとっては見知らぬ人物達であった。


「俺の友達の龍斗、茜、早絵です」


 悠希が順に紹介をしていく。


「今日は日曜日ですし、せっかく麗華ちゃんのお見舞いに行くんだったら賑やかな方が良いかなと思いまして」


「ありがとうございます。わざわざ私のために」


 ベッドの上で上半身を起こして座っている麗華が申し訳なさそうな顔をしながらもお礼を言う。


「麗華ちゃん、意外と可愛いな」


 歯を見せて笑う龍斗の頭を小突き、茜が諭す。


「バカ。こういう時はまず怪我の心配でしょ。怖い思いしたんだから。あとさりげなくナンパするな」


 龍斗は「いでっ!」と呻いた後、茜に睨まれて肩を竦めた。


「変な人達でごめんね、麗華ちゃん。でも怪しい人でも怖い人でもないから安心してね」


 早絵はあくまでも優しく話しかける。


「変な人()って何よ、早絵。私も含まれてるんだけど」


 茜が自身を指差して抗議するが、早絵が人差し指を口に当てて制する。


「全然大丈夫ですよ」


 麗華は笑って流し、三人の漫才もどきを楽しんだ。


「っていうか、お父さんにボコボコにされたんだな。まだ()()()()()()かわいそ」


「こらっ! それ本人の前で言うことじゃないって!」


 せめてものお詫びにと同情を寄せた龍斗。

 だがあまりにも空気が読めていない発言を茜が慌てて遮る。


「大丈夫ですよ。龍斗さんの言ってることは事実ですし」


 そう言う麗華が浮かない顔をしたのを見て早絵が言った。


「わ、私達帰ろっか。何かずっと騒いでばっかりで迷惑だし。……悠希くんごめん! 私達帰るね!」


「あ、じゃあ俺も帰るよ」


 そう言って悠希、龍斗、茜、早絵の四人はいそいそと病室を後にした。


「何か嵐みたいに喋って嵐みたいに去ってったね」


 閉まるドアを見ながら凛が苦笑。

 だが決して悪い印象を抱いたのではなく、むしろ彼らの面白いやり取りに好印象を抱いていた。


「そうね。悠希くん達とは一歳しか変わらないけど私達の老化を感じるわ」


「止めてよ、未央。そんな気になっちゃう」


 そう言って笑い合う未央と凛をよそに、


「私、中学生なのに」


 そう呟く麗華は『まだ小学生なのに可哀想』という龍斗の発言に文句を言っていた。

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